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彗星コーリング


シエルから数日ほどオルフィスに滞在するという話が出た。

どうやら剣や防具の手入れをしたいらしい。

簡潔に伝えるとシエルはどこかへ行ってしまった。

ずっと宿にいても仕方ないので、私も街中を歩いて見ることにする。

そういえば、転生したと気づいてから初めての一人の時間だ。


私達に害がないと判断したのか、オルフィスの商人達は以前ほど凝視をしてこなくなった。

ただ私が金蔓にならなさそうだからか、営業の熱心さもそれほどない。


街路には様々な屋台が立ち並び、屋台ではなく、強勢な面構えのお店も多い。


(ジュエリーショップ…)


厳重な警備と華美な雰囲気に入るのは気が引ける。

しかし、何というか存在が新鮮だ。


ゲームでも、戦闘の装備としてアクセサリーが出てくる。

しかしどれも高級なものというよりは、怪しい呪具のようなものばかり。

だからこの世界にそれ以外のアクセサリーが売っているとは想像したことがなかった。

街仲も、ダークファンタジーゲームの世界と思えないほど、穏やかな時間が流れている。

シエル視点で見える戦闘だけの世界の外には、私の知る前世のような普通の日常が広がっているのだろう。


(でもシエルの視界には…入ってないのよね)


逆に言えばシエルから見たこの世界は、光の差さない暗い世界に見えているということでもある。


どうせなら、シエルの家族が襲われる前に転生して、全部変えられたら良かったのに。

でもそこまで変えてしまうのは、彼の人生への冒涜なのだろうか。


ここ最近の悩みに答えを見いだせずに俯きかけた時、誰かの視線を感じた。


「貴女を探していたんです!」


「!?」


少女が私を見て、大きな声を上げた。


ーー


「えっと…どちら様でしょうか…」


人見知りしつつ、流れで近くのカフェに向かい合って座る。

金髪のふわふわしたボブヘアに、ピンクの瞳をしている。

まるで乙女ゲームのヒロインのような容姿が、なんだか眩しい。


対する私は、前世と同じで、黒髪ぱっつん。


誤解のないように言うけれど、私はぱっつんヘアを望んだことは一度もない。

けれど美容院で希望のヘアを上手く伝えられず、いつも気がついたらぱっつんにされてしまう。

美容師からしたらカットが楽なのだろうか。

雑に扱われている気がして、いつもなんだかモヤモヤする。


(それにしても…まるでヒロインとモブね…)


そうは言っても、このゲームは乙女ゲームではなく、泣く子も黙るダークアクションゲームだ。

シエルの周りには女キャラどころか協力キャラ一人出てこない。

居るのはほとんど話さない商人NPCだけだ。


「あ!ごめんなさい。私はユリエラです。教会で聖女をしてます」


「そうなんですね…私はルキアです」


水の聖都には、白教会という大きな教会がある。


そこにはたくさんの聖女たち(セイント)呪術師たち(シャーマン)がいて、トップには法皇(エンペラー)という偉い人がいる。

他にも騎士(ナイト)が居るけれど、ともかくユリエラは白教会の聖女たちの一人らしい。

ゲームで白教会に行く頃には、聖女たち含めて白教会は内紛で半ば滅んでいたけれど、時系列的にまだギリギリ無事なのかもしれない。


「教会って今…大変なんですよね?」


「はい…他所でも噂になってるんですね…。でもまだ大丈夫ですよ!何たって青の騎士様が居ますから!」


青の騎士は、教会最強の剣士だ。

狂ってボスとして出てくるはずだけど、どうやら彼もまだ狂っていないらしい。


(もしかして…ゲームと少し違う?)


