75話 ウオゴコロアレバミズゴコロ《Psychedelic Hyper MAMA》
とはいえ今日はこの勇者ちゃんママに大切な話がある。
とても大切な。この世界の未来の雌雄を決する。それくらい真剣で真面目な話。
「(ここは気を引き締めなおさねば)」
目的ははっきりしていた。
この世界の第2章ともいえる大ギルド編へと参戦すること。
「(大ギルド編になれば多くのキャラクターと仲間、知り合いやツテが増える。それすなわちバッドエンドへと向かう本筋を捻じ曲げ再構築するための鍵が散らばっているということ)」
欲しいのは、もはや通常で手に入るフラグではない。
俺は、なんらかのバグで精霊の剣に選出されてしまった。本来ならば勇者ちゃんが手に入れるはずのフラグをかすめとってしまった。
ならばここからは勇者ちゃんが勇者に目覚めるまで、俺が彼女の代わりに物語を進めるしかない。
「レーシャちゃんとレーシャちゃんママに折り入ってご相談がありますっ!」
吹っ切れる。
俺に足りなかったのはすなわち勇気だ。
77777回ループを繰り返すこの世界に同じ物語を求めてはならない。新たに書き換えせねば幸福な未来は訪れぬ。
俺の真剣な眼差しに、レーシャちゃんとレーシャちゃんママは目を丸くする。
「い、いつにも増してなんだか情熱的な感じですね……!」
「お給金の催促、というわけでもなさそう」
リビングの緩んだ空気が微かに引き締まった。
俺は先日、大ギルドに勇者として認識されている。これもまた勇者ちゃんの功績の1つ。
しかし勇者ちゃんは未だ勇者ではない。こうなると俺1人で大ギルド編に入ることになってしまう。
それを回避するための秘策。致命的な欠損を修復する。
「レーシャちゃんを大ギルドに推薦させてください!!」
一緒に連れていってしまえばいい。
これぞ俺の考え抜いてひりだした全力の回答だった。
ここで彼女を手放すわけにはいかない。ホンモノの勇者として覚醒するまで、俺が守り抜く。
「えええ!? そ、それって私が大ギルドの冒険者になるってことですかあ!?」
当然、勇者ちゃんにとっては寝耳に水もいいところ。
俺の急な提案を受けて戦慄するように素早く立ち上がった。
「俺は常々レーシャちゃんの身体能力や戦闘技術に助けられてきた! だから大ギルドへ推薦を受けた俺の功績はきっとレーシャちゃんがいてくれたからだと考えている! もし俺が大ギルドの冒険者になるのならレーシャちゃんも一緒じゃないと平等じゃない!」
「私そんなに大層な活躍していませんよぉ! 戦闘技術も母から教わった生き抜く術ばかりのオリジナルです! ご活躍なさっている冒険者さんたちに及ぶようなものではありません!」
勇者ちゃんはわたわたと両手を遊ばせながら否定する。
魔神将原初の魔胎も、最強悪魔グレーターデーモンも、彼女が仕留めた。
正しくは彼女のなかにいる裏の顔、裏勇者ちゃんがやったのだが。とにかく俺はその功績を横からかすめとっただけにすぎない。
「レーシャちゃんには俺と一緒に大ギルドへ入って欲しい!! そしてそこで多くのことを学び経験を積み、切磋琢磨して互いを認められるよう強くなっていきたい!!」
勢いもあってか、なぜかプロポーズみたいになってしまった。
だがこれは嘘ではない。俺が心から願う未来への道筋である。
「なえ、さま……そんなに私のことを強く思ってくださっていたなんて……」
よし。勇者ちゃんのほうはなんとかなりそうだ。
目に涙を滲ませながら胸を覆う布地をぎゅう、と力強く握り締める。
しかしあくまで決定権をもつのは、彼女の母。そうそう容易く娘を手放すほど愛が薄いとは思えない。
「つまり……ナエさんは私が女手ひとつで大切に育てた娘の……」
「レーシャちゃんママの心を重々承知の上で提案しています! だからこれは強制するようなものではないです!」
断られたらマジでどうしよ。
もう世界の命運とかバッドエントとかそのへんの重荷を投げだして青春スローライフでも送るか。
回答は如何に。前髪の裏に隠れたレーシャちゃんママの瞳が鋭い眼光を示す。
