93話 心の声、ひとりぼっちの悶々《Solo Part》
レーシャちゃんと廊下で別れて与えられた自室への扉を潜る。
1人部屋はプライムクラス特権。今朝起きたままの乱れたベッドが迎えてくれた。
「もっと上のクラスになればベッドメイキングもしてもらえるのかねぇ……」
革紐を潜るようにして背へ預けた精霊の剣をとり外す。
如何に軽いとはいえさすがに1日ずっと背負っているのは、ダルい。
とりあえず剣はベッド横の壁に立てかけておく。選ばれし者しかもてないため盗まれる心配は皆無だろう。
「(さて……シンキングタイムだ)」
解放された俺は、ひとまず整える前のベッドに尻を埋めた。
ひと息つくや、疲れた頭をフルに巡らせていく。
立ち回りこそ最重要。リーファとエリンの件が片付いたとはいえ問題は山積みである。
「(まずカール・ギールリトンのおかげで転生者というバグの存在が明らかになった。これに関してはこれからずっとついて回る厄介ごとだな)」
今回、カールとの出会いはかなり幸運だった。
冷静で責任感のある大人な彼だからこそこの結末を迎えることができた。
しかして以降に出会う転生者が俺を許すとは限らない。執着や怨念で敵になる可能性もかなり高い。
つまりいままで以上に己の正体には気を配らねばなくなってしまった。
「(そして次にカール死亡というイベントを本人が自覚していた。これによって俺と結託することで回避することが可能になる)」
カールの協力が得られたことはカール自身を助けるもの。
大ギルド編最終番の必須イベント。襲撃によるカール死亡を全力で支援できるというのは、かなりの得となる。
その後の展開を思慮するのならば彼の生存は、マスト。イベントキャラとしても転生者としても死なせるわけにはいかない。
「(次にリーファとエリン……は、もうどうでもいいか。なんだかんだ強くなったし上手く立ち回るだろ)」
閑話休題。
さすがに1日酷使した脳は、そろそろ思考を止めようとしていた。
というか集中がつづかない。アフロディーテとの戦闘もあってか、心と体がだいぶ疲弊している。
「はぁぁ……しんどぉ……」
どっかり。
俺は倒れるようにベッドへ仰向けとなった。
すでに西日となった紅が窓から差しこんでいる。石造りをした部屋の灰色を朱へと塗り替えていた。
「そうだ、カールにレーシャちゃんと同室にしてくれるよう頼んでおくべきだったな。どうにも1人でいると気が緩んでいかんぞ」
唐突にレーシャちゃんの愛らしい笑顔が恋しくなってしまう。
俺はこの世界にきてからずっと彼女と一緒だった。食べるときも、病めるときも、外出するときだって、ずっと。
「……俺、1人か……」
だからか急に萎れてしまう。
1人の時間がこれほど心に空虚を落とすとは。
あらためてレーシャちゃんの存在が大きいと自覚させられる。
あの子が一緒だからここまでこられた。もしあの子がいなければ、なんて。考えたくもない。
『俺はこの子を幸せな未来へ導くためにここにいる! そのために世界を救うと決めているんだ!』
先ほど俺は、憤るカールを前にして、こう叫んだ。
しょうじきなところあの瞬間を思い返すだけで肝が冷えたし、自分でも驚いている。
「ぼんやりと世界を救いたいとは思ってた。だけど、あそこまで明確なビジョンは見えていなかったはず」
なんだか勢いで口にしたようで罪悪感があった。
同時に、気恥ずかしさとかそのへんの羞恥があるのも事実だった。
「………………」
うつら、うつら、と。天井を見ているだけで、視界が上下から狭まってくる。
今日を終えて明日に託そう。空腹すら忘れてそんな弱音が顔を覗かせていった。
「(必死だったから二の次だったけどアフロディーテから大人って感じの良い匂いしたよなぁ。鎧越しだったけどシースルー越しの胸元とかめっちゃセクシーだったし……)」
睡魔のなかに浮かび上がってくる。
最近体力の限界まで毎日鍛錬をしていたからか、悶々としてくる。
「(花の隊の子たちも兜を脱ぐと全員ヒロイン並の美人ばっかりなんだよなぁ。いちおう明日アフロディーテに会ったら謝罪と花の隊全員にお礼をしよ)」
彼女らは規律正しいためそれほど接触はしていない。
