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陽暦1488年5月〜世界の屋根③

 数時間後、濃紺の空の下、2人と1匹は動き始めた。

 2人ともうたた寝くらいしか出来なかったが、体は休まっている。


 9合目。

 午前5時頃、群青の空、星がまだ残っている。

 そのまま登っていると、東の空が白み始めた。


 白い岩が多い台地に出た。

 不思議な地形がジンの目にとまる。

 石灰岩のようで、周りに水分が無い。

「これはカルスト台地てやつだね」

 高さ2メートル以下の大小様々な白い岩があちこちに点在しており、身を隠しながら戦えそうな場所だ。


 そこから更に上り、開けた砂利の多い場所に出た辺りで、稜線の向こうから朝日が滲み始めた。


 ハクヤが立ち止まり、巨岩の陰に隠れる。


 雷鳴竜ジンライがいた。

 目測で300メートルほど離れた岩陰に体を丸くして寝ている翼の生えた白い竜。

 頭に剣のような先の尖った鋭利な角が生えている。


 その奥に、膝くらいまでの丈の白い草が群生しているのが見える。

「あった。あれ多分雪息草だ。図鑑で見た形と同じ」


 リョウがとんでもない視力をしているのを知っているので、ジンは驚かない。


「もし飛び去ってくれなきゃ戦うしかないけど」


「しばらく観察してて」

 ジンは大荷物を持って戻り、さっき見たカルスト台地を確認する。


「よし」

 そう呟くと、1人で朝日の昇る中、白い息を吐きながら黙々と作業を始めた。


 1時間後、すっかり日が昇った頃、ジンはリョウの場所に戻った。

 リョウとハクヤは完全に気配を消して周囲に溶け込んでいた。

「残念ながらお出かけしないみたい」


 雷鳴竜ジンライは目を覚ましているが、日向ぼっこをしながらあくびなどしてリラックスしている。


「見てて思ったけど、あの剣みたいな角が雷を生み出しているようだ」


「えっ、何故そう思う?」


「さっきあいつがウサギ取ったとき、あそこが先に光って、直後にバリッと雷が出てた」


「それってすごい情報だよ。あの角をへし折ったら雷を出せなくなるかも」



 リョウとジンは息を殺しながら雷鳴竜の観察を続けた。

 しかし、ヤツは一向にそこから移動しようとしない。

 行き帰りを考えると、あと数時間がタイムリミットだ。


「よし、戦おう」

 ジンは決めた。


「さっきの台地に仕掛けをして来た。ヤツを誘き出してあそこで戦うよ」


「どうする?」


「ハクヤさんの出番だ」

 ジンとリョウ、ハクヤはその場で作戦会議を行なった。


「ハクヤ、オレたちが合図したら、あの竜を誘き出してくれ。お前の母ちゃんの仇だけど、戦ったら負けると思うから、無理すんなよ」


 ハクヤはリョウの言うことを、大体なんとなく理解している。


 なお、ハクヤは幼体の頃からセキサイの槍を避ける特訓をしており、普通のユキヒョウよりうんと強いというプライドを持っているが、ここはセキサイの危機でもあり、敢えて飼い主たちを信頼して従うことにした。


