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未完世界のリライト ーシナリオクラッシュ・デイズー  作者: PRN
Chapter.3 勇者不在で冒険物語がはじまるもんか
64/66

64話 怨嗟と怨恨と血の少女《Friends》

挿絵(By みてみん)


安らぎの漆黒

焦土と燃焼


意外な到来

はかりごと


キミは

ともだち

 身体が動かない。

 なにか重いものが上に乗っている。

 きっと雪崩れに巻きこまれたらこういう感じなんだろうなぁ、なんて。


「(先か後か? どっちのほうだ?)」


 死の感覚に似ていた。

 不思議じゃない。だって、記憶にあったから。

 意識の遠のく感覚はさして恐ろしいものではない。深く、深く、日の当たらぬ冷たい海の底へ墜ちていくようなもの。


「(だけどいまは……)」


 ここは、まだ浅い。

 俺はいま浅いところで留まれている。

 たぶん身体のほうは無事なのだ。意識の接続がわずかに途絶えているだけのはず。

 だからこの状態は浅い眠りから浮上しようとしている。夢現(ゆめうつつ)の境界で迷っている。

 怠惰な惰眠を貪るか、小煩い目覚ましを叩いて肉体に鞭を入れるか。このどちらか。


『選択の余地はない』


 ふと声が聞こえた。

 否、おそらく聞こえたというのは、聞き間違いだ。

 だっていま俺は夢を見ている。瞼の下に薄くあるもうひとつの膜のようなところを開いている。


『起きて』


「(どうしよっかなぁ。この間も褒められたというより怒られた感じすごかったしなぁ)」


 ちょっと逆らってみた。

 すると彼女は意外そうに深紅の瞳を瞬かせる。


『あら? けっこう私の登場に疑問を抱かなくなってるのね? それとも私が介入する回数が多過ぎちゃったかしら?』


 それは吸血鬼の瞳ではない。

 まるで紅蓮。瞳の奥に散り散りに燃える烈火。


「(…………)」


『なんでここにいるの~、って顔ね。落ちる瞬間あの子とアナタの手がかすめたとき媒介を切り替えたの』


 仰向けに寝そべる俺の上に裏勇者ちゃんが座っていた。

 惜しいかな、ここは夢現の境界。感覚はヒドく乏しい。

 乗られているという感触は薄く、重さしか感じないのがすげぇ悔しい。


『あの子を冒険者連中に任せるのけっこうな決断だったんだから』


 そう言われて俺もようやく事態のヤバさというものを自覚した。

 彼女がここにいるということは、いま勇者ちゃんは1人ということになってしまう。


「(待て待て待て。それじゃ勇者ちゃんが危ないだろ)」


『だから賭けだったって言ってるでしょ。とにかくもうそろそろ起きてもらっていいかしら』


 ずい、と。彼女の顔が鼻先にまで寄ってくる。

 こうしてまじまじと見ると勇者ちゃんだった。しかしやはりというか、そうであってそうではない。

 ずっと笑っているのだが、笑っていても目が笑っていない。光の反射が少なく、焦点がぶれず刺すように鋭く鈍い。

 口調だって声は一緒だ。でも音の上下がなく、水面のような静けさを保っている。


「(なにが違うかと言えば、ひとことで雰囲気だよなぁ)」


『……ふぅん? つまりナエ様はお姫さまのキスをご所望ということね?』


 裏勇者ちゃんはぺろりと唇にピンクの舌を這わす。

 笑みが深まり蠱惑な香りがむんと香った。

 一瞬誘惑に負けそうになる。しかし彼女がここにいるということがもっとも危惧すべき事態でもある。


「起きるよ、起きるけど……そろそろキミの正体を明かしてはくれないのか。ちょくちょく現れるくせにしてほしいこと言うでもなければ導こうともしない。なぜ勇者ちゃんのなかにキミがいるのか不思議なんだ」


