90話【VS.】花の君 アフロディーテ・エロイーズ・サクラミア《Flower Knight》
花の隊の面々は厳しくも聡明で麗しい。洗練された技術、卓越した戦術指南、まるで教本の生き写し。
彼女たちは己の訓練のさなかであっても、俺たちに必要な技術を見極め、生きる術を与えてくれた。
そして俺たちはいまようやく巡るような日々を終えようとしている。
「いくぞ!!」
「やってやらぁぁ!!」
咆吼する。疾走する、併走する。
踏みしめるたび足は砂に埋もれ、体力を奪おうとしてくる。だが、この7日間で感触と掴みかたを覚えていた。
光景が線となって爪先で掻いた砂が炸裂する。
「《疾走》!」
鍛錬によって磨かれた技は、7日前では届かなかった領域へと至った。
そして俺は振りかぶった木剣で標的を斬りつける。
「直線的」
斬った。
斬ったと思ったのに避けられた。
極められた技術とはこうも魔法のようなのか。
アフロディーテはなおも凜とした佇まいで立っている。
瞬間移動でもするように高速で身体を横に開いて攻撃をかわす。
「リーファ!!」
しかしこれでいい。
俺はあくまで囮の当て馬だ。本命は次にある。
「喰らいやがれェ!!」
すかさず2撃目をリーファが繋げた。
鋭い下段からの逆袈裟斬りが地を滑るように襲いかかった。
すでにアフロディーテは1撃目で身体を横に開いている。体制からしてこれは受けざるを得ない。
「騙し討ち。ふふ、でも少々稚拙です」
花弁がほころぶように可憐な笑みが開いた。
白いスリットから零れる長い足が大地を踏む。蝶が羽ばたくが如く、彼女の影がふわりと舞う。
「くっ!? 完璧なタイミングだったのにマジかよ!?」
一切の前動作のないバク宙だった。
リーファの木剣が風切り音とともに虚空を薙ぐ。
こういうこともある、という想定もしている。だがこれはターン制RPGではない。
諦めぬ限り終わるまでターンはつづく。
「オオオオオオオオッ!!」
「ラアアアアアアアッ!!」
全力のラッシュで隙という間を詰めていく。
男2人による間髪を入れぬ連撃が繰りだされる。
「はじめたころは兎すら仕留められない凡打でしたね。でもいまは1打1打に殺気という気迫が乗っていてとても素晴らしいです」
それでもいっこうに当たらなかった。
アフロディーテは、まるで舞踏でもするように俺たちの攻撃を華麗にかわしていく。
訓練してわかる。レベルが上がって初めてわかる。花の隊隊長の力量と、技術の差は膨大だった。
だからこそ俺たちは肌と神経で気づいている。彼女の実力の半分すら引きだせていない。
ならば。
「《疾走》」
このスキルは本来であれば、直線的な長距離移動技。
珍しくもないが外れでもないそこそこ使えるスキルだ。だが、やりようによっては別の利点も存在する。
修行によって編みだしたのは、超短距離高速移動技。1歩の距離をコンマゼロの俊足で回りこむ。
「これでッ!!」
咄嗟に死角からの致命攻撃へと切り替えた。
木剣に力を籠めた瞬間、俺と彼女の目線が交差する。
「――うッ!?」
「とくと見えております」
俺の木剣が無慈悲にも残影を貫通して砂を叩いた。
機転を利かせたはずなのにアフロディーテを捉え損ねる。
「バっ、ケモンかよ!」
「乙女の総評としては複雑ですが、剣士としての評価ならば誇らしい限りですね」
不意を打たれたというのになおも彼女は、美しい。
確実に決めたと思った。だが斬ったのは彼女の幻影、残像の類いだった。
最終試験を開始したばかりだというのにこちらの息がもう上がっている。しかも俺たちはアフロディーテに構えさせることさえできていない。
「これでオシマイではないのでしょう? 隊から教わったものすべてをだし尽くさねばワタクシには届きませんよ?」
これが本気になった花の君。
王都精鋭にして花の隊。隊長の力量はなおも推し量れないほど。
「なあ……! はぁはぁ、いまの俺らって最高に格好悪ぃな……!」
「はぁはぁ、ああ、そうだな……! 周りで見物決めこんでる冒険者たちがいつ爆笑するのか見物だぞ……!」
周囲には、レーシャちゃんとエリンが固唾を呑んで見守っていた。
さらには花の隊の騎士たちも。騎士の佇まいで決闘の行く末を頑なに見つめている。
「ぜってぇ勝てねぇ相手に必死こいて食らいつくのも格好悪ぃよな……!」
「でも、諦めて逃げだすよりは格好悪くないぞ……!」
俺が吐息混じりにそう言うと、リーファは歯を噛み締めるように口角を吊り上げた。
大丈夫。感覚的に理解している。なぜなら7日間ずっと苦楽をともにしてきた。
「次はもっとフェイントと連携を厚くしていこうぜ……! 俺が合わせっからさっきみてーなのを自由にやってくれ……!」
「目は2個しかないし前と後ろで同時だな……! 姑息でもいいらしいから楽しんでいこう……!」