しかし毎日ともに訓練をしたことで以前よりずっと気さくだった。
彼女らは俺にとってまさに華だ。女っ気のなかった人生に飾られる花束。
剣を振るうたびスリットから零れる太もも。弓を低く構えたときに除く膝。魔法の風に煽られ除く膝裏。彼女らこそまさに健康的な美の象徴である。
「(……いかん色々想像しはじめたらよくない視点になってきたぞ。明日まともに目を合わせられられんかもしれん……)」
溜まってるのかな、疲れが。
依頼を終えて肩の荷が下りた。意識していなかっただけに想像が豊かになってくる。
「こ、こういうときどうしたらいいんだ……! 風呂に入ってさっぱりするのがいいのか……! いままでレーシャちゃんが一緒だったから多少元気になっても押さえられていたが今回は俺1人だぞ……!」
もてあます。
いままで1人になる瞬間はそれほどなかった。
それだけにあらためて孤独という時間に恐怖する。
どん、どんどんどんどん。
「い”っ!?」
突如鳴り響くノック音に血が凍った。
俺は戦慄の姿勢で扉のほうを向いたまま動きを静止させる。
どんどんどんどんどんどんどん。
さらにもう1度。
ノック、というより叩くに近いだろうか。
「(これはおそらく――寂しくなったレーシャちゃんだ!!)」
福音を得た。
俺は踊るようなステップで扉のほうへと歩み寄る。
すると、微かに遅れて扉がバァン。俺の鼻先をかすめるように開け放たれた。
直後にドアを蹴破るかのよう。2人の人影が俺の部屋へと雪崩れこんでくる。
「シセル!? カイハ!?」
見覚えのある2人に俺は思わず名を呼ぶ。
まるで突撃だ。現れたのはシセル・オリ・カラリナとカイハ・リル・アンププトだった。
「……なにやってんだオマエら?」
「なぁぁにやってんだじゃないわよ!? そっちこそなに悠々自適な大ギルドライフ送ってるわけ!? 普通そっちから私たちに会いにくるべきじゃないのかしらぁ!?」
「俺ら推薦人な上にいちおーパイセンなんだけどさぁ!? なのに挨拶すらなしってありえないっしょ!?」
リーファとエリンのせいで2人の存在が完全に頭から抜けていた。
どうやら珍客たちはそれにお冠らしい。俺のことを捲し立てながら輩の如く睨み付けてくる。
いちおう友であり同僚というランクだが、面倒くさいことには変わりない。
「連絡しなかったのは申し訳ないと思ってるが、それ以上に色々あったんだよ。いきなりギルド長の依頼を受けさせられたりとか大変でさ」
どう、どう。暴れ馬をいなすように両手を平行に構えた。
だが2頭の暴れ馬たちは嘶きを止めるどころかさらに強める。
「んなこととっくに知ってるってのぉ! さらにはヤバい新人がギルドにやってきたって2人の話題でもちきりだってのぉ!」
「私たちのほうがりナエナエっちレーシャちゃんと仲いいじゃん! それなのに噂でギルドに入ったこと知らされるってどういうことなのって訊いてるわけぇ!」
そういえば2人に直接は言ってなかった。
てっきりカール辺りから訊かされているかと思ったのだが。
「だって迎えにくるのが2人かどっちかだと思ってたんだよ。だからそのときにギルド加入を決めたことを伝えようかと考えてたわけで……」
これに関しては間違いなくリーファとエリンのせい。
アークフェンへの迎えがシセルカイハではなかったため、伝達が遅れてしまったのだ。
「でも私たちに会いにくる努力とかした!? 聞くところによれば7日前には到着してたらしいじゃない!?」
「忙しくても挨拶くらいこれちゃうんじゃないのぉ!? こっちはナエっちさんがどうなりふり決めるのかめちゃくちゃ気にしてたんですがぁ!?」
うるせぇな、だから忘れてたんだよ。
オマエらは別に俺の行動リソースの重要な部分にいないからな、言わないけど。
それにしてもなんだコイツらの必死さは。心配してくれていたにしても熱意が強すぎる。
「……で?」
もういい加減に辟易してした。
つい問いかけもおざなりになってしまう。
するとシセルは鎧の金音を引きながらがらんどうな俺の部屋に踏みこんでくる。
ハイレッグに強調されたむっちりと白い尻を傾けながらぐるりと見渡す。
「ありゃ? レーシャちゃんは一緒じゃないの? まさかとは思うけど1人できたわけじゃないわよね?」