 覚醒を決めた瞬間、太い感覚(バイパス)に気が宿っていった。

 やっと声がだせる。手を伸ばす。頬に触れる。指で撫でると温かく柔らかい。

 すると彼女は俺の手に手を重ねる。まるで子猫のように目を細め、頬ずりをする。


『……ああ……幸せぇ……』


 何度も何度も、つづいた。

 触れて、肌を重ね、唇をかすらせる。増すたび頬は紅潮し、数を重ねるたび吐息は湿度を増していく。


『こんなにも近く、こんなにも尊く、こんなにも儚く、こんなにも愛おしい! こんなこんなこんなこんなこんな……』


 甘やかな吐息が凍りつく。

 耳鳴りのような低音が空気を満たす。


 目の前の彼女が、笑った。

 いや、裂けたと表現すべきだろうか。頬が、口角が、唇の端まで引き千切れるかのよう。

 眼は見開かれ、金の虹彩が血に濡れたように滲む。

 そこに宿るのは慈愛でも涙でもない。それは千の感情を喰らった魂本来の色だと思う。


『憎悪に塗れて――口惜しい!!!!!!』


 声が爆ぜた。

 世界が裏返った。

 そして俺の胸は、焼けるような痛みを覚えた。


「はっ!? ハブ!!?」


 飛び起きると同時に鼻になにか硬いものがぶつかる。

 硬く尖ったなにか。鼻奥にツンとする痛みが疾走して涙があふれた。

 少し遅れて痛烈な悲鳴が鼓膜を打つ。


「いっっっっっったああああああああああい!!!」


「いっっっってええええええええええ!!!」


 まさに異口同音(いくどうおん)

