黒炎デターミネーション
「同行してもいいですか…?」
「は?」
魔女を倒して街に戻ってから、勇気を出して提案する。
ここは最初のバーがあった街、エルロンドだ。
世界地図では北東辺りにあって、その最北端に魔女の森がある。
「同行など不要だ。一人で行け」
シエルはそれだけ言うと、足早に去ろうとする。
断られるのは予想通りだ。
魔女の館に手掛かりはなく、シエルは苛立っている。
私に構う時間も惜しく、早く次に行きたいところだろう。
しかし、シエルだって他に手がかりがあるわけじゃない。
「あ、あの、占いで道案内をします。多少は役に立つんじゃないかと…2年も迷っていたようですし…」
「……。」
耳が痛いのか、シエルは足を止める。
本来最初のボスにやられるだけのモブに、道案内なんて大役が務まるかも分からない。
しかし、このまま何もしなかったら、彼は自死してしまう。
どうせ転生したのだ。
シエルがもっと良いエンディングに辿り着けるように、少しくらい手伝えないだろうか。
ーー
何とか説得できたのか、バーに戻ることになった。
いつの間にか夜は明けて、今は日差しが眩しすぎるほどだ。
転生して少し経ったからか、記憶が断片的に戻っている。
どうやら私は、最近ここで占い師としてアルバイトをしているらしい。
それも今日辞めることになるけれど。
「次を占ってみます…」
ものは試しと、練習がてらタロットカードに手を翳す。
力を込めると、カードが光を放って見えた。
そのカードを裏返す。
吊るされた男の逆位置だ。
これが今のシエルらしい。
次に、この先を占ってみる。
また光るカードを裏返す。
塔の逆位置だ。
(もしかして…オルフィスの火塔?)
魔女の森のあと、4つのエリアが開放される。
攻略順は自由だけど、全て攻略しないと次のエリアは開放されない。
その4つは、オルフィスの火塔、星の監獄、水の聖都、辺境の街だ。
「オルフィスに行くと良さそうです。そこにある火の塔にヒントがありそうです」
「そうか。…すぐに準備しろ」
シエルは一応認めてくれたらしく、まだ着いていけそうだ。
「⋯あの、宿は取ってください。寝ずに活動するのは体に悪いですから。」
放っておけば、シエルは寝ずに活動する。
でも、もっとちゃんと食べて寝て欲しい。
怒るかと思ったけれど、シエルは面倒くさそうな顔をしただけで受け入れてくれる。
「一々根性の無い奴だな。まあいい。その分役に立ってもらう」
そう言うと、シエルはオルフィスの街に私を転移させた。
ーー
先程までいたエルロンドに比べても、オルフィスの街は栄えている。
都会的というよりは、商売の街といった活気のある雰囲気だ。
多くの人が行き交い、店も豊富にある。
しかし、たまにどことなく排他的な雰囲気が出る街でもある。
(しかも、余所者には厳しいのよね)
それは、かつて旅人に扮してこの街を襲った悪魔が原因だ。
我々を見定めるような目で、商人たちは見ている。
これではまるで、売り手と買い手が逆転したようだ。
「…居心地の悪い街だ」
シエルは鬱陶しいとばかりに呟くと、すぐに武器屋に入る。
「…品物は」
「いらっしゃいませ。こちらです」
奥から、ちょび髭のマスターが現れる。
ここはマスターが余所者だから、他の店よりフランクだ。
(ゲームでも出てきたなあ。)
オルフィスの商人クランクは、火の武器を多く売ってくれるNPCだ。
そこそこ序盤とはいえ、属性武器の入手手段は少ないからこの先もここの火武器は重宝する。
「…貴様も杖くらい買え。占いができるなら魔力もあるはずだ。自分の命くらい自分で何とかしろ」
杖を持ってもまだ戦えるレベルではないだろうけど、一応頷いておく。
実際、何かの役に立つこともあるかもしれない。
「…ではこれを」
火の喚び杖という武器だ。
火の霊をたくさん呼び寄せて攻撃する。
売っている中では一番火力が高い。
もちろんシエルが普通に剣で攻撃する方が強いけれど、無いよりはいいだろう。
