83話 宝冠を統べし者《Guild Master》
跳ね橋と大門を潜った先には、雑踏と喧噪が広がっている。
さすがは交易の要となる海の街。街の賑わいは彩色豊かで華々しい。
噴水広場の中央では吟遊詩人の手によって愉快な音楽が爪弾かれ、多くの露店が風景を盛り立てる。絵描きに切りとられた群像劇は群がる人々の一瞬をキャンパスに閉じこめた。
ここは5番目の街、アークグランツ。
そして大陸冒険者統一協約機構が根付く大ギルドの総本山でもある。
「護衛対象の手形を認可しました。これにより依頼は達成とします」
まさに事務職といったお姉さんが羊皮紙に羽ペンを滑らせていた。
手際すらも目を見張るほど。片手間で記入をしながら認可の判を叩き、片手間ではすでに別の依頼に手をつけている。
「……え? 俺の指紋っていつ採取されたの?」
「それではこちらが依頼達成の報酬となります。まず間違ってはいないと思いますが、しっかり報酬の額は確認してください。アナタたちにはこの建物から1歩もでなかった場合に限り身体検査と報酬を再確認する権利がギルドより与えられます」
ずん。小汚い革袋がカウンターの上に乗せられた。
「おねえさん? 俺のプライバシーを再確認する機会はもう2度とないんですか?」
「それでは次のかたをお呼びしたいので颯爽とお下がりください。タイムイズマネー、時とは生にもっとも平等な価値、アナタの時間も私の時間も等しく金です」
「(無視!? っていうか俺のこと虫を見るような目で見てくる!?)」
しかも隙がなく底冷えしそうなほど感情のない瞳をしていた。
こうなっては俺も下がらざるを得ない。
「しゃあ! 見ろよこの財布の膨らみかたを! この冒険者をやってるとこの重さがたまらない快感だよなぁ!」
「銀貨たくさんっ! 銅貨もぎっしりっ! これでしばらくは遊んで飲んで食べてのぐうたら生活ぅ!」
革袋を回収した2人は、すっかり金に魅了されている。
ちなみに財布がない場合は報酬を入れる革袋をカウンターで買えるシステムらしい。見たところ小汚い革袋はリーファとエリンの共通財布のようだ。
すごすごと退散した俺は、あらためて周囲を順繰りに確かめる。
「(ドワーフ、エルフ、人、半獣人、よくわからん種族。よくもまあこれだけの数の異種族が集まったもんだな)」
さすがは冒険者のメッカを名乗るだけのことはあった。
20はあるカウンターや併設された大食堂もさることながら。建物内には無数の冒険者たちがひしめき合っていた。
レーシャちゃんが俺の背後からひょっこり顔を覗かせる。
「それにしてもここっていつもこんなに人が集まるんですかねぇ?」
人混みに当てられたか。
村生まれの彼女にとってもこの光景は異様に見えるらしい。
「この間も冒険者さんたちがいっぱいいましたよね? ということは依頼がそれだけあるということですし、この街の周辺ってあんがい危なかったりするんでしょうか?」
「確かに……冒険者は依頼を求めて斡旋所に足を運ぶ。つまりこの数だけ依頼があるってことになる」
需要と供給が釣り合っていない。
明らかにここにいる冒険者の数は異常だった。
「やっぱ田舎者のオマエらは知らねぇのな! ここはそんじょそこらのギルドとは違う冒険者の勝手口、大ギルドだぜ!」
「ここには世界各地から依頼が集まるの! 報酬の少ないCランク級から熟練でも挑まないSランク級の依頼までなんでも揃ってるんだから!」
オマエらも元は田舎者だろうが。
だが一日の長であるリーファとエリンは得意げだった。
しかもここは入り口でしかない。広大な敷地のなかには数えきれぬほどの建造物が建てられている。
「大陸冒険者統一協約機構。つまりここは真の意味で情報統合と冒険者の統一を行っているってことか」
「そして今日から私たちが活動する本拠地になるんですよね。なんだかすごいところに迷いこんじゃった気分です」
あらためて見る壮大さに身が引き締まるような思いだった。
レーシャちゃんも俺の服の裾を握る手に力を籠める。
「(ここから正式に大ギルド編だ。目指すのはレーシャちゃんの覚醒。そして――)」
大ギルド編を終わらせるには、1つの確定ルートが存在していた。
それは大ギルドの動脈であるカール・ギールリトンの殺害。
「(それによって冒険者の統率がとれず世界的な恐慌へと繋がる。そして人類領土が少しずつ交代し魔王軍との均衡が崩れる。だから俺がそのギルド長のバッドエンドを回避すれば結果として世界のバッドエンドも遅延させられるはず)」