そして俺とリーファは刹那に地を駆った。
蛇のように周到に、鷹の如く確実に。俺たちは上位の存在へと喰らいかかる。
剣術のみでいえば7日前とはまるで別次元へ至っていた。身のこなし、体捌き、足運び、剣速。それらすべてが花の隊による指導によって格段に向上している。
しかしアフロディーテは俺の剣を潜るように避け、リーファの追撃さえくるりと回転して流す。
「いいですよ、しっかり技術をものにできています。まるで花の隊の部下を相手しているのと錯覚してしまうほどに」
のけぞりながら顎先を紙一重で避ける。
その反動でさらにくるりと後方に回転した。
まるでバレエ演舞のよう。見惚れるしなやかで、羽のように軽やかで、見る者たちを魅了する。
対してこちらは砂まみれのドブネズミ。美しい彫刻を前に息を荒げながら食らいつくのみ。
「シャラアアアアアアア!!」
「オオオオオオオオオ!!」
「気迫に負けぬその執念深さ。意地でも勝ちをとりに行くという気概。それこそが生きるうえでもっとも求められるものです」
狂ったように剣を振るう。
肺が破裂しそうなほど冷えても攻撃を止めることはない。
十でだめなら百を打つ。百をいなされても千をこなす。決して折れぬ精神がここに育まれていた。
「すっげ……! あれが落ちこぼれのリーファかよ……!」
「もう1人の新米も7日前とは比べて別モンだぞ……!」
いつしか訓練場の全員が俺たちを眺めている。
冷やかし半分で見るというより瞳に熱が籠もっていた。
「さっきエリンのほうも騎士の魔法をぜんぶ防御魔法で守り切ってたわ」
「あれすごかったよね! 目で追えないほどの魔法をぜんぶピンポイントでガードしきってたもの!」
熱意の対象は俺たちだけに留まらなかった。
観戦しているレーシャちゃんとエリンにも再評価するの声が次々に投げかけられていく。
冷笑でも、嘲笑でも、見下し蔑むでもない。いまこの時点で俺とリーファを軽視するものはただ1人としていない。
「っ――ハァッ!!」
いっぽうで俺は回避を読んだ搦め手の突きを繰りだす。
するとアフロディーテの動きにはじめて制止という挙動が発生する。
それはほんの一瞬だった。コンマ1秒にも及ばない。あってないような隙。
しかしリーファはその不意を見事に見極める。
「ダラアアアアアア!!」
カァン。
木と木のぶつかる軽い音が訓練場に響いた。
さrない爆ぜるように木くずが散った。
「お見事です」
そして1本の木剣が上空に回転して放りだされる。
それはアフロディーテの剣ではない。
「く、そっ……! て、手が痺れて剣を手放しちまった……!」
弾かれたさい手放したリーファの剣だった。
これがもし戦場だったなら彼の死を意味する。
でもそもそも戦いにさえいない。勝負ははじまった直後に決しているようなものだ。
だからこれは勝負ではない。彼女から1本を奪えさえすれば試験は合格である。
「どっこい」
「……あら?」
俺はすでに剣すらもっていなかった。
代わりにフリーとなった両手を回してアフロディーテを横から抱きしめる。
おそらく彼女も、ひと区切りだと思っていたのだろう。会場の空気的に言えばリーファの回復を待って再戦という流れだった。
だが、もう1度言うけどこれは勝負ではない。俺はようやく捕まえた標的を勢いそのままに、押し倒す。
「――しょぉぉぉっ!!」
「きゃっ!?」
拘束からの足払いだった。
これにはたまらずアフロディーテの軽い身体が宙を舞った。
そのまま、どさり。完全に俺が上となる形で砂の上に倒れ伏してしまう。
「か、かなり卑怯な手段をお使いになられるのですね……! さすがのワタクシもこればかりは失念していましたわ……!」
「俺もはじめはどうかと思ったけどアンタが強すぎたんだ。あんなふざけた動きされたらこうするしかないっての」
「そ、そこまで大人げないマネはしません! いちおうおふたりには有終の美を飾っていただくつもりでしたのに!」
鼻と鼻が触れ合いそうな距離で互いの吐息を掛け合う。
俺も俺でようやく捕まえたからか。手放すという選択肢を見失っていた。
すでにアフロディーテの頬には熱気が浮いている。あれだけ動いて汗をかかなかったというのに、現状は額に髪が張りつくほど。
「あ、あのっ! そろそろ離れていただけませんかっ!」
「イヤだ。合格の1本が認められるまで絶対に離れないからな」
審判を務める騎士は、目を白黒させて佇んでいた。
どうやら己の隊長が組み伏せらているという状態を受け入れられていない。
「し、審判のかた早く宣言してくださいまし! このままだと汗まみれのナエ様の香りでワタクシの頭がどうにかなってしまいます!」
アフロディーテは身をよじるように抵抗する。
砂にまみれて足をばたつかせながら俺を引き剥がそうと必死だった。
