71話 大陸冒険者統一協約機構《THE GRAND GUILD》
4番目の街に必須イベントはなかったはず。
たぶん、おそらく、メイビー。いつも通りに記憶が疎かで申し訳ない。
「(今回で必須戦闘をティラと勇者ちゃんに経験さることができた。いろいろと本筋とは違うけど、ストーリーの流れには沿っていて置いていかれているわけじゃない)」
なにより恐ろしいのは、時間切れである。
本来勇者ちゃんがいて成り立つイベントが目白押しなのだ。そのイベントが彼女抜きで進んでしまうと必須キャラが欠けてしまいかねない。
記憶をフルに絞りながら思考の海にダイブしていく。
「(4番目の街をスキップして時間に余裕はあるはず。しかも5番目の街では大ギルド編に突入して必須のサブキャラが複数登場するから絶対にフラグを踏まないといけない)」
そこまで考えてやはり結論は変わらない。
「(やっぱり勇者ちゃんが覚醒していないのがマズい! 大ギルド編では勇者ちゃんの勇者パワーがなによりも重要なのにどうすればいいんだ!)」
ここまで頑張ってきた自信はある。
だが、悩みの種は芽吹かずじまい。
俺の尻が潰した勇者覚醒イベントのツケを、いつまで経っても払い終えずにいた。
そうやって馬車内で前のめりになっていると、偶然にも勇者ちゃんと目が合う。
「えへぇ~!」
可愛いかよ、クソが。
目が合っただけなのに彼女は幸せそうに頬をほころばす。
このままの展開では、この子を幸せにしてあげることなど到底不可能になってしまう。なんとかして勇者ちゃん不在の穴を別のなにかで埋め立てねば。
「おっ。そろそろつくわよ」
シセルの気の抜けた声に、沈んでいた思考が浮上する。
顔を上げると、いつの間にか目に映る街の景色がすっかり様変わりしていた。
活気に満ちたメイン通りから外れてるからか、風向きが変わったように空気がしんと落ち着いている。
油や香辛料の匂いが混ざりあう市場のざわめきはどこへやら。代わりに規律で整えられた整然とした沈黙が馬車の周囲に滲む。
「わあ~っ!? 見てくださいっ、あれ!!」
勇者ちゃんの双眸が星を散らす。
歓声が、重苦しい空気をいっぺんに吹き飛ばす。
馬車の進行方向。
視界の向こうに、巨大な建造物が天へ向かって生え伸びていた。
巨大な城砦を思わせる石造り。荘厳かつ人の作りだす礼式張った重苦しさ。
かと思えばなにかによく似ている。
「……大学?」
ふと頭にはその2文字が並んでいた。
しかもどこぞの魔法学園のような第一印象が拭いきれない。
「学び舎って意味では間違ってないわよ?」
シセルの顔が視界の端から生えてくる。
俺は一瞬ドキッとして押しこもうとするが、まあいい。
「……顔が近い」
「だってあそこは大陸冒険者統一協約機構の名の下に育成アカデミーも備えてるからね」
「……だから顔が近いんだって」
「ちなみに私くらいのえるぃぃぃとさまくらいになれば、あそこで新米に教えを請われる機会も多いってなわけ!」
「……話聞けよ、なんで俺の声だけ急にミュートになるんだよ……」
巻き舌のご高説は置いておくとして。
どうやらあそこは冒険に関する高度な専門技術などを教示する場ということ。
これもおそらくは俺の作った設定から逸脱して育ったもの。物語の修正力によって大ギルド事態の本質が想定以上に強化されている。
「ちなみにいまのギルド長が技術や知識の経験豊富な冒険者を世界中から集めて講師をさせているらしいよぉ。魔王軍に立ち向かうためには、1団体の軍ではなく、個の精鋭を育成しなきゃならんとかそういう理由でさ」
カイハは、そう言いながら大きな欠伸をこぼす。
壁に背をどっかり預けながらあごが外れそうなほどダラけていた。
シセルの語る自称ではない。若くしてホープを冠する彼だからこその余裕綽々ぶりか。
「ではいまのギルド長さんってすごい御方なんですね……!」
不意に勇者ちゃんがピタッと固まった。
あれほど街の景観ではしゃいでいたというのに表情が強ばってしまっている。
「な、ナエ様はそんなギルド長さん直々にお呼ばれしてしまいました……! 私ちょっと緊張でドキドキしてきちゃいましたよ……!」
声がうわずって、胸元を押さえる手が微かに震えていた。
しかしカイハはひらり、ひらり。さもテキトーといった感じで腕を払う。