シエルといい、何が変化の原因なのだろうか。

運命を変える糸口になってくれたらいいのだけど。


「私、今休暇中なんです。それで幼馴染に会いに来たんですけど…どこに居るか分からなくて。」


私は思わず瞬きする。

予想外の出来事だった。


「シエルと一緒に居ましたよね?シエルに会わせて欲しいんです」


(シエルに幼馴染が居るなんて…知らなかった…)


でも、これはチャンスかもしれない。

幼馴染の存在があれば、自死の未来を変えられるかもしれない。

未練になってくれるかもしれない。


(で、でも推しに謎の女って…ちょっとショック…)


本編にユリエラは出てこない。

もしかしたら、教会が滅んだせいでシエルと会う前に死んでしまったのかもしれない。


「…あ、あの。ユリエラさんはシエルのことが好きなんですか…?」


私がぶっ込むと、ユリエラは盛大に咽る。


「すっ…!?いやそんな、大袈裟だよ…!好きだった時期はあるけど…。あ、ずっと昔のことだよ!?」


「…頑張ってください…」


何を、という感じだろう。

ユリエラがアピールしたら、シエルと良い雰囲気になって、死を回避できるかもしれない。

でも幼馴染が死のうとしていますなんて言いにくい。

説明できないながらどう伝えようと悩んでいると、少女は苦笑する。


「…彼、今も復讐を続けているのね。あのね、私も…止められなかったの。ごめんなさい、私には難しいみたい」


悲しそうな顔。

彼女は既に、彼を止めようとしたことがあるらしい。


「…彼の悲しみを分からず、復讐はいけないと言ってしまったわ。…今は反省してる。あの時は怖かったの。復讐に呑まれたらもう戻ってこない気がして」


私は俯く。

そんなことない、と嘘を吐くことはできなかった。


「でも、驚いたわ。まさか女の子と一緒に居るなんて!シエルが誰かと同行することを選ぶなんて奇跡よ。何か心境の変化があったのかしら?」


ユリエラは自分のことのように喜ぶ。

彼女も、私と同じように彼に生きて欲しいのだろう。


「いえ…ただ行くべき場所を占っているだけで…その、少しは役に立つからってところです」


「すごい魔法ね。教会でもそのレベルは珍しいわ」


おそらく、私も元教会関係者だろうと思う。

術式の雰囲気が、教会の呪術師っぽいなと思う。

けれど説明できるほど明確な記憶はないので黙っておく。


「あの、聞いてもいいですか?」


昨日のシエルの目が、頭から離れない。

復讐を誓う、修羅の目。

私が勝手に行動することは、本当に正しいのだろうか。


「…もしも命を懸けて戦おうとしている人がいて、その人にどうしても生きて欲しかったら…ユリエラさんはどうしますか?エゴだとしても、止めていいんでしょうか…」


家族の墓の前で、悩むことすらなく命を絶ったシエル。

それを悲しげに見つめる妹の姿。


結局、引っ込み思案な私は、もがいても止められないかもしれない。

だからこれは、あまり意味のない問いかけかもしれない。

それでも、吐き出したくなってしまった。


止めたい。

でも、止めていいのだろうか。


ユリエラは静かに、聖女として答えてくれる。


「…止めていいかどうかは、分かりません。」


優しい、抱擁するような声色だった。


「ですが、貴女の止めたいという気持ち自体は、抑える必要は無いのではないですか。それは貴女の自由であり、権利です。もちろん、最終的に決めるのは相手ですが。」


(あがくことは自由…)


私が背を押してくれることを望んだと見抜いて、彼女はそうしてくれる。

迷いをすべて断ち切れたわけではないけれど、私ははっきりと頷く。


「ルキアさん。頑張ってくださいね。どうか自分を否定しないで。自分だけは、自分を認めてあげてくださいね」


聖女の慈愛に満ちた笑みに、私は少し救われた気持ちになった。



ーー



ユリエラを連れて、宿に戻る。

部屋をノックすると、シエルは戻っていて、武具の調整をしていた。


「…どういう風の吹き回しだ」


「街でルキアちゃんに会ったの。それでシエルに会わせて欲しいって頼んで…」


ユリエラは少し怯えた目をしている。

対するシエルは、視線すら寄越さず、淡白だ。

険悪というよりは、心の距離が遠いように感じる。


(シエル…幼馴染にも心を閉ざしているのね)


