陽暦1476年1月1日〜年越し④ 子供はみんな誰かの特別
乳幼児のお話はそろそろ終わります。
サイラーはまっすぐセキサイの目を見つめて続ける。
「普通の人はね、シマーはぼんやりしてて、色も暗い感じ、明るい感じ、位の判別しか出来ないの。色がはっきりしている人ってとっても珍しいのよ」
「そうなのか」
「でもね、お爺さん、あなたのシマーも何だか不思議な感じするわね、ちょっと見てもいい?」
「別に構わんが」
サイラーは先程のように集中してセキサイを凝視した。
「あなたのシマーも変わってるのね。赤みがかった黒で、ちょっと不気味な色ね。常にうっすら体を覆って落ち着いているわ。やっぱりこんなの見たことない」
「そうか」
セキサイは聞いても意味がわからず「そんなもんか」とだけ思う。
「……私は……?」
「えー、駐在さんも?ま、いいか。えいやっ」
「ちょっと扱いがぞんざいですぞ」
「駐在さんのは、ちょっと明るい感じの色だけど、薄すぎてわかんないし、小さくてぼやっとしてるわ。よくある、典型的な普通の人のシマーね」
「さようですか……」
スミス騎士はしゅんとなる。
「とにかく、この子には何かしらあるから、小さい時からいろいろ学ばせるべきよ。村では、村長の家の中の広間で子供に勉強を教えてるし、もうちょっと大きくなったら、ぜひ通わせてあげてね。私もそこで教えてるから」
そう言われるとセキサイも悪い気はしない。
「そのようにしよう」
サイラーは、戸棚からいくつか薬草を取り出して、すり鉢ですり潰す。
できた粉末を少しずつリョウの口に含ませ、ぬるま湯で交互に流し込ませる。
少しむせたが、リョウは目をつぶっていながらも全て飲んでしまった。
「しばらくここで安静にさせて様子を見ててね。熱も落ち着いてくると思うから。
サイラーはそう言って、残りの粉薬をいくつかの紙に分けて包み、セキサイに渡した。
「わたしは奥で寝てるから、好きにしてて」
「ありがとう。助かる」
サイラーは奥に引っ込んで行った。
スミスも「では、これで」と言い、サイラーの店から出て行こうとする。
「世話になったな。ありがとう」
「いえいえ、仕事のうちですから」
爽やかな笑顔を残してスミスは出て行った。
セキサイは礼を言い「今度何か差し入れでもしてやるか」と思っている。
誰もいない診療室で、セキサイは寝かされたリョウを見つめながら、ホッと一息ついた。
心なしか、リョウの息遣いがさっきより落ち着いてきたように見える。
女神に預けられたり、頑張り屋だったりそもそも最初から数奇な子だとは思っていたが、シマーとやらも珍しいという。
だが、セキサイにとってリョウは、人並みに泣いて、笑って、病気する、普通の赤子だ。
セキサイが守り、育てなければ、あまりにもか弱い存在。
「心配させてくれる……」
セキサイはリョウの髪を軽くなでながら言った。
リョウの目が薄く開くが、セキサイの優しげな眼差しに安心したのか、すぐにまた寝てしまった。
サイラーが奥の部屋から出て来たのは、昼前だった。
見ると、赤ちゃんと爺さんが共に寄り添いながら寝ていた。
赤ちゃんの顔色や寝息は穏やかで落ち着いているので、もう目を覚ますだろう。
「寝てしまっていた。すまない」
セキサイはサイラーの気配で目を覚ました。
「新年、明けましておめでとうだね」
「そうだったな。明けましておめでとう、そしてありがとう」
「いいのよ」
「ふゃあぁぁぁ……」
リョウが目を覚ました。
セキサイは長居し過ぎたと思い、サイラーの家を後にする。
「お代はいくら払えばいいかね」
「今度、素材採集の依頼を受けて貰えば、それでいいわ。お金なんかここじゃあんまり意味がないもの」
「そうか、いつでも、何でも言いつけてくれ」
セキサイは、リョウを連れて、フリード夫妻の店に歩いて行く。
その前に、門の外に立てかけてある槍を回収した。
フリードの店の前では、マギーがヤナを外で遊ばせていた。
ヤナはリョウと同じくらいの背丈で、すでによちよち歩き始めている。
「あっ、セキサイさん、新年おめでとうございます〜。久しぶりねー」
「新年おめでとう。リョウが熱を出したので薬師に世話になった。もう良いみたいだ」
リョウは、少し元気がないが、セキサイの腕に抱っこされながら、ヤナの元気な姿を眺めている。
「昨日の夜に来たの。大変だったねー」
「ちと塩を売ってくれぬか。冬の間、まだしばらく籠もるでな」
マギーは「分かった」と言い、店から塩の入った袋と、パンを入れた袋をセキサイに渡す。
「パンはおまけよ。お腹空いてるでしょ」
「いつも何かしらおまけしてもろうて、悪いな」
「じーじぃ!」
リョウは、セキサイを見ながら声を上げる。
「あらー!もう結構ハッキリ喋るのね。めちゃくちゃ成長が早いわ」
「アー!」
ヤナも何か言いたくなったらしい。
セキサイは塩の代金をマギーに渡し、店を後にした。
セキサイは、小屋までの道すがら思う。
この村にはすっかり顔馴染みができて、人々に世話になっている。
人々との縁は、リョウが深めてくれている。
自分は一度は死んだと思った身だが、生きていれば良いこともある。
もう少し暖かくなったら、もっとリョウと一緒に村に顔を出すとしよう、セキサイはそう考えるようになっていた。
ちょっとずつリョウは年を重ねて行きます。