 リョウの目を見て頷く。


「よし、合図までちょっと待ってな」

 リョウとジンは静かに走って台地まで戻った。


 そこで、ジンは音の出る矢を山頂に向けて放つ。


 ピョーという甲高い音が聞こえた時、ハクヤは岩陰からのそりと出て来て、雷鳴竜ジンライに向けて咆哮を放った。


 暴君はハクヤを見かけると立ち上がり、向き直る。

 心なしかニヤッと笑ったような不吉な表情に見える。


 雷鳴竜ジンライの上空に暗雲が渦状に立ち込め、その名の通り、その暗雲はバリッ、バリッと放電を始めた。

 明るかった空がまた暗くなり始める。


 ジンライは翼をはためかせ、上空に旋回しながら舞い上がった。

 そしてゆっくりとハクヤの方に向かってくる。


 ジンライの体はうっすら帯電して光っており、とても不気味だ。


 ハクヤはその姿を見て、ブルっと身震いする。

 それは恐怖ではなく、武者ぶるいの類いだ。

 本気を出して、やっつけてやるという高揚感。


 ハクヤの全身が銀色に輝き、周囲に白銀の霧が漂い始めた。


 それを見てジンライは思い出す。

 ずいぶん以前に、このようなハクヒョウ・マギアと楽しく戦ったことを。


 子を守ろうとするアイツはなかなか強かった。

 もしかしてあの時のアイツの子か。

 生かしておいて良かった。

 また楽しめる。


 お互い100メートルほどの距離まで来た時、雷鳴竜は空中で停止して、前方に向けて直前状に放電した。

 バリッ、ドォーン!という轟音とともに放たれた雷撃。


 ハクヤに直撃した、かに見えたが、それは霧に投影された幻像だった。

 

 霧に隠れていたハクヤは雷撃の瞬間から大ジャンプで移動して、側面から雷鳴竜に迫っていた。


 雷撃の直後に隙ができていたジンライは、疾風のように飛びかかって襲いくるハクヤの爪撃を、すんでのところで上空に逃げて躱した。


 ジンライの胴体に傷が付いて流血している。

 完全に躱したと思ったが、爪の先でも掠ったようだ。


 こいつはこれまで戦ってきたどの敵より速い!


 魔力で作った氷の刃を爪の先に延長させた斬撃がジンライに当たって、ハクヤは昂っていた気持ちが落ち着いた。


 

「始まった。気合い入れていこう」

 雷鳴を聞いたジンが呟き、リョウは頷いて崖の上に隠れた。


 

 ハクヤは、霧をといてスタスタと離れ、嘲るようジンライのほうを振り向く。


 雷鳴竜は怒りで震え、頭上の暗雲が派手に放電する。


 ハクヤは恐れたふりをしながら、適切な距離を取ったまま、電撃を避けつつジンライを引きつけてリョウたちのもとに連れて来た。


 そしてまた魔力を使って周囲を白銀の霧で覆う。

 途端に辺りの視界が悪くなる。


 雷鳴竜はイヤな場所まで誘導されたことに気づいた。

 この台地は地面の水分が少なく、地表の相手に対する雷撃の効果が薄れるので、ジンライはあまり好きではない。


 辺りは視界を遮るほどの濃い霧に包まれており、先ほどのユキヒョウ・マギアを見失ってしまった。


 妙な静けさの中、嫌な雰囲気を感じる。


 そのとき、突然一本の鋭い矢が飛来し、飛んでいるジンライの左胸の上の方に突き刺さった。


 射撃!人間がいたのか!

 あの狡猾なチビ動物たちに罠にはめられたかもしれない!

 

 ジンライはこれまで何百人も撃退してきたが、毎回いろんな手管で傷を負わされるため、人間は大嫌いだった。


 ジンライはウォーベアの皮以上に硬い鱗で覆われているため、この矢は深く刺さらなかったが、振り払っても抜けない。


 暴君は知らないが、この矢にはカエシが付いており、簡単には抜けなくなっている。

 

 雷鳴竜はイライラから激怒に変わり、咆哮し、辺り構わず魔力全開で最大級の広範囲電撃を放ち始めた。


 耳をつんざく雷の爆音が5秒以上辺りに鳴り響き、周囲100メートルほどの範囲の弱い生物は漏れなく死ぬ電撃の嵐。

 

 これまで襲ってきた人間たちは大概はこれで死ぬか動けなくなった必殺の攻撃。


 そして全力で羽ばたき、霧を吹き飛ばし始める。 

 

 痩せっぽちの人間が弓を持ったまま岩陰に倒れているのが見えた。

 どうやら先ほどの放電で死んだようだ。

 

 


 


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