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陽暦1483年5月〜秘伝伝授

日常の中での一コマになります。

 農閑期、セキサイとリョウ、ハクヤは週一回、農民部隊の指導に村を訪れていた。


 当初、生まれて初めて武器を取る者がほとんどで、皆、戸惑いつつ槍と小剣の扱い方を学んでいたが、やっているうちに段々と扱いにも慣れてきた。

 

 当代随一の使い手、であるセキサイが効率よく指導するので、皆上達も早い。

 

 今や、各地区で3人チームを組んで、自主的に、木剣や棒を使った模擬戦を各地区の大人、子供たち、駐在騎士を交えて行なっており、それが、村人皆で行える数少ない娯楽の一つとなってしまった。


 それにはセキサイも少し驚いた。


 皆の動きを見れば分かるが、自主トレーニングを熱心に行なっており、週ごとに動きが良くなっている者がほとんどなのに感心した。


 今では、敵襲の合図の半鐘が鳴ると、皆一目散に武器を手に取り、所定の場所に集まって3人1組を作るような体制がすっかり構築されてしまっている。


 このような訓練を、駐在騎士たちが自主的に考えて実践してくれるのは、実にありがたい。

 特にトールは、人が変わったかのように努力している。

 セキサイとの稽古も自発的に申し出ており、セキサイも出来る限りそれに応えている。



 そのような冬籠り期間であったが、訃報があった。

 

 村に学校を作った実績のあるイバ村長が亡くなった。

 81歳という高齢で、この世界では長生きな方だった。

 イバは、先進的で合理的な考え方を持ち、臨機応変なリーダーだった。


 最期は、多くの村人が村長の家に集まり、村長が微笑みながら息を引き取るのを看取ったので、皆、悲しみながらも「大往生だったな」と口々に語った。


 今のところ、まだ村長不在だが、皆の意見はフリードが村長になることで一致しているし、本人も別に嫌がっていないので、近々フリードが村長に就任する見通しだ。


 

 また、亡くなる人もいれば、新たな命もある。


 フリード夫妻に新たに娘が誕生した。


 ヤナの妹で、リナと名付けられた。


 この家系はみんな美人で、リナも将来美人間違いなし、というハッキリした目鼻立ちである。

 ヤナは、年の離れた妹が出来たことが嬉しくて堪らず、毎日とても声をかけて可愛がっている。



 リョウは、8歳になった。


 身長は135センチくらい。

 しなやかな体つきでありながら、中に研ぎ澄まされた筋肉が詰まっているため、見た目よりうんと重い。


 セキサイは、毎日リョウの体の状態をつぶさに観察しており、最近では技の訓練をできる体格が備わったことが分かっている。

 

 これまで、基礎ばかり丁寧に教え込んできたので、リョウはもしかしたら面白くなかったかも知れないが、体格が出来ていないのに技を練習させると、怪我をしやすいのは分かっているので、セキサイは時期がくるのをじっくり待っていたのだった。



「リョウ、これから、お前に技を伝授していくぞ」


 リョウはポカンとする。


「技って、突きとか、蹴りとか?もう習ってるヤツじゃなくて?」


「そう。突きや蹴りも、磨き抜けばそれが必殺の技となるが、そのようなものではなく、特殊な理合いを用いるものだ。特に武器術に多い」


「へぇー、俺、見たことあるかな?」


「ない。まだワシは一つも見せておらぬからな」


 セキサイは、そう言いながら、長めの木剣を持ってきた。


「まずは一つ見せよう。そっちに立って。向かい合って、よく見とけよ」


 セキサイはリョウにも木剣を持たせる。


 自分も木剣を正眼に構える。


「小手を打つぞ、避けてみろ……フッ!」


 セキサイは正眼に構えていた木剣を、軽く上に振りかぶり、リョウの木剣の真ん中部分に目掛けてぶつけてきた……ように見えたが、いつの間にか剣先を飛び越えて、逆の右小手の位置にあった。


「うおっ!すり抜けた!」


 リョウは仰天していた。

 セキサイはわざとゆっくり振ったのだが、それでも、術理が分からない。

 いつの間にか、剣が、物理法則を無視したような軌道で途中変化して落ちてきた。


「これは、稲妻と名付けてある技じゃ」


「名前かっけぇ!」

 リョウは「でもなんか子供っぽいかも」と思うが、言うのは我慢した。


 セキサイは、ちょっと嬉しそうに技の解説をする。


「自分の剣を振り下ろすとき、空中に相手の剣があるとして、そこで剣同士がぶつかったとする。すると剣はそこで止めることが出来るのじゃが、そこから別の方向に振り下ろすと、軌道が空中であり得ん変化をしたように見える。それがこの技の術理じゃ」


「えっ、意外に簡単かも」

 リョウは拍子抜ける。


「フフフ、やってみよ」


 リョウはみよう見真似でやってみるが、セキサイの神速の剣技には全く及ばない。


「あれ、全然想像したのと違う。変な動きになっちゃう」


「この術理はいろんな武器に応用が効くぞ。だがな、全身の筋肉、関節の動き、体重移動の身体操作が、全て高度に連携しなければ実現出来んぞ。修行あるのみじゃ」


「やっぱそうか。爺ちゃんもずいぶん練習した?」


「自在になるまで10年かかったな」


「うわぁ」


 リョウもやってみて全然出来ないので、ものすごく難しい、習得まで時間のかかる技をだと理解した。


「焦らず、倦まず、ひたむきにやるのじゃ」


「おう!」


「まあ、この技を出したこと自体数少ないが、初見で躱せた者はおらん。だから、手の内はうかつに晒すなよ。人前で練習してもいかん。秘伝というヤツじゃ」


 セキサイのいつもより真剣な眼差しに、リョウはしかと頷く。


「秘伝……分かったよ爺ちゃん」


「この技を習得している頃、リョウは、まあまあ強くなっているじゃろうな」


「まあまあか。でもいつか爺ちゃんが強くなったと認めてくれたら、嬉しいなー」


 リョウは、ずっと昔から、心の中に「強さへの渇望」を抱えて生きており、それこそが生きる原動力となっている。


 また、最近はそれをハッキリと自覚もしている。


 俺は多分、誰よりも強くなりたいと思っている。


「いずれまた違う技を伝授しよう」


「頼んだよ爺ちゃん、俺を強くしてね」


 セキサイは苦笑する。

 

 だが、この生意気なチビ助は、想像以上の速度で成長を続けている。


 このままいけば、セキサイを遥かに超え、もしかしたら人類が到達したことのない領域まで強くなるかも知れない、とセキサイは考えていた。

 




 


 





 


 


 

セキサイは世間には槍使いとして知られていましたが、実際は武器全般、何でも、素手で戦っても超一流です。

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