92話 転生者《Reterner》
「このあとのことをわかった上で共同歩調をとるのか?」
「それは俺が襲撃に遭い命を落とすことで合っているかね?」
その問いには、答えない。
俺だからこそ答えられない。
カールはしばし俺を見つめてからふふ、と鼻を鳴らした。
「やはり読み通りアナタは創造者なのだな。そしてアナタは近く敵の襲撃によって死す運命にある男すら救おうとしている」
「……もしそうだとしてどう考えている? 俺を……恨むか?」
しょうじきなにをされても文句は言えない。
それほどヒドいことをしているという自覚がある。
だって彼は、俺の手で殺されるようなものなのだから。
「恨まんといえば嘘になろう。とはいえ恨まないと言ってもただの語りになってしまう」
やっぱりそうだ。
だって俺のやってしまったことは、母が子の命を奪う行為と同等だ。
書きかけた俺が、死を決定づける。これは法を犯さずとも、倫理が許してはくれない。
「アナタの言わんとしていることは重々承知している。俺に与えた死という運命を危惧していることも」
カール・ギールリトンは、死を運命づけられている。
おそらく幾度とその過酷な展開によって苦しんだはずだ。
彼が本当に転生し記憶をもっているのであれば、俺を恨んで当然だった。
「だからこそはじめに怯えないでもらいたいと伝えたのだよ」
だがカールは予想と違う反応を見せた。
彼は身じろぎひとつせず。どころか父のような顔で微笑みを作る。
「なぜならいま辿り着いた世界は俺の目指したどの世界より美しい」
瞳に迷いは霞ほどもなかった。
俺は彼の笑みに虚を衝かれてしまう。
「……どういうことだ? いまの世界が美しいだって? いままで繰り返してきた世界と同じじゃないのか?」
正気かと、疑った。
しかし予想とは別に、融和に満ちて、優しげな光が返ってくる。
「アナタによって再構築された世界は、死すべきだった魂が生きながらえ輝いている」
許しを得ようとする卑怯者にとって眩しいほどに。
「アークフェンは俺の手で救えないことが確定していた。世界が始まった直後ゆえ如何に手を尽くしても時間が足りない。だから俺は苦心しつつも甘んじて毎度の崩壊を見過ごしてきた」
言われてみれば、確かにそうだ。
本来のアークフェンは物語進行上で確定して壊滅するはず。そして勇者ちゃんママやシセル、村民や冒険者の多くが犠牲となるイベントだ。
しかし今回の世界は犠牲がほぼ皆無で展開されている。
「だが今回の世界はアークフェンでの勇者覚醒という過酷な条件を満たしていない。さらに襲撃に備えたこととアナタの尽力によってみなが生きながらえている」
「(まさか勇者ちゃんの覚醒イベントを潰したからアークフェンは助かったのか? 俺自身が自分の造ったシナリオに逆らったから?)」
彼の信念は考え尽くされていた。
俺の思考如きが塵であるかと思うまでに、憂慮を重ねている。
「だからこそ俺はアナタの望む世界に加担したいとそう願って接触を図ったのだ」
これで確定した。
カール・ギールリトンは、信頼に値する。
しかも転生者というこの世界の真理にさえ辿り着くレベルで強力な仲間となり得る。
「ただ1つ。いただけぬ点が存在する」
カールの声色が変わった。
どう変わったのかを説明するのは難しい。
しかしなんらかが掛け違えたように変わった。
「なぜ貴様が創造主とともに旅をしているッッッ!!」
そして割れんばかりの怒声が部屋中を駆け巡った。
彼の睨む先にいるのは、俺ではない。
彼女は、部屋の扉の前で、ずっと気配を消すような静寂をまとっている。
「な、なんのお話しです? おふたりのお話を聞いていたのですが私にはなにがなにやら?」
振り返るとレーシャちゃんが1人で佇んでいた。
急に怒声を浴びせられて戸惑いがちに涙を浮かべている。
これは俺にとって非常にまずい状況だった。レーシャちゃんは俺の正体を知らない。
だがカールは猛攻するように彼女へ気迫を高めていく。
「知らぬとはいわせんぞ狂いモノが! 勇者の表面のなかに渦巻く憎悪ははじめから気づいていたぞ! なぜなら俺は貴様に幾度と殺されているのだからな!」
