78話 慈愛の勇者《Bearer Of Sacred Mercy》
才能屋さんは己の素性を言い当てられたというのに色っぽくウィンクを決めた。
一見して可憐な美女だがどこか仕草は子供っぽい。白い肌も相まってまるで精霊のよう。
しかしそれらは半分が幻想である。彼女たち変異種はもっと別の次元にある。
「俺たちがここにくるのを知っているということは、俺がどういう状態なのかも知っているということか?」
「ええ、ええ、もちろん。そしてそれは1度目の邂逅ですでに明らかとなっているのだわ」
俺の忘れていた情報のなかにこんなものがある。
才能屋さんは、例外に漏れず、全員が異能もちということ。
つまりこの状況は、かなりマズい。彼女には俺の情報が細部にまで筒抜けだった。
「俺がレーシャちゃんの寝顔見ながら興奮してたこととか知ってるってことだよな!?」
「それはもうバッチリとォ!! だけではないこともいろいろ知ってるのだわァ!!」
「グアアアアアアアアアアア!!?」
この勝負、勝負にすらならない。
「町の踊り子の太ももをやたらと情熱的な眼差しで見ていたことも!! 配膳する給仕の谷間を横目で流し見していたことも!! 隣にいるお嬢さんが背伸びをしたさい脇を眺めて生唾を飲んでいたことも!!」
「止めろオオオオオオオオ!!?」
「なんなればいまも我の胸元をときおりちらりちらりと鑑賞なさっておるようでェ!!」
「いっそのことひと思いに殺せエエエエエエエ!!?」
糾弾が薄暗い店内に木霊した。
瞬時に俺の心はへし折られる。
ここにいる『Fortune Teller Maryden』の蜘蛛姫は、名の通り蜘蛛を統べる者。
彼女の世界という範囲内に存在する蜘蛛を操ることができてしまう。
ここでいう彼女の世界というのは、彼女が興味を持った者を指す。つまり1度目に彼女と出会った俺は、彼女の世界に含まれてしまっている。
「なんでこんな残酷なことができるんだああああ!! 青少年の青い春を踏みにじってなにが楽しいってんだよおおお!!」
「オーッホッホッホッホッホッホ! 占いで逸材とでた人間全員に眷属をまとわせることこそ我が極上の暇潰し! 実はソチの荷物にこっそりと眷属を入りこませていたのだわ!」
高笑いという嘲笑に満たされた空間にぴょん、と横切る影がひとつあった。
俺の肩から飛びだした小さな物体は手のひらの上に着地する。
「(やだぁハエトリグモじゃぁん。おっきい瞳でこっちを見つめながら身体を傾げてるぅ、かわいい)」
まるで意志があるように子蜘蛛はこっちを見上げていた。
なんという陰気、なんという悪趣味。
コイツは興味をもった相手全員を強制的に世界としている。いわゆる興味本位で日常的に蜘蛛型の盗撮カメラと盗聴器をそこらじゅうにばら撒いているようなもの。
「そろそろ真面目にやっていただいてもよろしいでしょうかぁ」
水を打つような声だった。
裏勇者ちゃんは崩れた俺の身体にストンと尻を乗せる。
「ぐぇっ……」
「私にとり憑いていた蜘蛛越しに伝えましたよねぇ? 今日は真面目な話があるから茶化すなとぉ?」
勇者ちゃんではだせない、Sっ気たっぷりの声。
敷かれるという不本意な状態なのに、背に伝わる感触は極上。
「一方的に言葉を伝えるだけ伝えて眷属を燃やしたかたはアナタがはじめて。眷属に愛着はないけれど気分の良いものではないのだわぁ」
「勝手に私情を盗み見られることのほうがよほど気分の悪いことでしょう? いまここで本体を燃やされないだけありがたいとおもっていただきたいのですがねぇ?」
俺の上でなんかすごいバチバチが聴こえてくる。
怖い女と怖い女が対峙し睨み合っていた。
状況を整理すると、非常にまずい状況だった。少なくとも裏勇者ちゃんと蜘蛛姫には、俺の素性がバレてしまっている。
もしこのまま密告でもされようものならば、失脚は目前。自分の造りだした世界で監禁、幽閉、拷問される未来しかない。
「まあいいのだわ。たしかにいまから話す自称に色や興は断絶すべきでしょう」
ナエ・アサクラ。蜘蛛姫の声が聴こえて、同時に身体が軽くなった。
