陽暦1488年4月〜王都への旅⑦
翌日、リョウたちは騎士団でやることを終え、セオドール県出張所に戻ってきた。
サイ先生はまだ騎士団で座学の講習中だったので、先に帰ってきたのである。
ハクヤが建物の中から出迎えてリョウの足下にじゃれつく。
出張所に帰ると、ハリス吏員と2人の男性が外のテラスでお茶をしながら談笑中であった。
ハリスが子供たちに声をかける。
「こちらはフーベイさんとグラハムさん。サイさんのお知り合いだそうで、いろいろお話をしていたところです」
「こんにちは。サイくんの友人のフーベイです。こちらはグラハム。サイくんから君たちが騎士志望と伺っていますが、良かったらちょっとお話しませんか?いやぁそれにしてもユキヒョウの従魔とはすごいね」
ハクヤを見て一瞬ギョッとなったが、人の良さそうな地味な格好をした40代のおじさんと、異国情緒ある顔立ちの30代のガッチリした猛者が話しかけてきた。
「いいよ」
リョウが即答していきなりテーブルに着く。
ヤナは一瞬「は?」という顔をし、ジンはいつもように無表情だ。
ハクヤはちょっと離れたところに寝そべって、ガッチリ猛者の方に注意を向けている様子だ。
ハリスは子供たちの分のお茶を用意するため一旦席を外した。
「帰って来たところすまないね。サイくんが君たちのことを面白がっていたので、ちょっとお話ししたくなったものでね」
「何言ってたんだろ」
「ありのままのアンタの話じゃない?」
「フーベイさんは何をやってらっしゃる方なんですか?」
ジンが珍しく積極的に話しかける。
「何もしていない……かな?どうかなグラハムくん?」
「私には分かりかねますな」
「分かった!貴族の人だ!」
リョウが言う。
「ふふ、君はリョウくんだね。そちらはヤナさん、君はジンくん」
「あなたはフーベイさん」
「ははは。なぜ私が貴族だと思うのかな?そんな見てくれじゃないつもりなんだけど」
「だって護衛のグラハムさんが、強すぎるから」
リョウから見ると、グラハムの佇まいは熟練の護衛のそれにしか見えない。
ハクヤを見て警戒するもその心は落ち着いており、そしてハクヤに害意が無く安全だと判断するまでの時間があまりに早い。
それだけで凄まじい手練れだと分かる。
「だそうだ、どう思うグラハムくん?」
「若いのに、とんでもない仕上がり具合ですね」
「そうだよねぇ」
このフーベイと名乗っているのは、もちろんカイゼル公爵その人だ。
本人は武の経験はほぼ無いが、実は魔力持ちで、他人のシマーが見えるし、他人の魔力持ちは見てわかる。
さっきはマギア種のユキヒョウを見て驚き、平静を装うのに苦労した。
カイゼル公爵は自らのその能力に物心ついてから気付いたが、誰にも言わずに秘密にしてきた。
その際に培った魔力隠しにも自信がある。
そんなことをせざるを得なかったのは、年の離れた兄弟王子たち同士が仲が悪く、この能力がどちらかに知られると一方的に利用されるのが目に見えていたからだ。
最悪、利用しつくされた後に殺される可能性すらある。
だから、自衛のため無能なフリを続け、王位継承の意思を捨てていると公言して過ごしながら、魔力持ちや、シマーの色の濃い者を自ら発掘して味方に引き入れてきた。
統計上の可能性として、ヤーマス王国に存在し得る魔力持ちの者の数は100人いない位だが、カイゼル公はすでにそのうち30人を囲い込んでいる。
そのカイゼルから見ると、この3人が一緒に育ったというのは奇跡的としか言いようがないことだ。
リョウの高貴な青色のシマーは眩しいばかりで圧倒されんばかりだし、ヤナは一見何もないようだが、事前に聞かされて知っていたので赤いシマーと魔力を隠しているのが注意深く見て初めて分かる。
ジンの深い緑色のシマーはとても落ち着いているが底が見えない。
「なるほどこれは確かに良いものが見れた。君たちは王都騎士団に入りたいんだったね。なぜ騎士になりたいんだい?」
「みんなが落ち着いて安心して暮らせるように」
リョウが答えるが、ヤナもジンも頷いている。
カイゼル公爵も頷いてさらに問う。
「内戦になったら、どっちにつく?」
「分かりませんが、国民を一番大事にしている人につきます」
これにはジンが答えた。
真っ直ぐにフーベイことカイゼル公爵の目を見つめて言った。
どうやらこの国にもまだまだ素晴らしい子供たちが育っているようだ、とカイゼルは嬉しくなってしまう。
「ボクは、カイゼル公爵こそがそのようなお人だと思っているのですが、フーベイさんはどう思われますか?」
ジンにしては珍しい問いかけだとリョウもヤナも思った。
「さてどうだろう?その人は昼行灯みたいにボーッとしてるらしいよ?さて、そろそろ帰ろうかグラハムくん」
「はい」
2人はお茶を飲み干して、立ち上がり出張所から出て行く。
「サイ先生に会わなくて良いんですか?」
ヤナが聞く。
「良いんだよ。邪魔したね。またいつか会えたら良いね」
「あれ、多分というか間違いなくカイゼル公爵だよ。昨日の夜、サイ先生街に出て行ったでしょ、あの後会ってボクらのことを話したんだと思う。多分サイ先生の本当の雇い主で、サイ先生みたいな人を何人も使って国中の情報を集めてるんだね」
ジンが2人に言う。
「えっ、そうなのか。護衛の人、すごく強かったしなぁ。分かる気がする」
「カイゼル公爵は魔力持ちなのね」
「ヤナ、やっぱりそうかい?」
「普段は隠してるみたいだったけど、私たちを観察したとき、一瞬目にシマーが集まってたわ」
「だから優秀な人を自ら集められるんだね。そうか大体わかったぞ。やっぱりカイゼル公爵がキーマンだったんだ。ああ、じゃあボクらはもうカイゼル派扱いだね……まあ仕方ない。少なくとも良い人っぽくてよかった」
「あの人は良い人だよ。だってサイ先生の友達だもん」
リョウは直感している。
「……ということが有りました」
ジンが帰宅したサイに報告する。
「……まあいいや。あくまであの人はフーベイさんだからね。後2年くらいは秘密だよ?」
全く、あのお方の好奇心には困ったものだ、とサイは思う。
しかし、ジンの洞察力には舌を巻く。
ほんのちょっとのやり取りですぐに物事の本質を見抜いてしまう。
軍師の適性でもありそうだ。
王都でカイゼル公爵と子供たちが会えたことは、僥倖だった。
お互いに実物を見てもらった方が早い。
サイは、今回の王都行において、事前にできたらいいなと思っていたことは大概実現した。
来るべき内戦に備えて、我が主人のために“鷹の目”たちは何を為すべきか、サイはずっとそれを行動指針として生きているのだった。
時代の流れはこれから加速して行く、サイにはそんな予感がしていた。




