73話 俺の造る物語《RE Write》
「いっちゃやだああああああ!!!」
晴天に雲が泳ぎ、そよ風が息吹く。
俺たちはその日のうちに返す刀の如くアークグランツから第3のブリオッサへと帰還を果たした。
「レーシャと別れるのやあああああああ!!!」
いったん考えさせて欲しい。
俺の決断に揺らぎがないことを知った大ギルドの長は、いずれかならず使者を寄越すと豪語していた。
ひとまずのところは、閑話休題。御者を新たにし、俺たちはギルドの馬車で各々の古巣へと帰路につく。
「びえええええ!!! ずっと一緒に暮らすうううううう!!!」
それにしてもうるせぇな。
あと俺と勇者ちゃんもまたブリオッサからアークフェンへ向かう。
なのにティラが頑なに勇者ちゃんの腰にしがみついて離れようとしない。
「あのあのっ! さすがに何日も泊まれるほど路銀もありませんからっ!」
「じゃあアタシが稼ぐ! アタシが稼いでレーシャを養う!」
「ふぇぇ~……一生に1度言われるかわからないことをいま言われてしまいましたどうしましょうぅ」
たじろぐ勇者ちゃんに構わず、しがみつく。
ティラは駄々っ子のように目に涙を浮かべて別れを惜しんでいた。
一見して美少女と美少女の絡み。見ている側としては微笑ましい。
「あれなんとかしてあげないのぉ? あのままじゃ日が暮れても諦めないわよ?」
静観していると、シセルの肘鉄が俺の脇腹をつついた。
「さすがにティラを連れてアークフェンに帰ると家に迷惑がかかりそうでなぁ」
「じゃあなんとかしてあげなさいよ。あれ、レーシャちゃんナエナエっちの助けを待ってるわよ」
とりあえず選定役を終えたカイハは、アークグランツで別れた。
彼には彼の生活がある。きっといまごろは妹と数日ぶりの再会を楽しんでいることだろう。
しかしこのままではマズい。なぜなら俺と勇者ちゃんはなる早でアークフェンに帰らねばならない。
「(ストーリー的な捻れもあるし、ティラがパーティに加わったままというのは少し怖い)」
当然であるが御者の男も暇ではない。
もしここで1泊なんてことになれば、きっと帰ってしまう。
しかもいまの俺と勇者ちゃんには大ギルドの恩恵がない。旅をつづけるには難しく、宿をとる持ち合わせがなかった。
俺が苦心していると、とうとう勇者ちゃんがこちらに助けを求めてくる。
「なえさまぁ! なんとかしてほしいですぅ!」
ほとほと困り果ててるといった感じだった。
腰に絡むティラを無理に払いのけることもできずにいる。彼女の優しい性格では無理もない。
しょうがない。俺でなんとかできるとは思わないが、いちおう。
「なあ、ティラよ」
「…………」
「おいこら。露骨に目を逸らすんじゃありません」
ふい、と。膨れた頬と深紅の瞳が俺から逃げてしまう。
どうやら説得の余地はないらしい。
「(ったく……正式なパーティを組むには段階があるってのに……)」
まだここは不可逆の世界にある。
勇者ちゃんが魔王討伐に繰りだすのは、いまではない。
つまりティラとはもう1度出会うことになる。ここが決して永遠の別れではないのだ。
「(かといってそんな未来予知するようなことをどうやって説明しろっていうんだ)」
俺も困り果てて頭を掻きむしるしかなかった。
やはり77777回のループで世界のところどころが歪んでいる。
だからこそこれ以上の不確定要素は排他していかねばならない。
「そんなに悩むのならもういっそのこと連れ帰っちゃえば? ナエナエっちだってレーシャちゃんの家でヒモやってるんでしょ?」
「ヒモじゃねぇわちゃんと働いたお金入れてるわ! 商品開発とか環境改善とかそのへんでめっちゃアッセンブルかましてるわ!」
シセルからすれば他人事でしかない。
呆れ気味にくびれ腰に手を添えるも、手伝う様子はない。
「ナエナエっちって変なとこで頑固よね。フツーの男ならあんな美少女を手放さないわよ」
頑固。頑固ねぇ。
シセルの指摘通りかもしれない。ちょっとその部分には心当たりがあった。
「しかも……いつになったらあの券使うのよぉ」
耳のすぐ横に息が振れる。
ほのかに甘い香りが頬横にまとわりつく。
シセルは猫のように身を寄せ、半目のまま訴えた。
「私、あの券渡してから毎日やきもきしてるんですけどぉ? なのにまったく音沙汰なしとかさすがにひどくないですかぁ?」
彼女は居心地悪そうに腰をくねらせる。
そのたびに鋭角に切りこまれたハイレッグのラインがちらつく。布地の少なさが引き締まった脚のラインをやけに強調していた。
「な、なんでいまそんな話になるんだよ……。そもそも一方的に渡されただけで使い道なんか……」
「私ってそんなに魅力ない?」
近くにある丸い瞳に心臓が高鳴った。
不意に見せたシセルの無垢な眼差しにドキッとしてしまう。
普段は女狐の面を被っているようなやつ。なのにいまはおそらく素の表情に見える。
