表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

明星サディスティック



「どうして…。」


大好きなゲームをクリアした時、私の目からは涙が零れていた。


ゲームは面白かった。

その気持ちは変わらない。


けれど、エンディングに納得いかなかった。


復讐を成し遂げた白髪の少年。

彼は家族の墓前で、命を絶ってしまう。


『ただいま、母さん、父さん、レナ…』


最期の言葉は、憑き物が落ちたような素直な声だった。

妹レナの亡霊が、その姿を悲しそうに見つめている。


暗い雲から大雨が降り出し、ゲームはタイトル画面に戻る。


主人公は家族を殺され、復讐のために長い年月を過ごして、恋人も友人もなく自死して終わり。


(…生きて欲しかった)


ただのエゴなのかもしれない。

それでも、もし復讐するような境遇でなかったなら、その先も普通に生きていたはずだ。


(もう少し、救いがあって欲しいわ…)



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



ーー転生した。


『BloodNightmare/1099』。

通称ブラメアと呼ばれる、ダーク系アクションゲームがある。


家族を殺されたシエル・ファントムが、復讐のために悪の親玉を追うストーリーだ。


「おい。聞いているのかッ!」


釣りあがった目で責め立てる神経質な男。


真っ白の髪に紫の瞳をしていて、全身真っ黒の衣装を身に纏っている。


「シエル・ファントム…?」


ギロリ、と睨みつけられ、恐怖で体が震えた。


夢でも見ているのだろうか。

突然好きなキャラクターが目の前に居た。


視線を下に動かすと、私は踊り子のような服を着ている。

辺りを見れば、ここはゲームで情報収集に使われていた地下のバーらしい。

店内にいる他の人は、おっかなそうにチラ見するばかりで、助けてくれそうにはない。

屈強な筋肉の男すら、目を逸らす始末だ。


しかし、無理もない。

シエルは、ラストラの狂犬と呼ばれ、多くの人に恐れられている。

多くの悪魔や怪物を倒してきたことから崇拝する人も居るけれど、その人達ですら目の前にしたら怖いのだろう。


「占い師。貴様は魔女の森を知っているな?案内しろ」


魔女の森は、序盤のマップだ。

ゲームムービーでも、シエルがNPCを脅して案内させていたっけ。


(…まさか、あのNPCに転生した…?)


確か、ムービーであっさり魔女に殺さるモブがいた。

こんな服装ではなかった気がするけれど、確かに悲鳴は女だった。


「…ごめんなさい。予定があるので。」


そう言って逃げようとしたけれど、悪魔により肩をガシリと掴まれる。


「案内しろ。」


(…ひぃい。)


シエルは煩わしそうに顔で外を示し、行けと命じてくる。

有無を言わさぬ横暴さ。

険しい表情は、逆らえそうにない。


シエルは美形だしキャラとしても大好きだけど、こうして現実で見ると普通に態度が高圧的でおっかない。

大人しく引っ込み思案な私とは、相性が悪そうだ。

もう少し女の子には優しくしてくれてもいいのに。


しかし、シエルは家族を殺されたことや、旅先で何度も裏切られたことで、心を完全に閉ざしている。


「…入口までじゃダメですか…」


「先に進め。嘘だったら後ろから斬る」


全く信用していないらしい。

私は溜め息を吐くと、観念して店の裏に向かう。


(どうにか自分の死を回避しないと…)


せっかく転生したのに即死というのは、流石に困る。


--


(暗いし…茶色い…うう…)


裏にある井戸には梯子がある。

それを降りると、魔女の森に続く不衛生な下水道が続いている。

灯りは壁についた松明が至るところにあって、迷ったり転んだりするリスクは無いけれど、だからこそモザイクをかけたいような光景が目につく。

ドブネズミや泥のようなモンスターが徘徊していて、至る所に骸骨が落ちている。

それだけではない。

ゲームでは気にならなかったけれど、実際に進むと特に匂いがキツイ。

汚いものが混ざりあった不快な匂いがする。

シエルが次々に倒してくれるけれど、見るだけで普通に気が滅入る。


(視界全部モザイクかけたい…。)


シエルは何の感情もなさそうな無表情だ。

こんな地獄みたいな下水道なのに、整った横顔がかっこいい。

流石は推しだ。

見るだけで精神が少し回復する。


そんな現実逃避をしていると、ついに足場も無くなる。

ここから先は泥水を進まないと行けないらしい。


(うええ…っ)


私はにこりと笑顔を貼り付けて、シエルに訴えかける。


「…ここを真っすぐ行くと梯子があって、そこを抜けると森なので…。もう戻っちゃだめですか」


このヘドロの中を進むなんて嫌だ。

現代人の感覚としては、感染病やら何やら恐ろしすぎる。

ガンジス川すらこれに比べたら綺麗だ。

半泣きで聞いてみるけれど、何でもなさそうな顔で返される。


「根性無しか?我慢しろ。」


「無理です…」


「洗えばいいだろう」


「…むりです…」


駄々をこねていると、シエルは盛大に舌打ちをする。

いくらシエルが怖いとしても、温室の現代人と罵られようと、ここは譲れない。

いくら好きなキャラクターの頼みでも、私にはこの何なのかも分からないドロドロした川の横断は無理だった。


「…ならおぶってやる。」


「……え?」


呆然。

その言葉の後、シエルは屈んだ。

背中に乗れということらしい。


(シエルがそんなこと言うなんて…奇跡?)


闇落ちしているシエルなら、きっとこんなことは言わないと思う。

ゲームを知っている私からすれば、耳と目を疑う。

復讐のために相当焦っているのだろうか。


それでようやく気づく。

シエルの装備には、少し違和感がある。


(黒龍の剣…?)


