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未完世界のリライト ーシナリオクラッシュ・デイズー  作者: PRN
Chapter.3 勇者不在で冒険物語がはじまるもんか
66/69

66話【VS.】緑翠の宮殿 神譚遺物の守護者 アルカディア

挿絵(By みてみん)


生を賭けろ

命で駆けろ


緑翠の宮殿

BOSS戦


勇ましく

戦え

 俺はティラの手を掴むと、脱兎の如く駆けだした。


「ちょぉっ!? ここでまさか尻尾巻いて逃げるの!? 伝説の武器が目の前にあるのに!?」


「これは断じて逃げではない!! 戦略的高度な撤退術だ!!」


「言いかた変えてるだけでどっちも一緒でしょうがぁっ!!」


 足元の石畳が濡れて滑る。ティラはバランスを崩し、羽をばたつかせながら必死に体勢を保つ。

 引かれる腕に驚きの声を上げ、焦り混じりの息が漏れる。

 背後では轟音が鳴り、風圧が背中を叩いた。


「《目標、逃走ヲ確認》」


「《追尾演算、展開中》」


「《逃ガサナイ》」


「《記録セヨ──違反者、即時排除》」


「《アーカイブ更新完了》」


 機械的な意思がビンビンに伝わってくる。

 どうやら大広間をでたからといって逃がしてくれるつもりはないらしい。


「なんでこんなに殺意高めなのぉ!? アタシら近づいただけでオカシなこととかやってないじゃーん!?」


「(たぶん逃げるって設定がそもそもないんだよぉ!! 本当ならあそこで勇者ちゃんと僧侶ちゃんで戦うことになってたからなぁ!!)」


 床を蹴った瞬間、全身に風が叩きつけられた。

 呼吸のたびに肺が焼ける。額にじっとりとした緊張の汗が滲む。

 それでも俺はティラの手を離すまいと、腕に力をこめた。広間を抜けたあとも回廊は延々とつづいている。


「《逃走行動、確認──討滅処理へ移行》」


「《照準固定──エネルギー収束、完了》」


 すごくイヤなメッセージが聞こえた。

 たぶん、いや絶対に良くないことが起ころうとしている。


「《発射》」


 冷たい声のあとに少し遅れて視界が明滅した。

 背後では天が裂けるような轟音が鳴り響く。


「びぃ”や”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!?!?」


「あ”い”い”い”い”い”い”え”え”え”え”え”!?!?」


 破砕。あと破砕。それから破砕。

 石畳を焦がす紅い光線が、天井から幾条も降り注いだ。

 雷鳴のような咆哮が遅れて響き、空気が震える。壁が砕け、粉塵が舞う。視界の端で炎が弾けた。


「死ぬうううう!! これはガチのマジで死ぬうううう!!」


「なんとか――なんとかできないわけ!? アタシいま2秒後に生きていられるビジョンがまったくみえないんですけど!?」


「んなこといったってあんなもんどうにかできるわけねぇだろ!!?」


 足音と喧々諤々とした叫びが混ざった。

 追ってくる振動と光が明滅する。地を裂きながら守護者が迫ってくる。


「《対象ノ消滅ヲ確認スルマデ、狙撃ヲ継続》」


「《排除ノ成否、問ワズ。撃チ続ケヨ》」


 それでもなお冷徹に責務のみをまっとうする。

 まるで意思をもった機械だ。まるで俺たちの存在さえ否定するかのよう。

 それでも俺たちは死を否定するために全力で走った。


「なんか弱点とかないの!? 全身鎧みたいなガッチガチなんだから常識的に考えてちょっとくらい落ち度ってもんがあってもいいでしょお!?」


 すでにティラは半泣きを越えて号泣だった。

 しかしぐずっていても足だけは止めずにいる。深いスリットの入った裾を膝で蹴りつける。尾も羽もピンと伸ばして必死だった。


「(ん、弱点……?)」


 そんな泣き言にふと思い至ることがあった。


「あんなの卑怯よ、超卑怯!! 少しくらい手心とかないと倒せるわけないじゃない!! あんな化け物作った古代人はきっとバカね、ばああああか!!」


「《対象カラノ否定的ナ意見ヲ聴取。ブチ殺スゾアバズレクソビッチ》」


「ひ”え”え”え”え”え”え”え”え”!!? ごべん”な”ざあ”あ”あ”あ”あ”い”!!?」


 このままでは本気で時間の問題だった。

 しかしティラの反論はもっとも。なぜなら倒せなければ勇者ちゃんでさえ精霊の剣を手に入れられない。


「な”え”え”え”え”え”!! な”ん”どがじでぇ”ぇ”ぇ”!!」


「(思いだせ思いだせ思いだせ! 勇者ちゃんと僧侶ちゃんはいったいどうやってアイツを倒したか! ポンコツな脳みそからサルベージしろ!)」


 本筋では2人で守護者アルカディアと対峙する。

 そして2人は見事に討伐し、精霊の剣を手に入れる。


「(手は2本、足は4つ! 身体には鉄のような鎧! 仮面のような顔があって目が――1つ!?)」


 途切れた膨大な脳内神経細胞が、いまようやく繋がった。


「目だァァ!! アイツの顔についてるレンズ部分に血の目くらましを塗りつけてやれェェ!!」