素敵なスローライフを捨ててでも大ギルド編を優先した理由は、これ。
大ギルド編は世界が終わりへと向かう口火そのものを意味している。
こればかりは俺にしか知り得ない未来の情報だった。
「(とはいえギルド長だけに執着していてもしょうがない。この機会に俺とレーシャちゃんのレベルアップに励むべきか……)」
ふとそのとき俺の視界をなにかが横切る。
「……赤い布?」
「赤い布ですねぇ」
レーシャちゃんもぽかんとしていた。
そしてその長く細いレールを根元のほうまで辿っていく。
外からなかにかけて真っ直ぐに。ヴェルヴェット生地がギルドの入り口からカウンターに伸びていた。
「ぼぉぉぉくの歩む覇道を横切るのは止めたまぁぁぁえ!! 諸君らはいま偉大なる参謀であるぼぉぉぉくの前にいるのだからぁぁぁ!!」
開け放たれた扉の向こう側に影と後光が立っている。
しかもその数は1人ではない。
3つの異なるシルエットが引かれたレッドカーペットを踏みながら入ってくる。
「……がおっ。Aランククラスの依頼如きでよくそんなにドヤれるわね。あんなのオレひとりでも余裕だったんだぞ」
「ふふっ。久しぶりの日帰り温泉旅行は楽しかったでしょ。周辺に賊がいたみたいだけど、もう記憶にすら残ってないけどっ」
ひと目見て彼彼女らがただものではないことがわかった。
風格というのだろうか。あるいはカリスマ。世俗が彼彼女らを見過ごすはずがない。
「なにあれぇ?」
「だれでしょうねぇ?」
残念ながら覚えていなかった。
当然レーシャちゃんだって知る由もない。
だがギルド内は別。刹那のうちに騒然となった。
見惚れる者、黙りこくる者、歓声を上げる者ばかり。しかし誰1人として彼彼女らの行く手を遮る者はいない。
さらにリーファとエリンでさえ驚愕に染まった目を剥く。
「ろ……六冠じゃねぇか!? なんてタイミングで現れやがる!?」
「先頭を歩くのは高貴な男はサーファ! その後ろにいる野性的な混種の少女はトルパルメ! しかも最後に龍族のドラカシアまでいるなんて!」
つくづくモブだなコイツら。
反応がモロにモブAとBの説明口調だった。
サーファ、トルパルメ、ドラカシア。マリンブルー、黄玉、薄く透ける明い瞳が影のなかに淡く煌めいている。
「六冠が3人して帰還だぜ! こんなもん滅多に見られるもんじゃねーぞ!」
「しかもパーティを組んでるなんて! きっとこなした依頼は軍が出陣するほどの高レベルに違いないわ!」
実はコイツらすごく有用なキャラなのではないだろうか。
とくに訊いてもいないのにつらつらと設定を暴露してくれる。すごい便利キャラかもしれない。
「おやおやおやぁぁぁ? そこにいるのは大ギルド落第寸前の出来損ないちゃんたちじゃあないかぁぁぁ?」
「んげ!? こっちきやがった!?」
「イヤなところで見つかっちゃったわね……またブツブツ文句を言われるのかなぁ」
しなり、しなり。
王族風の衣装はとても冒険者とは思えない。高貴な装いをした細身の男がこちらに歩み寄る。
さらに余裕たっぷりの歩調で腰を揺らす。自信や自負そのものが歩く姿にさえ滲みでていた。
「どうかなぁぁぁ? ずいぶんと泥臭い身なりをしているけど、こんかいの任務もまた失敗だったわけじゃないよねぇぇぇ?」
「お、おうよ当たり前じゃねぇか! いまだってこうしてたっぷり報酬をいただいたところだぜ!」
「そうだよそうだよ! いまからお風呂に入って美味しいものいっぱい食べるんだから!」
「へぇぇ~ん? 雑魚雑魚Cランク任務を達成した如きでどうして僕にそこまでの虚勢を張れるんだぁぁぁい?」
青年の目が鋭く細められる。
「ぐっ!?」
「ひぇっ!?」
弱い。即堕ち2コマじゃないか。
しかもエリンなんて護衛の依頼中に死の淵を彷徨っていた。
これでは失敗しているようなもの。強くでられるはずがない。
「あまり崖っぷちの子を追い詰める物言いはよろしくなくてよぉ」
「そうだぞー! 間違えて落ちちゃったら這い上がってこられなくなっちゃうからなー!」
ぷーくすくす。連れの2人も艶めいた笑みを零した。
光の当たりかたは、まるで日と影だ。明るい道を歩むのは選ばれし者だけ。凡人は彼彼女らの影を追うに過ぎない。
「(さすがに胸くそだしそろそろ止めてやるか)」
いじめられているというのもいい気分はしない。
なにより今回2人は――いちおう――やり遂げている。成功に泥を塗られている光景に黙っていられるほど曲がった大人になったつもりはない。