何とか少しでも仲を修復できたら、ちゃんと未練になるのかもしれない。

ユリエラに応援の目線を送ると、頷かれる。


「シエル。謝らせて欲しいの。あの時復讐は良くないなんて、寄り添わないことを言ってしまったこと。後悔しているわ。貴方の気持ちを考えられていなかった」


「…」


無表情な目が、ユリエラをぼんやり見る。

その空洞に彼女は怯えている。


素直だった幼馴染のそんな目を見ることの悲しみは、私には想像すらできない。

それでも震える手を握りしめて、彼女は声を絞り出している。


「もう止めないわ。だからどうか、体を壊さないようにして。家族のために。復讐を確実に成し遂げるためにも、健康は必要だと思うわ」


シエルから返事は無い。


(返事くらい返してあげたらいいのに…)


ユリエラは苦笑して、最後に一言だけ零す。


「帰るわね。どうか元気でいて頂戴。それだけよ。幼馴染としての記憶がまだあるなら、それだけは聞いて欲しいわ」


私に会釈して、ユリエラは部屋を出ていく。

その背を追おうかと思ったけれど、ウィンクで制される。

ユリエラは精神が強いらしく、全く傷ついてはいないようだ。


(シエル…どうしてそんなに心を閉ざしてしまったのかな…)


防具の手入れを再開した姿は、まるで何事も無かったかのようだ。


「…ユリエラさんともっと話さなくて良かったの…?」


お節介だし、部外者が言うことではないかもしれない。

それでも、幼馴染なのに。

言外にそう伝えると、シエルは小さく返す。


「別に仲が良かった時期は無い。だから今更返すことなんかない。ただ…別に怒ってはいない」


シエルはユリエラに怒っていないし、ユリエラはシエルが好きかもしれない。

それなのにどうしても食い違って、分かり合えないらしい。

言い方は悪いけれど、前世で言う陰キャと陽キャみたいな、どことない住む世界の違いや分断があるのかもしれない。

ユリエラの怯える目も、シエルにとって傷つく態度だったりするのだろうか。


「…シエルは、傷付いてるの?」


つい、変なことを口走る。


「あ、いや…なんでもないです。忘れてください…」


怒っていないと言ったから、じゃあ態度がそっけないのは、傷ついているかもしれないと考えたのだけど、シエルがそんなはずは無かった。

完全に失言だ。


恐る恐るシエルを見ると、返事の代わりに呆れたような溜め息が返ってくる。


「…ルキア、早く寝ろ」


(あれ…少し笑った?)


シエルの表情はいつだってほとんど変わらない。

今のだって馬鹿にしたような笑いだ。

けれど、シエルの無表情の中に強ばりや呆れが含まれる瞬間があることを、最近少しだけ感じつつあった。


ーー



「え?」


目を覚ますと、見知らぬ天井だった。


いつもの宿のベッドではなく、硬い石の床だ。

私の腕には手錠があって、壁に繋がっている。

近くの壁には黄色の火がついた蝋燭があって、ここが何処なのか一目で分かった。


(星の監獄…!?)


一体何が起きたのか。


最後に覚えているのは、昨日宿で寝たことだ。

オルフィスにはまだ数日滞在することになっていて、その後水の聖都に行こうかと考えていた。

それなのに何故、星の監獄に居るのだろうか。


シエルはまだ星の監獄を知らない。

だから、それ以外の原因ということになる。


(悪魔の力?それとも…何か起きた?)


