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陽暦1488年5月〜世界の屋根④

 雷鳴竜ジンライは満足気にニヤリとするが、まだ先ほどのユキヒョウを見かけていない。


 あいつもどこかで倒れているか、遠くまで逃げおおせたか。

 ジンライは周囲を探すことにした。


 辺りを見回すと、さっきの人間と真逆の方向に、ユキヒョウが倒れていた。


 尻尾が左右に動いており、まだ息がある。


 どれ、踏み潰してやろうとジンライがハクヤの方に向かって滑空したその時、背後から“ズドォン!”という轟音とともに、強力な衝撃が左の翼を襲った。


 振り返って見ると、さっきの痩せっぽち人間が起き上がり、こちらに弓を向けている。

 ジンライは左翼の付け根側の皮膜に穴が空き、いきなり落ちまではしないが飛行機能を著しく奪われてしまった。


 痩せっぽち人間はすでに次の矢を番えて、発射してきた。


 死んだふりなど姑息な手段を使われてしまっていた。

 さっきの威力がまた来るとなると厄介なので、ジンライはその矢をめがけて雷を放った。

 矢と雷が当たった瞬間、そこで爆発が起こり、お互いの攻撃は相殺された。


 あれは相当危険な武器だ。


 しかし、何故ヤツはケロッとしているのか分からない。


 これまで、己の雷撃を革鎧や土魔法などで対策してきた人間どもはいた。

 しかし、あの威力の広範囲攻撃を無効化する術などなく、ことごとく打ち倒してきたのだが、あいつは一体どうやったのか。


 と思っていたら、今度は背後から右の翼の皮膜に衝撃が走った。


 慌てて振り向くと、倒れていたはずのユキヒョウ・マギアが数十メートルもジャンプし、その爪撃をふるって来ており、翼の皮膜をまた破られていた。


 こやつまで我を騙したか!


 翼を全力ではためかせるが、上昇できず、ジンライは無様に地上に落ちて行く。


 ハクヤが好機と捉えて着地後に再び飛び掛かったが、ジンライは過去最大級の怒りを魔力に乗せ、再び周囲に雷撃を撒き散らした。

 

 跳躍中のハクヤに雷が直撃し「ギャウッ!」と悲鳴を上げる。

 猛烈な衝撃でハクヤの意識が一瞬飛ぶ。


 地面にぶつかってハクヤは目を覚ました。

 今の攻撃で全身が痺れ続けており、着地の際に岩で左前足をぶつけて骨折してしまったようだ。

 もうしばらくは素早く動けそうにない。


 しかし、ハクヤは必死に岩陰に身を隠し、再び周囲に霧を立ちこめさせる。


 ジンライは地面に激突したが、すぐに起き上がり、怒りの咆哮を放つ。

 この傷が癒えるまで、数年か。その間満足に飛べなくなってしまった。


 大気がビリビリと振動し、ジンライの体を覆っていた雷の電圧が急上昇し、その白かった体はいまや黄色に輝いていた。


 雷鳴竜ジンライの怒りの全力全開の姿だ。


 ジンは霧に隠れつつ、うっすら光ってバリバリと音を立てている辺りに最後の爆裂矢を放つが、矢は雷とぶつかり、手前で爆発してしまってジンライに満足なダメージを与えられなかった。


 どうやらジンライは雷の障壁というべきものを纏っており、通常の物理攻撃は届かなくなってしまったようだ。


 ジンライは矢の放たれた方向に広範囲に雷を降らせてきた。


 カルスト台地の石の上には、リョウの家から持ってきた金属槍があちこちに立てて避雷針にしてあるため、よほど直撃しない限りジンライの雷撃は無効化できる。

 

 さっきジンとハクヤが雷撃を無効化できたのはそのおかげだ。


 ジンはその対策で十分に勝負できると思っていたが、ジンライに本気モードがあってこちらの攻撃が無効化されるとなると話が変わってくる。


 ハクヤの霧で視界が悪いことだけが救いだが、広範囲に雷が降ってくるとなると、うかつに動けないし、弓を射つと射線から位置がバレてしまう。

 そのハクヤも雷撃をまともに受けて負傷してしまったようだった。


 このままでは勝利のための最後のピースがはまらない。


 そのとき「ウォォォォ!」という雄叫びを上げながら、リョウが高さ20メートルほどの崖の上の死角から飛び降りて来た。


「リョウまだ早い!」

 ジンは必死で叫ぶ。


 リョウの手には黒曜石の剣が握られており、飛びかかりながらそれをジンライの肩口に振り下ろした。

 

 ジンライの体表面を覆ううっすらした雷の障壁にぶつかって、リョウは気絶しそうな衝撃を受けつつ、石の剣の先端はジンライに届き、ジンライの鱗は一部切り裂かれた。

 

 出血させたが、浅い!


