84話 冒険者たちの絶対《The Absolute Creed》
一瞬でギルド内が制圧された。
六冠の登場に浮かれていた冒険者たちも軒並み凍りついている。
「(六冠もすごかったが、これは比じゃない。思わずキャラクターだってことを忘れるほどの途轍もないオーラだ)」
俺でさえ男の凄みに当てられてしまう。
張りつくような汗が一筋ほど頬を伝い落ちた。
フットワークが軽く優しい一面ももちながら人々を掌握する影響力をもつ。まさに六冠を統べる王に相応しい。
さらに静まりかえった空間に幼げな高い声が響き渡る。
「ここにくる途中で寄った才能屋さんでも慈愛の勇者という結果がでてるんですぅ! だから私は嘘なんてついてないしナエ様は正真正銘の勇者様なんですぅ!」
レーシャちゃんはむくれ面で両手をぶんぶん振り回す。
先ほどの超生姜よほど頭にきているのか、言動が破れかぶれにもほどがある。
「ほう! あらかじめ才能屋に寄ってくるとは殊勝な心がけ! 他の子供たちにもその踏み固め進む注意深さを学ばせたいくらいだ!」
しかもギルド長までノリノリだった。
「しかしレーシャ嬢の言葉だけでは証明にならん! そこにいる少年が慈愛の勇者であるという証拠を見せねば信は得られんな!」
この狸親父め。
俳優めいたセリフ回しに周囲の目が俺に群がる。
レーシャちゃんまで熱の籠もった視線でこちらを見つめていた。
「(しょうがない……レーシャちゃんが覚醒するまではしっかり演じきらないといけないからな)」
俺はため息をつきながら胸の革紐を解いていく。
そして背負った精霊の剣をそっと冷たい石床の上へと寝かせた。
「それはなんだい? 見たところどこにでも売っている安物の革鞘を使っているようだが?」
「どこにでも売ってる鞘を緊急で用意したからな。こんな危ないモノを剥き身でもち歩くわけにもいかないだろ」
俺は横たえた剣から1歩離れて身を引く。
それから手を差しだして六冠の3人に進める。
すると青年は注意深く剣を眺めたあと、長身の女性に身を振った。
「ドラカシア……もってみろ」
「あらあらやだわぁ? 龍とは言ってもメスなんだから野蛮なことしたくないわよぉ?」
そう言いつつも女性は嫌がる素振りを見せていない。
どころか言われるがまま聖衣の裾を揺らして剣へと近づいていった。
「ずいぶんと小ぶりな剣ねぇ。私の使う戦鎚と比べて質量は20分の1ってところかしらぁ」
女性は迷うことなく剣の柄を握りしめた。
彼女が精霊の剣をもちあげようとした刹那、ロビーの冒険者たちは信じられないモノを目にする。
女性の足下が砕け散る。同時に轟音が弾けのだ。大ギルドの石床に雷状の亀裂が幾重にも重なった。
「ふぅん……ついうっかり本気をだしてしまいましたわぁ。修繕の費用はギルド長にきちんとつけてくださいねぇ」
「龍の剛力でさえもてぬ剣か。となると、これは神譚遺物と見て間違いないね」
「がおがおっ。エッグイねぇこれ。こんなもんで叩かれたら肉片すら残らないでしょ」
さすがは六冠と言ったところか。
はじめこそ驚いていたが、周囲がどよめくなかで、すでに平静をとり戻している。
「たしか名をナエといったな。早々にこの遺物をこの場から移動させてほしい。ここに鎮座して慌てん坊が躓いてはたまらない」
「俺にとっては羽のように軽いんだけど」
ひょい、と。もちあげる。
それだけで再びロビーのなかがどよめいた。
ここぞとばかりにレーシャちゃんは背を弓なりに反らす。
「どうですかっ! これが剣に選ばれたナエ様の秘めたる実力というやつですっ!」
さながら鬼の首をとったかのよう。
自信満々に胸を張ると、遅れて重さがふわりと波を打つ。
そしていまさら真実に気付かされた者たちもいる。
「そ、その剣ってそんなスゲー剣だったのかよ……」