「エッチな制服姿を見ながらいちゃいちゃ学園生活を送りたい!」
「バカちげぇわ!! いや、まあ……見たいっちゃ見たいけど、それは副次的なアレ!!」
くっ。一筋縄ではいかないと思っていたが、まさかこれほどとは。
まさに難攻不落の居城。勇者ちゃんママの脳内が中2男子すぎてまったく話の重要性が伝わっていない。
「えっと……そもそも大ギルド? というのはどういった施設にあたるんでしょう? 私田舎者だから名前くらいしか知らなくてよくわかっていないんですよね?」
勇者ちゃんが一筋の光明を差してくれた。
知らないことを恥じるように椅子の上でもじもじと腰を揺らす。
ここは立ち返って話をふりだしにまで戻すべきかもしない。俺は息を肺から絞りきって仕切り直しを図る。
「正式名称は大陸冒険者統一協約機構と言って――」
「世界最大の冒険者教育機関。大ギルドは無論ギルドとしての役割も兼ねているがもっとも注目されているのは質の良い冒険者たちが集うということ。それによって知識や経験を共有することが可能。特筆すべきは大ギルドに加入が認められることにより通常の冒険者では得られない特別な称号を寄与されること。称号は通称ランカーとも呼ばれ6つのランクに区分けされる。イニシエイト、スタンダード、プライムまでが通常の冒険者に与えられるランクとなる。そこからさらにグランド、ドミニオン、そしてソヴリンが大ギルド加入者に与えられる最高ランクとされている」
「………………」
ぜんぶ勇者ちゃんママに説明されてしまった。
っていうか、俺より詳しい。この人、こんなに喋れるんだ。
あまりの衝撃に勇者ちゃんも驚きを隠せないでいる。
「どうしてお母さんがそんなことを知ってるの? 私が生まれる前には冒険者だったって聞いたことがあるけど?」
「私とお父さんが出会ったのは大ギルド。私のランクはドミニオン、お父さんはプライム」
「へぇ、お父さんのランクを2つも超えちゃってるんだねぇ」
いま決定的に物語が捻じ曲がる音がした気がする。
そんな分厚い設定ないだろ。そもそも本筋ならば勇者ちゃんの父親は死亡している。しかも勇者ちゃんママだってはじめの襲撃で死亡する。
「(待て待て。もしかして設定上いないはずの勇者ちゃんの親父が生きてるのって……大ギルドが関連してるのか?)」
思いのほか面倒くさいことになってきたぞ。
大ギルドはヴェル・エグゾディア全体に影響を及ぼす世界レベルの団体。そうなるとそもそも世界全体が歪み散らかしているということになってしまう。
「娘が冒険者……ね」
レーシャちゃんママは、カカオティーをカップに注ぎ煎れた。
解けるような白い湯気立ち昇っては朝の日に溶けていく。
「そもそもナエさんが大ギルドに勧誘されたのは、おそらくレーシャのせい」
「……はへ?」
勇者ちゃんママは娘と目を合わせようともしない。
艶めく唇をカップのフチに当てて口づけをする。
「大ギルドの推薦には選定役に認められる必要がある。たぶんレーシャはその選定役にナエさんの情報を漏らしたはず」
聞いたことがあった。
もとより俺を大ギルドにおびき寄せることさえ試験であったという。
「選定役って、たしか……」
カイハ・リル・アンブプト。
若いながらに冒険者として成長目覚ましい期待の超新星。
彼が俺を認めたことにより大ギルドへの推薦が決定したといっても過言ではない。
「そういえばあのときレーシャちゃんはカイハとなに話したんだい?」
たった1度だけだが2人が話しこんでいる場面を目撃していた。
俺はそのとき勇者ちゃんNTRを疑ってしまった。しかし冷静になってよく考えればそれはオカシイ。
カイハは設定上シスコン。妹のためならば世界すら相手どるレベルの重症患者。いくら勇者ちゃんが可愛いとはいえなびくとは思えない。
「えっと……ナエ様の情報を事細かに聞かれました。しかもこのことは黙っていてほしいとお願いされましたよ」
「それね。そのレーシャだ漏らした情報のせいでナエさんの推薦が確定した」
