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夕暮れディマイズ


「…はあ。」


青年は盛大に溜め息を吐く。

前日は訳の分からない祭で女に追い回され、美人局だか何だか騒ぐチンピラを殴っているうちに、手下だの上司だのが大量に湧いてきて。

全員殴り飛ばすのに3時間も付き合わされた。

麻薬を使っているのが警備隊にバレたくないとかで、弱い癖に執拗なまでに命を狙われた。

全て潰して警備隊に突き出してやったが、何故そんな面倒事を俺がしなければならないのか。

人間というのは、厄介事ばかり押し付けてくる生き物だ。

夜中になって再度用件のために出掛けたものの、また足止めを食らう羽目になってしまった。


「…教会の真実を知りたければ、白教会内部に巣食う悪魔を見つけて倒してください。こちらもただで情報を与えるわけにはいきません」


白髪のいけ好かない男は、嘘の笑みを貼り付けてそう言った。

どうやらこちらが信用できるか測っているといった具合だ。

さっさと片付けて情報を聞き出すしかない。


渡されたメモの地図に従うと、教会の地下牢に着いた。

こんな空間があるとは知らなかった。

門番の巨人に通行証を見せると、中へ通される。


中は廊下のように先まで続いていて、左右にはそれぞれの牢がある。

けれど簡素なそこからは、生者の気配がしない。

実際見るに、牢の中には誰も居ないらしい。

処刑された後ということだろうか。


奥を進むと、梯子があった。

それを降りていくと、小さな部屋に出る。

そしてそこには鍵のかかった四角い小さな扉がある。


渡されていた鍵を使って扉を開けると、外に出られた。


「なんだ……?」


地下に広がる白い花畑。

頭上には、夜空が広がっている。


構造的にあり得ない。

地下に空があるなど。

しかし地下に宇宙空間を作るなど、強い魔法はでたらめなところがある。

これもそうした疑似空間の類のものだろう。


もしくは、教会の外ではなく、別の場所へと魔法で繋げられているのかもしれない。

花畑の中に、大きなお墓がいくつかある。

墓の元まで歩き、墓に刻まれた文字を見る。

どうやらこれは歴代法皇の墓らしい。


怪しい情報雑誌で読んだことがある。

白教会の地下に、法皇たちの墓があると。

ただの妄想かと思っていたが、どうやら本当らしい。


「Grrrrr…」


獣の唸り声にゆっくり振り返る。

視線の先には、大きな黒い犬が居た。

凶悪な3つの頭は、地獄の門番と言ったところだろう。


「邪魔立てするか。では斬る」



ーー


アルフとウィルが下がり、私を案内するのはクロムが担当になった。

ウィルの方が知っているから気持ち的に楽だけれど、どうも忙しそうだから無理は言えない。


「…あの、赤の騎士さん」


「クロムでいいよ。その呼び方堅は苦しいだろ?」


クロムはくすくすと笑ったあと、ウィンクをした。

教会の騎士の中では、随分フランクな印象の人だ。

特に笑顔が可愛らしく、大人な態度とギャップがある。


「どこか見たいところはあるか?無ければ無難に案内するけど」


見たいところとすれば、法皇関連だろうか。

ゲームでは法皇の遺血というアイテムがあり、それが先のエリアに行くために必要になる。

といってもこの世界ではゲームと違って法皇が生きているから、現法皇ではなく前法皇の遺血を狙うことになる。

そんなものが保管されているかは分からないけれど、調べるチャンスだ。


「歴代法皇の物はどこにあるんですか?」


「うーん。肖像画とかはないかな。所持品なら飾ってたり保存してたりする」


そう言って連れてきてくれたのは、待合室のような部屋だ。

大きなソファーがあって、部屋の中には色んなものが飾られている。

誰かの描いた絵や、宝石など。


「このほとんどが前法皇のものだ。法皇様の希望で飾っている。…時折見に来られる時もある」


現法皇も、過去を懐かしむ時があるのか。


「前法皇のものはこれが全てですか?」


クロムはニヤリと笑うと、耳元で小さく囁く。


「それから血を保管している部屋がある。法皇は特別な血を持つものだからね」


私はギクリとする。

全部お見通しというところだろうか。

そう思って目を見ると、ウインクされる。


「ふふ。場所を知りたいって顔だね?でもただで渡すには惜しいからなあ。俺と結婚してくれるなら考えてもいいよ」


彼は何でもないように、とんでもないことを言う。

思わず、私はポカンとしてしまう。


それを見てまたくすくすと笑うと、懐から2つのお手玉を取り出す。

1つは赤、もう1つは黒。

手で遊びながら、飄々と話を続けている。


「人生ってのは選択だと思うだろ?どれか一つを取れば、もう一つは得られない。ルキア、君は何を選び、何を捨てる?」


含みのある言い方だ。

赤がクロムなら、黒はシエルだろうか。

その選択なら、私は一つしか選べない。


「…結婚は、できないわ。それはつまり、教会の引き抜きってことでしょう?」


