82話 大ギルドの六冠《Crown SIX》
旅の行程はおよそ1週間ほどを駈ける事態となっていた。
名もなき村で保存食を補充しつつ、ときには川の水で喉を潤す。
夜襲を恐れ焚き火番を決めながら浅い眠りを繰り返す。迫りくる魔物を打ち倒す。車輪の割れた馬車を安全圏まで護衛したこともある。
そして今日こそ7日にも及ぶ長き旅の最終日だった。即席のパーティは、道中で得た絆によって、少しずつ互いの大切さを学ぶ。
「んなこともねぇぇんだよなぁぁ!! 基本俺とレーシャちゃんしか戦ってねぇしよぉぉぉ!!」
そんなことはなかった。
護衛役のスペックが低すぎる問題が勃発している。
「おう? いきなりどうした、ナエザクラ? なんか悪いもんでも食ったのかよ?」
まずコイツ。リーファは魔物単体に苦戦するアホだ。
スペックは低くない。だが戦いかたが雑。魔物1体を相手にしてると周りが見えなくなる。
「いやぁそれにしてもレーシャちゃん強いねぇ。私も魔法だけじゃなくて投擲武器をもとうかなぁ」
「えへへっ! 村での修行が役にたっているようで嬉しいですっ!」
次にコイツ。魔法が使えるも、品切れが早い。
顔も胸も実力もスペックは並といったところか。だいたい魔法を3発ほど打ったら10分は息切れする。
リーファとエリンを総評すると、使えないわけじゃないが使えるわけでもない。
しかも鈍くさいけど雑魚ではないという点が俺を余計に苛立たせる。
「オマエら2人とも30点! なんで俺が30点どものシッターをせにゃならん!」
「お、ってことは2人で60点じゃん! そっち2人合わせて20点ずつってことになるな!」
「大ギルドのVip待遇様なのにナエザクラって謙虚だねぇ。ま、私らのほうが冒険者としてパイセンだからリスペクトしてくれてもいいよ」
しかもクソがつくプラス思考ときたもんだ。
役立たずの自覚はあるくせに反省しない。これが本当に厄介だった。
「しっかしここまでなんやかんやあったけどなんとかなったなぁ! 大スペクタクルって感じの冒険譚が書けちまうぜ!」
「クォンタムセルもけっこうたまったしっ、アークグランツに戻ったら回さないとねっ! しかも護衛の報酬までついてくるからいいもの食べられるぞぉ!」
コイツらもう終わった気でいやがる。
伸びをし脇を見せる姿に緊張感のきの字もない。
「(現地に着いたら一刻も早くこのクソパーティを解散してやるッ! あと俺の名前はナエザクラじゃねぇ朝倉苗でナエ・アサクラだッ!)」
これでは大ギルドから追いだされても文句が言えない。
というかそもそもリーファとエリンには、冒険者としてあるべき向上心が欠片も感じられなかった。
俺が心中で業火の如く憤っていると、レーシャちゃんに肩を叩かれる。
「どしたの? トイレなら俺がついてってあげるから安心してね?」
「と、トイレじゃないですっ! ただちょっと疑問に思ったことがあるだけですよっ!」
さすがのレーシャちゃんも2人に文句の1つもでてこようもの。
俺は手招きをする彼女にそっと耳を傾けた。
「道中でブリオッサに寄らなかったのが以外だったんです。どうしてティラさんに会いにいかなかったんですか?」
あ、そっちかぁ。やっぱり優しいレーシャちゃんだった。
3番目の町ブリオッサには吸血鬼修道女ティラ・マムマムがいる。しかし俺はこれを意外にもスルーした。
なぜならアイツは置いてきた、この戦いについてこれそうにないからな。と、言うわけではない。
俺もレーシャちゃんに習って少しだけ声を潜める。
「あれにはちょっと頼みごとをしてるんだよ。だからたぶん3番目の町にはもういないかな」
「頼みごと、ですか? それはいったいどのような?」
これはこれで非常に重要な案件だった。
どれくらい重要かといえば、俺がこの世界にきた理由そのものである。
「斡旋所の情報に寄れば少し遠くの町の近くに魔物の巣が発生したらしいんだ。だからバカで向こう見ずな冒険者が勝手に突っこまないよう見張ってもらってる」