「一緒に旅してたけどぜんぜん知らなかったぁ」
リーファとエリンも小刻みに震えていた。
俺は拾い上げた精霊の剣を背負い直して固定する。
すっかり衆目を引きすぎてしまった。ギルド内から無数の視線が俺目掛けて針のように刺さっている。
これでは針のむしろに座るようなものだ。居心地が悪いったらない。
「ひとまず語るにしてもここでは人の目が多すぎていかんな。旅の報告もあるだろうし俺の部屋へ移動するとしよう」
それを察してかギルド長がマントを翻した。
六冠の3人たちは脇目も振らず、彼の背を追うため階段を踏みしめる。
まるで言葉さえいらぬといった感じ。先頭の男に対しての絶対的な忠義が見受けられた。
「ようやく旅の終着点ですね! いまさらになってちょっと緊張してきちゃいました!」
「ここから冒険者としての新しい門出になるんだ。あんまり気張らず油断もせずにいこう」
俺とレーシャちゃんも目配せをしてから後を追う。
大ギルドへ至る道程を含め、それでもプロローグでしかない。いまようやく大ギルド編の秒針が動きだそうとしている。
「(に、しても……)」
階段を踏みしめながら心の帯を引き締め直した。
意図的に歩調をやや緩めて斜め上を微かに睨む。
人というのは進行方向を見ながら進む生き物だ。お母さんにも教わる。
だからこれは別にやましいとかそういうのではない。階段を上っているのだから斜め上を見るのは当然のこと。
「(いい景色だなぁ~)」
見応えのある絶景が上に広がっていた。
スカートの奥という桃源郷こそ男の理想郷である。
「(レーシャちゃんの小ぶりなお尻もさることながらみんないい尻をしている! 1人はレーシャちゃんより小さいけど健康的! もう1人はスリットからあふれんばかりの魅力がたまらない!)」
大丈夫、俺はいまどんな状況より冷静だ。
ただ前に進んでいるだけ。階段を上がっているだけ。決して下心があるわけじゃない。
そうやって全力で生きていると間もなく最上階へと移動が完了した。
「ふぅ、けっこう上りましたねぇ。階段の昇降運動も足の鍛錬になるらしいですし、これはいい運動です」
「(すげぇ、ぜんぜん足が疲れてない。むしろもっと上っていたかったかもしれない。これが集中するということか)」
俺は小さくガッツポーズをした。
記憶のフォルダ容量は実質無限だ。
俺は、この瞬間をたしかに網膜のシャッターで脳に保存することに成功する。
だが顔を上げると不思議な視線に不意を突かれた。
「くすっ、ふぅ~ん?」
「(しまった!? まさかバレたか!?)」
長身のほう。白髪の長髪の向こう側から流すような視線があった。
六冠の1人がこちらへ振り返りながら微笑を広げている。
「(尻ばっかり見ていたせいで見られていたことを見ていなかった! だが俺は階段を上っていただけという口実があるから実質無罪!)」
しかし気づいたら女性の目は逸れていた。
まるで何事もなかったかのように前方を向いて歩いている。
万事休すというところでとくにお咎めなし。俺の心の審判は並行に両手を水平に構えたのだった。
「……せぇぇぇふ」
「なにがセーフなんです?」
高級そうな絨毯張りの廊下を淡々と進む。
先頭を行くギルド長と一定の距離を保ちながら高貴なマントが流れる道を追った。
やがてそう遠くはない辺りで彼は扉の前に辿り着く。
取っ手を捻られて木製の重厚な扉の金具がぎぎ、と音を奏でる。
前回とメンバーは異なっている。しかし1度きたことがあるためさして目を見張るものでもない。
「それではまず言いつけた任務の報告を訊こうじゃないか」
ギルド長は颯爽と革張りの椅子に腰を納めた。
六冠の3人は横1列に並んで姿勢を正す。
「スプリング・ハーガット近郊に野営地を築いた賊の数はおよそ100人ほど。中規模であったため僕の指示にて戦闘を開始」