「…お前、人の金をなんだと…」
財布を一ミリも出さない私に、苦言が飛んでくる。
ついでにじとりと見られたけれど、目を逸らした。
財布を持っていないのだから仕方ない。
酒場で奪われないよう、仕事の時は持ち歩いていないらしい。
残念ながら、肝心の財布の場所は記憶に無かった。
ーー
オルフィスは世界地図の南東にあって、そのオルフィスのどこかに火塔がある。
かつて古い火の魔法使いが閉じ込められていた塔だ。
今や理由も何もかもが忘れ去られ、亡霊達の棲家となっているとテキストには書かれていた。
シエルと火塔を探して歩く。
ゲームでは上空からの俯瞰だからすぐ見つかったけれど、立って歩くと山の中にイマイチそれらしい塔が見つからない。
「…本当にそんなものはあるのか?」
「あ、あります…多分…」
冷たい視線を無視して、付近の村に立ち寄る。
正直なところ、場所に関してはあまり自信はない。
オルフィスにあって、森の中にあることだけは確かだ。
そしてオルフィスはほとんどが住宅地になっていて、森っぽいのはこの辺りの山間部くらいらしい。
つまりこの辺りにあるはずだけど、残念ながら手がかりは他にはない。
実際にはオルフィスの全然違う場所を探している可能性もなくはない。
立ち寄った村は、小さな街ながら小綺麗な一軒家が並ぶ。
オルフィスは商売の街だけあり、全体的に裕福な国なのだろう。
花壇のある一際大きな家を訪れると、村長という人が恐る恐る現れる。
話を通すと、古い資料を差し出された。
「いやあ、まさか英雄様がいらっしゃるとは。こんな何もないところによくぞ参られましたな。ははあ、火塔ですか…。」
シエルはここでも、竜狩りの英雄として知られているらしい。
復讐の手掛かりのために倒しただけで、シエルは倒したことを覚えてすらいないだろう。
「火の魔法使いが閉じ込められていたと言われておりますが…今となっては真偽不明です。あそこの霊は悪さをしてばかりで…村人も迷惑しているのですよ」
「…本当にあるのか」
シエルはそう言い、こちらを無表情で見る。
ゲーム知識があるとはいえ、私も胸を撫で下ろす。
ちなみに火の魔法使いは、ゲームをクリアしても謎のままだ。
オルフィスの火塔のボスもその魔法使いではない。
ーー
村長に貰った資料には古い地図があり、それを見ながら歩いてまわると、それらしい場所に出た。
「ここか…」
シエルの視線の先には、大きく重たい石扉がある。
これが塔を隠していたらしい。
「…下がれ。邪魔だ」
こちらに目配せして、すぐにそっぽを向く。
言い方は厳しいけれど、一応気にかけてくれたのだろう。
(シエルって思ってたより優しいな…)
私が大人しく下がると、シエルは黒龍の剣を構える。
「URAA‼︎」
ドゴォン、という大きな音が耳を劈く。
魔女を斬った時とは大違いの衝撃で、大地が揺れる。
思わず頭を抑えて蹲る。
瓦礫が体に当たったら死んでしまう。
(…すごい一撃…。)
粉塵が舞い上がり、周りが何も見えない。
どのくらい長いこと待ったか。
やっと煙が止む。
流石に瓦礫が当たるほど近くはなかったけれど、心底怖かった。
正面を見ると、石の扉が残骸になっている。
その中、堂々と立つ白髪の男が、こちらを射抜く。
綺麗な紫の瞳に吸い込まれそうだ。
「行くぞ」
私は頷く。
頷かされたという方が、正しいかもしれない。
(やっぱりかっこいいなあ…)
シエル・ファントムは、私の大好きな主人公だ。
黒い衣服を棚引かせ、いつだって堂々としている。
大きな剣を持ち、敵を挑発する強い主人公。
闇を抱えていたり、家族想いだったり。
白い髪と白い肌、鮮やかな紫の瞳は、本当に綺麗だと思う。
(シエルみたいに堂々となれたらなあ…)
引っ込み思案な私は、その在り方にずっと憧れている。
ーー
火塔には、亡霊のエネミーが溢れている。
泣く亡霊、笑う亡霊、素早く動く亡霊。
どれもが壁をすり抜けて神出鬼没に現れる。
対象的に、塔の中はまるで抜け殻のように、殺風景な回廊だ。