「え、え? わたしの、せい?」
謎はすべて解けた。
あのとき勇者ちゃんがNTRされていたわけではないことが確定する。
俺がほっと安堵の吐息を漏らすと同時だった。
「ナエ様を裏切るようなマネをしてごめんなさいっ! まさかこんな大事になるなんて思わなかったんですっ!」
すごい勢いの謝罪だった。
残像が見えるくらい90度腰から頭を下げる。あまりの速さにスカートの後ろのほうがめくれ上がるほど。
「それで、ナエさんは、どうしたい?」
勇者ちゃんママの流し目だった。
さながら試すような視線とでもいうべきか。蠱惑に細められた目の端で瞳がこちらを覗いている。
待たせるわけにもいくまい。俺の心ははじめから決まっている。
「レーシャちゃんのおかげでこんな滅多にない優遇された機会に恵まれたんです。だから俺はレーシャちゃんと一緒に大ギルドへ挑戦したいと考えています」
「簡単じゃないわよ? 冒険の質が上がるということは死に直面することも多くなる。それでも大ギルドの敷居を跨ぐ覚悟がある?」
「1人だったら途中で挫折する未来でも、2人なら乗りこえていけるはずです。これがいまの俺に用意できるアナタへのもっとも最適な答えです」
勇者ちゃんママは色っぽい吐息を漏らす。
大人の象徴のように突起する豊満なバストが時間をかけて波を打つ。
それから彼女はちびりとカップのフチを舐めた。
「レーシャは私が女手ひとつで育てた大切な子。だけどもっと広い世界を見させてあげたい。この狭い村から飛びだして多くのものに触れさせるのも、一興」
たぶんだけど、彼女もまた迷っている。
否。迷っていたというべきかもしれない。
己の手元で保護しつづけるか。それとも巣立ちを促すか。母として娘を思う。
しかしいま俺という炸薬が現れた。現状を打破するとっておきの起爆剤。
「レーシャ」
「あ、なに? お茶のおかわりする?」
ティーポットを掴む手をそっと制する。
勇者ちゃんママは彼女の手に指を絡めると、静かに引き寄せた。
「ナエさんと世界を学んでいらっしゃい。そして大きく羽ばたける空を前にどう生きるのかを決めなさい」
「……お母さん、いいの? 私がいなくなったらお店大変だよ?」
「お店はもともと私1人でも回せていたし、苦労もしてない。だけどそれを2人が楽しそうに手伝ってくれるから甘えていただけ」
すごい。感動的別れのシーンなのに勇者ちゃんの顔がまったく見えない。
勇者ちゃんママという重量級の胸の奥に人の頭1つがすっぽり隠れてしまっている。
俺も気合いを入れねばなるまい。これほど愛された娘を母の元から連れだそうというのだから。
「でもやっぱり少し寂しい」
ぽつり、と。感情を抑えるような囁きだった。
別れとは得てして2つぶんの孤独を生むに等しい。
娘を見送る母の気持ちを汲むには、あまりにも俺は経験が足りなかった。
心に沁みる。この感情に名前をつけられるほど大人でもない。
「ナエさんが家からでていっちゃう!! 若い男成分が補給できなくなる!!」
「いたたたたぁ!? お母さん頭、頭潰れちゃうし苦しいからいい加減に離してぇ!?」
全然感情を抑えられていなかった。
いい大人が長い髪を振り乱し、髪の数本を噛む。奥歯を軋ませ、涙がせり上がる。
「やっぱり耐えきれない! ナエさんの1日着用した服の襟元をくんくんくんくん!」
「(俺、この猛獣と一緒に住んでてよく無事でいられたなぁ)」
なにより女は、娘を見送る目より、本気だった。
兎にも角にもこれでようやく歯車が大きな音を立てて動きだそうとしている。
近くやってくるという大ギルドの迎えを待ちつつも、旅立ちの準備をはじめるのだった。
「ナエさん! 娘より私のほうがオススメ! すべてを包みこむ用意ができてる!」
「息があ!? 息ができなくって辛い!?」
「(とりま今日の仕込みを済ませるか)」
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最後までご覧いただきありがとうございました!!!