「がおがおっ。サーファの指揮により僕が夜襲を仕掛けて各テントを放火し装備を破壊しました」
「それからぁ、日が昇り視界がとれるようになってから正面戦闘にて駆逐完了ですぅ。後方に待機させていた街の衛兵に捕縛した賊を引き渡して任務完遂ですぅ」
淡々として無駄のない報告だった。
あまりの厳粛な空気に気圧されそうになってしまう。
「(スプリング・ハーガットってたしか6番目の街だったな。序盤あたりの魔物や賊より遙かに手強い相手だ)」
「ひゃ、100人もいたんですねぇ。夜襲を仕掛けて装備を破壊できてもその日のうちに仕掛けるなんて相手も警戒をていたはずですよ」
俺とレーシャちゃんは後方で傍観に耽るしかない。
六冠の作りだす格式ある行動には一切の口を挟む余地がなかった。
しかしギルド長のカール・ギールリトンは表情ひとつ崩すことはない。
「して、敵味方合わせての負傷者と死亡者は?」
大人の声の揺らぎだった。
100人にも及ぶ賊をたかが3人で相手したというのだ。相当な数が葬られただろう。
しかし長身の女は艶やかに喉を鳴らすと、優雅に腰を捻る。
「ゼロですぅ。私がいるんですもの、当然じゃないですかぁ」
色香のなかに自信という確固たるものがあった。
「がおーっ。こっちだって致命傷を避けるの大変だったんだからねぇ。ま、目とか健とかそのへんは躊躇なく狙わせてもらったけども」
「不遜な賊でさえ救い更生の道を与えるのが僕ら大ギルド冒険者の務めさぁ! ドラカシア君の治癒術と僕の卓越した戦術ぅ! それに加えてトルパルメ君の機敏な戦力さえあれば向かうところに敵はなしってねぇ!」
そろそろ俺のポンコツな記憶も温まってきた。
六冠は基本的に性格と能力が一律して尖っているのだ。
「(まずサーファ・クリオン。コイツは幼いころから盤上の戦略に長けた戦術の天才だったな)」
一見してボンボンの金持ち。
しかし彼には卓越した知能という武器が備わっている。
「次に龍の血を引くドラカシア・ルメルス。龍特有の強靱な膂力のみならず超高度な治癒魔法に長ける」
長身でおっとりと穏やかなお姉さんというのは表の顔。
俺の使った回復魔法如きでは彼女の足下にさえ及ばない。
彼女の前では死さえはね除けるとすら噂される。
「そして最後はトルパルメ・ギーニャ。獣人である彼女の能力は形態変化。身体があらゆる戦場や環境に適応した姿に変化する」
幼く小さな身なりは、あくまで人の皮を被っているだけにすぎない。
その内包する獣の能力は陸海空すべてに対応する。
100の姿をもつ彼女にとって自然そのものが味方となり得る。
「……ん?」
ふと異変を覚えて我に返った。
顔を上げると、屋内の全員が俺のことを見ているではないか。
斜め下にはレーシャちゃんがキラキラした目で俺を見ている。
「ナエ様って六冠さんたちにお詳しいんですね! すごくわかりやすい解説でしたよ!」
「んげっ!? ついうっかり思考が口にでてたか!?」
かなり派手にやらかした。
真剣になるあまりぜんぶ喋っていたらしい。
「ガッハッハッハ! オマエらずいぶんと有名になっているようだな!」
凍りついた空気を裂くかのよう。
ギルド長はたまらずといった感じで卓を叩きながら喉を震わせて笑う。
六冠たちも固まっていた顔をやわらげて微笑んだ。
「新入りのかたなのに勤勉ですことっ。隠し立てをしているわけではありませんが私たちの情報を知らぬ人も多いでしょうにっ」
「がーおっ。褒められて悪い気はしないかな。でもなんかあらたまって説明されるのはちょっとハズいかも……」
「ねぇぇぇ僕はぁぁぁ!? 僕のことは知らないのかいぃぃ!? なんで僕だけ省略されちゃっているのかなぁぁぁ!?」
これはかなり反省する場面だった。
もしうっかり漏れたのが彼彼女らのキャラエンド情報だったりしたら。
