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陽暦1475年3月2日〜爺いは小屋に帰り、丁寧な生活の準備をする

子育ての準備って結構大変ですよね。

 その晩、セキサイはフリード夫婦の家に泊まった。

 猛烈に腹が減るので、遠慮なく出された鍋料理を4人分程食べ、驚かれる。

 狼の肉は40キロほどもらい、翌日持ち帰ることとした。


 その日は客間にリョウと一緒に寝る事になったが、リョウは、おしめを替える前や空腹時以外で泣くこともなく、じっと周囲を見たりして過ごしている。

 大人しい、賢そうな子だ、とセキサイは思う。


 翌朝、セキサイは早々と小屋に帰ることにした。


 朝からは狼の肉を焼いてもらい主食とともにたっぷり食べるが、どう見ても60代の内臓とは思えない健啖ぶりに夫婦は感心する。


 セキサイの肌はすでに張りを取り戻し、首や腕などうっすら太くなったようにすら見える。


 大人しいヤギと羊を荷台に乗せ、子育てや家畜の世話に必要な道具類、食料や種子、建築用の板なども結構全部積んだ。


 今からこんだけ積んで山道を引き返すのか……とフリードなら絶望するところだが、セキサイは満足げに荷物を見る。

 天気も良い。

 小屋に着いたら、やらなくてはならない事がたくさんある。


 セキサイは夫婦に頭を下げて礼を言う。


「何から何まで世話になった。かたじけない」


「いやいや、グレートウルフの毛皮や牙なんかタダで頂いているので、逆に儲かっている位ですから。今後ともご贔屓にお願いします」


「爺ちゃん元気になって良かったねー。いつでも来てね。リョウちゃん」


 マギーが人差し指でリョウのほっぺたを押すと、リョウはその指を掴んで不意に満面の笑みを向けた。

 フリード夫婦もデレデレだ。


 マギーはヤナを抱っこしている。


 ヤナの髪も燃えるような赤毛で、目が大きく、今の時点では母親そっくりだ。


 大きな緑がかった瞳で不思議そうにリョウを見つめている。


「何かあったら、また寄らせてもらおう。ではな」



 セキサイは軽々と荷車を引いて、街道を逆戻りする。


 村の入り口では、昨日と違う門衛が立っている。

 以前村に来た時に見た覚えがある男だが、名前は知らない。


 50歳前くらいで、皮鎧を着て槍を握っている、茶色短髪の小柄な男性だ。

 その男がセキサイに声をかける。


「これは賑やかな……大荷物ですね。私は駐在騎士のスミスです。若いのからあなたのことをちょっと聞きました。……山に戻られるのですね。いつでも村に来てください」


「おう、ありがとな。ワシはセキサイ。ちょいちょい来ることになるから、ワシらのことは見知っておいてくれ」


 セキサイは年配の門衛に挨拶すると、来た時と同じ歩法で荷車を引き、山登りを始めた。


 荷車を動かす最初だけ力を入れる。


 荷車は動き始めると、すぐに安定した一定の速度になる。


 随分な荷物の量だが、構わず平気にどんどん進んでいく。

 

 流石に上りは少し速度が遅くなるが、全然休まず進む。


 傾斜が少しキツくなると、ニヤッと笑って、気合を入れる。


 ときどき家畜を下ろさねばならないようなでこぼこ道もあるので、その時はヤギ達も下ろされて歩く。


 雪が少し残っているので、ぬかるむ場所もあるが、セキサイに全く疲れた様子は見えない。


 側から見たら異常な体力だ。



 道中一切モンスターに出会わず、セキサイは昼過ぎには小屋にたどり着いてしまった。


 家の中の布団にリョウを寝かせ、まず暖炉に火をつけ、軽装に着替える。


 その後、荷を下ろして、肉は氷室に、資材は庭に、道具は屋内に、手早く片付けていく。


 そして連れてきた家畜をロープで結び、家の柱と結束してとりあえず小屋の前に放した。


 この後急いで小屋の裏手に柵を作るつもりだ。

 

 雌ヤギの乳を搾り、いくつかビンに入れて屋内の温度の低い場所に置いておく。


 リョウに飲ませるときは暖炉で温めて、それを冷ましてからやる。


 セキサイは周りを見回して一息ついた。


 周囲に雪はまだずいぶん溶け残っているが、晴れて気温が高くなり、近々消えていくだろう。


 裾野の方から涼しい風が吹き上がってきた。

 さすがに汗の一つくらいはかいていたので、風が涼しくて爽やかな気分だ。


「さて」

 セキサイはリョウが落ち着いている様子だったので、安心して作業を進めることにした。


 まず小屋の裏に家畜用の柵を建て始める。


 セキサイは、昔から軒下に置いていた木の杭をロープで軽く結び、裏手に運んで、10メートル位の円になる様に杭を置いていく。


 そして、移動し、左手に杭を握って立てて、右拳を握って、それが木槌か何かであるように上から振り下ろす。


 ズガッという音を立てて、木の杭はしっかり大地に深く突き刺さった。


「うむ」


 目を背けたいくらいの勢いで杭を叩いていたのに、まったく手は痛くなさそうだ。


 杭を揺すっても全くぐらぐらしないのを確認し、セキサイは同様にして次々に杭を立てていく。


 そこにロープを巻きつけて簡易柵に見立てるが、後日これを板に置き換えていくつもりだ。

 

 小屋の横にはこじんまりとした畑があるが、手入れしていないため荒れている。


 セキサイは倦まず、その畑の土を耕し始めた。



 呪いが強まっていた間は生きることで精一杯だったため、小屋周辺の環境整備は最低限でおざなりになっていたが、今からはリョウを養っていかなければならない。


 リョウの栄養状態を良くし、強い体を作り上げてやらねばならない。


 勉強もさせなければならないが、これは村を頼ろう。


 セキサイは、今はリョウをより良く強い子に育てたいという一心だ。


 それが、セキサイ本人の心にも、生きる希望のようなものを湧き出させている。



 ワシも生まれ変わったような気分だな、とセキサイは思い、少しだけ女神への感謝の気持ちが生じた。

 

 そして再び手を動かして働き始めた。


 



 

 



これから、少しづつセキサイ流の子育てが進んでいきます。

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