「ほへー。ティラさんもがんばってらっしゃるんですねぇ」
彼女の頬に唇を寄せると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
それと髪には微かに蒸した汗の香りこびりついている。顔に疲労はでていない。しかし彼女からは長旅の余韻が感じられた。
「あっ! だめですだめです! いま汗臭いかもなのでちょっと離れてください!」
嗅いでいたのが気付かれてしまった。
レーシャちゃんは途端に真っ赤になって離れてしまう。
「あはは、7日も歩きっぱなしだししょうがないよ。俺もそこそこ汗臭いと思うから距離をとるのは同意だけどさ」
「な、ナエ様はぜんぜんそんなことないです! むしろ……修行をがんばったって感じのフレグランスでしたもん!」
「それ、ものすごいそのままの意味で汗臭いってことなんだけど……」
やはりお互い長旅をしてきたという貫禄があった。
初日にモブ女あらためエリンが風呂に入りたがった理由もいまならわかる。
「(大ギルドについたらまずは風呂と洗濯だな。長旅を終えたレーシャちゃんを慰労しつつぴかぴかになってもらおう)」
すまんモブ子。オマエはもう少し後回しにさせてもらう。
この世界に連れてきてくれた彼女だが、いま俺には目下やるべきがある。
それは大ギルド編への突入。モブ子の救助はそのあとだ。
「でも今回も4つ目の町は無視してきちゃいましたねぇ。リーファさんとエリンさんが早く任務を済ませたかったようですし、しょうがないといえばしょうがないんですけど」
「あの町とはとことん縁がないなぁ」
レーシャちゃんの言う通り、今回も4番目の町はスルーだった。
ときおり立ち止まるロバの糞を踏み越える。もうじき目的地ともなれば、やや勇み足になってしまうのも仕方がない。
頭上を泳いでいく入道雲を追いかけていく。もう半刻ほど歩けば5番目街アークグランツへの再訪が叶うだろう。
「(リーファとエリンを護衛につけた理由はなんだ? はじめはあんな高級馬車を寄越したくせにいったいなにを考えてやがる?)」
だが、旅の途中でいくつかの疑念を覚えていた。
それはひとえに大陸冒険者統一協約機構への疑心でもある。
はっきり言って気持ち悪い。まるで噛み合わせがずれた歯車のよう。
「ナエ様?」
いつしか足を止めていた俺を見て、レーシャちゃんも足を止めた。
幸運なことにリーファとエリンは気付いていない。
「あの2人、なんだか変にじゃないか?」
「変……ですか? 同じ村出身の仲良しさんでいつも一緒にいる素敵なおふたかたですよ?」
レーシャちゃんの目には森羅万象のすべてがプラスに映っているようだ。
しかしそうじゃない。俺にはリーファとエリンに圧倒的な欠けを覚えている。
それは信念と情熱。あの2人は下に落ちないとしているだけ。上に登ろうという野望がまるで感じられないのだ。
「おーい! うしろの2人とも遅れてるぜー!」
「早くきなよー! せっかくここまで一緒だったんだから街にはみんなで入りたいでしょー!」
リーファとエリンが離れたところで手を振っていた。
俺とレーシャちゃんは、アイコンタクトをしてからゆっくりと走って追いつく。
「ところで聞きたいことがあるんだけど、なんで2人とも冒険者を目指したんだ?」
「私もとても気になりますっ! 仲のいいおふたりがなぜ冒険をはじめたのか知りたいですっ!」
レーシャちゃんのいる手前、オマエら如きがという悪態は呑みこんでおこう。
唐突な質問に2人は首を傾げ、視線を合わせた。
そして薄く笑みを作るとどちらともなく口を開く。
「そりゃ大ギルドに入るヤツらの目的といやぁアレしかないだろ!」
「うんうん! 誰もが夢を掲げて天空を扇ぐ頂の最頂点!」
まるでどちらも子供のようだった。
旅のさなかでもこんな2人は見たことがない。
いうなれば純真無垢。まさに夢を見る少年少女。
「6人のソヴリンナイトからなる大ギルドの頂点を目指して村を旅だった!」
