77話 モリシアの蜘蛛姫《Arianses》
日が落ちていくのを懸念しつつ、到着した頃には空は瑠璃色だった。
2番目の町とはいっても人はまばら。小さな町ではないが暮れれば雑踏もそぞろといったところ。
ひとまず俺たちは安宿で荷下ろしをしてからロバを厩舎に預ける。
「商隊に相乗りするのと比べてマジで遅いな……」
「ロバさんパカパカでしたからねぇ」
勇者ちゃんは小さな手で老いた輓獣を慰労した。
頭を撫でられたロバは小さくお辞儀をしてから尾を垂らす。
「ふふっ、大人しくて可愛いです! 明日からもよろしくお願いしますね!」
「今日1日一緒にいたけどなんだかんだ愛着が湧いた。馬と比べてロバはバカにされてるけど普通にフカフカで可愛い」
「馬さんはちょっと大きくって怖いところありますからねぇ。でもこの子くらいなら一緒にお散歩してる感じがして楽しいです」
と、相棒の再評価をしてのんびりしている場合ではない。
この町にきた目的は宿泊だけではないのだった。
「さてと、それじゃあこっちはこっちでやることを済ませようか」
「またスキル屋さんに向かうんですよね! 危険なクエストをこなしたんですし成長してたら嬉しいなぁ!」
俺は剣鞘に納められた精霊の剣を担ぎ直す。
さすがに剣身が剥き身は危ない。なので前回の冒険以降、別売りの剣鞘を用意してある。
なんてことはないそこらの武器屋に売っているなめし革の鞘だ。神譚遺物に釣り合うほど上等ではないが、ないよりマシ。
「それじゃあ俺たちは別行動をとらせてもらう。明日の朝になったら宿の前で落ち合おう」
そちらへ振り返りつつ指示を促す。
だがモブ男とモブ女は聞いているのかいないのか。
「酒だ酒だぁ!! 今日は浴びるほど飲んで明日の鋭気を養うぞ!!」
「それよりお風呂で汗流すのが先でしょ! あとじっさい臭うからら防具の下に着てる服くらい洗ってよ!」
渋っていたくせに町に着くなりテンションが高い。
モブ女のほうは一刻も早く汗を流したいようだ。だがモブ男のほうはすっかり浮かれ気味である。
今日一緒にいたのはロバだけではない。あの2人もよくよく見ればさほど悪い連中ではなかった。
「あの統率感のなさはなんとかならんのかね……」
「あ、あはは。魔物と戦ったときもずっとあんな感じでしたもんね……」
俺も勇者ちゃんも眉寄せながら酸い顔だった。
実は道中で魔物にでくわしている。狼型の魔物でドレッドハウルという群れなす獰猛な4足獣たち囲まれたのだ。
そのときの記憶は、こう。
『いつも通り前衛は俺に任せてお前は魔法を使う準備をしろ!』
『後ろにもいるんですけど!? ってか囲まれてる状態で前だけ守るとか意味わかんないし!?』
『うるせぇ! こっちだって必死なんだから後ろの敵はなんとかしろよ!』
とまあこんな感じ。
狼のほうがよほど統率がとれている。冒険者としてこの始末はどういうことだろうか。
「最終的に俺が複数に噛まれてるところをレーシャちゃんの苦無と巻き菱でなんとかしたんだよな」
「おいそれと精霊の剣を使うわけにはいきませんからしょうがないですよ。……サスガニ戦闘中ノ喧嘩ハイタダケマセンガ……」
優しい勇者ちゃんでさえ珍しく擁護しきれないらしい。
笑みの端をヒクつかせながら他人のように視線を逸らしてしまう。
「(あんなのじゃ冒険者をやってられないだろう。早晩にも魔物にやられてくたばるオチが見え見えだ)」
この世界の魔物は、バッドエンドに向かっているだけあって、エグい。
容易に人間の頭を兜ごと砕く猛獣もいれば、いきたまま肉をくらう腐敗種もいたりする。シェルトラップなんかがその代表格だろう。
「(モブ男とモブ女がどうなろうが知ったことか。しかしやはり早退するのなら視界の外で頼みたいところだ)」
なにより勇者ちゃんにむごいシチュを見せたくないというのが本音だった。
「じゃあまずは浴場でけってー! アンタはどっかの井戸で服を洗って干してからにしなさい!」
「あぁっ! なに勝手に人の行動を決めてんだよ! いつもいつも突っ走りやがって! パーティーのリーダーは俺だって言ってんだろ!」
どうやらあちらも話がまとまってきたようだ。
「じゃあまた明日ね! ナエザクラとレーシャ!」
「待てっての!? 置いてくんじゃねぇよ!?」
モブ男とモブ女は、言いたいことだけ言って踵を返す。
こちらの返事すら待たずに颯爽と町のなかへと消えていってしまう。
「なんというか大風のようなかたがたですね。いがみ合っているように見えてずっと一緒ですし」
「向こう見ずと無鉄砲が組むとああなるんだろうな。見てて退屈はしなさそうだ、悪い意味でだが」
とり残された俺たちも佇んでいるわけにはいかない。
空の色は徐々に星を散りばめつつある。もしかしたら才能屋がしまってるということも考えられる。
「それじゃあ私たちも向かいましょうかっ!」
「これがすんだら俺たちもなにか美味しいもの食べに行こうか」
勇者ちゃんの笑顔に付き添う。
なんだかんださいきんはいらんやつが多かった。こうして2人きりで町を歩くというのも気分がいい。
周囲には冒険を終えた冒険者や、炊事に励む奥方たち。観光で出歩く子連れ夫婦もちらほらいる。
「(む。これはある意味デート、すなわちカップルに見られてる可能性が微レ存)」
歳近くうら若い男女が隣ならんで微笑み合う。
これぞまさに若き日の青き青春というやつなのではないのか。