シエルも監獄に捕まってしまったのだろうか。

ひとまず手錠を壊さないといけない。


何故か近くに武器が落ちている。

古びた、あまり強くはない剣だ。


私はそれを足を使ってどうにか拾って、手に持って手錠の鎖を壊す。

体が柔らかくて良かった。

こういう時、魔法をもっと勉強しておけばと思う。


切れ味はあまり良くないけれど、鎖も古びているから、綻びをノコギリのようにギコギコと切断できた。


(…あまりうろつくのもな…)


星の監獄にいくつもいる看守は、結構強い。

このボロボロの剣で乗り切れるとは到底思えない。


シエルと合流できれば一番いいけれど、そもそも星の監獄にシエルがいるとも限らないだろう。


(…そうだ)


確か物売りのNPCが居たはずだ。

いつ敵に襲われるかわからない。

ここに一人で居るよりは、まだ安全かもしれない。


私は敵からどうにか隠れつつ、物売りのNPCまで移動する。

幸い、ゲームと違って近づくだけでこちらに気づいたりはしない。

とはいえ、深部は敵がたくさんいるから、あくまで上の方のフロアだから隠れられるというだけだけど。


姿を隠す魔法の瓶を拾いつつ、階段を駆け下りる。

2階下のフロアの端に、人が居た。


「…おや…?珍しい客人ですね…。」


癖っ毛な長い前髪に、背中まである長髪。

私と同じ黒髪は、何だか前世を思わせる。

可愛らしい顔立ちだけど、声は小さく、人見知りなのか目線がキョロキョロしている。


物売りのNPC、ウィルだ。


(そういえばこの人も…呪術師なのかな)