「俺とレーシャちゃんをセット販売みたいに言うんじゃありません。あの子は推薦じゃないからスタンダードに割り振られた部屋にいるよ」
「ってことはいまナエっちさんだけってことねぇ。だったら話は早いっしょ」
カイハは、しめたとばかりに手を打つ。
どうやら2人は目的があってここにいるらしい。
先ほどの食い入るような怒りもそれに関連しているのだろうか。
シセルとカイハはアイコンタクトし、ほぼ同時に手を差し伸べてくる。
「ナエナエっち! 私のオースを組んで!」
「ナエっちさん俺とオースにならない!?」
おーっ、すぅぅ。
違う違う、2人の真剣な顔を茶化すわけにはいかない。
これたぶん設定にあるな。俺は疲弊した脳を高速で巡らせる。
「(Oathか。言ってみれば誓約のようなものだよな。たしか大ギルドのシステムにそういうのがあった気がぁぁ……)」
ダメだ、思いだせん。
というか俺はプライムクラスとはいえギルドの新米なのだ。聞けばいいだけじゃないか。
「その、オースってなに? そこはかとなく嫌な予感がするんだけど?」
「オースとはエルダーオースの一般的な略語ね! それは自分のクラスをもってして下の子たちを召し使え教育するプログラムよ!」
「いわゆる先輩後輩契約とも言われてるねぇ。年齢は関係なく互いの許可さえあれば自由に契約可能。でも組んだからには上のクラスの人間は下を育てる義務が発生する。逆に下のクラスの子は上に付き従って自分を育ててくれる相手を尊重する」
同じプライムでもシセルとカイハはギルドで俺の先輩にあたる。
つまりそのオースというのを組みたいがためにあれほど焦っていたのか。
でもこっちとしては、まだよくわからない制度だ。ギルドに入ったばかりで制度自体の全体像が見えてこない。
「ちなみにそれを2人のどっちかと組んで俺になんの得があるんだ?」
「うっ……そ、それはぁぁ、トテモイロイロオククナトクテンガアッテデスネ……」
「で、でも……組んでないより組んでたほうがいいっしょ? ほ、ほら! いまは右も左も分からない状態だと思うしさ!」
急に弁舌が鈍るんだな。
つまり2人は俺を後輩として育てたいと申しでてくれている。
ありがたい提案と受けとるべきか。しかし俺にはひとつ疑問があった。
「こういうのって普通は下の人間が上の先輩にお願いするもんじゃないのか?」
問いかけると、2人の伸ばした手が痙攣をはじめる。
「――うぐっ!?」
「さすがナエっちさん……! ガチで鋭い……!」
常識的に考えれば育ててほしいと願うのが当然だろう。
人材が会社へ面接に行くようなもの。会社から直接個人へ声がかかるということのほうが珍しい。
いちおう先輩としてのプライドがあるのか。俺が問い詰めると、2人の手がすごすごと引いていった。
代わりにシセルは、カイハのことをキツく睨みつける。
「なんでそんな必死こいてナエナエっちとオース組もうとしてんのよぉ! いままでずーっとるろうな1匹狼を気どってたくせにどういう心変わりなわけぇ!」
「そういうアンタだって後輩に言い寄られてものらりくらりかわしてたっしょぉ! なのにナエナエっちさんが大ギルドにいると知るやいきなりスカウトとかマジダサいんですけどぉ!」
言い合いがはじまってしまった。
しかも大人げないタイプの感情的なやつ。2人とも烈火の如く顔を真っ赤にして怒鳴り合う。
「おほほほほ! 後進の育成とかアンタなんかにできるわけないわよねぇ! まだまだ毛の生えそろってないようなちんちくりーん!」
「男にデカいケツ振って媚び売るってるるアバズレがなに吹いちゃってんのぉ? まさか後輩に慕われてるお姉さんとか勘違いされてますぅ?」
ぎぎぎぎ、ぐぐぐぐ。
なんだコイツら、犬と猿か。
シセルとカイハがヒートアップするだけ、俺の心は離れていく。
「おいおいそこのウォードックとキラーコングたちぃぃ。ギルドの寮内で騒ぎ立てるとは感心しないねぇぇ」
どうやら2人のやりとりは廊下にまで響いていたらしい。
開きっぱなしの扉から煌びやかな男が顔を覗かせていた。
※つづく
(次話との区切りなし)
最後までご覧いただきありがとうございました!!!
間もなく章末です!!!