 昨夜、ティラはスキルを使っていたじゃないか。

 はじめからヒントはあった。あの勇者ちゃんへ使用したワザこそここで使用されるべき正解ということ。


「そうすれば目が見えなくなって追跡がやわらぐかもしれない!! お前が昨夜使ったあのスキルでアイツを宮殿の迷子にしてやれ!!」


「ッ! わかったやってみる!」


 俺が叫ぶと、ティラの目が鋭く光った。

 瞳が潤み、口元が引き締まる。さらに掌をぎゅっと握りしめる。

 振り返りながら握りしめた拳を横に薙ぐ。


「《ブラッディ・ブラインド》!!」


 手のひらから無数の血の粒が弾けるように飛びだした。

 当たった守護者の鎧が血に染まる。そのなかのひと粒が仮面の中央にクリーンヒットする。


「《損傷――損傷――損傷》」


 アルカディアの片膝が折れ、石畳を砕いた。

 もがくように両腕が宙を暴れまわる。


「《映像取得不能──視覚フィード断絶》」


「《標的トノ照準リンク──消失》」


「《魔法光量子センサー、応答ナシ》」


「《対象位置、検出不可能》」


「《視界ガ……ナイ……視界ガ……ナイ……》」


 あれほど機械的だった声が、濁っていく。

 立ち上がるも、まるで迷子のように1歩、また1歩と後ずさった。

 これは、刺さった。創造者である俺とティラがここにいたおかげで窮地を脱する。

 あとはいまのうちに逃げられるだけ逃げて距離を離す。シセル、カイハ、勇者ちゃんたちと合流して再戦すれば任務完了の大団円となる。

 だが、ここでティラがこういうときに言ってはならない絶対魔法を唱えてしまう。


「や――やったか!?」


「それだけは言っちゃダメだアアアアアア!!」


 時、すでに遅し。


「《……視覚センサー損傷、主要機能停止率――六八%》」


 沈黙。

 次の瞬間、周囲の空気が一変する。


「《モード・リミテッド──解除》」


「《戦闘優先権ヲ第一位ニ再設定》」


「《生体反応、聴覚反応、魔力反応ヘリソースヲ切リ替エル》」


「《聴取範囲拡張──音響座標ワイドへ固定》」


「《ターゲット再補足マデガンバロウ》」


 鈍く光る胸部のコアが再び明滅をはじめる。

 守護者の各部から黒煙のような魔力があふれだす。

 そして濁った機械音声とともに守護者の仮面へと亀裂が走った。


「《継戦モード――アルカディア・リブート》」


 ジャキン。腕を組んで決めポーズ。

 威風堂々とした立ち姿で再び守護者は、覚醒する。


「ちっくしょおおおふざけやがってえええ!!! そんなガ●ナ立ちする設定なんてもともとねえだろが!!!」


「ますますひどいことになってるんですけどおおおおおおおおお!?!?」


 もうマヂヤダ、この異世界。

 これはおそらくバグではない。そしてティラの唱えた滅びの呪文も――たぶん――関係ない。

 おそらく本筋と流れが異なっていることが原因。この場にいるべき勇者ちゃんがいない。世界補填力が収束先を動かしている。


「(たぶん、コイツは勇者ちゃんがいないと倒せない! いや、勇者ちゃんがいることが討伐のトリガーになってる!)」


 俺は、再びティラの手を引きながら決死で走った。

 このダンジョンの格は、守護者ではない。あくまで守護者は前段階の遺物。

 勇者ちゃんを奥に眠る精霊の剣へ送り届けることが任務完了ミッションコンプリートの鍵となる。


「《倒ス、倒ス、倒ス、倒ス、倒ス、倒ス、倒ス、倒ス》」


「ティラアアアアアアア!! 走れ、死ぬ気で走りつづけろおおおお!!」


「そんなこと言われなくてもわかってるわよおおおお!!」


 だが、最後の切り札まで奪われた。

 あとはもう激動の逃走とともに死を待つのみと成り果てた。


『次の突き当たりを左です。それから右右といって階段を下りてください』


 ふと、本当の意味で脳裏をかすめる。

 俺の脳に直接、裏勇者ちゃんの囁きが響き渡った。


「(!? なにを根拠にそんなことを!?)」


『私とあの子はほぼ同一個体ですから。離れていても感覚で位置の情報共有が可能です』


「(う、うらえもぉん! ほんといざというときは頼りになるよね!)」


『くすす♪ 惨めで滑稽なナエ様が見られると思ってたからやっぱりこっちにきて正解でしたぁ~♪』


「(でもじっさいは俺にイジワルしたいだけなんだよね……)」


 まさに九死に一生。蜘蛛の糸を掴む思いだった。

 しかも地獄に垂れてきたのは一筋の光明となりつつある。


「こっち、左だ! それで次の道は右!」


「ちょっとぉ!? その道ってアタシたちがきた道と違うでしょ!? 闇雲に走ってどうするつもり!?」


「いまだけでいいから俺を信じてくれ!」


 熱線が耳をかすめてもティラの手だけは離さない。

 俺は、藁をも掴む思いで裏勇者ちゃんの導きに便乗した。

 合流すればシセル、カイハ、御者の男という冒険者たちが待ち受ける。戦闘に慣れた彼らならこの危機的状況を裏返せるはず。

 

