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陽暦1488年4月〜王都への旅⑥

 その男は、訓練場に向かって階段を下りてくる。

 穏やかな表情を浮かべているが、人里に現れた猛獣のような違和感をまとっている。

 身長は190センチ超、体重は110キロを優に超えているだろうが、しなやかさで重さを全く感じさせない動きだ。

 顔も含め、見えている部分の筋肉が全て筋張って発達しており、はがねのような体つきだ。


 周りの観客である騎士たちは静かに注目したままだ。


「武技指南役に、注目!」


 訓練官が咄嗟に礼法を示すが、武技指南役は手を軽く振って制する。

「そういうのはいい。模擬戦を続けろ」

 そのままどっかりと椅子に腰掛けた。


 

「サイ先生、あの人、誰?」

 武術指導者たちの模擬戦の最中、リョウは指南役から目が離せない。


「王都騎士団の武術最高指導者、ダンマ・ウーツァン」


「もしかして爺ちゃんの親戚か何か?」


「セキサイ先生のフルネームは聞いたことないけど……どう思う?」


「うん、顔は似てないけど、雰囲気がそっくりだね。びっくりしてる。兄弟でも驚かないよ」


「やっぱそう思うか」



「サイ・ハグーダ!」

 指南役がデカい声で呼びかけて来た。


「ハイ!」

 いきなり呼ばれてサイ先生も緊張した面持ちだ。


「ちょっとそこの見学者を連れてこい」


 サイは心の中で「げっ」と叫びながらもリョウとヤナをウーツァン指南役の目の前に連れていく。


 ウーツァン指南役は、リョウが歩いて近づいて来る姿をまじまじ見て、目の前に立つリョウの姿もまじまじと見つめ続けていたが、口を開いた。

 意外にも懐かしいものを見るような優しい眼差しだ。


「……シーツァイにいは生きていたのだな。息災か?して、お前の名前は?」


「リョウ。シーツァイじゃなくて、セキサイがオレの爺ちゃん。元気だよ」

 

 リョウの立ち姿から師匠まで見抜かれてしまったが、そういうこともあるだろうとリョウは思う。


「リョウか。あにぃはセキサイと名乗っていたのだな。俺とシーツァイ兄は従兄弟で同門だ。お前は騎士団に入りたいのか」


「そうだよ」


 リョウがタメ口なのでサイ先生は冷や汗が出始めている。


「フフフ、そのまま励めよ。して、そちらの娘、名は?」


「ヤナです」

 ヤナは多少緊張した面持ちだが、正面からウーツァンを見据えている。


「その才、神に愛されているのだな。サイに師事するのは良い巡り合わせだ。喰わせ者だがそのままお前の実力を伸ばしてくれるだろう。なあ、サイよ?」


「そ、それはもう」


「子供たちよ、運命にただ付き従うのではなく、自分の目で判断し、信念を貫き行動するのだ。いずれお前たちの時代が来るだろう」


 思いがけない言葉に2人は「ハイ!」と素直に返事をしてしまっていた。

 サイもウーツァンがこのような態度で接してくるとは思わなかったから戸惑う。


「リョウよ、お前から見て、俺とシーツァイ兄のどちらが強い?」

 ウーツァンはリョウに小声で問いかけた。


 リョウはウーツァンを真剣に見つめながら答える。

「……分かんない。けど、戦ったらきっと2人とも死ぬと思う」


「ウワハハハハハハ!そうか!」


 いつも猛獣のような緊張感をまとっている武技指南役の笑い声に、騎士団員たちは何事かと注目する。

 あの子供は何を言ったんだろうか。


「王都には見学に来ておるのだな。空いておればお前たちも訓練場を使って良いぞ」


  