「頂に立ち6つの玉座を統べる本物の実力者! その名も六冠!」
はつらつとした声が微風の草原に木霊した。
しかしレーシャちゃんはきょとん、と身体を横に傾ける。
「六冠ってなんです?」
まるで聞き馴染みのないといった感じ。
活き活きしている2人との温度差が凄まじい。
「カァァ! これだから田舎者はダメなんだよ! ギルド所属の冒険者ならその名を聴くだけで震え上がるんだぜ!」
「六冠の座に着けば冒険者たちから毎日羨望の眼差しを向けられるのよ! これほど栄誉ある称号はないでしょ!」
熱く語る2人の目はうっとりと情熱に満ちていた。
対してレーシャちゃんは「はぁ……?」いまいちわかっていない。
「(あったなぁ、六冠とかいう設定)」
覚えてるよ、大丈夫。
平たく言うと、すごい強くて頭がキレる連中の集まり。選りすぐりの上位冒険者とも言える。
さらに冒険者のなかで、もっとも癖が強く、灰汁も強い。大ギルド編に入ったらまず間違いなく立ち塞がるだろう。
「田舎出身の2人が村を飛びだすほど六冠ってやつに憧れてるんだろ? なのになんで大ギルドから追いだされるようなギリギリにいるんだよ?」
ただそれはそれ、これはこれ。
2人が落ちぶれている核の部分は別にあるはず。
俺が尋ねると、あれだけ饒舌だったリーファは口をつぐむ。エリンもよそよそしそうに目を伏せた。
「特別待遇のアンタにゃわかんねーだろうがよぉ……」
辛うじて語ったのはリーファだった。
下げた手に拳を握る。食い縛った歯の奥から絞りだすように紡ぐ。
「六冠だけはレベルが違ぇんだ。大ギルドに入ってこの目で見た瞬間から届かねぇことをわからされちまった」
「どれだけがんばっても努力しても辿り着けない領域ってあるの。村出身の私たちにはその事実がなにより残酷だった」
まるで負け犬だ。
背を丸めながら怯えた眼差しでうつむく姿は、敗者そのもの。
「ふむ……才ある大きな光が作る影もまた巨大ってところか」
「ナエ様! 言い過ぎです! おふたりともお顔を上げてください!」
怒られちゃった。
でも2人が折れたのは俺のせいではない。
「まあでもなんだ? 別に上を目指さなくたってこうして日々を暮らしていけるわけだし、悪いことばっかじゃねぇよ?」
「そ、そうだよそうだよ! 1つ夢が破れたからって人生が終わるわけじゃない! 次の目標を目指せば別にどうってことないもん!」
2人が同時にせーので折ろうとして折ったのだ。
夢もないくせに夢を語る口ほど軽いものはない。
いまもこうして2人は大ギルドという冠に左右されているではないか。
「まったく……はじめから最後まで面倒くさいヤツらだなぁ」
別に2人を助ける恩や義理はなかった。
だがこのまま放置すれば中途半端な2人はそう長く生きられない。
本当にどうでもいい。マジでリーファとエリンがどうなっても知ったことではないのだ。
「しゃーねぇなぁ、これでもいちおう慈愛なわけだからなぁ」
「……ナエ様?」
ただ少しだけ長い時間一緒に居すぎたらしい。
コイツらは決してクズではない。はじめて会ったときはどうでもいい存在だったが、いまは少し違う。
楽しかった。この道中で結んだ絆は薄明だが確かに存在している。
俺はゆらりと揺れてリーファとエリンに指を差し向けた。
「オマエら街に着いたら大ギルドのてっぺんまで着いてきやがれ。その腐り落ちる直前の夢をもう1度だけ光らせてやる」
「はぁ? なに言ってんだよ?」
「え? 街に着いたら報酬と美味しいご飯じゃないの?」
腐ったからといって手放すのは容易だ。
だが手元に残せたのなら、それは最高じゃないか。
それから街に着いた俺たちは、抵抗する2人を連れ、大ギルドの頂点を目指す。
もう誰も詰ませない。
「楽しそうなお顔をなさってますけど、どうかなさったのですか?」
なぜなら俺は慈愛の勇者の代行だから。
…… … ☆ … ……
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




