8話 いきなりバイトデイズ!? 2
冒険者
一筋縄でいかない
手練れたち
村の未来
トゥルーから逸れた
ルート
ネオルート
微笑に先ほどまでの懐っこさはなく、冷えて尖った笑み。
「使えるならパーティー組んであげる。信頼できそうなら冒険者のツテも紹介するし、もし欲しいのなら黒い仕事を仲介してあげてもいい」
彼女の挑発的な指使いが胸板の上を愛撫するように撫でた。
しかし俺は頑なに無を貫く。心臓は破裂しそうなほど脈打っていたが、なんとか平成を装う。
「つまるところ、持ちつ持たれつか」
「そゆことっ♪ この業界は一筋縄じゃのし上がれないことで有名だからねっ♪」
まるで仮面を着脱するような変わりよう。
シセルは俺から離れると踊るように2房の髪をひらめかせた。
どっちが本性かはいまのところどうでも良い。だが俺は彼女の本来の末路を知っている。
だから決して悪い奴ではないのだ。それは信頼に値するといっても良いほどの確証だった。
「わ、わわわっ!?」
その時だった。
背後からなにか軋むような音と声が響き渡った。
俺が振り返るとほぼ同時。まるで洋菓子でも割るように勇者ちゃんの乗った台の足がポッキリと折れた。
台の上でバランスを崩した勇者ちゃんが斜めになって降ってくる。
「あぶなっ――ブフゥっっっ!!?」
最後に俺が見た光景は、純白のように真っ白だった。
そして勢いのままに俺の身体はぐらりと後ろ向きに転倒する。
ドシン。
「ありゃありゃだいじょうぶかぁ~? モロ後頭部打ったけど、頭は大切にしないと死んじゃうよぉ?」
それで死んだんだからそれくらい知ってるわ。
シセルに応じようとするも、俺は喋ることすらできない。
ともかくいま俺の顔は、柔らかくて暖かいものによって満たされていた。
「いたた……! 踏み台の足が脆くなってたみたいで折れちゃいました……!」
よき重量感が押しつけられ呼吸さえ止まっている。
だがこのえもいわれぬ幸福感に溺れてしまいたい。そう、思わせるほどに極上の感触が顔面に鎮座していた。
「――はぅっ!? ご、ごめんなさい!?」
ようやく状況を理解した勇者ちゃんは、跳ねるように俺の顔から退く。
俺は揺らぐ視界に虚ろながらしっかりとした足どりで起き上がった。
衝撃を受けたのと多少驚いたが、とりあえずのところ問題はない。
「本当に大丈夫です!? 気分が悪くなったりコブができたりしてませんか!?」
勇者ちゃんの眼には涙がなみなみとせり上がっていた。
だから俺は、栗色の髪を優しく撫でてやる。
「(……?)」
本当に痛くなかった。
それはもうまったくといっていいほどに。
「(たしか……ゴブリンの時も? コレはさすがに考えすぎか?)」
ひと悶着はあったが、おおよその指針が完成した。
このまま『Flour & Flower』でまとまった資金を稼ぐ。次に商隊を捕まえて勇者ちゃんとともに近隣の町を訪れる。そして才能屋で潜在能力を鑑定してもらう。
タイミング良くシセルが現れてくれたおかげで目処が立った。せっかくリスク覚悟で救ってやったのだ、これくらい役に立ってもえると割を食ってちょうど良い。
シセルは、俺と勇者ちゃんを眺めながら首を傾げる。
「ところで……その子は彼女さん?」
数秒が一塊になったかのように時が止まった。
俺を含めて、店内の空気がぴたりと静止する。
どう答えたものか。こちらとしてはやぶさかではないのだが――
「か、彼女じゃありましぇんっ! ナエ様と私は、そそ、そんないかがわしい関係じゃないもんっ!」」
否定する声が裏返っていた。
表情はみるみるうちに真っ赤に染まる。耳まで火がついたように紅葉している。
「わ、私とナエ様はお友だちで命の恩人でとっても大切な人というだけです! いまは住みこみで働いてもらっていますけどお互いにそういう、そういうことはしてませんから!」
目を瞑り、手はパタパタと振り回す。
最後のほうなにをいってるのかすら定かではないほど。萎縮してしまう。
「おいー……マジか。この子めちゃんこ手出ししたくなっちゃうタイプじゃん」
「おい離れろそれ以上近寄るな半径2m以内に入ってくるな」
俺は魔の手から遠ざけるように割って入った。
濃密な百合展開は願うところ。しかし勇者ちゃんをNTRするのだけは許さん。
「おっと、そろそろいかないとだね。今回のクエストではベテラン連中が集まってるから遅れるとなにいわれるかわかったもんじゃないわ」
シセルは片手を軽く上げてひらひらと振った。
歩きだす動作に合わせてツインテールがふわりと揺れ、金属の鎧が小さく音を立てる。
腰のラインから引き締まったヒップの曲線を優雅に振って遠ざかっていく。
「そうそう、さっきの話は冗談とかじゃないから~♪ もし良さげな才能もってたら是非一報よろしくね~♪」
軽口を叩くその声とは裏腹に、彼女の目は鋭く光っていた。
だが、すぐにまたいたずらっぽい笑みに戻る。
「油断しないで気をつけていけよ。あと……村の平和をよろしく頼む」
「もちっ♪ いざとなったらとんずらこいてでも生き延びてやるんだから♪」
新米を守るため身を犠牲にするくせに、よく言う。
去り際でさえ熟練の冒険者だけが纏える風格が漂っている。日差しに照らされたその後ろ姿は、どこか誇り高く、そして自由だった。
おそらく食料品を買いにきたということは数日かけての討伐を予定しているのだろう。その間、村は冒険者たちのもち帰る果報を待つ状態だった。
成功か、失敗か。結果によっては村そのものが戦火に巻きこまれることにもなりうる。
「(頼んだぞ。俺にしてやれるのはここまでだからな)」
これが子を見送る親の気持ちか。
本来ならキャラ名さえ与えられないモブだったはずが、いまは運命の鍵の一端を握る。まさに数奇としか言いようのない展開だった。
俺がシセルに真剣に見送っていると、なにか横からチクチクと刺さるものがある。
「ずいぶんと熱心にお見送りなさってますけど、ナエ様ってああいう人がタイプなんですね……」
声の調子は平静を装っているのに、語尾が微妙にとがっている。
ちらりと横を見ると、さっきまで真っ赤になっていた勇者ちゃんが頬をぷくっと膨らませていた。
しかもむくれ顔全開で、明らかに不機嫌オーラを全身から放っている。
「ああいうすぐにベタベタしてくる軟派なところがいいんですか? それともすらりと背が高くて脚が長いところですか? もしかして露出の多いハレンチな姿に興奮を覚えるタイプの変態さんですか?」
捲し立てんばかりのものすごい早口だった。
まだ本日の営業ははじまったばかり。ここ『Flour & Flower』はアークフェンの人気店。
俺が勇者ちゃんの誤解を解くために1日を要したのは、また別の話。
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