 男女の悲痛な声が二重奏になって響き渡る。


「かあああっ! いまこれどういう……っ、状態なんだあ!」


 鼻を襲う痛みと混乱で、状況を把握するのはヒドく難しい。

 なにより股ぐらを押さえながら転がっているのは、ティラだったから。


「アンタがァ!! アンタが急に起き上がってアタシの股に顔を突っこんできたんでしょうがああ!!」


「だとすると寝てる俺の上でなにしようとしてたんだよ!! 起き上がってたまたま恥骨があるってことは仁王立ちしてやがっただろ!!」


「ぐおおおおおおおお股が割れるうううう!! 心配してやった挙げ句にこの始末とか気にくわないんですけどぉ!!」


「――こっちだって腑に落ちねぇわアア!!!」


 起床のあとはしばらく痛みとの闘いだった。

 しかし痛みが引くころにはようやく冷静さをとり戻す。

 どうやらここはどこかの建造物のなからしい。暗い建造物の奥は、湿気が肌にまとわりつくほど蒸し暑かった。

 古びた石の壁には無数の苔が張りつき、かび臭さが鼻を刺す。足元の石畳は長い年月を経てところどころが風化している。踏みしめるたびに細かな埃がふわりと舞い上がる。


「なんでお前ここにいんの?」


「あーあー? そういう雑な感じで聞いちゃっていいのかなぁ?」


 雑もなにも本当にわからん。

 少なくともティラは落下する予定の場所にいなかった。

 なのにいまこうして2人きりという。なかなかに珍妙な事態となっている。


「まさか俺のことを助けようとして飛びこんだのか?」


 いやいやまさかまさか。

 実は俺のほうに気があるとか、そんなまさかまさか。


「レーシャの悲鳴が聞こえたから好感度ストップ高の大チャンスだと思って飛びこんだだけよ」


 ですよね。


「アタシの羽を使えば長距離は無理でも2段ジャンプていどの飛行なら可能。だから颯爽とアンタを引っ張り上げようと飛びこんでやったってわけ」


 ティラの腰の辺りに羽と尾がすらりと伸びる。

 蝙蝠のものらしきふわりと毛羽だった美しい羽。それとと先端に突起のある愛らしい尾。

 触ってみたいな一瞬よぎったが、たぶん怒られるやつ。俺は興味を掻き立てられつつ彼女の声に耳を傾ける。


「でも捕まえたまでは良かったんだけどぉ~……そのときにはもうこの変な空洞に転送してて帰れなくなってたの! もうマジでわけわかんないことに巻きこまれたぁ!」


 ティラは膝を抱えたまま唇を尖らせた。

 つまるところ――魂胆はともあれ――助けようとしてくれた。

 どうやら嘘を言っているわけではないらしい。そもそも彼女が俺のためにリスク犯すことのほうがオカシイか。


「そうか……俺のことを助けてくれようとしたんだな」


「べ、別にそんなんじゃないしっ! レーシャの株を上げて感謝されたらイチャイチャできると思っただけだしっ!」


 ティラはぶんぶんと両手を振って、視線を逸らした。


「お前って……いいやつだなぁ」


「違うって言ってんでしょッ!! なんで急に耳が聞こえなくなってるのよッ!!」


 彼女の意図は理解した。

 ならばとにかくここから脱出し、勇者ちゃんたちと合流せねばなるまい。


「ってかさっきガチでなにしようとしてたんだ?」


「アンタの寝顔見てたらお腹が減ちゃって血を吸おうか葛藤してたとこ! でも踏みとどまって立ち上がったらアンタがぶつかってきたんだから!」


「意外と俺のピンチだったのかぁ……」


 ティラの文句を背に、俺たちはとりあえず歩きはじめた。

 足元の石畳は長い時を経てすっかり風化している。ところどころに苔が這い、踏みしめるたび湿った音がした。

 古代の建築様式なのか、天井はやたらと高い。壁の隙間からは光のような苔が淡く瞬いている。


「……ここはたぶん宮殿の内部だろうな。あの地面の下には宮殿の地下が広がっていて風化で崩れたとみるべきか」


 俺の推察を聞いたティラは不機嫌そうに眉を寄せた。


「だとしたら運が悪いとか言うレベルじゃないわよ? しかも蒸し暑くて髪がぺったんこになりそうなんですけどぉ?」


 確かに、湿気は肌にまとわりつくほど強い。

 空気には古びた香りと、どこか神聖さを失った寂寥が混ざっていた。

 即席チームなため前衛も後衛も決めようがない。だから俺が半歩ほど先陣を切る隊列だった。

 生身のティラに先導されるよりは、バグってる俺のほうが少しだけタンクに向いている。


「(しっかしなんだったんだあの転送装置はぁ? 俺も知らないとなると、この世界にある補完力が意味づけのために用意したってことだよなぁ?)」


 しかも後付けではない。

 俺の立っていたあの場所はあとから手の加えられた痕跡はなかったはず。


「ねえ」


「(つまり宮殿ではじめから使用されてたことになる。宮殿内部と地下で行き来するためのなにか理由があったはずだ)」


「ねえってばあアタシのこと無視しないでよ! さっきからずっと1人で俯きながらすたすた進んじゃうの怖いんだけど!」


 肩を引かれてようやく俺は顔を上げた。

 振り返るとティラが目尻を吊り上げながら声を荒げている。


「男なんだからそっちから話振ったりできないわけ! こんな暗いところで2人とも黙りこんでたら……こ、怖いでしょ」


「え……お前って吸血鬼なのに暗いところ怖いの?」


「暗いところは吸血鬼だって人だって誰だって怖いでしょうがぁ! 供養されてるからって夜中にお墓に向かいたくないのといっしょっ!」


 慌ててとり繕う様は、ちょっとだけ愛らしい。

 気分的には、幽霊を信じてないけど廃病院に逝く理由にはならない的な。

 そもそもティラも吸血鬼であれど、女の子ということか。


「んで、アンタはなんでレーシャと仲良しなの? さっきの彼女の慌てっぷりからして相当よね?」


 前言撤回。

 やっぱり勇者ちゃんにしか興味ないなコイツ。

 俺はしばし考える素振りを入れてから口を開く。


「レーシャちゃんがゴブリンに襲われそうになってたんだ。そこに俺というヒーローが颯爽と現れて徒手空拳連撃破壊殺法で助けたのさ」


 軽く盛るくらいいいじゃないか。

 しかしティラはふぅんと興味なさげに頭の後ろで手を結んだ。

 発育の良い箇所がぐいと押しだされて風船のように弾む。


「なるほど、それでレーシャはアンタに借りを作っちゃったからいつも後ろをついて回ってるって感じかしら?」


 自覚がないのか、それとも俺を男としてカウントしていないのか。

 無防備さが、逆に罪深い。


「お前の頭のなかだと基本的に俺視点じゃない方向で話が進むんだな」


「だってあんなにいい子で可愛くていい子なんだからアンタになんて似合わないでしょ?」


「いい子じゃなくて可愛いほうを2回言えよ……あとお前たぶんだけど俺の名前覚えてないな?」


 宮殿に仕掛けられた罠もなければ、隠れ潜む魔物の気配すらない。

 これで冒険とはヘソで茶が湧いてしまう。血湧き肉躍るはずの大冒険が、散歩風味で紡がれていく。

 

