76話 はい、旅スタート。《Let’s Journey》
「なにこの田舎ぁ~! 私らの住んでる都会とはぜんぜんちがぁ~う!」
「家の数少ねぇ……酒場も遊べるとこも全然ないじゃん、ダッセェ~カスかよ」
素行が悪い。ある意味で冒険者らしいといえば冒険者らしい。
男女ともに年は俺と同じかそのへん。身なりは汚くまさに冒険者といった様相。
待ち合わせ場所には、そんな粗悪な2人の冒険者が待ち構えていた。
「(なんなんだコイツらは。素行が悪いと言うより生まれと育ちが終わってる)」
よく見れば2人の後ろには、ガラクタもとい荷車が止まっている。
しかも車輪を引く輓獣は高貴で気品ある馬ですらない。
「あれって馬さんじゃなくてロバですよね。馬車もこの間と比べてふた回りくらい小さいです」
「たしかロバって貧しい農民や行商人の荷運びに使われがちとか聞いたことあるな」
勇者ちゃんは見慣れぬ生物に興味津々といった様子だった。
しかし俺は正直まったく気乗りしていない。どころかいますぐ帰りたいという気持ちでいっぱい。
なぜならあれを送迎と呼称するにはあまりにも粗末だったから。
「(たぶんあれじゃない。この間の送迎と比べて月とすっぽんじゃないか)」
まだアレが送迎であると決まったわけではない。
きっとそう、あれだ。たまたま都会育ちのC級冒険者が野に下っただけ。そしていまちょうど時間が噛み合ってしまったのだ。
俺が頭のなかで言い訳を転がしていると、女のほうがこちらに気づく。
「あ~いたいたぁ! あそこにいるのがナエザクラとレーシャでしょ~!」
どこからどう見てもモブだった。
反応がモロにモブ。喋りかたにも品がない。どう見たって主要キャラではない。
「はぁ~? なにあいつらパッとしなさすぎじゃね? あんなヤツらの出迎えで俺らが遣わされたってかぁ?」
もちろん男のほうもモブだ。
装備も薄汚れており、サビも目立つし手入れが最低限。腰に下げてる剣も剣とはいえないほど短く、小汚い。
なにより顔つきだ。男も女も歴戦とはほど遠い。しまりもなければ凜々しさとも雄々しさともかけ離れている。
「でもこんなクソ田舎での護衛なのに報酬は5倍近かったじゃん! 帰ったらしばらく食って寝て遊んで暮らせるしお得でしょ!」
「しっかしあんなクソ田舎者を5日もかけて護衛とかやってらんねぇよ。ギルドももっと名声を稼げそうな仕事回せっての」
この旅立ちをキャンセルしたくなってきた。
あれが護衛とは。はっきり言って信じたくない。
「どうもこんにちはっ! 私レーシャ・ポリロって言います! このたびは護衛のほうどうぞよろしくお願いします!」
「あっそ。まあせいぜい足引っ張ったりしないでよね。こっちも忙しいんだから疲れたとか言われても置いてくだけだから」
「どうせこんなクソ田舎じゃゴブリンていどの魔物しかでねぇだろうし気楽にやるとすっか。そこの冴えねぇ男もさっさと出発すっぞ、ナエザクラ」
勇者ちゃんが甲斐甲斐しく挨拶をしてもこの有り様。
男も女も視界にすら入れないどころか、やる気さえ微塵も感じられない。
なんだこの状況は。晴れ晴れしい門出のはずが、暗雲低迷。お先も真っ暗ときた。
「ついに旅のはじまりですね、ナエ様! 少し緊張していましたけど、実はちょっとだけワクワクしちゃってます!」
ああ、うん。
この笑顔がなければ俺の心は冷め切っていたかもしれない。
とりあえずコイツらは、モブ男&モブ女と名づけよう。
「(ったく、なに考えてんだ大ギルド。あと誰がナエザクラだ、ナエ・アサクラだ。名前を間違えるのが1番失礼なんだぞ)」
まったく気乗りしないが、ここは我慢のしどころだった。
なぜなら勇者ちゃんママにこの子を託されている。護衛が粗末ならばそのぶん俺が彼女を守り抜かねばならない。