腰に携帯しているのは、黒龍の剣だ。

序盤エリアとは思えない、良い武器を持っている。

道中のシエルは魔法で処理していたから見落としていた。


武器はレベル次第で持てるようになるから、この武器を持てるならかなり強いはずだ。


「魔女の森って…どれくらい探しているんですか?」


背中に乗りながら、思わず尋ねる。

シエルは淡々と答えてくれる。


「2年だ。早くあの影の手がかりを探さなければいけないというのに…腹立たしい」


思わず、息を呑む。


(2年……!?)


2年もどうして掛かってしまったのだろうか。

これでもし魔女の家に手掛かりがないと知ったら、怒り狂うのではないか。

考えただけで恐ろしい。


(…ものすごく下手な人が操作するシエル、みたいな感じなのかな…)


ボスの場所が分からないままずっとレベルを上げていた、というような。

シエルは年相応な背中をしていて、本当に生きているのだと感動を覚えた。


ーー



暗い森に足を踏み入れると、ざわざわと風が騒ぎ出す。

どこからか鴉の鳴き声がして、辺りは突然夜に変わる。


ゲームでは、魔女の館はアイテムを持ってこの辺りに来ると自動的に迷い込む。

シエルはすでにそのアイテムを首から下げているし、フラグとしては準備万端だ。


「まっすぐ進めば着きますよ。」


「館に着くまでだ。案内しろ」


シエルはまだ信用していないのか、頑なだ。

魔女に殺されるのは嫌で、どうしても気が進まない。


「…魔女に殺されるのが怖いんです。だから行きたくありません」


正直に白状すると、シエルは鞄から宝石のようなものを乱雑に投げつけてくる。

かなり面倒になっていそうだけど、せっかく掴んだ手掛かりだから、まだこちらの調子に付き合ってくれるらしい。


地面に落ちたものを拾い上げると、それは青い宝石のついた首飾りだった。


「身代わり石だ。それを持っていれば死なない。いいから案内しろ」


「!?」


私は焦る。

身代わり石は1周で3回しか使えない、超貴重なアイテムだ。

そんなものをここでもらっていいはずがない。


「こ、これ…貰えないです!大事に使わないとだめです!」


私が返すと、シエルはついに怒りを爆発させる。


「いいから案内しろ!邪魔をすると言うなら拷問で吐かせることも…」


「それ、絶対この先必要になるので…!他のものにしてください。魔法とか…」


身代わり石は、終盤のボスでも使える。

だからこんな序盤のボスで使ったら後で困るだろう。


確か、序盤の魔法には攻撃を避けるものがあった気がする。


「魔法だと…?」


「…あの、ダークミストとか…」


攻撃を一度だけ肩代わりする魔法だ。

私は使ったことがないけれど、好んでいるプレイヤーも居た。

でも、それを私が知っているのはおかしいかもしれない。

しかしシエルは特に気にした様子はなく、手のひらをこちらに向けた。


「ダークミスト」


黒に近い紫の魔力が、体内に入っていく。

実感は無いけれど、一応掛かったのだろう。


「…自分以外に使うのは初めてだな」


そういえば、魔力が合わないと危険もあるんだっけ。

問題なさそうで良かった。


おそらく、私の使う占い魔法も呪術の一種で、同じ闇属性だからだろう。


「…行きましょう」


「ふん…最初からそうしろ」


シエルの視線は相変わらず冷たいけれど、何だかんだ面倒見が良いのかもしれない。


それにしても、森の暗い雰囲気は恐ろしい。

私はシエルの少し後ろに張り付いて歩く。


歩いているうちに、魔女の洋館が現れる。

洋館の前がボスステージだ。


「す、すぐ襲い掛かってくるかもしれないです」


「分かっている。」


ーー


「URAAAAAAA!!!!!!!」


ムービーと同じように、無から魔女が出現する。

アイアンメイデンのような鉄の女の姿で、中から影の手がうじゃうじゃと伸びている。

その手に触れると、強力な呪いと毒がかかる。

基本的に攻撃に当たらないように戦うボスだ。


魔女が素早く、影で私を掴んだ。


(早すぎる…!)


ぐちゃぐちゃと耳障りな音で()()()()()()()


しかし、次の瞬間、私の姿は霧のように消える。

掴まれたのはダークミストの変わり身だ。


「UM…?」


これで私の死亡フラグは消化されるといいのだけど。

魔女のうめき声の背後に、男は立つ。


「的がでかいな」


シエルは、隙を見逃さない。


ズバッ、と気持ちの良い斬撃音が1つ。

たった一振りだった。

光の粒が拡散する。

悲鳴すら上げることもなく、鉄の魔女メイベルは消滅した。


シエルは、あっさりと魔女を倒してしまった。


(…何かおかしいな…。)


「この程度か」


ゲームお馴染みのセリフも、意味が変わってしまいそうだ。


以前素手で倒す猛者プレイヤーがネットに書いていた。

最初のボス、メイデンのHPは確か1500だ。

対して、シエルの火力は30レベルでも一撃500程度。


つまり、今のシエルは単純計算でその3倍、つまり100レベル近い可能性すらあるということだ。


(序盤のボスなのに、それは明らかにおかしい…)


消滅したメイデンの名残はもう何もない。

いくら2年経ったとしても序盤エリアでそれ程のレベル上げなんて、一体どれほど倒したらそうなるのか。


この世界のシエルは、この2年間を一体どんな風に歩んできたのだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