陽暦1489年5月〜アラカンダルという少年
少年、というには長身でガッチリした体格だが、いまだ幼さの残る顔の金髪の彼は、夕陽を受けながら草原の斜面に腰掛けていた。
傍らには血に塗れた異常に長大な剣が寝かせられている。
彼方此方に兵士の死体が散らばっている。嗅ぎ慣れたはずの戦場の臭いだがやはり不快だ。
彼は、風にその豪奢な金髪をなびかせながら銀色の鎧姿で片膝に肘をついて、さっきまで自身が獅子奮迅の活躍で駆け回っていた戦場の跡を眺める。
スッと伸びた形の良い鼻梁、長いまつ毛、整った顔立ちで物憂げにしている様子は一幅の絵画の様ですらある。
その少年は思う。
だらだらと、いつまでこのくだらない戦争は続くのだろうか。
俺は本当は一体何と戦っているのだろうか。
物心ついてから彼は、ずっと「暁月」という名前の傭兵団で育った。
実の親はおらず、団長が連れている家族と一緒に生活していたが、赤子の頃に拾われた子として、当初、幼い頃より誰からも無下に扱われてきた。
しかし、彼はそんな状況下でもひねくれずまっすぐ育ち、7、8歳辺りから明らかに人より理解力が高いこと、物覚えや良いこと、身体能力がずば抜けて高いことが周囲に分かり始めると、次第に可愛がられ始め、団の一員として受け入れられるようになった。
彼はまた、自らの境遇を嘆くことなく、団のために献身的に雑用をこなし、周囲の人がやって欲しそうなことは自ら率先してやった。
そのうち皆から頼りにされるようになり、誰からも好かれた。
生き残っている傭兵たちから武芸を含め、さまざまなことを教えられ、毎日血反吐を吐くほど鍛えられたが、その天才性から全てを吸収し、独自に発展させることすらできた。
何より自由自在に動くその体をより上手に動かす訓練をするのは、彼にとって何より楽しいことで、それがそのまま生きる術に直結していたからひたすら鍛錬した。
ならず者のような団員たちと毎日口げんかや馬鹿話、人生についてやり取りしているうちに、人の心の中も次第に読めるようになった。
今ではこの若さにして団でも1、2を争う剣の遣い手として、団員から一目も二目も置かれる存在である。
そのため、メシの種である戦場で、自分の居場所を守るためと思いつつ毎日最前線で剣を振るっている。
少年の名前はアラカンダル・エラ・カリス。
このヘリオス世界でも数奇な運命を持つ人間の1人だ。
アラカンダルが住む国は一般的にはヘリオス世界の西の果てとされている「エラディア帝国」という砂漠の多い国である。
エラディア帝国は皇帝が治めているが、元々の本家である東の隣国ファランス王国と仲が悪く、様々な要因で、ここ80年ほどずっと断続的な戦争状態にある。
その中で、両国で産業として傭兵業が発展し、彼らが国境付近の警戒を担いながらお互いの砦を奪ったり取り返したり、決定打のない戦闘を傍から見るとだらだら継続しているように見える。
しかし、相手を殺せば金という世界では、油断している者はすぐに死んでしまう。
ここらで傭兵を5年も続けられれば、それだけで大した強者であるとみなされる。
暁月傭兵団は2代続く言わば老舗の団であり、長く在籍している猛者も多い。
しかし、そんな猛者が、昨日までどんなに強くても、今日には流れ矢を受けて死ぬ。
ここでは命の価値が軽すぎる。
アラカンダルの師匠や兄弟子などの仲間たちがここ数年で10人以上死んだ。
最初は悲しかったが、少しずつ自分の中で悲しみの感情が希薄になっていく。
その代わりにこのような世界に対する疑問が大きくなっていく。
なぜこの戦いは終わらないのか。
自分は誰のために戦っているのか。
突然、アラカンダルの背後に人の気配がした。
「死ね!」
死体の下に伏せて隠れていたファランス兵が、立ち上がって両手持ちの金属槍を突きだしてきた。
アラカンダルは右手で長大な剣を掴むと、座ったまま、膝を支点に体を前後に入れ替え、薙ぎ払った。
目を凝らしてもいつ体を入れ替えたのか分からないほどの神速の体捌き。
ファランス兵は、金属槍を両腕ごと真っ二つにされた。
アラカンダルは薙いだ剣をその場で止め、突きに転じ、敵の胸に剣を突き刺した。
「おのれ……金耀の神子……」
アラカンダルは剣を引き抜いて立ち上がり、それを払って剣に付いた返り血を吹き飛ばした。
眉を寄せて不快さを露わにし吐き捨てる。
「神か、いたとしても俺についているのは碌な奴ではないだろうよ」
「こんなとこにいたのね」
目の辺りを仮面で隠している長い黒髪の少女がアラカンダルに近づいて声をかけてきた。
スラッとした色白の少女。
年の頃はアラカンダルと同じほどだろうか。
「シオリ」
アラカンダルの表情が少し緩んだ。
8年前、身寄りなく街を彷徨っていたことから団に突然加わった異国の顔立ちの少女。
その頃から仮面はどうやっても取れないので素顔は誰も見たことがない。
「もう暗くなる。早く戻らないと。みんな心配……はしてないけど索敵範囲が狭まるし、スープが冷める」
抑揚のない淡々とした口調だ。
「いつまで俺たちは戦わないといけないのかなって考えてたのさ」
「あんたが世界を統一して終わらせたらいいわ」
シオリと呼ばれた少女はさも当然かのように言う。
冗談の雰囲気は全く感じられない。
「……そうだな、俺に出来るかな?」
「あんたならやれるわ」
「手伝ってくれるか」
「戦わないで済む世の中のためなら……考えてやってもいいわ」
「覚えとくよ」
薄暗闇の中、身長差のずいぶんある2人の影は傭兵団のテントのかがり火に向けて歩き出した。




