72話 勇者《Brave soldier》
精霊の剣を俺が抜いちゃったからそういうことになってるのね。
とりあえずもう少し話を聞いても遅くはないか。
「どうして――」
「なんとナエ様が勇者様だったんですか!! ど、どどど、どうしましょう私、サインとか頂いたほうがよろしいでしょうか!!」
うん、ちょっと勇者ちゃんは黙ろう。
と、言うにもあまりに興奮していて歯止めが効きそうにない。
いったん無視して仕切り直す。
「どうして――」
「ふっふーんやっぱりアタシの見立てに狂いはなかったってことねっ! なーんかいろいろ違和感があってちょーっと怪しかったけど、まさか勇者だったなんてっ!」
ティラがふんすとたわわな実りをこれでもかと張った。
頼むから俺の声をミュートにしないでくれ。勇者と勇者一行だったはずの2人に追い立てられるこっちの身にもなってほしい。
俺は辟易と吐息を深く絞ってから顔を上げる。
「どうして……俺のことを勇者だと思うんですか?」
「うむ、いい質問だ単刀直入なのもとてもいい」
そう言ってギルド長は厚い胸板を覆うベストから1枚の羊皮紙を抜きだす。
良かった今回は誰にも邪魔されなかった。
「実はここにシセル・オリ・カラリナからの報告が書かれている。その内容は不可思議な魔物の進行によってアークフェンが窮地に追いやられ、そして救われるまでの経緯だ」
俺は、ちらりとシセルのほうに視線を流す。
すると彼女は得意げにニヤリと笑って、親指を立てた。
「(余計なコトしやがって……しかもなんだよそのどや顔と親指は)」
話から察することは容易だった。
それつまり魔神将、原初の魔胎との戦闘記録で間違いない。
つまりはじめからシセルは大ギルドに逐一報告を入れていたということになる。
「しかし俺も、大ギルドも含め、そのていどの功績で両手を叩けるほど暇ではない。いまこうしている間にも多くの武功を得ている冒険者なんてざらにいるからな」
口ぶりとしてはもっともだった。
たぶんあの敵のヤバさを知ってるのは、俺だけ。
あのとき裏勇者ちゃんが討伐しなかったらいまごろ世界崩壊している。とうに頂点捕食者は魔物になっていたことだろう。
「しかしだ、時として例外は唐突に現れるものでもある」
大ギルド長は、俺の沈黙をどうとらえたのかわからない。
しかし真っ直ぐにこちらを見つめながらつづけた。
「1度目は幸運や偶然の類いとして見逃されても仕方がない。だが、2度目ともなればそれは偶然や幸運であっても実力として消化されるべき賜物だからだ」
大柄の巨体を揺らすように彼は室内を練り歩く。
30cmはありそうな大きな革靴が起毛を踏んでは繰りだされる。
「花の隊との連携と頂点悪魔の討伐。さらには花の君を救うという勇敢さ。しかもキミは我々の知らぬ魔物を既知とし、救助にもまた加担しているときた」
歩くたび胸に飾られた勲章が煌めきながら光を放つ。
首には黒い鋼の認識票下げられていて、そこには幻の剣を模した細工が描かれている。
「以上の大義とシセル・オリ・カラリナの熱意により俺は前代未聞であるがナエ・アサクラとの対面を求めた」
彼の言うことが真実ならば、今回の招集は仕組まれたもの。
俺を大ギルドに導くために、数多くの手段を用いて騙したということになる。
「つまり講義のためにきてくれというのは……俺をここに誘うためについた真っ赤な嘘だったということですね」
「真っ赤な嘘ではない。しかしキミを欺いたという事実に変わりはないか」
これで謎の大半は明らかになった。
あまりに優遇された待遇は、大ギルド側の目的を果たすため。
俺という――偽りの――逸材を意地でも大ギルドへ招待したかったということ。
「もし謝罪を求めるのであれば俺の軽い頭を下げてやっても構わない。だが、この話にはもっと先があるので最後まで聞いていただこう」
大ギルドの頂点に立つ男の頭が軽いわけがないだろう。
だがこの男は言ってのける。そしてきっと求めれば謝罪も辞さない。
空気感でわかる。このカールなんとかというおっさんには、花の君と同等か、それ以上のカリスマ性がある。
事実として俺は騙されて連れてこられたというのに、腹のひとつもたっていない。この男の誘いには熱く迸る信念と、道中での尽くすべき礼儀が備わっていた。
「そして今回の出迎えと至った際、俺は1人の若きホープに視して見極めよ、と伝えてある」
男の足が止まった。
虎のような生命力に満ちた瞳が、1人の少年へと仕向けられる。
「お前から見てこのナエ・アサクラはどのように見えた? 他者とつるむことを拒絶しつづける1匹狼の貴様にとってこの青年の器は英雄に値するか?」
そこにはカイハが軽薄そうな微笑とともに佇んでいた。
「俺も英雄に憧れて生きる冒険者っしょ。だからしょーじきちょっち頼りになるかと言われれば……だけどさ。この人たぶんアンタと同じくらいお人好しってことだけは確かだろうね」
「む。お前にとって俺はお人好しという評価なのか?」
「そりゃそうでしょーよ。俺とこのデカ尻なんてクッソ面倒くさい2人を親のようなツラで見てんのなんてアンタくらいだもん」