確か売っている商品が、呪術系の闇魔法だった。


「あの、気がついたらここに居たんですけど、何故でしょうか…」


私が尋ねると、ウィルはびくびくしつつ、躊躇いがちに口を開く。

自分より人見知りしている人を見ると、何だか少し安心感を覚える。


「か、勝手な予想ですが…()()()()()のではないですか」


それは、どういうことだろうか。


「その…ここは罪人が囚われる監獄です。罪をでっち上げられたか…何らかの罪を犯したか…とかではないかな…とか…へ、へへ…」


誰かに罪を着せられたということか。

心当たりは全く無い。


「そういえばつい最近、黒髪の男が出入りしているようです。何度か見ましたよ。あ、僕じゃなくてです…」


黒髪の男キャラなんて、やっぱり見覚えはない。

というよりは、基本的にはゲームにはシエルしか出てこないからだけど。


「…ユリエラやシエルが巻き込まれてないといいんだけど…」


「ゆ、ユリエラさんとお知り合いなのですか?」


ウィルは少し驚いた顔をする。

私も驚きを隠せない。


「ウィルさんもですか?」


教会の聖女の1人として、会ったことがあるのだろうか。

それなら、ウィルは教会の呪術師なのだろうか。


「ええ。私も教会で仕事をしているので。じ、実は黒の騎士なんて呼ばれてたりとか…み、見えないですよね…」


「え…!?」


教会には法皇を守る4つの騎士団が居る。

そしてそのそれぞれのトップが、色の名を冠した騎士(ナイト)だ。

青の騎士が最強だけど、他にも赤、白、黒が居る。

ゲームでは青の騎士が他の騎士を倒してしまった設定だったけれど、黒の騎士がウィルなら、実は一人だけ生きていたことになる。

そんな裏設定があったとは知らなかった。


「ま、まあユリエラさんとはほとんどお話したことはないですが…顔見知りではありますよ」


ユリエラからしたら、知らないわけが無い相手だろう。


「そうなんですね。私は先日知り合いました。知り合いの知り合いみたいな感じでして…」


「なるほど…」


共通の知り合いがいると、少し安心する。


「…あの、ウィルさんは戦えるんですよね?脱出を助けてくれませんか…?私、全然戦えなくて…」


名案だと思ったけれど、ウィルは複雑そうな顔で唸る。


「うーん…そうしたいのは山々なんですが…おまけに、これを外せないと戦えないんですよね」


左腕に、黄色い光の腕輪が付いている。


「これに魔力を全て吸われていまして。これ、外から闇属性魔法をかけないと壊れない代物なんですよね。」


破壊するには、闇属性魔法が必要ということか。


「あ、あの。私も闇属性のようなんです。でも魔法の使い方が分からなくて…腕輪の壊し方を教えてくれませんか?」


「……も、もちろんです。ありがたい…!」


ーー



ウィルから簡単な闇属性魔法を教わる。

私も魔力を使うイメージは占いで少し慣れた。

しかし、闇属性魔法のスペルを知らないから、今は占いしかできない状態だ。

売り物のスペルの中の、闇の爪(ダーククロー)というものを貰う。


「ここに書かれた魔法陣を脳内で描きながら手を翳してください。難しいうちは片手で魔法陣を見ながらやるといいですよ」


右手をウィルの左腕に翳し、左手で魔法陣が書かれたスクロールを見る。

脳内に魔法陣を思い浮かべて、手から魔力を放出する。


ザシュ、と小さな音。

音の先を見ると、光の腕輪に少し傷が入っている。


「いい感じです。スペルを口に出すと、より強く出力できますよ」


言われた通りに、やってみる。


「ダーククロー」


今度は少し大きな音で、ザシュ、と切り込みが入る。

光の腕輪が、ガラスのように割れた。


「素晴らしいです。ありがとうございます…」


「いえ。こちらこそありがとうございます!」


他のスペルも今度練習してみよう。

ウィルは手をグーパーしながら、魔力が戻る感覚を確かめている。


「…戦えそうですか?」


私が尋ねると、ウィルは穏やかに微笑んだ。


「は、はい。大丈夫かと…!」


それにしても、ウィルは人見知りかもしれないけど、教える時はむしろ饒舌で、しかも分かりやすかった。


ーー


道中、順調だった。


ウィルのおかげで、最深部手前まで来る。

構造上ここに来るまでに全体を回ったけれど、どうやらシエルは星の監獄には居ないらしい。


「黒髪の男の人って誰なのかな…」


「いつも何か用事がある様子でしたね。最深部まで駆け抜けていくような感じで」


最深部には、星の監獄のボスステージに繋がる扉がある。

しかしボスステージに用があるとは思えないから、最深部で何かしているのだろうか。


最深部は矯正監の部屋だ。

矯正監は星に纏わる悪魔崇拝の儀式に傾倒していて、部屋の中はぐちゃぐちゃに散らかっている。

本棚には魔導書がたくさんコレクションされていて、それは何かの役に立ちそうでもある。


もしかしたら、ここに出入りしていた黒髪はそちらが狙いだったのかもしれない。

あるいは、悪魔崇拝の儀式の方だろうか。


ーー



矯正監の部屋に、人影があった。

てっきり矯正監かと思ったけれど、ふとったのっぺりとした敵ではなく、スラッとした細身の男だった。


「…ちっ。ここまで来ちまったか」


パーマがかったような肩上のミディアムウルフ。

ゲームでも出てくるところを見たことがある。

確か、辺境の街で悪魔に取り憑かれるNPCだ。

名前はそう。


「…アトラス」


私が名前を口にすると、相手は厳しい目つきでこちらを見る。


「…やっぱりか。」


それは、今にも掴みかかってきそうな怒りを孕んでいた。


「アンタ、転生者だな?」



ーー


「どうして私をここに?」


何か強い恨みがあるにしても、心当たりはない。

説明してもらわなければ、何も分からないままだ。


「俺はこのゲームが好きだ。だからゲームシナリオを改変しようとするアンタを野放しにするわけにはいかない」


アトラスは左手を掲げる。

後ろには、使役している悪魔ゴブリンたちが武器を構えている。


それを見て、ウィルが私を庇うように立つ。


「そうはさせません」


「…物売りのNPCか…?まあスペルを販売していたし、魔法が使えるのはおかしくないか」


アトラスは不審そうにしつつも、軽く納得する。

しかしウィルの正体には気づきもしないだろう。

私は声を張り上げる。


「…貴方もシエルが好きなら、あんな結末でいいの…?見殺しにしろって言うの?」


ゲームが好きなら、シエルのことも好きなのだろう。

だったら、対話の余地はある。

彼はあのエンディングでいいと思ったのだろうか。

アトラスは首を振る。


「俺だってシエルに死んで欲しいとかは無いよ。だがもし改変してラスボスに負けてしまったら?復讐すら遂げられずに死んだらどうする?変えるということは、リスクを上げることでもある」


