令和7年10月29日…③ 最後の晩餐は……エビ?
序章の続きとなります。
李明が傍らに控えていた小姐に合図を出すと、小姐のインカムを通じて注文がなされ、男のウェイターが生ビール2杯と涼菜を運んできた。
乾杯の後、山村がクラゲの皮をつついていると、次にコンロとガラスのドーム状の蓋、穴の空いた特殊な鍋、活きた車エビがウヨウヨ泳いでいる小さな生簀が運ばれてきた。
活きたエビが小網で掬われ、皿のうえに乗せられると、小姐はそこにガラスドームの蓋を被せ、周りから紹興酒を注ぎ始めた。
エビたちは器の中で、急に入ってきた酒にびっくりした様子で暴れて飛び跳ねたりしていたが、やがてほんのり赤く染まってぐったりと落ち着き始めた。
蓋がなきゃ大惨事だ、と山村は思う。
山村は以前料理動画で見た光景を思い出し、目が輝き始めた。
「これは……もしかしなくとも酔っぱらいエビってやつですね」
「是的。とっても美味しいよ」
李明はニヤニヤしている。
小姐は、ぐったりしたエビをトングで掴み、慣れた手つきでコンロにかけられた鍋の、穴の空いている部分から1匹ずつ放り込み始めた。
鍋の中からはジュージューいう音とエビが暴れる音が少ししたが、すぐおさまる。
時間的には数十秒か、小姐が鍋の蓋を開けるとそこには紹興酒、ニンニク、ネギ、中国醤油、唐辛子、油の混ざったタレが熱々の湯気を立てて、エビたちも赤くツヤツヤに光っており、強烈に旨そうな香りが山村の鼻腔を直撃した。
「さぁ、すぐに食べましょう」
「死ぬほど美味そう!」
実のところ山村は、甲殻類は値段もさることながら剥くのが面倒で、味は好きなものの普段はあまり好んで食べない。
しかしながら、このエビばかりは味が知りたくてしょうがない、というか絶対美味いヤツに違いなかった。
小姐に教えてもらって、熱々のエビの頭をもいで、竹串で背ワタを外し殻を剥くと、山村は置いてあるツケダレにエビを潜らせて一口でそれを口の中に放り込んだ。
「nn〜ーーーー!!」
新鮮でプリップリのエビの旨味と食感の気持ち良さ、それに紹興酒の豊かな香り、油とネギ、ニンニク醤油ダレの食欲を強く刺激する風味、が渾然一体となって山村の脳に襲いかかった。
上手く言葉が出てこない衝撃的な美味さに、脳内は幸福物質で満たされ、これまでの山村の脳内エビ美味かったランキング1位を更新した。
「剥いた殻までぺろぺろしたーい」
山村が後味の余韻に浸りながら、見ると李明も陶酔の表情を浮かべながらジョッキのビールを一息で飲んだ後だった。
これまで山村と李は何度かスナックで飲んでいるが、この男の酒量は底が知れないのが分かっている。
「どうせなら、紹興酒いっときますか。いいヤツ」
李明は山村に提案する。
「良いんですか?」
「当然了!」
李明は3匹目のエビを剥きながら、小姐に5万円超の紹興酒を注文した。
山村は、李明が一体幾ら給料を貰っているんだろうと一瞬考えたが虚しくなりそうなので考えないことにした。
運ばれてきた高級酒は、思ったよりクセが少なくまろやかで飲みやすい。
一緒に氷砂糖も運ばれてきて、燗にした紹興酒にそれを溶かしたりしながら飲んだ。
それを注いだり注がれたりしているうちに、他の炒め物やスープなどの料理も次々に運ばれてくる。
紹興酒を飲み終えると李明はエンジンがかかってきたのか、山村に聞かずに白酒を注文した。
白酒はアルコール度数が60度を超えるものもあり、酔いすぎるきらいもあって、山村はいつもは接待の場でも出来るだけ飲まないように用心している。
しかしながら、今日、李明はご機嫌なのかいつもより饒舌で、いつもは話したがらない自分の生い立ちや、中国での学生時代の話をしてくれているので、場を白けさせたくない山村は、李明と酒のペースを合わせることになってしまっていた。
他愛ない会話を楽しく続けているうちに、デザートが運ばれてきたが、その頃には山村は自分がいつもより格段に酔っていることに気づいた。
自分で把握している限界の酒量からすると、まだ大丈夫のはずだが…体調が悪かったか?
目が少し霞むような気がする。
ちょっとセーブしなければ、肝心な会話の内容を忘れてしまうし、何となく呂律も回らなくなり始めているぞ……と山村は気を引き締める。
李明はそんな山村の様子に穏やかな笑みを浮かべながら、しかし目に冷静な光を湛えながら言った。
「山さん、今日の食事は気に入りましたか」
「ええ…とっても美味しかったです」
書きながら腹の減る話でした。