 そう言うとウーツァン師範は2人を下がらせ、指導に戻る。



「あんた物怖じしないわね」


「爺ちゃんに似てたからな」


 2人は武術指導者たちの模擬戦をああだこうだ言いながらひとしきり観戦した。

 模擬戦とは言え、魔法を使わないためサイ先生が負け過ぎるので腹がたつ。


 なお、武術指導者たちは合計7人参加していたが、ラヴェル・アストレアという師範代の強さは誰の目に見てもずば抜けていた。

 炎をまとった剣を自在に操る、最強の元地下格闘技王。

 剣の一振りで盾を溶かして切るような身長2メートル超の化け物。

 サイからすると残念ながらレオニード公の派閥に属しているそうで、内戦になったとしても戦わないことを祈るばかりだ。



 資料室に戻り、一段落していたジンに資料の書き写しの進捗を尋ねると、あと2、3日で終わりそうだとのことだったので、明日はリョウとヤナも手伝って終わらせることにした。



 その晩、子供たちを宿舎に残し、サイは1人、フードを深く被り王都を歩いていた。

 時々路地に入ったり、闇魔法を使って影に潜んだりしながら、人目につかないよう注意を払いながら歩く。


 サイは、尾行等がいないことを確認し、目立たない宿屋に入っている酒場に着いた。


 さらに蝋燭の薄灯りしかない個室に入ると、そこにはすでに8人の男女が集まっていた。

 中には、今日サイと訓練場で手合わせを行った、王都の魔法騎士フェリクス・ナイトレー師範と、レオニード公爵の配下五人衆の一人とされるノルン・ルークス師範がいた。


「みんな久しぶり、元気してた?」

 サイがフードを外して挨拶する。


「4年振りですねリーダー」

 ノルン・ルークスが気安く挨拶を返す。


「ノルン、大変なポジション、本当に済まないね」


「大丈夫です。すでにレオニード公からは信頼されていますので」


「さっすが優秀だねぇ」


「腕は落ちてないようで安心したよリーダー」

 長い金髪の貴公子然としたこの男は、王都騎士団所属のフェリクス・ナイトレー師範。


「キミもねフェリクス。じゃあ、“鷹の目”の諸君、久しぶりの議題に入ろうか」

 サイが話題を振ろうとしたその時、個室のドアが開き、2人の男が入って来た。



「えっ!カイゼル様!、グラハムまで!なんで!?」

 サイは心底驚いた。


「ふっふ。今回の会議は面白そうだったから、サイに内緒で来たのだよ」

 

 一見うだつの上がらなさそうな40男、といった風の中肉中背の男性こそ、テリスノース州にいるはずの、サイの本当の雇い主である「カイゼル・ヤーマス公爵」その人だった。


 カイゼル公は、王位継承順位3位にして昼行灯と揶揄され、世間から凡庸な人物と見られているが、公を見るサイの目には畏敬の念が込められているように思える。


「公、もっとお立場をお考えください」


「まぁ、グラハムが護衛してくれるから、大事ないさ。それで、今日は皆の話をたっぷりと聞かせてもらおうじゃないか。なんせ4年振りだからね。まずは、ジェイナス、レオニード各陣営の動向からだ。ジェイナス派の動きについては、イズマルくんとアナスタシアから。レオニード派の動きはノルン、頼むよ」


 カイゼル公爵は飄々とした物腰で、直属の部下たちに指示を出した。


 サイ以下の10人は、カイゼル公爵が自ら見出して育て編成した“鷹の目”というカイゼル直属の秘密部隊。


 その主な役目は各地の情報収集と情報工作、人材登用等である。


 彼らはカイゼル公爵の目となり耳となってヤーマス王国中に根を張っている。


 不定期に開催される”鷹の目“の会合は、カイゼル公爵の戦略には欠かせない重要なものとなっている。

 今回サイが王都に来た真の目的はこの会合のためであった。


 

 その日の報告は、深夜にまで及んだ。

 その中で、カイゼル公爵は、サイが見出したテオ村の3人の騎士候補生にいたく関心を示していた。


「よーし、じゃあ、明日彼らに会ってみよう」


「ええぇ……」


 

 


 



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