「話に人のこと勝手に巻きこむんじゃないわよ、このクソチビが。とはいえギルド長がお人好しってとこだけは完全同意だけどね」
よくわからない、口を挟みにくい空気感だった。
でも不思議とギスギスしていない。どころか緩い風が流れているみたいな関係にも見える。
こちらとしては疎外感感じざるを得ない。だがそれは冒険者たちが1枚岩ではない証明でもある。
「俺ってさぁ、若きホープとかいろいろ言われてんじゃん? だから年上のさえない連中に疎まれたりするのって日常なわけよ? でる杭打つって感じのウッゼェ対応とかされるし、いつ後ろから襲ってくるかもわかんねーヤツらと一緒に冒険なんかこっちから願い下げだっつの」
軽い口調とは裏腹にカイハの挙動には苛立ちのようなものがあった。
頭の後ろで手を組みつつも、踵が幾度とカーペットを踏む。
「俺には帰るべき場所がある。だからぜってぇ負けねーし、ぜってぇ死なねぇ。その目標のためには誰にも頼らないで俺自身が強くならなきゃいけなかった」
瞳には威嚇するような覇気が秘められている。
同時に追いこまれて怯えるような睨みにも思えてしまう。
それは孤立した孤高の戦士を意味する。誰にも頼らず、任せず、貫くという覚悟か。
だが、ふと。いつの間にか握られていた拳が、ふわりと解かれる。
「なのにナエっちさんは俺のことを無条件で助けてくれた。知り合ったバッカのクソガキ助ける価値なんて微塵もないってのに命張って飛びだしてきてくれたのよ」
「(待て待て待て。俺の評価を上げるんじゃない。ちょっと優しそうな目でこっちを見るな)」
信頼が、そこにはあった。
あったというか、一方的に注がれている。
カイハの目にはいま、俺しか映っていない。
「たぶんだけど咄嗟の判断というより反射的だったと思う。それでもナエっちさんは人を年や性別で差別したりしない真の勇気を見せてくれた」
「(ぜんっぜんそんなことないよ!? 可愛い女の子とか綺麗な女性とかめっちゃ優先するよ!?)」
弁明の余地はないのか。
でもここで本音を言って勇者ちゃんに嫌われたくない。
評価が黙っているだけで落ちていくどころかエスカレーター式に上がっていく。
「私だってナエナエっちに命救われてるからねんっ♪」
「(ねんっ♪ じゃねぇんだよかわい子ぶりやがって! オメェがスパイみたいに報告しまくったからこうなってるんじゃねぇか!)」
浮かれたシセルにすかさずツッコミを入れたかったが、静観するしかない。
ここまですべてのイベントに彼女というモブが関連していた。
そのせいで俺の偽りの功績が大ギルドに筒抜けになってしまっている。助けた命が羽ばたくようにして世界の理を捻じ曲げていく。
「俺は、ナエっちさん……いや、熟練等級としてナエ・アサクラを大ギルドに推薦する!」
カイハは堂々と、紛うことなく、宣言した。
ギルド長に叩きつけるように言い切る。
「ほう! では熟練等級からの評価として彼の等級はどこに留める!」
「そりゃ俺たち熟練等級が2人がかりで苦戦した敵を瞬殺したんだし熟練等級でケッテーっしょ! もし自分以上の等級を与えられる権利があれば中位でもいいくらいだし!」
「んじゃあ私も推薦しちゃおうかしら♪ もしギルドで文句いってくる輩がいても2名から推されてるって言質とれるからね♪」
すごい。
なにがすごいってここまで当事者である俺の入りこむ余地がないこと。冒険者たちだけで日が昇って落ちるくらい当たり前に話が進んでいる。
完全に外堀が埋められていた。外壁も内堀もあったものではない。本丸が直で狙われてしまっていた。
「(ここまでの道中すべてが大ギルドに相応しいか決める審査だったってことかよ……!)」
だがここで問題が1つ。
俺にこの話を拒否する理由がない。
円滑に大ギルド編へ入れるのであれば物語はいよいよ第2部へと昇華する。
「(しかし俺だけでは意味がない! 勇者ちゃんも大ギルドに入らないと物語に過去最大の矛盾が生じる!)」
なによりここで勇者ちゃんとお別れしたくなかった。
私利私欲といわれようが勝手にしやがれ。俺自身物語がバッドエンドじゃなければあのまま田舎のスローライフでも良かったまである。
「で、どうする? 俺はキミのもつ魔物への知識量も買っているしカイハの推薦がなくとも大ギルドへ迎えるつもりだったのだがな?」
審判を下す槌がいま振り下ろされようとしていた。
ギルド長の目が鋭く光って俺を射止めようとしている。
それはまるで極上の獲物を前に戦闘態勢を整える狼のよう。
「わくわくっ! わくわくわくっ! ナエ様わくわくっ!」
対してこちらはポメラニアンだ。
好奇と期待をいっぱいに溜め、勇者ちゃんが俺を見上げている。
裁定の刻だ。この与えられた一瞬に俺の存亡と世界の未来の2つが賭けられていた。
「……いっかい、持ち帰っていいっすか?」
なんだろう。
この提案をした瞬間、部屋の温度が2度ほど下がった気がした。
全員が「マジかコイツ」という目をしていたことを、俺は忘れない。
…… … … ……
最後までご覧いただきありがとうございました!!!
@1~2話で章末です




