91話 大陸冒険者統一協約機構の長 カール・ギールリトン《Continental Accordmaster》
その猛々しいまでの音圧に会場の視線が集う。
ココが世界の中心とばかり。大ギルド長カール・ギールリトンが勇ましく佇んでいた。
彼は威厳ある微笑を浮かべながら周囲をぐるりと見渡す。恰幅のよい肩幅で風を押すようにしてこちらへと歩み寄ってくる。
「ぎ、ギルド長……!」
「私たちのことずっと見てたの……!」
リーファとエリンは見てわかるほど、動揺しきっていた。
それもそのはず。大ギルドから首を切られる直前でこのイベントは、まさに雌雄を決する。
試用の期限は、ジャスト7日。
本日をもって2人の大ギルド残留が決定してしまう。
カールは2人のもとに辿り着くと、女子の腰ほどもある腕を召し抱えた。
「まずはリーファとエリン双方ともご苦労だった。オマエたちは花の隊指導のもと一気呵成と言わんばかりの躍進をしてみせたな。そして己の固定観念と自分という常識の殻のどちらもを破って見せてくれた」
一瞬だったが緊迫した空気が微かに震えた。
おおおお。集った冒険者たちがその言葉に感嘆し、どよめきをあげる。
「花の隊の皆々がたへも感謝の言葉を贈らせていただきたい。よくぞ我が不詳の息子と娘をここまで高みへと導いてくださった」
花の隊は、規律よく姿勢を正す。
代表するようにアフロディーテがスリットから伸びる白い脚でしずしずと歩みでた。
「ワタクシたちはお手伝いして差し上げたにすぎませんわ。膝を屈しながらも決して折れなかったこの子たちの努力がもたらした結果です」
「我が家の問題を部外者であるキミたちに託すことになったのはこちらの不備に他ならない。俺の力がもっと及べばこうはならなかったかもしれん」
「治めるものにとって気苦労は常につきまとうもの。その一端を肩代わりできたのであれば喜ばしい限りです」
なんか重いと思ったのは俺だけかもしれない。
上っ面だけの会話というか、なんというか。外面だけ並べて本音を話していないような気さえする。
カールとアフロディーテには上に立つものとしての責任や体裁があるのだろう。
「そしてナエ・アサクラとレーシャ・ポリロ! 両名に依頼した通りこの後リーファとエリンは大ギルド残るだけの価値があるかを問おう!」
まさに覇道。
男の存在自体に畏怖すら覚えてしまう。
発する言葉の1つ1つに意乗って空気を微振動させる。
「ん? ナエアサクラって……誰だ?」
「もしかしてナエザクラじゃなかったの!? マジ!?」
コイツらはいったん置いておくとして。
7日間どころか出会ってから数日経つ。なのに、ずっと俺の名前を間違えていたのは置いておくとして。
審判の刻だった。会場は呼吸止めたかのように静まりかえる。まるで問いかけるような静寂に時間が止まったかの如き錯覚が疾走った。
俺は群がる視線を振り払うように手を左右へ泳がせる。
「はじめからこうなるのが目的だったくせになにをいまさら儀式めいたことさせるのかね」
「おふたりは見ておわかりのように大ギルドの冒険者さんたちからすでに認められています。だからいまさら私とナエ様がどうということはありません」
俺たちははじめから関係なんてなかったのだ。
だってそれがカールの手腕であり望みだったのから。
「俺らが残すといったところで実力が伴わないんじゃいままでとなにも変わらない。だからアンタは俺たちを利用して2人を別の冒険者たちに認めさせたかったんだろ」
「本当に決めるべきは私たちじゃなくってみなさんのほうです。みなさんがこの7日間のおふたりの努力を見てどう変わったかが大切だったんです」
つまるところ俺たちはただの引き立て役ということ。
落ちこぼれと烙印を押された2人は、まさに嫌われ者のお荷物だった。
しかしそれは本人たちのやる気が皆無だったせい。頂点に目が眩んで上を目指せなくなったから。
だからカールは考えたのだろう。周りを変えるのではない、己を変えることで周りを変えさせようとしたのだ。
「――つまり、変わったのはリーファさんとエリンさんだけじゃないんです」
「それを見てたアンタらの2人に対する評価もまたどう変わったかが大事だったんだ」
俺とレーシャちゃんは逆に見返してやった。
するとこちらに降り注いでいた冒険者たちの視線が、まばらに散っていく。
