62話 可愛い子には旅をさせろというが、美少女とは一緒に旅だつほうが楽しい《SO・RE・NA》
「刺激を求めて教会から外に飛びだしちゃうシスターとかめちゃいいじゃん! 俺ら冒険者ってそういうルールを飛び越えるの得意だからいくらでもお手伝いしちゃうよぉ!」
「しかもこんな可愛い子のお願いだもんおねーさんなんでも聞いちゃうんだから! 大船に乗ったつもりでまっかせなさいって!」
すでに乗り気というのが態度から伝わってくる。
カイハは指で顎をさすり、シセルはどんと胸を打つ。
「と、唐突にご助力を乞うようなマネをして本当に申し訳ありません! ですが退屈な日々に冒険という新たな光を求めてしまったのです!」
でた。ティラの修道女モードだ。
まるでスイッチを切り替えるかのよう。目をうるうるとさせながら執拗に腰が低くなる。
「ティラっていいます! 普段は教会で神に祈りを捧げるか町の清掃などを行うことで人々に教えと奉仕をさせていただいております!」
「(あと夜な夜な教会を飛びだして人の血を吸ったりな)」
裏表が激しいのも考えものだ。
俺は、しきりに頭を下げるティラから明後日へと目を滑らせる。
「こんなふつつか者ですがどうか私を導いてください!」
「ふつつか者とか上等! 新天地へといざ上昇!」
「もてあます日常に刺激を求めるのが冒険者の生業よぉ! ティラちゃん、アナタ冒険者の才能があるわね!」
ノリと勢いですべてが決まっていく。
コレはある意味で頼りがいのある、頼りない。とはいえ、冒険者としては折り紙付きの2人。
斥候や現場判断に優れるシセルと、若きホープのカイハ。勇者ちゃんと俺がサポートに入れば盤石となろう。
このメンバーで冒険を行うのであればそうそう負けることはない、はず。
「あ、あの~……」
しかし勇者ちゃんは2人の後方で僅かに浮かない顔をしていた。
自信なさげに背を丸めながら、おずおずと控え目に挙手をする。
「いまから冒険におでかけなんですか? 予定では安全に大ギルドまで向かう予定ですよね?」
言われてみれば、確かにそう。
本来の目的は冒険ではなく、ギルドへの遠征。わざわざこちらから危険に飛びこむのは、予定にない。
カイハとシセルが乗り気なだけでこれが普通の反応だろう。しかし規定を外れるがこれは勇者ちゃんの経験のためでもある。
「せっかく遠くまできたんだし色々経験するのも大事かもなぁ~」
「ナエ様までなにを言いだすんですか!? 昨日もあんなに危険な思いをしたんですよ!?」
たぶん夜ではなくノーム戦のことを言っているのだろう。
勇者ちゃんとはいえ覚醒していない、ただの村娘。いきなり本格的な冒険の話題に戸惑っても仕方がないこと。
俺は、怯える彼女の肩にそっと手を添え、力を籠める。
「危険でも冒険者たちを助けられたことのほうが俺にとっては重要なことなんだ。ああやって誰かのためになれるのなら危険なんて安いものさ」
「そ、それは……そう、ですけど……」
勇者ちゃんの瞳に微かな揺れがあった。
あとひと押し必要か。シセルとカイハは俺に一任するように視線をこちらへと向けている。
嫌がる彼女を無理矢理に巻きこむのだ。当然俺だって心穏やかではない。
「(でも俺が覚醒を潰して旅立つ理由すら消滅させたんだ。その本来なら得られたはずの経験や知識は俺の身体と働きで補填してあげなきゃな)」
俺はおもむろに勇者ちゃんの頭に手を置く。
不思議そうに首を捻る彼女の髪をわしゃわしゃと撫で、乱す。
「大丈夫、キミは俺が守るから! そんで手に入った報酬やらを使って今夜も美味しいご飯を食べよう!」
「な、なえさまの言いたいことは嬉しいですしわかりましたからぁ! イヤじゃないですけど撫ですぎて――あ、ちょっと情熱が強いですぅ!」
とはいいつつ絶対に俺の手を退けたりしない。
勇者ちゃんはされるがまま。髪を乱されながら猫のように目を細めた。
これで説得は完了。ティラからの視線が少し痛いけど、上手くことを運べたほう。
待機していたシセルとカイハが結果を見るなり手を打つ。
「そうと決まれば斡旋所にいってクエスト漁りじゃのう! とびきりスペクタクルな冒険を探さねば!」