「薄気味が悪い」
シエルはいつも通り悪態をつきながら、大股歩きで進んでいく。
確かにお化け屋敷といった雰囲気は、気味が悪いとは思う。
しかも、冷気でめちゃくちゃ寒い。
これは、亡霊達の水属性が原因なのだほう。
ちなみに火塔なのに水属性。
完全に製作者の嫌がらせだ。
オルフィスで買える火属性武器は水属性に不利で、これまでの闇属性の方がダメージが通りやすい。
街で買ったものを試そうとすると不利になる、という罠になっている。
(まあ…黒龍の剣は闇属性だから関係無いけど)
火武器には目もくれずバシバシと亡霊を片付けていくシエルの後ろ姿を見ると、割とどうでも良い話か。
来る途中でダークミストをかけてもらったし、私はただ安全に後ろをついていく。
「…塔の外、景色が綺麗なんですよね。夕日が見えたり、海が見えたり。」
独り言をこぼす。
復讐に囚われたシエルには届かない言葉だ。
賛同者は居ないけれど、窓際から見える景色はゲーム以上に素晴らしくて、つい立ち止まる。
日没に向かい、夕暮れで空が染まっている。
遮るものもなく、色付いた山肌や渓谷が楽しめる。
「…鍵か。」
余所見をしている間に、シエルが鍵を見つけていた。
塔の最上階の鍵だ。
ボス戦は、そこで起こる。
シエルがあらかた敵を片し終わってから、私達はようやく最上階を目指す。
最上階には、石の螺旋階段を登っていく。
「…おい、貴様は戦わないのか。」
ここまで一切戦っていないのを咎められる。
せっかく買ってやったのにと思っているかもしれない。
「水属性に不利なので…」
下手に敵のヘイトを買ってシエルの戦闘の邪魔をするより、最初からシエルが倒す方が早いだろう。
納得はいってなさそうだったけれど、そこまで興味はないのか、シエルは黙って進んでいく。
ーー
階段を登り切り、最上階の展望台に立つ。
そこから外を見ていた怪物の大きな背中が、ゆらりと振り返る。
オルフィスの火塔のボスだ。
(火の化身…)
大きな鎧戦士のような見た目に、胸のあたりの空洞に火の魂が宿っている。
シエルは迷いなく一歩ずつ歩き出し、火の化身もそれにあわせて臨戦状態になる。
(…本来なら、見どころなんだろうけど…)
火の化身は強いけど、ただ強いだけじゃなく楽しいボスだ。
前世では何度も戦って、攻撃を全て躱して倒す人も居た。
シエルが地を蹴り、大きく振りかぶる。
ザシュ、と一撃が入り、火の化身は僅かによろめく。
それを見逃すはずもなく、剣士は遠慮なく踏み込む。
高速の2連撃。
それが致命傷となって、火の化身は呻く。
「uhhhh…」
そしてそのまま、光の粒に変わっていく。
私は思わず、苦笑してしまう。
「…この程度か」
2連撃は高速だから入ったけれど、見る限り2連撃目は死体蹴りだ。
(火の化身すら2パン…)
この分では、場所さえ伝えたらあっさりゲームクリアしてしまうだろう。
良いことでもあるけれど、そもそもどうしてこんなことになってしまったのか謎で仕方ない。
(やっぱり…何かおかしい…)
何があったのかシエルに直接聞きたいけれど、会ったばかりの私に話してくれるだろうか。
そもそも、私は何か根本的に見落としをしているのではないかと心配になってくる。
シエルやゲームの異変を細かく探した方がいいかもしれない。
ーー
オルフィスの市街まで戻ると、シエルは約束通り宿を取ってくれる。
しかし、仕方ないとはいえ一部屋だ。
治安も良く無いし、守ってもらえるかもしれないけれど、男女が一つ屋根の下というのは少し外聞が良くないと思う。
しかも、ベッドは1つだ。
宿屋の店員はさぞ誤解していることだろう。
「俺はベッドでは寝ない。好きに使え」
シエルはそう言うとドアの近くに座り込み、剣を抱えて目を閉じる。
(寝れないのかな…)
復讐を誓った日から気を張り続けて、もうずっとろくに寝ていないのかもしれない。
「…気になるか」
「え?」
つい見入ってしまったのか、話しかけられる。