互いに互いに確認するかのよう。ざわざわと泡立つように混乱の波紋が広がる。
「どう……って、がんばってはいたよね? 朝から晩までみっちりしごかれてたし?」
「しょうじき自分たちが逆に追い立てられるのかってくらい必死だったよな」
「それわかる! こっちもがんばらないと2人に追いつかれるどころか置いていかれるかもって思った!」
「まあ? 前までのアイツらじゃ頼りなかったが? いまの2人ならパーティー組んでも信用できそうではあるかもしれんな?」
これは福音か、それとも嫉妬か。
だがそこには7日前までの軽蔑する視線はない。
敬い、戸惑うかのような暖かなざわめきが色めいていた。
「………………」
逆にカールは唇を真一文字に引き結ぶ。
ざわめきの一言一句を聞き漏らさぬかのよう。瞳を閉ざしていた。
「やっぱり私たちが言わないとダメなんじゃないですかね?」
「おそらくこれはナエ様とレーシャ様をも認めさせるためなのかもしれませんよ」
レーシャちゃんとアフロディーテが俺の両脇腹を突っつく。
面倒くせぇ。こういう人情だの感情だの、古いったらありゃしない。
でも依頼されたのだからこなしてやろうじゃないか。報酬はいったいいくらもらえるのだろう。
「カール・ギールリトンからの依頼内容はただ1つ!! 7日間でリーファとエリンの大ギルド残留を決めろというもの!!」
ここまでやってやるんだから多少の色は覚悟してもらいたい。
まさに有終の美を飾る。ここが2人とってのリスタートポイントである。
「俺は2人の大ギルド残留を指示する!!」
あとのことは言うまでもない。
爆ぜるような歓声が夕暮れの赤みがかった空を大いに包みこむ。
祝福されたリーファとエリンはどちらともなく肩を抱く。
2人の頬には、光を反射し橙色をした喜びの線が伝うのだった。
…… … … ★★ ★★ ★★ ★★ ★★
「で、なんだったんだこの茶番は?」
いきなり辛辣な単刀直入だったかもしれない。
リーファとエリンの大ギルド残留が決まった。これにて俺とレーシャちゃんの初仕事は完了したはず。
なのに、またギルド長の私室にへと招集を受けているのはどういうことか。
「さっさと依頼の報酬をもらおうか。このあと俺はレーシャちゃんの慰労と依頼の打ち上げをする予定なんだが」
俺は不信感を隠しきれないままカールのほうへと視線を配った。
しかし彼の応答は遅い。やけに気難しそうに眉間へしわを集めながら卓に着いている。
「(なんだコイツ……まだ俺らになにか押しつける気か? もし報酬のだし渋りなんかしたらでるとこでてやるぞ?)」
そもそも2人を救えと任せたのはギルド長だ。
俺たちにはその任務をする責任はない。しかし友を助けるという別の観点で遂行したに過ぎない。
だからこそこの呼びだしは不審だった。それはもう、不安なんて生やさしい感情ではないまでに。
するとカールは唐突に立ち上がった。かと思えばいきなり腰から曲がるように頭を下げる。
「創造主よ、此度の非礼をお許しいただきたい」
「!?!?!?!」
「しかし俺にはアナタのことを試さざるを得なかった。創造主が望む世界がいったいどのような色に満ちているのかを知らねばならなかった」
全身の毛穴が開ききっている。
開いた毛穴から吐きだすように汗が噴きだす。
この瞬間ほど心臓が増大したことはない。そう思えるほど俺は恐怖と驚愕を覚えている。
「な、なんの話をしているのかまったくわからないなぁ~……」
身からでた錆かとはいえ誤魔化すにしても棒だった。
しかもこの場にはレーシャちゃんまでいる。このままでは彼女にも俺の秘密がバレてしまう。
だがなんとしてでも偽らねば、終わる。よりにもよって権力者であるカール・ギールリトンに正体がバレれば、本当に終わってしまう。
「訊いてくれ、俺はアナタに敵意はない。そのうえここでのやりとりは他言無用で決して公表しないと誓う。さらに大陸冒険者統一協約機構の長として完全な共闘姿勢を結ぼうとも考えている。だからそう怯えないでいただきたい」
どうする。俺はいま瀬戸際に立たされていることだけは真実だった。
これはもしや罠かもしれない。認めさせた上で急に部屋へ大勢が群がって捕縛するつもりか。
しばし俺が沈黙を決めこんでいると、カールは閉ざした口を再び開く。