「つまりアンタ、ナエを懐柔すればレーシャの外堀が埋められるってことかぁ……」


「どういう計算したらその結論に行き着くんだよ。でも名前覚えててくれたことは素直に嬉しいぞ」


「だってレーシャってばずぅっとナエ様ぁ、ナエ様ぁって子犬のようにつきまとってるじゃない。あんだけ隣で連呼されたら勝手に入ってくるわよ」


 とりとめもない会話が遺跡の壁を薄く反響していた。

 そもそも俺と彼女には関係性がまるでない。ティラにとって俺はモブくらいの立ち位置のはず。


「ああそれと……」


 やや後方で立ち止まる気配があった。

 俺は首を捻りながら振り返った。


「昨夜のことは……ごめんなさい」


 ティラはそわそわと指先をいじりながら、小さく身をすくめている。

 ちらちらと上目づかいにこちらの様子を窺っているかのよう。蝙蝠の羽がしゅんと下がり、尾も芯が抜けたように萎んでいる。


「それはどの部分に対しての謝罪なんだい?」


「せっかく善意で見逃してくれたのに……その、殴ったりしちゃったから」


 そう言って、ティラは修道服の裾をぎゅっと握りしめた。

 白い指先にためらいと後悔が滲んでいる。


「勘違いさせてるかもだけど……アタシ別にアンタのこと嫌いなわけじゃないからね? あんなヒドいことをしたのに許してくれたし、吸血鬼なのに怖がらないで一緒にいてくれてるし……」


 可愛いなちくしょう。

 急にしおらしくなられるとこっちだって調子が狂うぞ。


「(そうか、この子にとっては許容されることが関係のはじまり。吸血鬼でありながら普通に接してくれることそが縁になる)」


 人間が大好きで、ひとりぼっちの吸血鬼。

 ずっと1人だったはずが勇者ちゃんと出会い物語の歯車が回りはじめる。

 俺は、申し訳なさそうな頭の上にそっと手を置く。


「あんまり自分のことを卑下するなよな。もし衝動が抑えられなくなったらちょっとくらいなら俺の血を吸わせてやるからさ」


 撫でるのはちょっと早い。だから手は置いておくだけ。

 指先に伝わるのは、ツーサイドアップにまとめられた赤い髪の感触。雨の湿気をわずかに含んでいて、絹糸のようにさらさらと指の腹をくすぐった。


「おぉー、頭の位置はだいたいレーシャちゃんと一緒くらいだなぁ。でも髪質はこっちのほうが滑らかかもしれない」


「な、なにしてんのよっ!? ちょっとどこに手ぇ置いてるのよぉっ!?」


 やや遅れてティラが慌てはじめる。

 顔を真っ赤にしてわたわたと両手を振り、蝙蝠の羽までぱたぱたと揺れる。


「っていうかいまいった言葉の意味わかってるの!?」


「知らん。いつまでも立ち止まってないでさっさと進むぞ」


「ちょ!? 置いてかないでよ!?」


 確か、一生アナタを愛しつづけるだったか。

 そんな昔の記憶なんてシースルーの向こう側だ。つまりよく覚えていない。


「もしいまのが本当なら本当の本当に吸うちゃうんだから! 冗談で言っただけなら撤回するのはいまなんだからぁ!」


「でもその口ぶりと慌てようから見てなんか大事な意味があるんだろ? もし吸いにきたらその通りに受けとったってことになるが?」


「アンタやっぱり意味を知ってて言ってるでしょ!? あーもうウザいからニヤニヤすんな!?」


 この子は、落ちる俺を、ただ無心で助けてくれたのだ。

 勇者ちゃんという言い訳を据えながら命懸けで救おうとしてくれた。


「それで……ナエはアタシのこと許してくれるの?」


「友だちなんだから許すのは当たり前だろ」


「……あ、そ」

 


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最後までご覧いただきありがとうございました!!!

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