「いんやそんな緊張するような相手でもないっしょ。しかも呼んだのはおっさんのほうなんだから逆にふんぞり返るくらいでいいっていいって」
またもあくび混じりに肩をすくめた。
「そ、そんな軽い気持ちで行っていいのでしょうか!? 私もうどうしていいかわからないです!?」
「大丈夫だって。ほら、深呼吸してみ」
一緒になって、すぅー、はぁー。
なんかこうしてみると、2人とも同世代だからか少し幼く見えてくる。
「すごいですっ! 一気に落ち着けましたっ!」
「どう見ても落ち着けてないっしょ……それ」
今日も勇者ちゃんは元気に空回っていた。
そんな心温まる光景を尻目に、巨大建造物の前で馬が足を止める。
「さあ、ご到着です。お足元にはお気をつけて」
すかさず御者の男の手が扉から差し伸べられた。
勇者ちゃん、ティラ、俺の順で手を引いて降車させてくれる。
「さあ。どうぞこちらへ」
胸に手を添え一礼してから燕尾を翻す。
ここまできて逆らう理由もない。俺たちはのそのそと御者の男のあとにつづく。
「所作からなにから紳士だなぁ。威圧的もなければ傲慢でもない、しっかり生きた年輪が節々から感じられる」
「礼儀正しいご老人って素敵ですよねぇ」
「アタシ知ってる! ああいうのを総じてイケオジっていうんでしょ!」
精霊の剣も忘れず小脇に抱えて携えている。
そもそも俺しか持ち上げられない。だからあのまま馬車に置いておくのも気が引けた。
大ギルド本部の扉をくぐると天井がどこまでも高くつづく。異常な開放感と、荘厳な白柱の並ぶ大広間が世界を満たした。
受付フロアには数百人規模の冒険者が足繁く行き交う。
依頼書の紙音や装備の軋み、怒号と歓声が混ざった独特のざわめきが渦を巻いている。
「さすが冒険者ギルドのメッカってところか。冒険者たちからものすごい気迫とやる気が伝わってくるな」
「あそこの全員が大ギルドに認められようと必死なのよ。そして受付嬢たちも超一流だから嘘なんてまったく通じない」
ほら。シセルの指差す先でなにやら悶着していた。
大柄な蜥蜴男が切れ長の目をした嬢に追いこまれている。
「先日の報告に水増しがありましたね。これで3回目ですので降格は覚悟しておいてください」
「ち、違う! 前回のは認めるけど今回のやつはちゃんと討伐し尽くした!」
「ではなぜ討伐されたはずのキメラが町の周囲で再補足されているのですか?」
「それは……っ、そうだ! また別の群れが発見されただけだろ! 俺の討伐したキメラとは別だから依頼の達成条件には含まれていない!」
蜥蜴男は追い詰められているからか、気圧されながら1歩たりとも引く気配はなかった。
しかし受付嬢もまた一筋縄ではいきそうにない。
手元でタイプライターを巧みに叩きながら、瞳は頑なに男を射貫く。
「では――別で討伐されたキメラがアナタの言う別の群れであるという仮説をこれから否定して差し上げましょう」
受付嬢はおもむろに立ち上がる。
みっちりと詰まった棚のなかから1つの冊子のようなモノを迷いなく引き抜く。
「ここにアナタの討伐したキメラから採取した羽があります。そしてこちらのもう1枚の羽は別の群れとされるキメラの羽です」
「だ、だからなんだっていうんだ……? どっちもしょせんただの羽じゃないか……?」
そのとき受付嬢の眼光が稲妻の如く光った。
「この2体の羽の根元にある白化部分の9割が一致しています。キメラの白化位置は血縁から代々受け継がれるものであり、白化位置とは魔物の群れ全体を現す識別サインでもあります。つまり9割の一致が見られるこの2体は同じ群れであるという証拠に他なりません」
まさに有無を言わさない、詰みだった。
これには蜥蜴男も泡を食ったように立ちすくむしかない。
「以上のことからアナタは大陸冒険者統一協約機構より正式な降格を言い渡します」
「ま、待ってくれよ!? いま降格されたら地方ギルドからやり直しになっちまう!? あんなに頑張って大ギルドの一員になれたってのにあんまりじゃないか!?」
「ならばアナタは過去の自分に謝罪するべきですね。果たして過去のアナタが実直にここまで成り上がったのかははなはだ疑問ですが」
まるで大岡裁きの現物を見ているかのような手腕だった。
まさに正論でねじ伏せるといった感じ。情状酌量の余地さえ与えない。
「なにあれちょうこええ……」