「不躾に信頼を得ようと考えていない。アナタの行動を縛るつもりも毛頭ありはしない」
あ、よかった話がわかるタイプかも。
「だが……一方的に聞いていただきたい」
つづきがあるぅ。
即座に油断し撫で下ろしかけた胸を張り直す。
カールは動揺したかのように視線を彷徨わせる。
「俺は……転生者だ」
「っ!?」
その単語を聞かされて声にならぬ音が喉から漏れた。
俺の衝撃を知ってか知らずか。カールは重苦しげにつづける。
「幾たびの生を得て俺の辿り着いた結論は世界が周回を繰り返しているということ。そしてどの周回にも存在しなかったアナタこそが世界の鍵を握るのだと考えている」
難しい。どう答えても正解に思えない。
ただ聞くしかない。彼の奏でる低い音が鼓膜をこすった。
「アナタはご存じだろうか。この世界はとあるポイントまで辿り着くとまたはじめに戻ってしまう。まるでなにかが欠けて未来を紡ぐことを止めてしまうかのように……」
存じるも存じないも、ない。
ビックリするくらいぜんぶ俺のせいだった。
カールは、途中まで書きかけた物語が白紙になる瞬間を見てきたのかもしれない。
『いまここにいる私みたいな例外に気をつけなさいっ!』
ふと脳裏に聞いたことのある声がよぎった。
「(そういやモブ子のヤツが言ってたな。バグって記憶を保持してるヤツがいるってことかよ)」
俺の転生する発端だったモブ子のセリフを思い起こす。
たしか彼女は基本ループするたびキャラの記憶はリセットされると怒鳴っていた。
するとつまりここにいるカール・ギールリトンにもまた俺のようなバグを生じている可能性がある。
「それはいったいいつからだ?」
辛くも吐きだせたのが、これだった。
確約するには情報が足りさすぎる。いまは波風を立てぬよう合わせるしかない。
「数で言えば200は越えただろう。そのなかで俺は最善を尽くそうと努力しつづけた。だが……そのすべてが終末地点で必ず……」
消えるってことか。
本をめくったら白紙がつづいている。
それは印刷ミスでもなければ、彼自身のせいでさえない。
「…………っ」
俺はどんな顔をすればいいのかわからないでいた。
こんなもの迷宮そのものだ。カール・ギールリトンという男を迷わせたのは他でもない俺なのだから。
「だから突然シセル・オリ・カラリナより報が入ったときはかなり混乱した。キミならこの言葉の意味を容易に理解できうるだろう」
「……ゴブリンか」
「そう。彼女はアークフェンの崩落とともに命を落とす運命にあったはず。しかし彼女は生き延び、嬉々としてキミという存在を示唆してきたのだ」
現在の状態は、こうとも考えられる。
1人はある日、世界がループしていることを気づいた。
だから奔走し、世界中に冒険者というネットワークを構築した。冒険者からの一報で現状の世界がどのように歪なのかを知るために。
だとしたらこの男の語る200を越えたループは、信用に値する。
「しかもアナタは黒き闇の母を倒した。あの終末地点の直前に必ず世界を崩落させる絶望の証を、だ」
魔神将・原初の魔胎のことまで知っているとは。
きっと彼はそれ以外の特殊せいをも知っているはず。それはもう創造者である俺の次くらいまで。
「そしてさらに驚いたのは慈愛の勇者が傍らにいながら目覚めていないこと! しかもアナタ自身の手で神殿の守護者を討伐し精霊の剣をも抜いてみせた! これはもうアナタがこの世界のなんらかを理解しているということだ!」
カールは、世界を抱きしめるよう大きく両腕を広げ、野太い声を張り上げた。
しかし表情は、まったくといっていいほど、笑ってはいない。感極まりながら己を律している。
「すべて見透かした上で俺にそうなる可能性へ導き触れさせたってことだな?」
「見透かしてなぞいないければ確証だって未だ辿り着けていないさ。ただ……俺は、突如として現れた希望に縋っただけにすぎない」
逆に俺は確証に至りつつあった。
レーシャちゃんを慈愛の勇者と知っている。つまりそれは本物ということだ。
この男。カール・ギールリトンはバグっている。
「尋ねたい」
「許諾しよう」
だからこそ結論に至る前に尋ねねばならない。
俺とカールの望む世界とは。
※つづく
(次話との区切りなし)
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