陽暦1488年5月〜世界の屋根⑤
「リョウ!」
ジンは咄嗟に岩陰から飛び出して、今まさに地に落ちたリョウを噛み殺そうとしているジンライの眼前に飛び出していた。
ジンライの角が再び光り、ジンに強めの雷撃を飛ばしてきた。
ジンは角弓をかざしてその衝撃に耐える。
距離が近く、威力も強い。
体中が悲鳴を上げ、ジンの意識が飛びそうになる。
しかし、雷撃直後のジンライの硬直、おそらく最後の好機を逃すわけにはいかない。
ジンは腰に隠していた小剣を取り出して、全速力で駆け寄って飛び上がり、ジンライの胸にある最初の矢で射た傷に突き立てた!
雷障壁はもうほとんど薄れており、ぶつかってもビリっと来るくらいだ。
しかし、ジンの膂力では雷鳴竜に深く刺さらない。
暴君ジンライは毛の生えたようなおかしな形状の剣に刺されて一瞬ひやっとしたが、全然致命傷たり得ない攻撃であったことにホッとする。
地面に落ちたジンに対して、尻尾を振ってしたたかに叩きつけた。
「グアッ!」
ジンは血反吐を吐いて10メートルほど吹き飛ばされたが、岩にぶつかる前にハクヤが体で阻止した。
ジンライがハクヤを睨む。
「ハクヤ!」
リョウの声にハクヤは即座に反応した。
ハクヤは前足を引きながらも、後ろ足でジンライの方へ跳躍する。
無謀にも突進か、とジンライは訝しみつつ、飛んでいるハクヤに雷撃を放った。
しかし、それはまたしても霧に映った幻像。
実際のハクヤはリョウに向かって跳躍していた。
リョウは目覚めてジンライの前で膝立ちになっていた。
幸か不幸か、肩の傷口は雷撃で焼かれ、血はすでに止まっている。
ジンライはリョウを見て思う。
そもそもこの小僧はずっと雷撃が効きにくい。
目を凝らすとうっすら青く光っているせいだ。
これまでもこんな奴らがいたが、この小僧は飛び抜けてその光が強い。
呼ばれたハクヤはリョウの意図が分かっていた。
リョウの近くに駆け寄り、土台になってやる。
リョウはハクヤに足をかけ、ハクヤの跳躍と合わせて飛び上がる。
「喰らえ!」
ジンライの眼前の真正面まで飛び上がり、リョウは石剣をジンライの頭に振り下ろした。
ジンライはさっきの要領のように、角でリョウの石剣を弾く!
弾いたはずだった。
しかし、リョウの剣はジンライの角をすり抜けたように反対側から振り下ろされていた。
物理法則を無視したかのような剣の動きに、ジンライは何が起こったか理解できなかった。
セキサイにかつて教わった秘伝の剣技“稲妻”の軌道で、リョウの石剣はジンライの額に生えている角の根本に叩きつけられた。
黒曜石の剣は刀身が砕け散ってしまったが、ジンライの角も根本から断ち切られて落ちた。
雷鳴竜ジンライの命とも言うべき雷の発生機関の角を断ち切ったのは、稲妻なる技とは皮肉な話だったが、ジンライには知る由もない。
ジンライは角を落とされ、脳が揺れて意識朦朧としながらも、まだ致命傷を受けた訳ではなかった。
とりあえずこの小僧たちははどのような手を使ってでもこの場で殺す!
噛み殺す!
爪で引き裂く!
踏み潰す!
憤怒と殺意しかない雷鳴竜ジンライは、地に伏せているリョウとハクヤを睨みつける。
トドメだ!とばかりにジンライは咆哮した。
……しかし、体が動かない。
意識はあり、もがいても、もがいても体が反応しない。
「……麻痺毒が効いてきたから動けないでしょ」
かつてシャザンが腕に装着して使っていた毒剣は、今やジンの手に渡っていた。
さっきの突きで傷口から結構な量の麻痺毒がジンライの体内に入り、いまやその神経を乱していた。
ジンは肋骨が折れており、今のところ腹這ったまま起き上がれないが、口は動く。
這いつくばったまま土を握りしめて叫んだ。
「リョウ!頼む!今しかない!」
「おう!」
どこからその体力が出てくるのか、リョウの表情は明るい。
傷は深いが、顔に死相は全く浮かんでいない。
リョウは、ジンライの角をその手に握っていた。
得物としてちょうどいい長さだ。
しっくり手に馴染む。
なぜかそのリョウが持つ角が青く発光している。
雷鳴竜ジンライは自慢の角を自分に向けられ、恐怖した。
なんだあの青い光は!
「イヤアァァァァァ!」
裂帛の気合いとともに、リョウは体当たりの要領で全力で突進し、両手に把持した角をジンライの腹部に突き立てた!
ジンライの角は予想以上の切れ味で、深々とジンライの腹に突き刺さった。
「コイツでとどめだぁっ!!」
リョウがそう叫び、飛び上がりつつ、刺さったままの角でジンライの内臓を切り裂いた。
そのときだった。
リョウの全身が青く光り、その光が手に持った角に収束した刹那「バリバリッ!」という轟音がして、角から特大の雷撃が放たれた!
長く伸びる青い雷光が、雷鳴竜ジンライの頭上の暗雲を吹き飛ばし、天まで届かんばかりにどこまでも伸びていく。
「うわァァァァァ!」
これにはリョウもジンもハクヤも驚いて叫ぶ。
ジンライは体の内側から超強烈な雷撃に内臓を焼かれ即死していた。
少し様子を見ていたらズゥンと膝から崩れ落ちた。
肉の焼ける匂いが周囲に漂っている。
ジンは痛む胸をさすりながら起き上がってリョウに歩み寄った。
徐々に呼吸が回復してきているので、自分の内臓に目立った損傷はないようだ。
ウォーベアの皮鎧さまさまといったところだ。
リョウも立って普通に歩いており、傷は深いが命に別状は無さそうだ。
ハクヤも足の骨折以外は大したことはなさそうだった。
「どうにか生き延びられたね」
「頑張った」
リョウとジンはすまして格好をつけようとしたが、お互いを見ているうちに思わず笑いが込み上げてきて握手したあと思わずハグをしていた。
ハクヤも擦り寄ってくる。
「死ぬかと思ったぜ!」
「ボクも!」
「とりあえず、雪息草を採取しよう」
2人と1匹は満身創痍のまま雪息草の群生地まで歩く。
そこは、ドルガ山脈の高峰、マンジェ山のほぼ頂上付近の開けた場所。
世界の屋根の頂上付近から北方を見ると、見渡す範囲一面、ずうぅぅぅっと雪に覆われた黒っぽい山脈が折り重なるように遠くまで連なっている。
先の方は白っぽく霞んで見えない。
天涯無際とも言うべき雄大過ぎる絶景に、リョウもジンも言葉を失った。
なぜだか分からないが涙が込み上げてくる。
雲一つない空は、ひたすらに青く、地平線は丸くなっているように見える。
人間の営みなど、この自然の中ではほんの瑣末でしかないことを2人は気づかされていた。
「ジンライのやつ、この景色を独り占めしてたんだな」
リョウの言葉に根拠などないが、ジンは妙に納得する。
「あっちはオーロ帝国だね。全然見えないけど」
「いつかヤナも連れて、あっちまで行ってみようぜ」
「いやいや、無理無理」
2人はまた笑いが込み上げて来た。
興奮はいつまでも冷めやらない。
そんな2人にハクヤは寄り添っていた。