まさかシエルから話しかけられるとは思わなかった。
「俺の旅の目的だ。普通は同行の前に気にするものだろう」
「…そうですね。聞いて良いのでしたら」
言われてみればその通りだ。
ゲーム知識で知っていたから、忘れていた。
確かに旅に同行するくせに目的を知らないのは変な話だ。
それに何があったか知るためにも、順を追って聞くチャンスかもしれない。
しばらくの沈黙のあと、シエルは目を閉じて話し始める。
「俺の旅の目的は復讐だ。家族を殺した悪魔を追っている」
ーー
「12歳の時だ。いつものように家に帰ると、家の電気は付いているのに誰も居なかった。」
ムービーが思い返される。
オルゴールのクリスマスソング。
明るいリビングのテーブルに、チキンとケーキが乗っている。
部屋の中にはきらきらしたクリスマスツリーがあって、本棚の写真立てには、両親と兄妹が写っている。
シエルは写真を撫で、家族は何か買いに行ったのかと笑みをこぼす。
そして、戻ってきたらすぐ出迎えようと玄関で待つことにするのだ。
けれど、そこで玄関の靴に気づく。
赤い靴。
まだ幼い妹のお気に入りで、どこに出かける時も履いていた。
嫌な予感がして、シエルは急いで靴を履いて家の外に出る。
「家の中には何の痕跡も無かった。だけど家の裏手にそいつは居た。」
シエルはいつの間にか目を開いていて、眉間に皺を寄せて強い怒りを露わにしている。
「見えたのは影だけだった。本体は影の中に入って隠れていたのだろう。何かを咀嚼していて、そして俺に気がつくと消えた。残されたのは、小さな服の切れ端だ」
シエルは懐から、写真を取り出す。
血に塗れた、青いシャツの袖。
ハンカチにも足りないほど小さい。
「父の服だ。その日の朝に着ていたのを、今も覚えている。」
シエルは血から魔力を読める。
僅かであれ、誰にでも魔力はある。
だからこの切れ端に、家族3人の魔力を読み取れてしまう。
「俺は…俺から幸せを永遠に奪ったあの影を許さない」
強い憎悪の籠った言葉だった。
シエルには、復讐に人生を捧げる覚悟がある。
彼は心の底から家族を愛しているのだ。
そのためにそれ以外の全てを捨ててしまえるほどに。
「影の力を持つのは、悪魔や魔女、異形の存在だ。俺はそれらの噂を全て追っている」
そうして旅するうちに、竜を狩った英雄や魔女を倒した存在として名を馳せている。
「…もう一つだけ聞いても?」
踏み込みすぎて、怒られるだろうか。
それでも、聞かずにはいられない。
「…ああ。」
私は緊張しつつ、質問を投げかける。
「…もし、復讐を全て成し遂げたら、その後はどうするんですか」
答えは分かりきっている。
それでも考えを改めて欲しくて、つい聞いてしまう。
「…他に望むことはない。復讐さえ成せるなら、この身を失ってもいい」
私は、勝手に傷ついたような気持ちになる。
本当に勝手な話だ。
だけど、悲しくてたまらない。
(エンディングの未来は、避けられないのかな…)
だって、シエルの人生に介入する権利なんて無い。
これほど強い覚悟がある人に、生きろとエゴを押し付けるなんて自分が間違っている気すらする。
他人の人生を変えてしまおうとするのは、すごく、傲慢なのかもしれない。
「…貴様。名は何と言う」
考え込んでいると、思わぬ質問がくる。
転生にはまだ実感がないけれど、何となく思い浮かぶ名前が一つあった。
「ルキア」
自然とその名前を口にする。
その名を口にしたことで、そういえばそういう名前かもしれないと腑に落ちる。
前世とは違う名前なのに、不思議な感覚だ。
今世の私はルキアという名前らしい。
記憶は断片的だけど、多分間違いない。
「俺はシエルだ。俺は必ず家族の仇を討つ。ルキア、力を貸せ」
下手に出るシエルなんて、らしくない。
けれどその目に宿る強い意志に、私は何も言えずに頷く。
まるで黒炎のようだ。
絶えることなく、ゆらゆらと熱く燃えている。
彼の心は、あの日から止まってしまっている。