陽暦1488年5月〜世界の屋根②
リョウとハクヤは風のような速さでジンの家に着いた。
狩人アルとジンが外で弓を調整している最中だった。
「リョウ、何かあったんだね」
リョウの只事ではない様子でジンは即座に察する。
リョウは簡潔に説明する。
アルが忌々しそうな顔をする。
「雷鳴竜ジンライ……あやつのせいで我々はマンジェ山の8合目より上に行けんのじゃ。かつて何十年も前に金級冒険者パーティ3隊による討伐隊が組まれたが、半数が死んで失敗した。少なくとも白金級以上の者でなければ太刀打ち行かぬはず」
「それでも行くしかないんだ。ジンライってどんなヤツなの?」
「伝え聞くところ、全長は尻尾まで10メートル超。頭に角の生えた空を飛ぶ白き竜で、その名の通り魔力を雷に変えることが出来る。噛みつきや爪撃はウォーベア程度だが、やはり恐るべきはその雷。天から降らせたり、直線に放ったり、体に纏ったりするらしい」
アルの説明を聞くだけだが、リョウも無策では絶対に勝てそうに無いと自覚する。
「おじいさんは足が悪くてリョウに付いていけない。父さんは不在。だからボクが行く。雷対策しないと戦いにすらならないよ」
ジンは決意した様子でハッキリと言った。
「ジン……」
リョウはジンが一緒に来てくれると心強いが、今回ばかりは死ぬ危険性が結構有るので嬉しいが誘うつもりではなかった。
「基本、ジンライとは戦わない方向で。でもハクヤさんも一緒に来るんだろ?ならちょっと勝算有りそうなんだよね……。おじいさん、ボクら絶対に無理はしない。行ってくるよ」
「どうせ止めても聞きゃあせんのだろ」
そう言ってアルは家の中に入ってすぐにまた戻って来た。
「コイツを持っていけ。バイオレント・ムースの角で作った弓だ。あのヘラジカはジンライの生息地でも生活しておる、つまりなぜかジンライの捕食対象ではないということじゃ。我が家で最強の弓だから役に立つじゃろ。矢も狩りには使えん戦闘特化のエグいヤツが幾つかあるから持っていけ。ついでに各種毒も」
「ありがとうお祖父さん」
ジンは角弓の手触りを念入りに確認して、もらった装備を背嚢に収める。
「おまえら、絶対に死ぬなよ」
アルは複雑な表情で2人を送り出した。
「とりあえずリョウの家に行こう。避雷針代わりの金属槍が何本か無いと戦えない」
「分かった」
リョウはジンの考えに全幅の信頼を置いている。
2人は一旦サイラーの診療所に寄って、セキサイと魔力で治癒中のヤナの様子を窺った。
「内炎の進行は遅くなったけど、もって明後日くらいまでだと思う。私、好きじゃないからあまり使わないようにしてる言葉だけど……2人とも、頑張って!」
リョウは小さく「おう」と返事すると、そのまま診療所を出た。
ジンが走って追いつくとリョウは涙ぐんでいた。
1人でいた時の胸が掻きむしられるような焦燥感が親友たちのお陰で和らいでいく。
「ジンもありがとう」
走りながら、リョウは前を向いたままジンに言う。
「ボクは、リョウも誰も死なせないよ」
ジンも前を向いたまま走っている。
親友の泣き顔はわざわざ見なくてもいい。
ジンは走りながらも、頭ではジンライと戦わず済む方法や、いざ戦闘になった場合など、事前に考えをまとめていく。
セキサイの小屋には、昼前に着いた。
ジンの指示でリョウは、セキサイの小屋の中から、ありったけの金属槍を持ち出してロープで結び、背負う。
鉄線や鉄の鎖もあった。
その他、有用なものが無いか家探ししていると、入り口のすぐ側に、リョウがこれまで見たことのない黒い石剣が立てかけてあった。
「これは?黒曜石の剣だな」
「知らない。爺ちゃんが集めてたんじゃないかな」
「とにかく持っていこう。雷を通さないから役に立つはず」
2人は装備を整え、マンジェ山6合目となる北壁を登った。
北壁は、セキサイの手により岩をジグザグに掘って階段状にしてある。
標高4000メートル。
リョウは慣れた道だが、ジンも問題なくスタスタと付いてくる。
この上を更に登ると、かつてハクヤを拾ったあの場所に出る。
リョウは、雷鳴竜ジンライの姿こそ見てはいないが、ハクヤの母親を殺したあの空飛ぶモンスターこそ雷鳴竜ジンライだと確信していた。
セキサイをして緊張させ、幼いリョウにモンスターの恐ろしさを植え付けた対象。
“世界の屋根”ドルガ山脈に巣食う恐怖の暴君。
「ハクヤ……」
リョウがハクヤを見ると、ハクヤは耳が後ろに倒れ毛が逆立ち始めている。
記憶にあるのか、この辺りがすごく不快な場所だと感じている。
「ハクヤのお母さんの仇は討ってやりたいけど、今日は爺ちゃんのための薬草取りがメインだからな」
ハクヤは「わかってるよ」と言わんばかりの表情でリョウを見つめた。
夕方、山の8合目を過ぎた辺りまでくると、背の高い植物はほぼなくなっている。
岩陰や日の当たらない斜面などでは、雪が解け残って凍ったままあるのをチラホラ見かけるようになってきた。
さすがにずいぶん肌寒い。
空気も薄くなってきた。
リョウたちは普段から標高の高いところで生活しており、慣れているため頭痛などはないが、体の動きがやや重くなった気がする。
「暗くなってきた。このまま登って夜中にジンライと鉢合わせしたらボクら死ぬ可能性が上がっちゃうから、ここで朝まで休んで、薄い空気に体を慣らしたり、体力を回復させるよ。鎧の中に仕込んでいる金属製の重りの棒や、鍛錬用の腕輪、足輪は外しておいて」
「分かった」
リョウだけだったら無闇に登っていただろう。
日常生活で鍛錬用の重りを外すのは何年振りだろうか。
体が軽過ぎてふわふわする。
2人と1匹は、巨石と崖の間の窪みに身を寄せ合い、持ってきた毛布に包まって持参したパンと干し肉を食べる。
ハクヤは寒さなど感じないが、リョウたちが寒そうなのでくっついてやっている。
ジンは矢に鉄線を結びながら、道中考えたジンライ対策を詳細にリョウに説明する。
「上手くいくかな」
リョウはそう言いつつも、最初から覚悟は決まっているため恐怖はない。
「さてね。やってみないと分からないね。死んだら……死ぬだけさ」
ジンのこの死生観はどうなっているのかリョウには不思議だ。