『あら?』


 突如、脳内の空間が冷たく震えた。

 轟音と金属のきしみが響く中でも、裏勇者ちゃんの声だけは奇妙なほど澄んで届く。


『あの子……入り口から宮殿のなかに入ってきちゃってる? ナエ様を失って泣きじゃくたままだと思っていたのに……』


「(それがなんだっていうんだ!? もしかして勇者ちゃんがなかに入ってくるのはマズいか!?)」


 脳に響いたのは、あたかも意外そうな声だった。

 しかしすぐに裏勇者ちゃんはふふ、と笑う。


『いえ、以外だっただけです。むしろこちらのほうが好都合かもしれません』


「(そ、そうなのか?)」


 以降の答えは、返ってこなかった。

 そもそも気まぐれ。こうして対話に応じつつ助けてくれるだけでも天の恵み。


「ひえっ!? ひええええええ!?」


「こっちだ! 振り返る暇があったら足を上げろ!」


 死に追い立てられるように、右へ。

 それから階段を転がるように下りる。


「もう、足が重くて前に踏みだせないかもおお!?」


「だったら引きずってでも連れていく! 絶対に死なせてたまるかああ!」


 弱音は強気で押し通す。

 荒れた呼吸で肺が張り裂けそうだった。乳酸のたまった足が鉛のようにいうことをきかない。


『次を左』


「ひだりいいいいいいい!!!」


「その自信はいったいどこからでてくるのおおおお!!」


 ティラの叫びが遠のいて聞こえる。

 限界を越えた身体は、もはや命令に従うどころか、ひと呼吸遅れてようやく動く。

 ただ惰性と意地だけが、足を前に押しだしていた。


「オオオオオオオオオオオ!!!!」


 叫ぶ声ももう擦れていた。

 頭が真っ白になるほどの疲労のなか、それでも彼女の手の温もりだけは離せなかった。

 その温もりが、唯一、自分がまだ生きていると証明してくれるからだった。


『次の崩落箇所を、翔んでください』


 そしてようやくその時が訪れる。

 俺は、裏勇者ちゃんに言われるがまま、奥に見える光へ目掛けて地を蹴った。


「――ッ!!」


 翔んだ。


 足が地を離れ、重力が一瞬消えたように錯覚する。

 眼下に広がったのは、これまでの回廊とは比べものにならないほどの空間。

 そしてその舞踏会でも開けそうな舞台の中央に、いる。


「ナエ様!!」


「うっそ!? レーシャちゃんの言った通りに入ってみたら合流できちゃうとかガチ!?」


「しかもなんか後ろにバカデカいの連れてきてるじゃん!?」


 勇者ちゃん、カイハ、シセルがいた。

 飛翔する俺たちを、まさに信じられないといった愕然の目で見上げていた。

 しかし感動の再会とはいかない。なにせいままさに身体は落下の体勢に入っている。

 視界の端で、床が勢いよく迫ってきていた。


「さっき言ってた2段ジャンプの使いどころだ!」


「これ、1人用なんだけどおおおお!」


 ティラの背から闇の翼が弾けるように広がった。

 蝙蝠の羽が大きくはためき、血のような赤黒い風が巻きあがる。


「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!」


「ガンバレ負けるな! お前の身体は1人の身体じゃないんだぞ! お前が死んだら俺も死ぬことになる!」


 ティラの羽が大きく振る舞われ、風を煽った。

 俺たちの身体はふたたび空を蹴り上げた。

 落下の速度がぐん、と落ちる。


「もう無理いいいいいいいい――むぐっ!?」


 俺は、やりきったティラの頭を力尽くで抱き締めた。

 そして背中から硬い石床に不時着する。

 もんどりを打つようにゴロゴロと転げ、世界が約720度ほど巡り巡った。


「はっ、はっ、はっ……」


 上半身を起こすと、もうボロボロだった。

 呼吸は荒く、意識ももう蒙昧。どこを走って、どこを翔んだのかさえ曖昧だった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 背中がひりひりと焼けるように痛む。

 指先で触れると、布の感触がない。いつの間にか、上着の背が焼き消えていた。

 どうやら必死に逃げるあいだに、何発か熱線をもらっていたらしい。


「はぁぁ……」


 だが、生きていた。

 醜く藻掻いて、這いでて、むごたらしくても、生き延びた。

 だから焼けつく喉奥から絞りだすように要求する。


「討伐目標、守護者(ガーディアン)アルカディア!! 宮殿の最奥に神譚遺物レジェンドアーティファクトを目視!!」



※つづく

(次話への区切りなし)

最後までご覧いただきありがとうございました!!!

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