「…そんなことにはならないわ。今のシエルは100レベル近いんだから」


ラスボスだって、それなりに余裕を持って倒せるレベルだ。

しかしアトラスは、はあ、と溜め息を吐く。


「確かに道中は困らないだろうな。だが呪いはどうする気だ」


呪い。

ラスダンで出てくる、シエルの命を奪うデバフだ。

そのために、身代わり石が必要になる。


「身代わり石はまだ3回ある。それにラスダンに私は行かないわ。それなら平気でしょう?」


「いいや。やっぱりアンタは俺がここで止める」


アトラスは頑なだ。

話し合えば分かり合える部分もきっとあるはずだけど、衝突は避けられないらしい。


「…させません!ルキアさん、下がっていてください」


ウィルが魔力を解放する。

それに合わせて、衣服も変化する。

バタバタとはためく黒いマントは、私もよく知るものだ。


(黒の騎士の装束…!)


本気を出すということだろう。


教会の頂点だけあり、立ち姿はとても格好良い。

ゲームでも敵にいた黒の騎士の部下達は似たような衣装を着ていた。

ただ、黒の騎士の物は文様か階級を表す腕章が付いていて、より豪華だ。


「そんなのありかよ…ッ」


アトラスは黒の騎士の装備を見て、顔を青くしている。

物売りの商人がそうだとは、彼も知らなかったことだろう。


アトラスは両腕を上げる。


「分かった!降参だ。ここは引く。そもそも命を取る気なんかねえよ。同じ日本人だしさ。脅したかっただけだよッ。」


ウィルがこちらを伺う。

アトラスの目には、嘘はないように見えた。

そう言いつつ油断して後ろから、なんてことは怖いけれど、私もアトラスに聞きたいことがいくつかある。


「…情報が条件よ。知っていることを全て話して。」


ウィルには関係ないのに、色々と巻き込んでしまった。

あとで借りを返さないと。


ーー


「星の監獄では何をしていたの?」


「アンタの罪を矯正監に訴えていた。この監獄は、矯正監が罪のある人間を蒐集する悪趣味な箱だ。そして罪人は儀式に使う生贄にされる」


なんて奴だと非難しようとしたけれど、アトラスは意外なことを言う。


「違うからな?生贄にするために交渉なんかしてない。生贄にしないために交渉してたんだよ。俺の目的はアンタをここでビビらせてシエルに近寄らないよう約束させることだからな。」


本当に脅すだけのつもりだったのか。


「じゃあ、どうやって説得していたの?」


あの矯正監に言葉が通じることにも驚きだ。

まあ人間ではあるけども、悪魔崇拝によりまともな思考をしてそうには見えない。


「儀式に使う材料集めを手伝ってた。素材集めとか。どの道儀式を完成させてシエルのために扉を作ってもらわないといけないしな」


星の監獄のボスステージに行くための扉だ。

つまりこの部屋に矯正監が居ないのは、もう扉を開いてボスにやられたのか。


「開けるなよって言ったのに好奇心に負けたらしいな。まあアンタを遠慮なく監獄に入れられるから結果オーライだとは思ったが…くそ。まさか教会の騎士が居るとは」


「アトラス。私はエンディング後のシエルを助けたい。逆に言えば、復讐を邪魔する気はないわ」


「…本当に?シエルとどうこうなろうとしてるんじゃないのか?ホテルに男女が入ってくなんておかしいだろ」


「…シエルに復讐以外見えてるわけないでしょ」


アトラスは目を逸らす。

それはよく分かっているのだろう。


「…分かったよ。俺がアンタを誤解してたのは理解したさ。だがゲーム通りシエルが復讐を遂げられるよう頼むよ。俺だってシエルが幸せになったらいいとは思うよ。だがそれは、復讐の成功あっての話だろ」