どうやら満足したらしく、裏勇者ちゃんが俺の上から退いてくれる。
「いつまでも遊んでいないで座ってください」
「キミが俺の上に乗ってたから立てなかったんだよ? なんで加害者なのにいきなり手のひら返せるのかな?」
「………………」
有無を言わさぬ沈黙に俺は折れるしかなかった。
促されるまま裏勇者ちゃんの隣にある丸椅子へと腰を据えた。
「だは再度ソチを占ってしんぜましょう。まずこれからの話をはじめるにはそれが最善なのだわ」
はじめからそのつもりだ。
俺は蜘蛛姫にこくりと頷いて返答した。
すると透ける幕の向こう側で水晶が淡い光を放ちはじめる。
「……ほう。以前には視えなかった輪郭が表面にでてきている。これは経験、あるいはソチの命そのものに意が刻まれているという証左かもしれない」
淡き燐光は蠢くように形を無数に変えていく。
蜘蛛姫はそれを瞳に映しながらつづける。
「見えるのだわ。この光はソチにまとわりつく因果の糸かそれに類似する新たな可能性。その張り方が以前とはまるで異なる。まるで……ソチ自身が生ける道を捻じ曲げ、翻したかのよう」
俺は以前にもここ『Fortune Teller Maryden』へきた。
そのときの俺はいったいどうだったか。どういう思いと使命をもっていたか。
答えは簡単だ、まったくの白痴。この世界に降り立ったばかりで目的も目標もない、糸の切れた凧のような存在だった。
「(あのとき俺は、自分自身がこの世界の枠外にあることを知って安堵していた。きっとなんの責任もとるつもりはなかったのかもしれない)」
過去を恥ながら占いを視つづけた。
もうこの現実から目を逸らすことは止めた。
「ここからの道はおおよそ2つの方向へ伸びている。どちらも途方もなく遠い。しかし……片方は仄暗く、もう片方は――」
言葉がそこで途切れた。
蜘蛛姫は静かに目を細める。
淡い幕の向こうで、水晶に落ちる光だけがかすかに震えていた。
「これは以前ソチを視たときには歩む道が存在しない微睡みのような存在だった。しかしいまはもう1本ではなく分岐したのだわ。しかもごく最近……ほんの数日前に」
いまの俺ならば、はっきりと言える。
「(この書きかけた世界を。途中で挫けて終わらせたこの夢を。苦痛の果てに捻じ曲がってしまったこの未来を)」
再創造することすら厭わない。
決意とは裏腹にふぅ、と水晶の輝きが吹き消すように遠ざかった。
蜘蛛姫は薄く伸ばすように形の良い胸を撫で下ろす。
「これはこれは、我の想定を遙かに上回る想像以上の空前絶後と形容せずにはおれん事象なのだわ」
台の下で足を組むように腰が左右に揺れた。
歪む唇を隠すように手を口元の前で垂らす。口調はまるで弾むように明るく、目を猫のように細める。
さぞ愉快といった感じが表情や行動の細部に渡って読みとれた。
「そ、それで占いの結果はどうなんだ? 以前は不定形だとか、とにかく朧気だったことは覚えてるぞ?」
正直、俺は緊張している。
この暗室のような空間や焚かれた香木の異質感が非日常を演出して居心地が悪い。
しかもいつの間にか膝の上で拳を作っているくらいには、戸惑っていた。
「そもそもソチの才能は才能であってそうではない、いわば才能になりかけの種のようなもの。それをどのように成熟させていくのかは素地と取り巻く環境による刺激がもっとも重要となる」
「つまりナエ様は願えばあらゆる才をその身に宿せるという特殊能力を秘めもつ。この間の占いで結果がでなかったのはアナタ様がなにを成そうか決めていないアンバランスな状態だったから」
怖い女2人の視線が同時に降り注ぐ。
しかもどっちも薄ら笑いを顔に張りつけているため、より怖い。
「なんで俺にそんな能力がある? だって俺はこの世界にとって排他されるべき根底の歪みなんだぞ?」
俺は乾ききった口でゴクリとなにもないを喉に呑みこんだ。
無性に指先が震える。体感温度がじわじわと削られていくような錯覚を覚える。
すると突然横から俺の手にふわりと触れるものがあった。