 ジンライは己の雷障壁の防御力を再認識しつつ、もう1匹いたか、姑息なやつらめと激怒する。

 

 しかしこの小僧は雷障壁に触れたというのになかなかタフだ。

 肌は一部焼け、鼻血くらいは出ているが、動きはまだ鋭い、というか人間なのか分からないくらい素早い。


 攻撃した直後、霧に紛れてカルスト台地の岩陰に隠れてしまった。


「ジン、予定通りやってくれ!オレどうにか頑張る!」


 ハクヤが傷つき、ジンの矢も通じないなら、自分がなんとかしないといけない。

 リョウは移動しながらジンに声をかける。


 本来の作戦では自分の出番はもうちょっと後だったが、雷障壁とは予定が狂った。

 もはや機をうかがっている場合ではない。

 ジンとハクヤの頑張りのおかげで、雷鳴竜ジンライは地に落ちている。


 リョウは、ジンライの雷障壁と体からぶつかってみて思った。

 何回か当たると死ぬ可能性がある。

 しかし相手は無敵ではなく、石の剣なら雷障壁を無効化して届く。

 “我慢比べだトカゲ野郎”

 リョウは心の中で呟く。


 声のした方向にジンライは即座に雷撃を放つ。


 そのとき、意識の外の方向から、また矢が飛んできた。

 矢は雷障壁で弾かれる。

 効かないというのにしつこく、本当にイライラさせられる。


 矢の飛んできた方向に雷撃を放つ。

 

 ジンは雷撃のタイミングを見計らって角弓を体の前に突き出す。


 バイオレント・ムースの角は、骨と金属等が混じり合った上、中に無数の空洞があるという複雑な素材で出来ており、電撃を受けても青白く発光して、低いゴォォという共鳴がするにとどまる。

 

 もちろん雷を完全に無効化できるとまではいかず、ジンは雷を受けた衝撃で全身に激痛がするが、このくらいは歯を食いしばって耐えられる痛み。


「これなら修行の方がキツい」

 ジンもとことんまでやってやるという気持ちだ。


 戦っていて分かったが、雷鳴竜ジンライには弱点らしい弱点は無いものの、大きめの雷撃を放った直後にほんの少し動きが止まる。

 

 ジンは、この隙をリョウが見逃すはずがないと思っている。


「オリャア!」


 リョウはジンライの死角から現れ、今度は左足の腱を切りつけた。

 

 もちろん、雷障壁とぶつかって体は弾かれるが、剣先がジンライのかかとの腱を損傷させた。

 ジンライの動きが少し鈍る。


「クソいてぇ!」

 リョウは全身の痺れにそう叫びつつ、さっきより雷障壁の強度が落ちていることに気づいた。


 どうやら世界の屋根の王者とはいえ、魔力は無尽蔵ではないようだとリョウは気づいた。

 

 少しジンライから離れる。


「おい、トカゲ野郎!勝負だ!」


 リョウはジンライの正面に立ち、石剣を正眼に構える。


 さんざんプライドを汚されて怒り心頭の雷鳴竜は、リョウを睨みつけながら、咆哮して応じる。

 身体中が痛い。

 ジンライは、生来生態系の頂点に位置しており、ここまでこっぴどくやられたことは未だかつてない。



 一呼吸おくと、リョウの脳はいつもの過集中モードに入った。

 周りの動きがゆっくりになる。

 

 ジンライの角が光った瞬間に、リョウは素早く動いていた。


 雷撃はその速度こそ光の速さだが、生物が狙って放つ以上、実際はジンライの反射速度とリョウの反射速度の勝負だ。


 雷撃が当たっていると思った位置に、この人間は既にいなかった。


 小さな雷撃を間髪入れず放つが、いずれも当たらず、この人間は少しずつ近寄ってくる。


 雷撃はことごとく避けられた。

 

 ジンライは近寄って来たリョウに対し、鍵爪と尻尾まで使って攻撃するが、素早過ぎて当たらない。


 リョウは尻尾の上に飛び乗って、雷障壁をまとったままのジンライの背中を駆け上った。

 足から全身に衝撃が走る。


「痛!くないっ!!」


 強がったままジンライの頭上に飛び上がって急降下、そして、ジンライの目に剣を突き立てようとした。


 その刹那、ジンライはニヤッとしたかに見えた。


 リョウの剣がジンライの目に突き刺さる直前、ジンライは頭を振って、額に生えている鋭利な角でリョウの左肩を貫いた!


 熱い塊が体を貫き、激痛、それにしまった!という思いがリョウを襲った。

 

 この角剣はジンライの奥の手だ。


 そのまま雷撃を放つと、リョウの眼前は真っ白になって、そのまま地面に叩きつけられた。




 


 



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