88話 六冠 トルパルメ・ギーニャ《Six crowned ー Topaz》
先端に黒をまとった房毛がたなびく。
声も細く、身長だって並以下。一見すればそこいらにいる若き少女と遜色ない。
だが、彼女には並々ならぬ風格があった。それはおそらく彼女の血潮に王者たる証が眠っているから。
「トルパルメ……いってぇ!?」
「と、トルパ――ひゃぁぁんっ?!」
突然の到来にリーファとエリンは明らかに心を乱す。
それもそのはず。訓練場に訪れた珍客は、2人にとってもてあまし者でしかない。
「クヒヒっ。なにやらいつもと違う風を感じてきてみれば。落第寸前の落ちこぼれがなーんか慣れないことやってるねぇ」
王冠を有する1人、トルパルメ・ギーニャだった。
彼女はまるで縄張りでも練り歩くような足どりでこちらにやってくる。
「がおっ? 雑魚だから花の隊に修行をつけてもらおうってことぉ?」
「わ、悪ぃかよ……もうあとがない俺らは藁にも花にも縋るぜ」
「いつまでも落ちこぼれてなんていられない……! どうせ大ギルドを切られるにしてもやれることはやってみせるんだから……!」
幼女と少年少女の対立だった。
傍から見ていると小学生と高校生くらいが睨み合ってる感じ。
しかし実際には、その逆。トルパルメにリーファとエリンは気圧されている。
「がおっ、ここはギルド員にとって公共の場だし悪いことなんてないよぉ。オレたちは切磋琢磨しながら己という技をぶつけ合い研鑽することこそが常だからねぇ」
尾てい骨辺りから伸びる房毛が上向きになって上機嫌に揺れた。
脇を見せるように手を頭の後ろで組んで、戦闘の意志はまるで皆無。
だが2人の動揺から察するにどう見ても怯えている。捕食者を前にした兎のようにさえ思えるほど。
「じゃあこのまま好きにやらせてもらうぜ。いまさらアンタが俺らに文句をつける理由もねーだろうからな」
「うんうん! 少しずつでも上に行ってギルド長にもう1度認められてみせるよ!」
俺は遠間から目を細めつつ場を見張っていた。
2人のやっていることに落ち度はない。花の隊からも正式な協力関係を得ている。
なのになぜ。
「(このタイミングで接触してくる? しかも六冠なんていう豪勢な称号をもっている頂点が?)」
凄まじく嫌な予感がした。
いや、もともと俺はリーファとエリンの2人対して気がかりがあった。
それはあまりに些細で、良くある、普通のことと考えていたのだ。
「へぇぇ~? 自分から落ちこぼれていったブンザイでいまさら立ち上がろうと藻掻いているわけだぁ~?」
獅子の眼がすぼめられる。
人とは異なる縦に割れるような瞳から力強い眼光が迸った。
その目だけで、ぞっと背を撫でられるような危機感を相手に植えつける。
「なにがいいたいんだよ……!」
「アナタのような実力者には私たち下位ランカーのことなんてどうでもいいことでしょ!」
射止められたリーファとエリンは、完全に及び腰だった。
言葉こそ強いがまったく前に踏みだせていない。それどころか腰が引けていまにも逃げだしてしまいそう。
そんな圧倒的な弱者を前にトルパルメは、ニタリと口元に半孤を描く。
「オレたち六冠の実力を見て心折れたしょぼちんどもががなんかほざいてらぁ♪」
「――っ!?」
「…………」
強者が弱者を見下し、ほくそ笑む。
止めるはずの2人はまったく言葉を返せない。
「あれって……どういうことなんでしょう? リーファさんとエリンさんの心が折れてるってなんです?」
「2人の動揺から察するにあんまりよろしいことじゃなさそうだ」
鍛錬の邪魔者を止めに入るべきだろうか。
少なくともレーシャちゃんは走りだす準備ができていた。
だがトルパルメは無残にも笑みを深める。
「目指す光が強いとそれに対向する弱者はドンドン弱くなる。知ってる? 豚は生まれた直後から強者と弱者の椅子を争ってるんだ」
彼女は円を描くような挙動で周回しはじめた。
獲物を中央に置いて。品定めするみたいにぐるり、ぐるり。
「豚は自分の吸うお乳を専用にもっているんだよ。母豚の顔に近いほうからお乳のでがよくて栄養も得やすい。だけどその強者の椅子は強者以外には座ることはできない。なぜなら弱い豚は己が弱いことを知っているから奪おうという行動さえ見せず少ないお乳で満足しつづける。その結果オマエらのような弱者は強者からドンドンかけ離れた雑魚肉に枯れ落つのさ」
おう、普通に勉強になるな。
しかも彼女が獣種ということもあってか、かなり深い話だった。