射止めんばかりの追撃だった。
いっぽうレーシャちゃんはうつむいたまま動かない。
「れ……レーシャちゃん?」
俺が名を呼ぶとレーシャちゃんの肩がかすかに揺れた。
それは小さく、規則的で、嗚咽にも似た震えだった。
「(殺す? カールを、レーシャちゃんが? いったいなんのためにそんなことを?)」
俺は頭の整理がつかぬまま、1歩踏み出していた。
手を伸ばし、彼女の震える肩に触れようとした、その刹那。
レーシャちゃんは顔を上げた。
歪んだ笑みが、そこにあった。
唇は大きく裂け、喉の奥から獣じみた声が噴きだす。
「く、くく……あははははっ! あーっはっはっはっはっはっは!!」
凶暴な笑いが弾ける。
涙だと思った肩の震えは、笑いを堪えきれない痙攣だった。
「なぁんだもうバレてたんですかぁ! まあ、こっちだってずっと裏で鼠がうろちょろしている気配くらいは察してましたけどねぇ!」
違う、これはレーシャちゃんじゃない。
カールと対峙する少女の笑みには嘲笑という闇があった。
「別に私はアナタの許しを請うつもりなんてハナないですよぉ。だって私はループが失敗する確信を得てからアナタのことを排他しています。世界が終わる直前に痛みさえ感じる間もなく灰へ変えてあげただけです」
「巫山戯るな!! 貴様が殺した相手は死ぬ必要がなかったかもしれないのだぞ!! それは我欲を満たす悪辣な行為でなければなんだというのか!!」
「だってあのときはすでにゲームのルートが失敗していたんです。ならば早々に途中放棄したほうが効率的じゃないですか」
俺は2人のやりとりを聞いて、一瞬で理解してしまった。
そして理解してしまったということを後悔する。
「この大ギルドのシステムだって、輪廻転生を繰り返し未来を予測することで完成させたんですよねぇ?」
「……。ああその通りだ。転生を繰り返すあいだに培った知識と予測を得て完璧に構築した」
「だからリーファさんやエリンさんという成長の種をあらかじめ見つけてあった。それは前回のループやそのさらに前のループで見つけたものだから。六冠だってアナタにとっては重要で強力なコマということですよね」
展開する。
俺が入りこむ隙間すら一切ないほどに。
どちらもおそらくはこの世界のループに気づきし者たち。
転生者とでも名づけようか。永遠世界の終末を見てきた2人である。
「コマではない! あの子たちは俺の希望であり家族だ! この意味を違え、愚弄するのであれば許さん!」
「で、なんかい自分の子が死ぬザマを見てきたんですかぁ? ときには自分で切り捨てたこともあったでしょう? それって私のやってる途中放棄となにが違うんですかぁ?」
「……人の皮を被った真の悪鬼羅刹が。また暴走する前に切り捨ててしまおうか……」
カールの手が腰の剣に手が伸びた。
「やってみたらどうですぅ? 暴走したアナタごとここにいるすべてのお子さんたちが死にますよぉ?」
「き、さまぁぁぁ!!」
つまり裏勇者ちゃんは、いままでのループで意図的に世界を終わらてきたのだ。
そう、それはバッドエンドが確定したからゲームのリセットボタンを押すのと同じこと。
あまりの衝撃で脳が停止していた。だが、カールの怒りの形相を見て俺の身体は勝手に動いている。
「待ってくれ!! この子は殺しちゃ駄目だ!!」
慌てて2人の間に滑りこむことに成功した。
ここで彼女を失うということは、レーシャちゃんも失ってしまう。
それだけはなにがあろうとも絶対にあってはならない。
「退くのだ創造主よ。俺はその悪鬼によって幾度と子供たちが焼かれるさまを見てきた。それを生かせば貴殿にも危害が及ぶやもしれん」
すでに火蓋は切られる直前だった。
カールの裏勇者ちゃんを見る目には衝動のみが映しだされている。
それはまさに敵と認識した眼差し。排除対象を定めた敵意の視線。
だが裏と化したレーシャちゃんは、くるりと回って袖を優雅に振り流す。
「ナエ様は殺しませんよ、いまのところは」
裏勇者ちゃんはまつげを伏せ、甘く濡れた微笑をそっと零した。
その影の多い笑みは、踏みこんではいけない一線すら感じさせる。