「ちな、あの子も元はバリバリの冒険者よ。あの一線を退いてからもなお衰えないタイトスカート越しに浮かぶ下半身がたまりませんなぁ」
「お前の見境なさもちょうこええ……」
シセルは、遠巻きに受付嬢を見つめながらじゅるりと垂涎をすする。
言われてみると確かに受け付けながら華奢ではない。しかもできる女という雰囲気がむんむんに醸しでていた。
それからも御者の男につづきながら大ギルドの内部を観察する。
「(まさに厳粛って雰囲気だな。粗暴な冒険者の多い他の町ギルドとは違って格式さすらある)」
とはいえここまでは、流れの通り。
大陸冒険者統一協約機構は、いわば勇者の成長を促すスクール的なイベントの地だった。
数多くの猛者と出会う。あらゆる困難な依頼だってこなす。そうやって冒険者たちと苦楽をともにしながら勇者は勇者として認められていく。
「(ライバルキャラとかギルド内ランカーとかいろいろ考えたっけなぁ。その結果、キャラの数が多くなりすぎてほとんどを扱いきれなかったけど……)」
未来予知でもできない限り、後悔というのは決して先には立たない。
粛々と響き渡る足音を聞きながら上へ、上へと階段を昇る。
ここまでくると勇者ちゃんも緊張からか口を閉ざしていた。瞳だけがきょろきょろとし、不安だということが見てとれる。
階層をひとつ上がるたびに静寂が耳を打った。下のロビーはあれだけ騒がしかったというのにまるで別の世界に迷いこんだかのよう。
長くつづく廊下にはカーペットが敷かれ否応なしに高級感にあふれている。飾り燭台の1つだって磨き抜かれ、抜け目がない。
そして御者の男の足がモダンな木製の扉前でピタリと止まった。
「失礼致します」
ノックを2回。
返しを待たず、金の取っ手に手が添えられる。
重厚な扉がぎぃぃと重苦しい音を立てながら口を開いていった。
「あれ? 誰もいないじゃない? どういうこと?」
「それにしてもおっきなお部屋ですねぇ。てっきり1番偉いかたがお出迎えしてくれるモノかと」
部屋に入るなりティラと勇者ちゃんが首を傾げた。
2人の言う通り、部屋のなかはもぬけの空となっている。
唯一俺たちを待ち受けてくれたのは、社長机とでもいうべきどっしとした机。それと革張りの椅子くらいなもの。
「そろそろみんなにネタばらししてあげもいいんでないのぉ?」
「にしし♪ 相変わらずやることがいちいち大胆というか剛胆というかいやらしいのよ♪」
胡乱な混乱のさなか。
口火を切ったのはカイハとシセルだった。
2人の視線の先には、身なりの整った初老の男が足先から毛先までピンと真っ直ぐに佇んでいる。
「ようこそおいでくださいました」
「(さっきまでとはなに違う? 声が……若い?)」
そう思ったのも、束の間。
男は燕尾を揺らしながら皮の椅子に歩み寄って背を預けた。
「シセル・オリ・カラリナからしつこいほどの要請を受けてなぁ。騙すつもりじゃなかったんだが、この俺様直々に精査させていただいたぜぇ」
男の変わり様は、変装などではない。
おそらく魔法。燐光が彼の身体から剥がれるように離れていく。
こんなアクティビティ誰が望んだって言うのか。
「カイハ……お前が言ってた変身魔法ってこのことか?」
「いちおうヒントくらいはだしてあげようっていう親切心よ。いきなし連れてこられて品定めされたらいやだろうしさ」
俺のなかにあるのは、してやられたという疑心のみ。
しかしここまで上手く騙されたとなれば苛立ちよりも感嘆のほうが大きい。
「ようこそ勇者一党諸君。俺がこの大陸冒険者統一協約機構の幹部であり最高責任者である」
確か、名はなんといったか。
おっさんの名前までさすがに覚えてられん。
男は先ほどまでのキリッとした御者姿から一転して、黒の正装を身にまとう。胸元に飾られた銀の章が、彼の権威をいやでも主張している。
男はゆっくり所作で屋内に並び立つ面々を見渡す。そして最後に視線が俺で止まり、口の端をニヤリと吊り上げた。
「勇者ナエ・アサクラ。俺の名はカール・ギールリトン。キミを正式に我々の一団――大ギルドに迎えたいと願っている1人だ」
あ、そうなッちゃう感じね。
おっけおっけ。把握した。
※つづく
(次話への区切りなし)
最後までご覧くださりありがとうございました!!!
間もなく章末です!!!