「なんかみんなで歩くのってお散歩みたいですっ! 新しい1歩って感じがして楽しいですね!」
「(シセルとカイハと高級馬車が恋しい……)」
はい、旅スタート。
最初の村から徒歩で出発する。まるでRPGの第1章のよう。
萌ゆる草っ原を風が駆けて空へと吹き抜けていく。
季節感的には春と夏の間くらいか。少し歩くだけで簡素な胸当ての下が微かに汗ばむ。
それでも頬撫でるそよ風が涼を運んでくれて、実に心地よい。
「ところでアナタたちいったいなにをやって大ギルドに呼ばれてるわけ?」
モブ女が振り返って問うてくる。
高い位置で括られたポニーテールが歩調に合わせて踊っている。
「いちおう犯罪者じゃねぇとは聞いてっけどな。なのに護衛付きで大ギルドに召喚されるとか意味がわからん」
男のほうも周囲を警戒している様子はない。
それどころか両者とも呑気な足どりだった。
どうやら2人はこちらの素性について気になっているらしい。
「(話が大きくなるのは面倒だな)」
勇者だから推薦受けました、なんて。
どうせ言ったところで信用もされないだろう。
「知り合いが大ギルドにいるんだ。だからその人らに呼ばれて野暮用をこなす的な感じだよ」
嘘ではない。
推薦人の自称ベテラン冒険者が大ギルドで待っているというのも本当だ。
すると回答に興味がないのか、「へぇ~」「ふぅ~ん」ぶっきら棒な相づちが返ってくる。
「ナエ様ナエ様。なんでホントのこと言わないんです?」
「言ったところで信用してもらえないどころか変人扱いを受けるかもしれん。だったら変に波風立てないほうが楽でいい」
「さすがナエ様ですね! 自己評価を上げず堅実に立ち回るお姿はまさに爪を隠す蛇です!」
なんだ、それ。
爪のある蛇なんてただのトカゲじゃないか。
特殊な例えは置いておくとして。勇者ちゃんも納得してくれたようだ。
「(どうせこんなモブどもとの付き合いはさほど長くならないだろう。大ギルド編は登場キャラも増えるしここでヘタに動くのは得策じゃない)」
勇者ちゃんのゴキゲンな鼻歌が耳をくすぐる。
手を伸ばし足を伸ばしまさに上機嫌といった具合で行程を踏む。
しかしどうにも疾走感がない。荷引きのロバが老いているせいで足どりは、さながら老人の散歩。
寝具や雨具を載せた荷車もオンボロで軋んでいるし、いつ潰れるかわかったものではない。
「……うぅむ」
心配だ。気掛かりと言い換えてもいい。
このモヤモヤを抱えたまま旅をはじめてもいいものか。
俺が考えこんでいると、斜め下のほうで丸い目がぱちくり瞬く。
「おなか空きました? あんパンありますよ?」
「オレのおなかそんなに燃費悪くないよ? 一緒に朝ごはん食べてきたよね?」
雑嚢に手を入れて、ごそごそ。
俺は、そっと勇者ちゃんの手を制する。
ここはやはり勇気をだしてこの悩みを払拭するべきかもしれない。
「なあ護衛のふたりに1つ提案があるんだけど聞いてもらえるかい?」
控え目に挙手した。
2人は足を止め、こちらを振り向く。
「このまま真っ直ぐ目的地のアークグランツを目指すんじゃなくていったんモリシアに向かおう」
2番目の街を中継することの提案だった。
「どのみちどこかで補給も必要だろ。早めにカードを切ることになるけど、旅の途中で何回休んでもバチは当たらないしさ」
「はぁ? なに勝手に仕切ってんだよ?」
こちらを見るモブ男の視線が険しく尖った。
まるで格下の輩の如し。舌を打って唾を吐く、小さな威嚇。
「田舎者の護衛なんかに時間かけるつもりなんてさらさらねーよ! さっさとアークグランツまで直行に決まってんだろ!」
モブ男は荷車を蹴りつけ大きな音を立てる。
