7話 いきなりバイトデイズ!?
村に佇む
1件の老舗
小麦の香りと
花の香り
その店の名は
『Flour & Flower』
俺の
バイト先
翌日からは、とうとう冒険のはじまりだった。
職歴無し、経歴不明。いわば流浪のフリーター。俺という逸材はあらゆる自由を備えている。
「あ、あの……さま?」
焼けつく龍の火炎。襲いくる牛頭の大斧。
伝説を従えた工房の主から信頼を勝ち得て手にする名刀。
その刃が、運命の歯車を静かに噛み合わせる。
鍛えられし魂は、ただ鋭いだけではない。
俺という存在を知り、守るべきものに迷わぬ意志と成す。
追憶と決意を背負い、大いなる大地へと立ち向かう背中は、こう語る。
伝説がいまこの世界にやってきたのだ、と。
「ナエ様! なにを先ほどからぶつぶついってるんですかぁ! しっかり働いてくれないのでしたらお給料をお支払いできませんよ!」
勇者ちゃんに急かされ声を張り上げる。
「いらっしゃいませぇぇ! 焼きたてほかほかのパンは如何ですかぁぁ! お隣の店舗では、お祝い事にオリジナルの花束をお造りしておりますよぉぉ!」
俺はいま、勇者ちゃんの厚意により、実家『Flour&Flower』でバイト中だった。
とにかく必要なのは、金。生きていくためには、金。金、イズ、マニー。ノーマネーノーライフ。
しかも本日の『Flour&Flower』は大盛況で、まったく客足が絶えずにいた。
「旅用に日持ちするパンをいただけるだろうか」
「はい乾パン喜んでェ! 日持ちするチーズもセットがおすすめですよォ!」
片刃を背負った冒険者。
「今日のお昼のティータイムにちょうど良いのございますでしょうかぁ?」
「リッチなティータイムに白パンなんて如何ですかァ!」
高価そうな着物を召した奥様。
「主人の三回忌なの。お墓に飾るちょうど良い花を見繕ってくださる?」
「白と紫を基調とした安寧を覚える穏やかかつ神聖な色合いなんてどうでしょう!」
礼服の淑女まで。
次から次に客が品を求めてやってくる。
ファンタジー世界だというのにまったくファンタジーではない。
エプロンを着用した俺は、あくせく働く。
「(生きていたリアルのころより忙しいじゃねぇか! 花屋とパンの2馬力だからか村中の人が足繁く通いやがる!)」
とはいえ冒険者なんてそうそう選択肢に入るものか。
武器もなければ装備もない。おまけに技術もなければ経験もない。
しかも労災すらでないのだ。命の危険がつきまとう冒険なんてやってられるか。
「ありがとうございましたぁぁ! またのお越しをお待ちしておりますぅぅ!」
そしてようやく最後の客を見送って、ひと呼吸だった。
宿付き、3食付き。根無し草の俺にとってこれ以上望めない待遇なのことだけは確か。
忙しいが、やりがいはある。小麦の焼ける香りと花の豊かな香りに包まれながら働くというのもオツなもの。
そのうえ看板娘までいるとなれば、これはもう好待遇といって過言ではない。
「おつかれさまですっ! お会計の対応を任せきりですみませんっ!」
そう言って勇者ちゃんは俺に水を手渡してくれる。
「お母さんもお手伝いすごく助かるって喜んでましたよっ! このままここで働いてくれると嬉しいとも言ってましたっ!」
「俺、永久就職先決まっちゃったかも……」
とにかく行動へ移すためには、切っ掛けが必要だった。
俺自身がモブ子を助けるというざっくりとした理由でヴェル・エグゾディアの世界にいる。信念もなければ夢も野望もない中途半端振り。
「それと、私もナエ様がいてくれると、ちょっとだけ嬉しいです」
しかもこんなに可愛い子に白い指を編みながら見上げられては断る理由もないだろう。
このままこの子と働きつづけられたらどれだけ幸せか。
「(いま俺の人生でモブ子が存在が大障害になってるな。ここで勇者ちゃんと一生一緒に暮らせればそのままハッピーエンドだぞ)」
パン屋と花屋で勇者ちゃんとスローライフ、なんて。
魅力的な誘惑に惑わされそうになるが、モブ子を助けねば。
この命のつづきをくれたのもモブ子なのだ。いちおう仁義は通さねばなるまい。
俺が物思いに耽っていると、勇者ちゃんが店の奥から台のようなものを引っ張ってくる。
「すみませんがこの荷物をしまうのを手伝っていただけます?」
勇者ちゃんは兎のようにぴょんと翔んだ。
忍者という設定も相まって羽のような身軽さで台の上に降り立つ。
「私が棚にしまうのでナエ様はその袋を持ち上げて私に渡してくださいっ!」
あいよ。俺は腰を屈めて荷物をもちあげた。
なかは小麦だろうか。ほどほどに重いため少々本腰を入れねばなるまい。
俺から荷物を受けとった勇者ちゃんは、台の上でつま先立ちになり、棚に仕入れていく。
「んしょっ、んしょっ」
台の上。
棚をまさぐる勇者ちゃんは、無防備そのものだった。
俺から見て、下から覗きこむような形になってしまう。
「(これは不可抗力だ。俺は意図して覗いてるのではない。見えてしまっているだけだ)」
勇者ちゃんの動きと連動して丈短な布地が踊っていた。
揺れるたび希薄な布の奥で白く淡いショーツ生地がこちらに挨拶する。ひと目みるだけで柔らかそうな丸みを帯びた輪郭がちらちらと視界を幾度と横切る。
意図せぬ瞬間だった。けれどその光景は、決して下品ではなく、どこか儚く、そして遠い夢のよう。