だが抵抗したぶんだけ俺の拘束はさらに強まる。
「ひうっ!? わた、わたワタクシと少々近すぎるといいますか!? ちょ、ちょちょ、ちょっとだけでもいいので距離をっ!?」
「絶対に逃がさんぞォ! これだけの人数の前でここまでさせたんだからなァ! 勝ちになるまで一生こうして締めつづけてやるぜェ!」
たとえ地が裂け天が割れても逃がさん。
剣技や体捌きでは勝ち目がなくとも、力では男の俺に利があった。
アフロディーテがいくら真っ赤になって抵抗しても、絶対に離さない。この最終試験にはなにがなんでも勝たねばならない。
「負けを認めろぉぉぉぉ!! 俺の防御力の高さを見くびるなよぉぉぉ!!」
全身と全霊を籠めて彼女を抱きしめた。
鎧が当たって痛いことくらいならば余裕で耐えられる。
「あああん! 貴方様にそんな情熱的な求められかたをされたらぁ! ワタクシの負けでいいです! 完敗ですぅ!」
訓練場に甲高い敗北宣言が打ち放たれた。
響き渡る声がおさまるよりも早く、どっと歓声が押し寄せる。
「あの有名な花の君を押さえこんで勝ちやがったァァ!」
「2人がかりでも相当すごいよ! しかも王都の精鋭に負けを認めさせるなんて完全勝利だ!」
喝采が身体と鼓膜を叩き、冒険者たちが総出で勝利を謳う。
俺は行く末を見送ってからようやくアフロディーテを解放し、立ち上がった。
「ま、マジで俺らの勝ちでいいのかよ!?」
「ナイスファイト」
リーファと俺は互いの健闘をたたえる。
すれ違いざまに無言でタッチを交わした。
「卓越した判断能力でワタクシを力任せに押し倒しましたね。決して負けぬという意地のようなものが肌を通して伝わってきましたわ」
敗北したというのに花の君は、なおも騎士の風貌を滲ませない。
しかしアフロディーテの頬は紅潮しわずかに肩を上下させていた。
よりにもよって最後の試験をけしかけられたときはどうしようかと思ったものだ。
「最終日で唐突に花の君に勝てって言われたときはどうしようかと思ったぜぇ……」
「しかもレーシャちゃんとエリンの試験が終わってからいきなりだったもんな。正直なところかなり肝が冷えたよ」
リーファもそうだがこんなサプライズ俺も聞かされていない。
だが、姑息でも勝ちは勝ちで揺らがない。はっきりと王都精鋭にして隊長格である彼女に敗北を認めさせた。
「(さすがにこれならリーファとエリンを大ギルドに残しても文句はないだろ)」
色々と手を尽くしてくれた花の隊には敬服する。
自己鍛錬の合間とはいえ、俺を含めて4人全員のレベルアップを手伝ってくれた。
俺は花の隊が整列しているほうを向き、感謝の礼を送る。
「花の隊のみなさんも本当にありがとうございました! 7日間も俺たちの修行を手伝ってくれて感謝の言葉もありません!」
レーシャちゃんやエリン、リーファも同じように礼をした。
すると隊の1人がかしこまったように規律正しく1歩前にでる。
「感謝するのはこちらのほうです。もしナエ殿がいらっしゃらねば、私はトラップのなかで孕み袋にされていたことでしょう」
兜を脱ぐと、見た顔があった。
シェルトラップ、未生の柩に捕らわれたはずの女騎士だった。
そのほかにも次々と脱帽するように騎士たちは顔の上半分を覆う兜を抜いてでいく。
「アナタの勇敢な行いに我々は報いただけに過ぎません! あの絶対的な絶望から1人すら欠けることなく生き延びられたのは他ならぬナエ殿のご活躍あってのこと!」
「我々は恩義に報いたまで! 隊長と隊員を救ってくださったアナタの願いならば我々はここに忠義をもってまっとうするまでです!」
花の隊は、いっせいに踵を揃え腕を胸甲の前に構えた。
敬礼する金音が規律正しく鳴り渡る。
「もはやナエ様とレーシャ様は我ら花の隊恩人なのです。鍛錬のお話しをいただいたとき全員に問いかけましたが、全員迷うことなく許諾致しましたのよ」
アフロディーテの手甲が俺の肩に置かれた。
ちょっと、泣きそうだった。あのときの打ちひしがれていた騎士が微笑んでいるのも、かなり効く。
なによりあのときは命懸けでがんばった。それだけに評価してくれているというのが、またかなりくる。
麗しく、美しい。それでいて気高くも、忠実。この世界で花の隊が一目置かれる理由が身に沁みてわかった。
「では、カール様はこれを見てどのようなご采配を下すのでしょう?」
アフロディーテがそちらに向かって微笑みを投げかける。
感動に浸っていた俺は、虚を衝かれるようにしてそちらを見た。
いつからそこにいたのか。流麗なマントを羽織る大男が冒険者たちの戦闘に威風堂々、佇んでいる。
「想像以上! 否――想定を上回る成果だ!」
※つづく
(区切りなし)
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