あんな目にあったシエルが復讐に失敗するのは、納得できない。

アトラスはそう思っているらしい。


(そこは少し…共感できるかも)


私も、アトラスと同じ気持ちだ。


「分かってる。復讐を止める気はない」


ーー



アトラスは帰っていく。


「…私達も戻りましょう」


ウィルに声を掛けると、返事はなく、じっと本棚を見ていた。


「あの、どうかしました?」


「あっ、え、えっと…何か変な気配を感じるなと…あれ、なんなんですか?」


扉の奥のことを言っているのだろう。


「宇宙に繋がる扉らしいです。」


星の監獄の最深部にある、扉の先。

そこは、宇宙に繋がっている。

正確には、魔法で再現された宇宙と人工衛星がある。


無重力空間でのボス戦だ。


「…何か、呼んでませんか?ずっと…」


ウィルが不気味なことを言うから、思わず扉を見てしまう。

僅かに開いた隙間から、赤い光が覗く。


「あっ…」


扉が、独りでに開いていく。

まずい、と思った時には、私達は空間に吸い込まれていった。


ーー



無限にも思える宇宙が拡がっていく。

足場だけが、特殊な力で私たちをここに留めてくれる。

しかしそれを失えば、私達はたちまち呼吸すらできず、宇宙の藻屑としてどこまでも飛ばされてしまうだろう。


そんな空間に静かに浮かんでいるものこそ、星の監獄アスラエグのボスだ。


エンジンを積んだ球体に星のような突起がついていて、中心部の円から赤いビームが飛び出す。

その左右には、太陽電池パネルが左右に4枚ずつあって、横長の全身は、いかにも()()()()だ。


「彗星衛星スターゲイザー…」


スターゲイザーは人工衛星の形をした生命。

つまりは、生きている。

正確には、矯正監たち悪魔崇拝者が作った人工衛星の器に宿った、星を永劫に観測する役目を持つ上位存在だ。


(スターゲイザー…強いのよね…)


ビームの弾幕が避けづらく、火力も高い。

おまけに全身が金属だから硬く、かなり厄介なボスだ。

ただし弱点もある。

エンジンの位置が核で、ダメージが大きく入る。

とはいえ、素早く動くスターゲイザーの核を的確に攻撃するのは、簡単なことではない。


「このままでは、息ができなくなりそうですね…」


一応地面に立つ限りは魔法で大気が用意されているけれど、逆に言えば地面から離れると途切れる。

スターゲイザーの浮遊攻撃を食らえば、即死もあり得る。


幸い、こちらから攻撃しない限りスターゲイザーは戦闘を開始しない。


「監獄に戻れたらいいですけど…それはできないみたいですね」


扉は閉まっている。

出るためには、スターゲイザーを倒さないといけないらしい。


ウィルは強いけれど、スターゲイザーは少し不利だ。

動き回るスターゲイザーに魔法を当てるのは、結構大変だからだ。

剣ならもっと怯むはずだけど。


(シエルなら…)


けれど星の監獄に居ないシエルをここに呼ぶことはできないし、八方塞がりだ。

ここにずっと居ることになったらどうしよう。


「…お前はまだ戦わないのか。買ってやった杖はどうした」


耳に馴染む少し高い声に、私は顔を上げる。


(………え?)


どうしてここに。


「シエル…!?どうやってここに…?」


信じられないことが起きる。

ワープゲートから現れたのは、見慣れた白髪だった。


「ふん。不本意だがアトラスとかいう奴に連れ出された。借りにしておく」


ワープゲートはアトラスの能力なのか。

シエルは黒龍の剣を構えると、足場を蹴る。


「なっ…!」


私は持っていた杖に全力で魔力を込めて、援護する。

ウィルも同様に手伝ってくれる。


(シエルのばか!空中じゃ息できなくなっちゃうじゃない!)