「そうだね。だけどそれなら、血を得ることは諦めなくちゃね。うーん残念だなあ」


さして残念でも無いように呟く。

彼がどこまで知っているか分からないけれど、あの罪人でも私とシエルの繋がりを調べられたのだから、教会の騎士なら当然知っているだろう。


「あなた、嘘吐きね」


私が呟くと、クロムは感情の読めない笑顔で視線を寄越す。


そもそも最初からおかしかった。

わざわざ教会の騎士が3人がかりで謝罪など、あり得ないことだ。

騎士ごとに仕事が異なるし、顔を合わせる機会すらそう多くないはずだ。

青の騎士団は他の団で手に負えない強敵専門、白の騎士団は救護や浄化専門、赤の騎士団は戦専門、黒の騎士団は呪いや戦専門それくらい違う。

私が居た時も、それぞれの団が一緒に活動することはほとんど無かった。


「私は人質?結婚ってのはシエルから引き離そうって魂胆なのかしら」


私はじっと目を見て本音を探る。

そして慎重に言葉を選ぶ。


「残念だけど、私にその価値は無いわ。そんなことしたってシエルは動揺すらしないもの」


シエルなら、私がどうあれ復讐を完遂するだろう。

何か言われるかと待っていたけれど、クロムは何故か私の頭をポンポンと撫でただけだった。


「まあ、おしい!50点!嫌がらせってのは100%正解なんだけどな」


「…?」


ーー



「あの…どういうことですか!?」


断ったのに、私は何故か白いドレスを着せられている。

まるでウエディングドレスだ。


「あははー超似合うじゃん」


対するクロムも、白いタキシードで整えられている。

ドレスを引き千切って逃げるか悩んでいると、相変わらず呑気な声が返ってくる。


「まあ、結婚はしなくていいからさ。儀式だけ参加してよ。」


「…儀式?」


それにしても、整えられたクロムはまるで別人だ。

態度こそ大人びていても、いつもは癖っ毛に大きな瞳と目の下のほくろでどこか可愛らしい印象を持っている。

けれど固められた髪型と化粧で、見た目もかなり大人っぽく見える。

確かに結婚式というよりは、なんらかの儀式的なメイクのようだ。


「…何の儀式ですか?」


ニヤリ、と悪戯が成功したように笑われる。

随分悪い笑みだ。


「太陽を墜とす儀式さ」


ーー


背中の剣に手を掛けて、1歩ずつ間合いを詰め、素早く引き抜いて斬り掛かる。

犬達は野生らしいスピードでそれを避けると、すぐに噛み付こうと突進してくる。

それを後ろに避けて距離を取ってから、突っ込んでくる相手を迎撃する。


ザシュッ、と一撃入った。

しかし、案外傷は浅いらしく、犬達は怯む様子もない。


(感触がないな)


まるで霞のようだ。

恐らくこれは、本体では無い。


(これも白髪の作戦か?いや、違うな)


白髪は教会内部に巣食う悪魔と言っていた。

それはつまり、内部犯だと言うことだ。

この犬達を使役している人間が教会内にいるということかもしれない。


(本体はどこに居る)


墓地の気配を辿れば、犬達の他にもう一つある。

素早く犬達から離れ、その気配の元へ距離を詰める。


「ひぃぃ!」


相手の首に剣を突き付けると、情けない悲鳴が上がった。


「犬を消せ」


「は、はいぃ!」


ボロけた布のようなみすぼらしい格好の男は、ろくな食事もないのかやせ細っている。


「お前、何者だ。嘘を吐いたら殺す」


「分かってます!んヒィ!わ、私は罪人番号89!ここの罪人ですよ。脱獄してここに住んでいるんです」


処刑されるはずの罪人が逃げ込んだのか。

おかしな話だが、それならこいつは教会の人間ではないのかもしれない。

見た目的にも、信者ならまだしも教会で働いている真っ当な人間には見えない。


「教会の裏切り者を探している。悪魔と関わりがある人間を知っているか?」


「そ、それは知りませんな。嘘じゃありませんよ!ただの罪人じゃ知る由もありませんから」


「だがあの犬はどうやって契約した」


「あれはここに最初から居たんですよ。墓守として。」


(…くだらん)


トン、と男の首が落ちる。

血飛沫を浴びて、コートが台無しだ。

それを魔法でさっさと落とし、俺は踵を返す。


時間の無駄だ。


しかし、男の遺体がぶわ、と強烈な気配になる。


「…ッ!」


振り返ると、男の遺体があるだけだった。


ただ死んだらしい。

魔法で姿を変えていたらしく、遺体は教会の呪術師の姿に戻っている。

こいつが白髪の言う内部犯だろうか。


しかし、あの嫌な気配。

俺はあれを知っている。


(こいつに悪魔を与えたのはまさか…)


白髪に確かめるべきことが増えた。

早急に約束場所へ戻ることにする。


ーー


法皇が教会の玉座に座っている。

姿を見ることなど、本来は許されない。


しかし、年数えの儀式だけは、例外なのだと言う。

白衣を纏った神官と巫女が、法皇がこの先も穢れなく幸運に過ごせるように祈りを捧げるらしい。


(…それがどうしてドレスとタキシードなのよ…)