目も当てられないどころの騒ぎで済まない。
「い、いちおう大ギルドに入るにあたって予習くらいはしておいたほうがいいかなぁ、と……オモイマシテデスネ」
この場はなんとかやり過ごすしかなかった。
嘘くさい笑みでおどけつつ場の鎮静を図る。
「その心がけや良し! さらにナエ殿は未知なる魔物やトラップの解除法にも精通していると聞き及んでいる! これはなかなかに面白い逸材の気配がするぞ!」
「いえいえそんな。六冠の英雄たちにはどう足掻いても届きませんよ」
ギルド長の軽口に乗っただけだった。
ただそれだけなのに昼が夜に裏返る。それほどの圧が俺のことを襲う。
「そんなのは当たり前さ。僕らはたゆまぬ努力と盤石な才能があってこの地位にいる。冒険者にとって絶対とは六冠なのだからね」
「凡庸な人間如きに至れるほどこの座席は低くないの。常にルーティンをこなしつつさらなる高みを目指す覚悟がなければ務まらない」
「オレたちはさぁ、大ギルドという冒険者の頂点に君臨する圧倒的な存在を示すのみ。その誇りを捨てるときはこの命が尽きるときと決めているんだよ」
明らかに六冠の3人の形相が変化した。
その重圧はレーシャちゃんが「ひぇっ」と鳴いて後退するするまでに強い。
直面する。
決意、志、覚悟、心情、矜持。
3つの冠の瞳には、燃えたぎるような蒼き炎と、並外れた信念が宿っている。
「さあそれでは2人が大ギルドへ加入する準備を整えよう」
思ったより歯ごたえがありそうだ。
これは単なる俺の感想である。
「ではナエ・アサクラとレーシャ・ポリロを歓迎しようではないか! ここは弱き者は喰われ強き者こそが生き残る天外の魔境! 大陸冒険者統一協約機構、その総本山だ!」
ギルド長であるカール・ギールリトンの槌が下されたのだった。
これで俺とレーシャちゃんは正式に大ギルドの冒険者になったということになる。
いままでのスローライフ生活とはまったく違う。本当の意味で物語という冒険がはじまるということ。
「(ここからは命懸けの冒険になることも多いだろう。だから俺は命を賭けてでもレーシャちゃんを勇者に目覚めさせる)」
彼女が勇者に目覚めればこのヴェル・エグゾディア世界に筋が通る。
俺なんて贋作ではない真の勇者がこのバッドエンド世界には絶対に不可欠だ。
幸福な未来を描く、たった1つの物語。新たな世界がここからはじまろうとしている。
「さしあたって新人である貴殿らには目下やっていただきたい最重要任務がある」
俺が決意を固めていると、ギルド長の重々しい声が思考を止めた。
ヒドく神妙な表情だった。それだけ重要な任務が課せられるということ。
俺と勇者ちゃんは気を引き締めるよう姿勢を正す。
「キミたち2人にはともに冒険してきた2人の冒険者が果たしてこの大ギルドに相応しいかを再評価してほしいのだよ」
すごく嫌な予感がした。
どうやらレーシャちゃんもまったく同じ感想らしい。
「ぼ、冒険してきた2人だと……?」
「それってつまり……?」
しかしギルド長は俺の予感を肯定するよう指を指し示す。
その先には――着いてきてたのか――リーファとエリンが佇んでいる。
「さしあたってキミたち2人はリーファとエリンとともに大ギルドの寮で衣食住をともにしていただきたいのだが……――頼めるかね?」
断らせるつもりないだろ、コイツ。
もしかしたら判断を先延ばしにした俺への嫌がらせか。
肯定する前にこのおっさんは依頼書にデカデカと判を押したのだった。
「(やりやがったなこのおっさん!? 俺たちのところにコイツらを護衛につけたのはそういうことかよ!?)」
クソだな。
これは単なる俺の感想である
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