「そんなことはないが……」
「だったらこっちが勇気だしたんだから次はそっちの番じゃないんですかぁ?」
シセルはむすっと頬をふくらませた。
目尻がほんのり滲んでいる。拗ねているようだが、頬は上気し焦れているかのよう。
さすがに彼女の行為に気づかぬほど俺も鈍感ではない。勇者ちゃん優先だが、ほどほどにシセルも大切にしているつもりだ。
「(頑固で……勇気を、だす、か)」
なぜだか彼女の言葉が幾度と脳裏を反響する。
まるで脳に新鮮で赤い血潮が巡っていくような気分だった。
捻れに捻れたこの物語の世界で、暗雲だらけのこの世界で、一筋の光明が差す。
「(――そうか! 俺に足りないのは勇気だったんだ!)」
やがて光明は鮮明となり、ひらめきと化す。
全身の毛穴が開くような衝撃が全身を駆け巡った。
詰まっていた配管が通ったような。
両翼を新たに広げたような。
両足で初めて青い大地を踏みしめたような。
未来が開けるビジョンが視界にいっぱいに広がる。
「シセル」
たまらず俺はシセルの両肩を力強く掴んでいた。
すると彼女は一瞬ひくりと全身を跳ねさせてから硬直する。
「な、なになに!? 急に真面目な顔で名前呼ばれるとかハズいんだけど!?」
あれだけいじらしい態度を見せておいて逆転すると弱いらしい。
逃げはしないが、生娘のように耳まで真っ赤になってしまう。
いつだってこの女は引っかき回す。今回の件だって首謀者で、黒幕だった。
だが俺は、シセルを嫌いになったことは1度としてない。
「俺はティラをなんとかするからレーシャちゃんをつれて町で遊んできてくれ」
「……はい?」
「お前のいう通り俺も勇気をだすときがきたのかもしれないんだ」
だから頼む。
はっきりと彼女の瞳を見据え、伝えた。
今度は俺の番だ。たまにはやり返すのも悪くない。
「はぁ……わかったわよ。でもちゃんと話つけるのが条件だからね。あと可愛い子を傷つけるのもなし」
肩を落としたシセルは、諦めたように手をひらひらと振った。
こういうときこの女はなんだかんだ味方についてくれる。
1度目のときもレーシャちゃんを守り抜いてくれたし、守護者戦でも足止めを買ってくれた。
俺は、いつの間にかこのモブだったはずの女性を、この世界でもっとも信用している。
「シセル」
「なによぉ? まだなんかあるわけぇ?」
「お前のことを助けられて本当に良かった。たぶんあそこがこの世界ではじめて俺が勇気をだしたタイミングだと思う」
たぶん、友だちだ。
彼女もまた失いたくない大切な宝物のひとつ。
しかしこのまま世界を放置したら失ってしまう儚いモノでもある。
「……そっ。こっちこそあんがと」
しばし間が空いてからシセルは俺から目を逸らす。
朱色がかった頬をこそばゆそうに指で掻いた。
「あと、お前はいい女だぞ。友だちにしておくにはもったいないくらいにな」
「っ! そういう勇気のだしかたほんとズルいっての! じゃあレーシャちゃん借りてっちゃうんだから!」
まさに脱兎の如き速さだった。
走りだしたシセルは有無を言わさず勇者ちゃんの手をとる。
「ええっ!? な、なんですかあ!? 出発しないでどこに連れていかれちゃうんですか!?」
「もうなんか腹立ったから余った旅費で美味しいもの買って食べましょ! 御者の人もお土産買ってくるからもうちょっと待機してて!」
颯爽とした誘拐劇だった。
御者の男も理解したようで、馬車を道の端へと寄せていく。
しかしこうなってはティラも黙ってはいまい。
「ちょっとぉ!? なんでレーシャのこと連れてっちゃうのぉ!?」
伸ばした手は届かず。
すでに2人は雑踏に呑まれて跡形もなかった。
勇気をだせ。
守りたいモノはなんだ。
導きたい世界はどんな形をしている。
「(俺がこの物語を造ったとき、はじめはバッドエンドじゃなかった)」
それは偶然だった。
不幸が大量に押し寄せてきただけだった。
だからそんな精神状態で造り上げた世界は容易に捻じ曲がった。
ならばいま俺がやるべきことは、なんだ。
「ティラ! いや、ティラ・マムマム!」
過去の罪を。
破壊する。
「な、なにいってんのよ……。アンタ、それ、アタシに信じろっていうわけ……?」
当然こんな話を切りだされて信用できるわけがない。
ただ圧に押されるようティラは、さあと青ざめた。
いまこの刹那よりはじまる物語がある。
ここは未完世界。
まだ終わっていない。はじまってすらいない。
「(俺は、勇者になる! 俺が勇者になってこの物語のエンディングを書き直してやる!)」
リライト計画を始動しよう。
だから、いまここからもう1人。
主要キャラを増やす。
Chapter.3 勇者不在で冒険物語がはじまるもんか END
NEXT
Chapter.4 大ギルドで生きそびれた大学生活をリライトできるわけがない