そうやって俺が幸福を享受していると、雑音が泡沫の夢を弾けさせた。
「あれえ奇遇だねぇ♪ キミって昨日のゴブリンの人じゃん♪ ここで働いてるんだぁ♪」
雑音の正体は物々しい鎧の擦れだった。
俺が眉をしかめてそちらを睨む。すると無駄に美人な見た顔がある。
軽妙な声の主は、先日冒険者斡旋所で出会ったばかりのモブ子2だった。
「……そういうキミも俺からすればゴブリンの人だけどね」
「あはっ♪ じゃあゴブリンで繋がった仲だからゴブ友って呼ぼーう♪」
「じゃあってなんだよ、じゃあって。なにひとつ上手いこといってないし、俺は受け入れたつもりもないし」
軽薄というか、壁がないというか。
どこかふわっとしていて、隙と油断がない。
身長も男顔負けにすらりと高く、抑揚あるプロポーションも申し分ない。
なんとなくだが、彼女が好かれるのも頷けてしまう。冒険初心者の少年少女に慕われる独特な雰囲気を備えている。
「ゴブリンの巣穴に向けての買いだし?」
「そっそ♪ 乾パンとなにかよさげな保存食よろりっ♪」
俺は黙って乾パンとチーズと山羊の塩辛い干し肉あたりをチョイスしてやる。
ビニールはないため保管が効くようバナナの葉で1つ1つを丁寧に包んでいく。
はじめは面倒だったが、手慣れてしまえばどうということはない。人というのは慣れて忘れる生き物なのだ。
俺は梱包作業の傍らで、ふと好奇心を覚える。
「そういえばキミの名前って……」
あるのか? 言いかけて、喉に押しとどめた。
彼女の名は、物語の進行上で、存在しない。
しかし世界の流れ的にどのような補填をされるのかが気になった。
俺は銅貨数枚の代わりに受けとって、彼女の持参した革袋へ品を詰めていく。
「私、シセル・オリ・カラリナ~♪ シセーとか、シセちゃんっ、とかって呼んでちょ~♪」
やっぱりあったか。
設定上ネームドではないキャラにもちゃんと名前があるらしい。
「ほんで、キミは?」
「ナエだ」
くるり、と回ってVサイン。
敵意のない浮かれた笑顔でニシシと笑う。
「じゃあナエナエっちだね♪」
「とりあえずそのあだ名は不服とだけ伝えておくよ」
確か王都の冒険者とか言っていたか。
よくわからないが。誇らしげに語るあたり田舎冒険者よりレベルが高いってコトだろう。……よくわらないが。
とはいえ身のこなしや装備の整い振りから見て、路傍の石というわけでもないだろう。
俺は、シセルに革袋を手渡す。それから世間話をするような口調で、問うてみる。
「ところで才能屋ってこの村にあるのかな? もしあるにしてもないにしても場所を教えてもらえないかい?」
「おろろ? キミまさかその年で冒険者目指しちゃう感じ? 才能屋なんてあんまり一般ピーポーが探すもんじゃないんだけど?」
「まあ遠からずってところで様子見をしてる状態だよ。でもゆくゆくは外にでてみたいと考えてる」
「ふぅ~~ん?」と。彼女は目を細めた。
矯めつ眇めつといった視線が俺の身体を不躾に舐めとっていく。
そしてシセルは満足したのか、前に屈んでにんまりと猫のように微笑んだ。
「この村にはないけど、近隣の町にあるよん♪ 商隊かなんかと一緒に行動すれば半日くらいで到着する場所ね♪」
「自分の足だけでいくのはやっぱり危険なのか? なるべくならあまりお金を使いたくないんだけど?」
「最近魔物が異常繁殖してるっぽいからやめておくのをススメるよぉ♪ 私くらいの経験者を連れているならともかく、トーシローの1人旅は死ぬようなものだもんっ♪」
彼女の口から飛びだした単語こそが、律動だった。
それこそがヴェル・エグゾディアという物語の着火点となっている。
勇者ちゃんを襲ったゴブリンが発生したのも異常繁殖が起因する。彼女がこれから向かう巣穴もまた同じ理由。すべてが繋がっていて、すべてが1つの終着へと向かっているのだ。
「(まさかここで物語が動きはじめているっていう証拠を掴めるとは。しかも確実に、最悪の結末へ向かって収束しはじめてる)」
俺だけが知っている未来で、俺だからこそ知りうる結末だった。
この物語は直線でバッドエンドに向かっている。なぜなら世界がそうなるように設定されているから。
「でも冒険者って求められるスキルは多いけど、仕事をこなせるなら一気に名声を上げられるチャンスでもあるよん♪」
当然、死を回避できた彼女とて例外ではない。
死、あるいはもっと悲惨な末路を辿ることになるだろう。
俺はいったん浮かんだ悲壮を飲み下す。不自然ではないよう話を合わせる。
「そのぶん命を失う機会も、うんと上がるって言いたいんだな?」
「キミってば私の思考読むの上手いねぇ~♪ ゴブちんの情報も即回答してくれたしぃ~♪ 意外と頭キレキレな感じわりとタイプかもぉ~♪」
そう言ってシセルは馴れ馴れしく俺の肩に手を回した。
彼女が近づいた瞬間、空気がゆっくりと甘くしなる。防具の隙間からから僅かだが蒸れた香りが立ち昇る。
スパイスが混ざり合ったような香りが、喉の奥をかすめて残った。肌の感触は滑らかだが、腕の内側に筋だった硬い筋肉も感じられる。
「もしぃ~♪ ……――良いスキルもってたら声かけてよ」
揺らめくような波間掛かった声が、突如として張りついた。
※つづく
(次回への区切りなし)
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