「それはアナタ様が唯一この輪廻する時空を壊すことのできうる存在であるという証明です」
裏勇者ちゃんの手だった。
手の甲を触れるか触れないかほどの距離で指を触れていく。かと思えば情熱的に指の隙間に指を絡めてくる。
「そしてソチは己の手で規定に乗りつづけるこの世界を破壊すると心に決めた。そう……決めてしまったからソチの才能は枠組みを超えた強靱なるものとして定着せしめた」
蜘蛛姫は水晶をとると、薄い布の向こうでゆらりと立ち上がった。
高級感をまぶすような幾重にも重なるビロードの下で生白い足がすらりと伸びる。
俺はわけがわからず呆然とした。なによりこんな展開は存在しない。彼女たちの造るこの空間はあまりに異質すぎる。
「じゃあつまり、俺の才能は……?」
「まずはそう――再創世、慈愛の勇者」
蜘蛛姫の吐息に俺の心臓が1拍、膨れ上がった。
しかしそれだけにおさまらない。彼女は俺の背後を優雅な足どりで往復しつづける。
「そして次は――再創世、博愛の賢者」
「っ!?」
1つだけじゃないのか。
聞き馴染みのある単語が鼓膜を揺らと、心臓の鼓動が倍以上に速度を増す。
「最後は再創世、悠久の――」
「まってくれ!! 頼む、少しでいいから頭のなかを整理させてくれ!!」
俺はたまらず蜘蛛姫の編む言葉を手で制していた。
呼吸が苦しい。下が乾いて毛羽立つのがわかる。香の匂いやら噴きだす汗やらで視界がぐらぐらと右往左往する。
「(俺が勇者ちゃんと同じ能力をもっているってことか!? しかも2つ目の才能はティラ・マムマムの目覚める能力!? しかも3つ目に言いかけた能力だって俺の造――)」
「なにいっちょうまえに考えごとに耽ってるんですかぁ? アナタ様の背中には本来なら私が握るはずのものがぶら下がってるますよねぇ? じつのところ自分でももうすでに代理勇者である自覚があったんじゃないですぅ?」
裏勇者ちゃんの甘い吐息が直接俺の耳に吹きこまれた。
頬横で深紅の瞳が隆々と見開かれている。
あまりにも突飛すぎた。それはもう世界さえ歪むほどの大いなる事象に他ならない。
「ちょ、ちょっと待ってくれって言ってるだろ追いつかないんだよ!? それじゃつまり主要キャラの能力をぜんぶ俺が根こそぎ奪ったってことか!?」
「奪ってなぞいないのだわ。あくまでソチの能力は再創世。本来もつ人々と同等の能力を宿しているというだけのこと」
蜘蛛姫は慌てふためく俺を嘲笑うように口角を吊り上げる。
ちょっとだけ、安心した。もし奪っていたら目も当てられない。
つまり俺のもつ能力、《再創世》は主要3キャラクターの能力をオリジナルのまま複製してしまったということになる。
精霊の剣が抜けたのも勇者ちゃんより早く俺のほうが覚醒してしまったから。そう考えると痛いほどに辻褄が合ってしまう。
「この終わりなき輪廻世界がアナタ様に与えた使命は、輪廻世界を破壊することです」
逃がしませんよ。そう言って裏勇者ちゃんは唇をすぼめた。
混濁する俺の耳に細い糸のような吐息を吹きかける。
「ヴェル・エグゾディアと言う物語は創造し、欠けた世界。そこでアナタもまた私たちと同じようにオリジナルキャラクター――原初たるオリジンキャラクターとして終末へと導くんです」
脳を丸ごと支配するような囁きが頭蓋の内側で反響した。
覚悟はしていたつもりだ。だが眼前に突きつけられて、こうも弱いとは。
相変わらず嫌になる。途中で投げだしたことも、途中から変えてしまったことも。自分の意志の弱さを呪いたいほどに、弱い。
最後にひとつ。俺はずっと手に触れてくれる彼女に尋ねる。尋ねなければならない。
「……じゃあ、キミはいったい誰なんだ?」
「そんな怖い顔しちゃいやですよぉ♪」
視界が狂愛によって支配される。
「だって私……――ループ数77776回の記憶をすべて受け継いだ真のレーシャ・ポリロですからねぇ!!!」
そこで意識は、物語ごと、暗転した。
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最後までご覧いただきありがとうございました!!!