地面にいる私達は平気だけど、シエルが危険だ。

しかし涼しい顔のまま、彼はスターゲイザーに果敢に斬り掛かっていく。


(お願い…!()()()…!)


シエルを助けて。

ついに魔力が切れて祈る私に、スターゲイザーは強烈な光を放つ。


「っ…!」


真っ白で、何も見えなくなっていく。


ーー




「…ここは…」



真っ白い空間に、私は立っていた。



「お姉ちゃん。お願い聞いてくれる?」


「…え?」


振り返ると、小さな少女が立っていた。

よく知っているような気がする。

少女は私に笑いかけると、手を握る。


「お姉ちゃん、迷ってるんでしょ?だからお願い。」


「お兄ちゃんを助けてあげて。それが、私達家族の願いなの…。」


光が、温かい風に攫われていく。

そのまま少女の面影も、風に流されていく。


「待って…!リコちゃん…!!」


私は夢中で叫ぶ。

礼を伝えなくちゃ、元気付けなくちゃ、そう思うのに、私の魂はどんどん引き離されていく。

リコちゃんが目の前にいる。

言うべきことはたくさんある。

しかし、もうじき私は目覚めてしまうだろう。

そうしたら、もう声は届けられない。

最後に一つ、声を掛けるなら。


「ありがとうリコちゃん…私、シエルを幸せにする!約束する…っ!」


何か計画があるわけでもない。

それでも、どうせ転生したのだ。

彼が復讐を遂げたあと、あんな結末にならないために、最後まであがきたい。


掻き消えてしまった最後、少女は確かに微笑んだ気がした。


これは優しい夢だ。


「…スターゲイザー。あなたなのね。私をこの世界に呼んだのは」


答えはない。

それでも、そんな気がした。


スターゲイザーは、宇宙を見守る、彗星衛星だ。

きっとこの世界だけじゃなく、多くの星を見通している。

だからきっと、私の前世も、この世界も、どちらも識っている。

この世界で、向こうの世界が見えるのは、転生者を除けばスターゲイザーしか居ない。


私は改めて、決意する。


(…スターゲイザー、リコちゃん、ありがとう。きっと叶えてみせるわ)


私はあのエンディングに納得できなかった。

それを変えるチャンスを得た今、諦めるなんてできない。

アトラスの思いも、ユリエラの思いも、リコちゃんやスターゲイザーの思いも。

きっと皆、シエルに幸せになって欲しいだけだ。


私も、シエルに幸せに生きて欲しい。

そして何より、リコちゃんを悲しませたくない。

エンディングの悲しそうな表情なんか、もう見たくない。


ーー



目を覚ますと、宿屋の天井だった。

体を起こすと、退屈そうな目とかち合った。


「…ふん。目が覚めたか」


そう言うと、ゆっくりと立ち上がって部屋を出ていく。

私は、思わず瞬きする。


(…起きるまで待ってた…?)


何というか、ずっと思っていたけれど、シエルは思ったより優しい。

部外者の私にもここまでしてくれるなんて。


私が不思議そうにしていると、シエルが戻ってきた。


「…言い忘れだ。明日、水の聖都に行く」


驚いたけれど、ちょうど順路だからいいと思う。


「何か用事ですか?」


シエルが白教会に用があるとは思えない。

大聖女も法皇も居ない、既に廃れた白教会には。


「さあな」


答える気はないらしい。

でも嘘をつけないのも、シエルらしい。

シエルには用がないけど、何か事情があるといったとこらか。


今日1日は休めという意味と受け取って、私は目を閉じることにする。


「シエル、ありがとう」


「…変な奴だな、お前」


眠りに落ちる前、呆れる声を聞いた気がした。


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