君繪は人氣者
(昭和‐)〈夏の日の灼けた年號よさやうなら 涙次〉
【ⅰ】
君繪がエスパーである事が、仲本たち「魔界壊滅プロジェクト」の中で、話題となつてゐた。テオがうつかり口を滑らせたのである。天才猫は、おつちよこちよいの一面も持ち併せてゐるやうだ。
仲本「もし俺たちに預けてくれるやうなら、それ相應の英才教育を授けて、エスパー界に君臨するやうな存在に、育て上げられるのだがな」じろさん「俺は良くても、カンさんが許さんだらう。言葉は惡いが、そんな片輪にはしたくない、と云つて」仲本「ふーん。此井さんあんた説得出來ないか?」じろさん「それは、お役ご免かうむるよ」仲本「惜しいなあ」
【ⅱ】
仲本としては、「プロジェクト」の秘密兵器になるんぢやないかと、淡い期待を掛けてゐたのだ。まだまだ叛仲本派の根が蔓延つてゐる。それに對する切り札だ。「なんだ結局は利用するのか」と云はれるのが嫌で、その事はにほはせて置くに留めたのだが...
君繪はそんな話を余處に、すくすくと成長してゐた。もうはいはいして、白虎やでゞこや「ぴゆうちやん」、ロボテオ2號と遊んでゐる。確かに、カンテラ事務所は、情操教育と云ふ事には、環境が良かつた、と云へやう。
【ⅲ】
ところ變はつて魔界。魔界でも、君繪の事が【魔】たちの話題に上らぬ日はない。君繪は、咽喉から手が出る程、「慾しい」人材だつた。あれだけの潜在能力があれば、魔界の次期女王として迎へるにも、やぶさかではない。
皆さんは、「子攫ひ」なる【魔】を覺えておいでか? * お人好しから君繪の身柄拐帯に失敗した彼は、前回あそこ迄肉迫したのだから、今度こそ、と思はれてゐた。だが本人には次なる手はない。カンテラ事務所には番犬タロウがゐるし、そこを掻い潜つても、あれだけ多士濟々のスタッフたちが待ち受けてゐるのだ。正直、玉砕覺悟で突つ込むしか、道はなかつた。
* 当該シリーズ第178話參照。
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〈自轉車レースポールトゥウィンの思ひ出は圧倒的なる太腿なりし 平手みき〉
【ⅳ】
周囲からプレッシャーを掛けられた、「子攫ひ」、つひに玉砕作戦、決行...
白晝堂々、タロウが吠え立てるのを尻目に、結界の内に踏み込んだ。だが、だうしても躰が動かない。結界を舐めてかゝると、かうなるのだ。につちもさつちも行かぬ。
「おや、珍客だね」‐カンテラは彼の顔を記憶してゐた。「い、命ばかりは‐」‐「駄目だね。あんたゞけ特別視する譯には行かない。だうせ目的は君繪、だろ?」結局、「しええええええいつ!!」哀れ「子攫ひ」、刀の藻屑となつた。
【ⅴ】
と云ふ事で、君繪の事となると情け容赦ないカンテラ、と云ふイメージは、魔界にも人間界にも定着。尤も、何事も剣が裁く世界にカンテラは棲まふのだ、と誰もが知つてゐた。
(パパ、そんなにわたしつて大事?)‐養女だと云ふ事は、既に知つてゐる君繪である。(あゝ、大事だとも。俺の可愛い君繪だからな)‐(ありがと。でも無理しないで)‐(そつちこそ、さ。もつと甘えてくれたつて、いゝんだぜ)
親子、であつた。
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〈夜半の雨夏は一旦退けり 涙次〉
と、ほんのり本心を見せた君繪だつたが、取り敢へず、カンテラの娘・じろさんの孫娘である事、神に感謝した。今回はこんなところかな。お仕舞ひ。