「るったった~♪ らんたった~♪」
勇者ちゃんも俺のことを遠ざけている感じもしない。
腕と足を真っ直ぐに伸ばしながら小気味よい歌を奏でる。
「れ……」
いかん。よからぬことをよぎらせた途端に口のなかが乾いてきた。
いや、ここでこそ勇気をだして前に進むべきではないのか。朝倉苗として男を示さずしていつ示す。
「レーシャちゃん」
「はぁ~い」
尻尾があったらきっと振り切れるくらい左右に揺れていただろう。
間延びするような返事には1mmとして警戒という色はない。あとかわいい。
ひと呼吸。1秒ほど。手のひらに汗はかいていない。問題なし。
「お互いはぐれないように手をつながな――ごうか」
噛んだ。最悪だ。
2種類の誘い文句が混ざった。死にたい。
後悔とは先に立たぬもの。時を裏返そうにも俺にそのスキルはない。
「はい。喜んで」
しかし勇者ちゃんはそっと俺の手を握り返した。
不甲斐ない。恥辱に塗れて震える俺の手を優しく包みこんでくれる。
温かく柔らかい。なにより触れるという行為が脳を痺れさせる。
「れ、レーシャちゃん……!」
たまらず俺は涙を滲ませながら顔を上げた。
するとそこには、俺の知ってる勇者ちゃんではない。
別の勇者ちゃんが人を見下すような微笑で見下げている。
「この場合ですと声をかけるより突然手を握ったほうがいいですよぉ♪ そうやって女性に怯えてるあたりほんっとドーテー臭いですねぇ♪」
「なんでだよおおおおお! さっきまでレーシャちゃんだったじゃんかよおおお!」
「私もレーシャですよぉ♪ ちなみにるんたった~の時点で入れ替わってます♪」
そう言いながら裏勇者ちゃんは俺の手をぎゅっと握った。
感触としてはかわらないのだが、情緒というものがある。俺は勇者ちゃんと手を繋いで歩きたかったのだ。
裏勇者ちゃんはいつも突然切り替わって話をかき乱していく。スイッチするタイミングも自由気まま。理由も目的もなにもかもがミステリアス。
「あらぁ? 私じゃご不満でしたかぁ? せっかく女子と手を繋いだというのにしおらしくなってしまいましたねぇ?」
「不満じゃないし、嫌ってるわけでもないよ……でもタイミングって、あるじゃん?」
どう考えてもいまじゃない。
いまは俺と勇者ちゃんで心を近づけるパートだったはず。
「そういえばいまから才能屋さんに向かうんですよね?」
裏勇者ちゃんはうつむく俺を覗きこむ。
「ならこのタイミングがもっとも最適かつ最良ですぅ♪」
ビー玉のように零れんばかりの瞳を剥く。
まるで業火灼熱を閉じこめたかのような深紅の色。満ちあふれるそれは生命というより、絶望が滲むかのような。
俺は、腕に絡みついてくる裏勇者ちゃんにたじろぎつつも、怯みはしない。
「……最適のタイミングってどういうことだ?」
「それはおいおいいずれかに判明することです。しかし1つお教えできることといえば――」
この子の行動にいちいち反応していてはキリがない。
肘を甘く包むボリューム感に気を揉まれながらも意識的に足を進める。
「ようやく時が満ちたということです」
「(……?)」
俺は思わず首を傾げてしまった。
その一言は裏か表か反応できないほど、よく似ていたからだ。
普段の人を食ったような言い回しもなければ、嘲笑するような艶然さもない。
「(なんだいまの違和感は?)」
尋ね、られなかった。
それ以降、俺と裏勇者ちゃんは言葉を交わすことはなくなってしまう。影が重なるほど近くにいるのにただ無言で歩を進めていく。
さして大きな町でもない。しかも数日前に1度訪れた場所ともなれば道に迷うことさえなかった。
「……相変わらず胡散臭ぇ店構えしてるなぁ」
人通りの皆無な裏路地にそこはある。
店構えのリッチとしては最悪。しかも入り口を彩る装飾がやたらに不気味な雰囲気を醸しだしている。
なんらかの魔物の骨、タペストリー、民族的な紋様の入った垂れ幕、奥からは妖しい匂いまで漂ってきていた。
「いつまでもビビっていないでさっさといきますよぉ」
「あ、おい待てって!? あとビビってねーし!?」
裏勇者ちゃんに手を引かれ否が応にも入店させられてしまう。
なかに入るとより陰気だった。無駄に暗いし、灯された紫色の蝋が影を落とす。
ここは才能屋さん。人の内側に深く眠る才能を読み解く施設。あるものは目覚め、またあるものは失望し挫折を味わう。
「しかして最も重要なことは才能ではなくどう己の生を主張するか。才能なんてものはあくまで長き生に落ちている路傍の種火に過ぎないのだわ」
店のもっとも奥に彼女はいた。
肌は病的に白く、血の気がまったくないように見えるほど透き通る。。光を浴びた箇所は少しだけ青みがかって見えるほど。
眉下で切りそろえられた黒い髪は腰まで伸びる。喪服のようなドレス越しに張った肩も骸骨のように細く、儚い。
「予見した通りなのだわ。ソチらが再びここへ訪れることは必然であり運命ではないのだわ」
妖しい微笑が俺たちを迎えた。
彼女を前にまるで蜘蛛糸に絡め捕られそうに思えたのは俺だけだったのだろうか。
なぜなら彼女は才能屋さん。だが俺も初見の頃と比べていくつか思いだしたことがある。
「キミの種族はたしか変異種だな。そして通称は、モリシアの蜘蛛姫」
「せい・かい、なのだわ」
※つづく
(次話への区切りなし)
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