「いいかい? この大ギルドは食事から装備のなにからなにまで等級によって左右される。オレたちが栄養満点の極上を血肉に注ぎ、Aランクの魔物を意気揚々と討伐して帰る。だけどオマエら雑魚は粗食を貪りながらCランクDランク如きの任務で命を粗末に扱う」
強きものが秀でて、弱きものは奈落へと誘われる。
完全なる競争社会で実力主義の図式だ。
「オレらの力を目の当たりにして膝を折った冒険者崩れがァァ!! 同じところには一生賭けたって立てねぇのさァァ!!」
獰猛な笑みで、ケタケタと悪魔のように甲高い笑い声が木霊する。
抗いようのない正論だった。腐抜けていた2人にとって、どうしようもないほどに。
その証拠にリーファとエリンは俯くばかりでなにも言い返せないでいた。
「ヒドすぎます! あれじゃ立ち上がろうとしているリーファさんとエリンさんに失礼です!」
さすがのレーシャちゃんも限界のようだ。
いまにも飛びだしていってしまいそう。だが俺は肩に手を添えて制止する。
「でもこの件はなにか裏があるとは思っていたんだ。あの2人が落ちぶれた理由ってのは六冠との実力差が原因だったってわけか」
「人には才能や実力差があって当然ですよ! それを育てるならまだしも上から押さえつけるなんて! 六冠さんのやっていることは大人げないです!」
彼女の言い分もたしかにわかってしまう。
俺だって握った拳が手放せないでいた。
トルパルメのやっていることは横暴でしかない。あれでは強者が弱者を虐げて挫く行為に等しい、許されていいはずがない。
「(実力者相手にレーシャちゃんを向かわせるのは危険か。じゃあそろそろ俺が――)」
意を決して足を踏みだしかけた。
そのとき、アフロディーテが俺の服の裾をちょいと引いた。
「……なんだ? さすがに俺も友だちをバカにされてそろそろ我慢の限界なんだが?」
湧き上がる怒りに思わず彼女を睨んでしまう。
だがアフロディーテは冷静に首を横に振る。緩いウェーブ掛かった髪を左右に流す。
「あの御方……六冠のトルパルメ様の真意を見定めましょう」
「……真意? 俺の目にはどう見てもゲスな行為にしか見えないぞ」
「だって、六冠ともあろう御方が落ちぶれたかたを諫めるほど暇ではないはず。いますぐ大ギルドから切り落としたいと願うのであれば公的手段にでるのがもっとも最短でしょう」
む。ここでようやく怒りで思考が鈍っていることに気づかされた。
たしかに六冠は、リーファとエリンを目の敵にしているように見える。落ちこぼれだの、といちいち逆撫でようとしている。
そのギルドトップの六冠がわざわざ落ちこぼれを相手にする必要なんてないはず。
俺はふと先日に覚えた不信感を脳裏に思い起こす。
「そういえば昨日のサーファなんて自分も任務帰りだったくせに2人の任務内容すら知ってたような口ぶりだった」
俺の言葉にレーシャちゃんとアフロディーテは揃って首を縦に振る。
「つまりあの六冠さんは……おふたりになにか思うことがあるということでしょうか?」
「そこまではわかりません。ですが、見た目ほど彼女の覇気に悪意を感じないのも事実ですわ」
真意はともかくとしてようやく欠けたピースが集まった。
田舎生まれのリーファとエリンは、はじめからああ腑抜けていたわけではない。
当たり前だが、大ギルドは実力がなければ入れない。内部構造の結託具合から見てそれは間違いなかった。
なのに2人が落ちぶれた理由。
それは、はじめて立ちはだかった壁が巨大すぎたこと。
障壁がなかった2人にとって、街にでて出会った六冠という偉大な存在は、あまりにも残酷だったのだろう。それはもう心が折れて前を目指せなくなるくらいには。
「なるほどな。たしかにこのミッションは俺たちでないとこなせない」
「なえさま? あ、どこにいくんですか!」
そうと決まればやるべきことは1つしかない。
レーシャちゃんの小粒な頭をひと撫でしてから歩を進める。
足が向かう先は頭を垂らす落ちこぼれと、六冠の佇む方角だった。
すると歩み寄る俺にトルパルメが気づいたらしい。
「……がおっ? おおキミは正式に大ギルド加入が決まった新米くんじゃないか!」
可愛いなぁ。ケモ耳も可愛いしなによりちっちゃい。
脱色したかのように明るく髪色。スポーティな髪型もはつらつとした印象をもたらすアクセントだった。
「まさかキミがあの花の隊隊長と知り合いとは思わなかったぞぉ! これはほんのちょっとだけ期待しちゃってもいいかもなぁ!」
大丈夫だ、恐れることはない。
この子は、いいヤツだ。
だって俺が創ったキャラクターなのだから。
「……がおん?」
しすてこの子は獣種だ、警戒されぬよう慎重さが寛容である。