「貴様のような女の言葉をどうやって信じろというのか!?」
「うふふっ! だってもしナエ様がループしないとしたらオシマイでツマラナイじゃないですかぁ! でもループするのであれば5000回くらい殺してみちゃいますけどねぇ!」
妖艶さを纏っていたはずの唇から、一転。
遠慮のないゲタゲタとした笑いが漏れた。
「創造主!! そこを退け!!」
「駄目だ! 絶対に譲らない! この子が死ぬということは俺が死ぬのと同じことだ!」
奇声が舞うなか、俺とカールは互いに1歩も譲らない。
カールの手は剣を抜く寸前だった。だがその剣で彼女を貫くには俺という肉壁を越えなければならない。
「この女狐によって俺の子らは数えきれぬほどの死を迎えた!! それはアナタの創造する世界の膿にしかならん!!」
「でもこの子だってアンタと同じ転生者だ! なんども繰り返される世界に同じ絶望を抱く仲間のはずだろ!」
ここで彼と敵対するのは圧倒的に得策ではなかった。
しかしここでレーシャちゃんを殺害するというのであれば、腹を決めるしかない。
だって俺は、このヴェル=エグゾディア世界より、望むモノがある。
「俺はこの子を幸せな未来へ導くためにここにいる! そのために世界を救うと決めたんだ!」
あとモブ子も助けないとなぁ。
いや、忘れてないよ、これほんと。ちゃんと手は打ってあるから。
俺の威風堂々たる宣言が空間を支配する。
するとカールはしぶしぶといった感じで前のめりだった姿勢を正した。
「応えろ。貴様は……いったい何度目の世界だ」
「77777回目です」
「…………」
無言だった。
しかし彼は柄にかけた手をそっと下ろした。
「(なんとか、乗り切ったのか……?)」
一触即発だったはずの空気が安穏としてものに変化していく。
仁王立ちの姿勢から戻ると、急激に肝が冷えるのがわかった。同時に俺が前に覚えた異変の犯人が判明する。
「(リーファとエリンという俺の記憶にないキャラクターがいたのはそういうことだったのか)」
残念冒険者リーファとエリン。
ある意味ではカールが引き寄せた、あるいは造りだしたキャラともいえる。
俺には話したいことがまだ山のようにあった。だが、カールは丈長のマントを腕で押して流す。
「対話はここまでにしておこう。俺の記憶が正しければ間もなく我が子が部屋にやってくるはずだ」
「(たとえ六冠であってもこの話を聞かれでもしたらヤバいことになるな。ここはカールの言うようにいったん引いたほうがいいぞ)」
あっちを向いているため表情までは読めない。
しかし彼だってもっと互いの情報を突き詰めたいはず。
きっといずれ彼は接触を図ってくるに違いない。そのときこそ未完世界の真相に迫るときになる。
「俺のことはこれから先もナエ・アサクラとして扱ってほしい。他の冒険者との贔屓もいらないし、気遣いも無用だ」
「アナタがそうおっしゃるのであれば従おう。そしてこの話し合いは決して他言しないと誓う」
誓約をかわしてから俺も颯爽と踵を返した。
ギルド長直々の依頼はこれにて達成となる。
明日からはいよいよ大ギルドの依頼をこなす日々を迎える。ギルドスコアを溜めつつ上位ランクを目指さねばならない。
「ねぇねぇギルド長さぁん? なーんかわすれてませぇん?」
「……俺が話したかったのはナエ・アサクラだけだ。貴様と会話する予定を入れたつもりはない」
早い。
いつも間にか裏勇者ちゃんがカールの元にすり寄っていた。
腰の後ろに手を組み、深い谷間を見せつけるように屈む。
顔には当然のように挑発するような笑みが貼りつけられている。
「そんなことより依頼を達成したんで報酬もらっていいですかぁ? アナタが押しつけてきた雑魚の面倒見てあげたんですからそれなりのを期待しちゃいますよぉ?」
裏勇者ちゃんに革袋が手渡された。
そのときのカールの顔は怒りでどす黒く変色し、手が異常に震えていた。
報酬は、けっこうな額だった。
それは果たして俺への気遣いだったのか。
それとも裏勇者ちゃんへの当てつけだったのか。
真意はわからない。
… … …… … …