完全に形式だけで、デタラメだ。

しかし法皇の手前、私は粛々と祈りを捧げる。

アルフとウィルが忙しそうだったのは、この儀式のためだったらしい。


役目を終えると、パチパチと拍手が送られる。

法皇が優雅な身振りで賛辞を述べる。


「いやあ。一時はどうなるかと思いましたよ。まさか神官と巫女が行方不明なんて。ですが儀式を行わないわけには行きませんからね。」


聞いていたクロムが苦笑する。


「…適役は俺じゃないと思いますがね」


「何を言いますか。見事でしたよ?」


私は驚きを隠せない。

法皇様は思っていたよりも、フランクな雰囲気だ。

年もかなり若く、少年と言った印象を受ける。


「どうも、ルキア嬢。君のことはよく知っているよ。呪術師としても大変よく働いてくれていたからね。ああ、驚いただろう?僕はまだ15歳だ。前法皇が崩御するのが早かったからね」


白教会の法皇は、世襲制だ。

前世のようにコンクラーベみたいなものがあるわけではない。

ゲームでの法皇は骸のボスだったけれど、かなり老齢だった。

彼のような幼い姿ではなかった。

もしかしたら、ゲームの法皇の孫とかだろうか。


「前法皇はね、悪魔になってしまったんだ。不老を求めたんだろうね。でも出来上がったのは骸姿の幽鬼だった。悪魔になるために生き血を全て抜いたらしい」


法皇様は目を伏せると、ロッドから剣を引き抜き、剣を見つめている。


「大聖女も、前法皇も、父も、私が斬るように指示した。騎士たちはよくやってくれたよ。…でも、この教会はもう長くは持つまい。その日が来たら真っ先に逃亡させてもらう。それまではせいぜい役割を果たすつもりだ」


「…必ずやお守りします」


アルフが返す。

教会が無くなれば、人々の混乱は免れない。

ギリギリまで踏ん張るつもりなのだろう。


「…あの、太陽をってのは…」


クロムに視線を向けつつ尋ねると、法皇が微笑む。


「大聖女や前法皇がああなってしまったのには、実はきっかけがある。ここで全てを語るには時間があまり足りないけど…()()()()のせいなんだ。そのせいで白教会は滅ぶと言ってもいい」


太陽といえば、辺境のステージに太陽のようなボスが居た。

それのことを指しているのだろうか。


「奴は常に白教会に呪詛を送っている。でもこの儀式はそれを一時的にでも返す呪詛返しも兼ねた物。今頃自分の呪いを受けて怒りに震えているところだろう。…ウィル」


「は、はい!」


ウィルは私達の背後の扉に手を翳す。

魔法により、扉は開く。


そこに立っていたのは、見知った白髪と紫の瞳だった。


「シエル!?」


シエルは声に気づくと、こちらを怪訝な目で見た。


「お前…次から次へと節操が無いな」


(な…!シエルに変な誤解された!?)


クロムを睨みつけると、舌を出してぺろりと誤魔化された。

可愛くないから。


法皇が立ち上がり、剣をしまった杖をシエルに向ける。


「君達が求めていた教会の真実というのは、辺境の街の祭壇に行けば全て分かるだろう。祭壇の儀式に使う前法皇の血も用意してある。…だが、もう一つだけ頼まれて欲しい」


シエルは黙って、その言葉を聞いている。


「あの憎き偽の太陽を撃ち落としてくれ。教会の多くの命を奪ったあやつだけは、絶対に許すわけには行かぬ」


だからここまで、お膳立てをしてくれたのか。

その場の全員が、ただ一人の言葉を待つ。


これは選択だ。

何を取り、何を捨てるかの。


「上等だ。二度と這い上がれないようにしてやるよ」


勝ち気なシエルに、法皇は安堵したように笑う。

法皇と剣士のようでいて。

その様はまるで、少年と英雄だった。



ーー


彼らが旅立った数日後、聖都に変化が起きる。

青い装束の騎士と赤い装束の騎士は、受け入れるように眺めている。


「…ついに、来てしまいましたか」


「へっ。ようやくの間違いだろ。」


ハリボテの街が崩れていく。

完全に機能を失うわけではなく、不要な機能を減らして行く形だ。

残るのはもう、祈るための神殿と法皇の玉座だけ。

元より、とっくに限界だった。

それでも街全体を維持したのは、彼らのプライドだ。


客人に後事を託すまでは、という。


「…オツカレサマ。最強の騎士よ」


「貴方にそんなことを言われる日が来るとは。ええ。お疲れ様でした。」


青の騎士は白教会の維持に魔力の9割を使ってきた。

その役目も、ついに終わる。


これから水の聖都は、衰退していくだろう。

多くの人々が混乱し、悲しむことになるかもしれない。


けれどそれは、あるべき姿に戻ることを意味している。


「仕事は山積みですよ。」


「なあに。俺達四人ならなんとかなるだろ。後は客人から吉報を待つだけよ。義兄様(お・に・い・さ・ま)。」



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