俺は大胆にも彼女の頬に触れかけ、首に巻かれたフカフカの首巻きへと手を差しこむ。
5指を巧みに使って秘技を敢行する。
「こちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょ!」
「ぎにゃっ!? な、なな、なにをぉ……ひぃぃぃぃぃん!」
秘技、顎の下こちょこちょ。
トルパルメの種族はキングレオ種。数多くいる獣種のなかでももっとも誇り高いことで有名な種族である。
さらには勇気やリーダーシップの象徴とさえ言われ、あと猫科に属する。
「こーちょこちょこちょこちょこちょこちょこー!」
「は、は、はっ、はにゃぁぁぁぁぁん!」
優しく顎の下をすられることを、なにより好む。
だって猫だもん。トルパルメの表情はあっという間に蕩けきってしまう。
「ああ! 指でこちょこちょ、なんて、たまらなぁぁ――……ってなにをする無礼者ォォ!?」
正気に戻った彼女は俺の手をぱちんと弾いた。
よほど効いたらしい。羞恥か高揚かわからないが、頬は赤らみ、瞳もうるううると滲んでいる。
弾かれた俺の手はじんじんと痛みを覚えていた。さすがは六冠ということだろう。並外れた力を実感させられてしまう。
「き、貴様ァ! このオレ様に向かって、よくもォ! こんなキモチいい……無礼を働いてくれたなァ!」
牙を剥いているのに毛房がぶんぶん振れていた。
俺も別に怒らせたかったわけではない。ただちょっとだけこっちを強く意識してほしかっただけ。
「リーファとエリンはアンタのような極上には絶対にならない」
でも潮目は変わりつつある。
少なくとも出会ったころの腑抜けではない。
トルパルメははじめこそ目を丸くして佇んでいた。
しかしすぐさま顎を突きだし薄い胸板をツンと張る。
「んがっ? ふ、ふん! そんなのキミに言われるまでもない当たり前だ!」
「だけど、これだけははっきりと言っておく。安心して背中を見送れるくらいになる可能性はゼロじゃない」
「…………がお」
俺がそう伝えると、獣の瞳はリーファとエリンを映していた。
そしてすぐに俺のほうへと向き直る。
「キミにやれんのかい?」
その問いの答えははじめから決まっている。
俺は嘘偽り泣く彼女の問いに応じてやる。
「やれることはやってみるさ。1週間とかいうアホみたいな期限つきだけどさ」
しばしの沈黙があった。
まるでこの場にいるのは俺と彼女だけのような、静寂が横切る。
そしてトルパルメは、思いのほか優しい、愛らしい表情で笑う。
「がお、そかそか。旅のなかでいい友だち見つけたんだな。どうやらオレのはおせっかいの塩水だったみたいだ。ほんじゃそろそろお邪魔虫は退散させてもらうぜ」
塩水? ああ、年寄りの冷や水のことか。
絶妙に言い間違えてからトルパルメは、尾を流し、踵を返した。
そこからは振り返ろうともしない。リズムを踏むような足どりで訓練場から去って行ってしまう。
無駄なものか。彼女は1回思い切りへし折ってくれたのだ。
俺はトルパルメを見送ってから再び2人のほうを見つめる。
「リーファ、エリン。オマエらの目指す先は最強じゃなくて雑魚じゃなくなることにしよう」
ここからは2人は上がるしか道がない。
泥水啜って埃にまみれることで、洗い流す。ここまでで溜めた甘えという灰汁をだし切るのだ。
「格好良く生きようとすると疲れる。だけど格好悪くないように生きようとするだけなら少しだけ楽になるだろ?」
わかったか?
俺は携えた拳をもう片側の手へ勢いよく打ちつける。
「1歩ずつ確実に稼ぐぞ! 振り落とされないようついてきやがれ!」
自然と頬が緩んで笑っていた。
だからか2人も真似るように勇壮な笑みを浮かべる。
「おおう! やってやらぁ! ここからはもう死に物狂いだぜ!」
「はい! 六冠のことを見返してやるくらい強くなってやるんだから!」
目標、がんばる。
俺とレーシャちゃんのレベルアップ、ついでにリーファとエリンの首を繋ぐ戦い。
いま本格的に大ギルド編が大幕を開くのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
最後までご覧いただきありがとうございました!!!
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蒙古タンメンのカップ麺より安いです!!!
あっちのほうが辛くて美味しいですが
読み応えはこちらのほうが圧倒的です!!!
どうぞよろしくお願いします!!!
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