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陽暦1490年5月〜班対抗の代表戦②

「はじめ!」


 サイ教官の合図に少し力がこもっている。

 ひいきにする訳にはいかないが、リョウに勝って欲しい。


 リョウは木剣を右手に持ち、ぶらぶらさせながらゆっくり歩いて近づく。


 フォン・バルドは、右手に小さ目の盾を持ち、左手に木剣を持っている。

 盾で身を隠しながら戦うスタイルだ。

 年季が入った実戦向きの構え。


 サイ教官から見ても、フォンはそこら辺の騎士より随分場数を踏んでいることが見てとれる。

 はっきり言ってかなり強い。


 フォン・バルドは276期生では最年長の25歳。

 幼い頃から傭兵団の一員として諸国を転々としていたが、殺し合いに明け暮れる日々に嫌気がさし、所帯を持って落ち着きたいとの思いから騎士になった変わり種。


「リョウ、お前一体何者なんだ?どうしてそんな風に育った?」

 じりじり距離を測りながら、フォンは声をかけた。


 フォンはリョウから理由不明の異常さを敏感に感じ取っていた。

 ごく稀にいる、戦場で会っても戦ってはいけない類の化け物たちと同じ雰囲気。


「それ長話になりそうだから今度一緒にメシでもどう?」

 極めて無造作に近づくリョウ。


「チッ」

 近づいてくるリョウに向け、足元の砂を蹴り上げるフォン・バルド。


 砂をかぶる前に、にこやかな表情のままリョウは横に移動していた。

 また無造作に近づいてくる。

 

 フォン・バルドは右手の盾を前面に押し出し、リョウに向かって突進する、と同時に盾の死角からリョウの足下に木剣の突きを繰り出した。


 これは乱戦でかなりの数の敵に傷を負わせてきたフォンの得意技。


 しかし、剣がリョウに届く前に、リョウは全体重を乗せフォン・バルドの盾中央部に前蹴りで押し込む。

 “砕盾蹴さいじゅんしゅう‘’という技名があるが、リョウはそれは知らないで自然に繰り出している。


「うぐッ!」

 フォン・バルドの肩を脱臼させることを狙った一撃だったが、フォンはすんでのところで衝撃をずらすことができた。


 デカい丸太が真っ直ぐ突進してきたような衝撃だった。


 フォンは体が後ろに崩れるが、その勢いを殺しながらわずかの間にリョウに向き直る。

 牽制のための剣はリョウの目線の延長線上に置いたままなのはさすがだ。


 と思っていたら、リョウは一瞬のうちに距離を詰めて来て、フォンの盾を握って回して引っ張った。


 フォンは万力まんりきで捩じられたような不可抗力を感じる。


「熊かよ!」


 フォンはこのまま柄を握っていたら手首が折れると直感して即座に盾を放し、その盾の死角から急に身を伏せ、地を這うような後掃腿でリョウの足首を刈りにいった。

 

 唸るフォンの後ろ蹴りがリョウの足に当たる、その前にリョウは盾を地面に落として蹴りを弾いた。


 そのまま盾を地面の砂ごと蹴り、大量の砂をフォンにぶち撒ける。


「うわっぷ!」


 視界を塞がれ反射的に顔を押さえるフォン。

 砂が目に入って痛い。


 もうもうと上る砂煙の中、リョウはフォンに向かって飛びかかり、頭上を越えざまにフォンの手首を掴み、勢いでフォンを地面に引き倒した。


「ガハッ!」


 フォンが寝転がりながら暴れるが、リョウに掴まれたままの腕が何をやっても離れない!


 リョウに上になられた。

 グイッと手首を引っ張られる。

 

 フォンは腕ひしぎ十字固めをされる予感に、咄嗟に剣を放し、自らの手と手をガッチリとクラッチし、伸ばそうとする力に全力で抗う。


 しかし、リョウがフォンの手の甲をゴツンと叩くと、脳天を突き抜ける激痛が走り、握力が失われてしまった。


 一瞬の間。シュッ、という呼吸音。


 そのタイミングで体を伸ばすリョウ。

 完全に肘関節が極まった。


「参った!」


 さすがに諦めるフォン・バルド。


 手を握ってにこやかに起こすリョウ。


 周囲の観衆は拍手喝采ののちざわつき始める。


「リョウってあんな強かったのか?」

「ところどころ動きがおかしいぞ?」


 ニヤリとしてウーツァン指南役が呟く。

「型が無いのはシーツァイ兄ゆずりだな。まだまだ……全然底が見えねぇが」


 

 端で見ていたゼルダン・クレストが目を瞑って脳内でリョウとの戦いをシミュレートしてみる。


 リョウは身体操作が極まっている。

 生まれて初めて本気を出さなければならない相手のようだ。

 

 父エルダン・クレストに幼い頃から鍛えられ続けた過酷な日々を思い出す。



「そのような動きでは、ダンマに殺されるぞ!」

「もっと速く、強く!」

「お前が西方流を破り指南役になるのだ!」

「魔力の練りが遅すぎる!」


 雨の日も風の日も、泣いても喚いても、骨が折れても、父はゼルダンに鞭を打って鍛え続けた。

 


 武技指南役を決定するための御前試合で、父エルダン・クレストは前武技指南役の鬼槍ダンマ・シーツァイに敗れ、その際に片目を失ってしまった。


 自分の夢を息子たちに託し、父は鬼になった。


 特に魔力に目覚めた次男ゼルダンへの過剰な期待は、妄執と言っていいレベルだった。

 

 勝つことを必然として要求され、それに応え続けてきた日々。

 暗澹たるモヤが自分の人生にはかかり続けている。


 

 今日、奇遇にも鬼槍シーツァイの直系の武人であるリョウと戦う。


 以前、隊舎の資料室で初めて会ったときから、一目見てこの男がシーツァイやウーツァンなどの西方流の系譜と気づいていた。

 

 リョウとは直接の因縁など無いが、この気持ちを簡単に語るには、自分の内面の根幹に深く突き刺さり過ぎている。


 とりあえずは、技で、力で、この男に自分の人生を伝えなければならない。


 ゼルダンの木剣を握る手に力が入る。


 “俺には逃げ場などどこにもない”


 “だからやることをやるだけ”



 ヤナは遠くからゼルダンの身体から黄金のシマーが立ち昇るのが見えた。

 眩しいくらいの強い光が一瞬にして収束していき、ゼルダンの身体の周囲を覆う。


 その場に居合わせた魔力持ちの者全員が光に気づき、ゼルダンの雰囲気の変化に緊張が走る。



「あちゃあ……止めなきゃまずいかも」

 サイ教官が難しい表情をし始めた。



「リョウ……本気出さなきゃ……負けるよ」

 少し不安気なヤナ。


 


 


 


 



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