どうしてこんなにモブなのか。勇者ちゃんが怯えているではないか。
「(元アルバイターを舐めるな。こんなクレーム客なんていくらでも日本で相手していたさ)」
しかしこちらは紳士。
こういう頭の悪そうな輩の対応も多少は慣れている。
「でもモリシアを経由すれば今日の寝床は野宿じゃなくなるだろ。そっちは数日かけて野宿してきたのは寝具のよれ具合を見ればわかる。2人とも少しくらい疲れてるだろうし、安宿の宿賃はこっちでだしてやるよ」
ここでテクニック。
疲れているというより少し疲れているだろうと言うのがポイントだ。
相手を気持ちよく立ててこちらの意図した方向に捻じ曲げる。これぞクレーマー対応、メンタリティーテクニック。
「マジマジ!? それってタダでいいってこと!? なら久しぶりにお風呂入ってってベッドで眠りたーい!」
「ハァ!? マジかよ!? 俺はとっとと帰って報酬頂きてーんだけどぉ!?」
するとモブ女のほうが激しく提案に食いついてくれた。
ワクワクとした動きに同期して犬の尾の如くポニーテールが揺れている。
「えー!? せっかくの心遣いだし不意にするとか失礼じゃなーい!? 護衛対象と仲を深めるのも仕事のうちじゃーん!?」
「グッ……こんなど田舎に住んでる連中と親交深めるとかいみわかんねーよ……」
劣勢。情勢は覆った。
「(作戦通りダァ! 男はズボラでも女はけっこうそのへん気にスルゥ! モブ男の意見なんぞはじめから聞いてないんダヨォ!)」
これはモブ男をクッションにしたモブ女への誘いだった。
モブ男とモブ女の関係はわからない。しかし女性がこれほど食いついて無下にできるほどバカではあるまい。
「っち。しゃーねーな。だけど主導権はこっちだってこと忘れんじゃねぇぞ」
「やったー! 服の内側から変な匂いもするし髪もがさがさだったんだよねっ! マジラッキー!」
脳が入ってないのかってくらいちょろい。
喜ぶモブ女とは違って、モブ男は口惜しそうに奥歯を噛み締めた。
しかし頭を掻きながらはしゃぐモブ女をちらりと横目に捉えている。
「(コイツらまさかそういう関係か? 俺と勇者ちゃんが平行線なのに対して付き合ってるとかだったら許さんぞ!)」
「なんだかナエ様いますごく怪しいお顔をしていませんでしたか?」
「気のせい気のせい! そうと決まれば風と緑の町モリシアに方角を変えよーう!」
あそこの町ならばそう遠くない。
この牛歩ペースの歩きでも、10時間ほどで到着可能である。
「モリシアに向かうのも久しぶりです! あのときはたしか才能屋さんにいったんでしたよね!」
「へっ。どーせオメーらなんか田舎者の雑魚に才能なんてねーだろ。やるだけ時間の無駄だぜ」
「私は牛飼いの才能があるって言われたっけ。アークグランツの古い才能屋だったけど逆にアイツの才能のほうがないわー」
「(いちいち癇に障るヤツらだな! でも俺はあくまで毅然と対応する! 知能を同じレベルに落としたくないからな!)」
多少の浪費はあれど、護衛の経費ということにしておこう。
モブ2名を加えた俺たち一行は、方角を変えてモリシアを目指すのだった。
あの町には、そう。すべての歪みの開始地点が存在している。
俺の目的はちんけな宿で1泊するだけに留まらない。
「(才能屋さんでもう1回、俺とレーシャちゃんの才能を見てもらうべきだ)」
いまならなにかが変わっているかもしれない。という淡い期待があった。
俺に背負われた精霊の剣はなにも語ろうとはしない。勇者ちゃんから俺へと主を変更した理由とは。
もしかすればこの旅で謎が解けるかもしれない。
…… … … ……
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