「遺跡に洞窟、貴族の廃墟なんでもござれね! 自分勝手に選べるフリークエストなんて久しぶりだから腕が鳴っちゃうわ!」
やると決まればこの通り、トントン拍子に話が進んでいく。
冒険者として慣れている。そして2人とも冒険を心から楽しんでいる。
「今日中に終われるやつにしろよー。俺だって好き好んで危ないことしたいわけじゃないんだからなー」
それは俺もそうか。いつしか心は冒険に毒されてしまっていた。
深淵の黎明、白亜の祈祷院、焔の継承者、星影の断崖、黒曜の回廊。
数を上げたらキリがない。この世界には前人未踏のおとぎ話に満ちあふれている。
「それじゃあせっかくのやる気ムードがしぼむ前にギルドへ向かっちゃうとしましょ!」
「外は雨だからそうそう依頼が掃けることもないだろうけど善は急げっていうしさ!」
あとは行き先を決めるのみだった。
シセルとカイハは踵を返し、外への扉に手をかける。
「それなのですが……1つ私に提案がございます」
白く透けるような手が慎ましげに挙げられた。
ティラの唇が申し訳なさそうに薄く孤を描いている。
「実は水を操る剣が奉じられた神殿があると、教会の古い書庫に記されていたのです」
次の瞬間カイハが「お?」と振り返る。
隣では魅了するような微笑が「へぇ?」蠱惑に広がる。
「なにぶん町の教会も古いため並ぶものは古書くらいなものです。なので信憑性は暗く地図にも載らぬ古跡です。が、もしかすると古代の聖人が残したとされる神譚遺物の可能性も期待できるかと」
口調は控えめでありながら、どこか神秘の光を帯びていた。
「なになになになにぃ? それってチョー燃えてくる情報じゃないのぉ?」
「しかも神々が大地に暮らしていという時代の激レアアイテムってことよねぇ! しかも古跡なら古代アイテムざっくざくまであるわよぉ!」
嗚呼、もうすでに2人の目が輝いているじゃないか。
根っからの冒険者にこんな話を聞かせて黙っていられるはずもない。
カイハとシセルの背後にメラメラと燃え立つオーラのようなものまで見えてくる。
「(んー……?)」
「ナエ様? 斜め上を見ながら唸ってますけど、どうかなさいました?」
勇者ちゃんは小首をかしげた。
栗色の髪がふわりと揺れて、乱れた御髪のままの前髪がぴょんと跳ねた。
丸い瞳がきょとんと俺を見上げている。
「(ティラの言ってる神譚遺物ってアレだよなぁ? ブリオッサでティラを仲間にしてから向かうとこだったはず?)」
「なーえーさーまー? きいてますぅぅー?」
これは、しめたものかもしれない。
アレの入手は勇者ちゃんが本来通るべき道筋でもある。
つまりいま未来が収束しつつあるということ。元通りのヴェル・エグゾディアという物語へと再修正が行われていた。
「(しかも本来なら勇者ちゃんとティラの2人で挑む難易度のダンジョン! カイハとシセルまでいる状態で挑めるなら都合がいいじゃないか!)」
「なにかいいことでも考えているんでしょうか? 少しにまにましていて幸せそうですね?」
そうと決まれば善は急げ。
雨によって足止めされたかと萎えたが、降って湧いたこのチャンス逃す手はない。
「じゃあそれでいこう! 大ギルドへ乗りこむ前に古代装備でおめかししてやろうじゃないか!」
手に拳を叩きつけて発破をかける。
勇者ちゃんの経験と装備の更新ができるなんて鴨が葱を背負ってくるようなもの。
ここでやれねばいつ動く。俺の闘争心に真っ赤な火が灯った。
「おっ! ナエっち話わかるぅ! やっぱ男の子に生まれたならコシッてる場合じゃないっしょ!」
「そうと決まればティラっちに案内頼んじゃいましょ♪ これはなかなか面白いことになってきましたなぁ♪」
「てぃら、っち……って私のこと?」
とはいえあまり時間はない。
これは偶然にももたらされた天の恵み、幸運というやつに他ならない。
しかもたった1日で済ませる。いわば快速クエストのようなもの。
総じて心躍る大冒険への幕が開こうとしていた。
「(なーんか重要なことを忘れてる気がする)」
「あ、またナエ様がいつもの考えモードに入りましたね」
一抹の不安を抱えながら。
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