俺が動こうとした。しかしその直前で小さな存在が大きな1歩を踏む。
「やめてください! おふたりは私たちの護衛をしっかりやり遂げてくださったんです!」
「……誰だい? このリトルレィディーは?」
「がおっ。ずいぶんとちんまい子がいたもんだね? なにか大ギルドへ依頼ごとかい?」
「あらやだっ♪ とっても可愛いっ♪」
レーシャちゃんがここぞとばかりに割って入った。
こういうとき俺以上に黙っていられない。それが慈愛の勇者たる彼女の本質なのだ。
そして俺も彼女に1歩遅れてから前に躍りでる。
「あ~……とりあえず落第寸前とはいえちゃんとしてたとぉ……思わなくもないというかぁ~」
なんでこんなに擁護したくないんだろう。
レーシャちゃんほどコイツらの味方にはなりきれない自分がいた。
「おやおやぁぁぁ? まさかキミたちがこの子たちの護衛対象ということかぁぁぁい?」
「がおっ。逆に危ない目に合ったりとかしてないよね? 護衛が護衛対象に守られるとかさすがに言語道断だよ?」
「遠路はるばるようこそ大ギルドへお越しくださいましたぁ。えっとぉ、確か辺境のド田舎からお越しいただいたようですねぇ」
3人が一気にこちらへにじり寄ってきた。
バカにされているのではない、むしろ逆。逆に俺たちのことをすごく心配してくれていた。
だが、その不遜な態度がレーシャちゃんを逆撫でてしまう。
「その態度は私たちを侮辱するようなものです! 勇者と一緒に冒険してそう簡単に失敗するわけがありません!」
その一言とは騒然とは別の静寂を生む。
いまちょうど大気の流れが一斉に滞留したような感じ。
この空間にいたすべての生命がレーシャちゃんの言葉を聞いて一瞬だけ呼吸を止めた。
そして人々は緩やかに我に返りはじめる。
それから1つ、2つ。吹きだす音の数はやがて10や20に留まらなくなった。
最終的に大ギルドのロビーは爆笑の渦に包まれてしまう。
「どうしてみなさん笑うんですかぁ! 私の言ってることはほんとのほんとなんですからね!」
反抗するも笑いは留まることを知らない。
しかも六冠たちでさえくの字に腹を抱えている。
「はぁーはっはっは! キミぃ、大ギルドにはいない逸材かもしれないよぉぉ! なかなかにユニークな感性をおもちのようだねぇぇぇ!」
「がおーっ! キミかい、それともこっちの男の子が勇者だって言うのかい! どこぞ辺境に住んでる田舎者のキミたちがかい!」
「くくっ! い、いけませんよ! 夢を見る子を大勢で笑うのは、ぷふっ!」
合唱が鳴り響いて止まらない。
するとレーシャちゃんは俯きがちになってしまう。
恥辱に震えるながら胸のまえで手を握る。瞳には涙が混ざり、耳まで紅葉していた。
「(どうしよう? 精霊の剣でいま笑っている連中の唾液をトゲトゲにしてやろうか? そして明日ここにいる全員が口内炎になってちぐはぐな会話しかできないようにしてやるか?)」
さすがにもう黙ってはいられない。
レーシャちゃんを笑うということは、この俺を笑っているのと同義である。
俺の手が背中の剣の柄へと伸びかけた。
「よくぞ帰った我が子らよ!!!」
しかしそのとき階上より気迫めいた声が場をひっ叩いた。
この場の全員が口を閉ざして階上を仰ぐ。するとそこには剛気なマントがひらめいている。
「そしてナエ・アサクラとその付き人のレーシャ・ポリロ!!! よくぞ我が子たちの同胞となるべく大ギルドの門を叩いてくれた!!!」
押し寄せるような響きが身体ごと叩いた。
声はすべての者へと均等かつ平等に届いている。
「お……お父君が直々に出迎える客だとというのか?」
六冠の3人でさえ見上げていた。
瞳孔は開ききり、怯んでいるようにさえ見える。
「がおっ? そ、それってまさかこの間……わざわざ席を空けてまで視察したって言うあの例の?」
「これはこれはぁ? なんだか作為的な気配を感じざるを得ませんねぇ?」
現れた大男は階下を睥睨し、歯を見せほくそ笑む。
「六冠どもも任務ご苦労だったな。ちょうど本日までに任務が達成できるよう采配をさせてもらったのだ」
なぜなら彼こそが大陸冒険者統一協約機構の長である。
名をカール・ギールリトンといい、人は彼を畏怖と敬意をこめてギルド長と呼ぶ。
一代にて世界の冒険者を束ねる機構を生みだした彼は、まさに傑物に相応しい。
「さあ我が子の帰還を心待ちにしていた父へ――ただいまくらい言ったらどうだ?」
※つづく
(次話への区切りなし)
ご覧いただきありがとうございました!!!




