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未完世界のリライト ーシナリオクラッシュ・デイズー  作者: PRN
Chapter.3 勇者不在で冒険物語がはじまるもんか
58/60

58話 血よりも甘い《Taste The blood》

挿絵(By みてみん)


涙の謝罪

人思う


吸血鬼


強さ

それは

挿絵(By みてみん)


 それから俺たちは、町の中央広場にある長椅子に腰を落ち着けていた。

 賑わっていた町の喧噪はとうに遠のき、いまはただ夜がゆっくりと支配している。

 風鈴のような虫の音が、石畳の隙間をすり抜けて流れていく。夜風は頬を撫でるほどにやさしく、それがかえって胸に沁みた。


「……ぐらたん」


「は?」


 俺は思わず聞き返していた。

 号泣して静まって、ティラの開口一番がソレだったから。


「シチュー、白パン、クッキー」


「なに? 腹でも減ってんのか?」


 ティラは、ぐすりと鼻を鳴らしながらうつむいた。

 涙で濡れた睫毛が月灯りを反射して、きらきらと儚く光っている。

 泣きはらした頬も目の周囲もまだ赤い。濡れた瞳の奥にはどこか子どものような怯えが残っていた。


「おいしいでしょ……ぜったい」


「美味しいよなぁ……じっさい」


 なんか噛み合ってない気がする。

 ティラは身を縮めるようにして長椅子の端っこに座り、肩をすぼめていた。

 さっきまで翼を広げ、尾を揺らしていた夜を渡る吸血鬼の面影はもうどこにもない。

 勇者ちゃんは、ぱたつかせていた足を止める。身体を彼女のほうに傾けるみたいに覗きこむ。


「吸血鬼さんなのにお料理が好きなんですか?」


「うん……人間の作るものは、血も、料理も、ぜんぶ好き」


「あはは。血を使ったお料理はありますけど……そういうことじゃなくって、じっさいの血のことを言ってるんですよねぇ~」


 ティラ・マムマム。

 僧侶ちゃんは、吸血鬼で、人を絶対に傷つけない。

 なぜなら人と人の作りだす文化が好きで好きでたまらないから。

 人の文明に隠れ潜むほど、身バレの危険を冒してまで、大好きなのだ。


「(優しい設定を知ってたから釘を刺すていどでおさめてやったのに、まさか闇討ちしてくるとはなぁ……)」


 おそらく俺が釘の刺しかたを間違えてしまったのが原因とみられる。

 町中で初対面の男が急に正体を暴露してきたのだ。彼女は、さぞ怯えたに違いない。


「………………」


 ティラはうなだれたまま、長椅子の上で膝を抱えこんでいた。

 赤い髪の隙間からのぞく瞳は、もう光をなくしている。

 あれほど威勢よく牙を剥いていた吸血鬼が、いまはまるで力尽きた小鳥のよう。


「(こんな状態ならもう攻撃してくることはないだろう)」


 そう確信したとき、ティラが顔を上げた。

 小さく唇を噛みしめ、細い喉を震わせる。


「……あ、あんなことしたあとだけど……っ! 憲兵に突きだすのだけは、止めてもらえませんか!」


 涙が頬を伝う。淡い光が滲んで流れ落ちた。

 それでも彼女は嗚咽をこらえながら願う。


「身勝手なお願いなのは承知の上です! でも、修道女としてご奉公して……ようやく人間たちに信頼してもらえたんです! もう昔みたいに……森や洞窟のなかで、隠れ潜むような生活には戻りたくないんです……っ!」


 声がかすれて、最後のほうは言葉になっていなかった。

 それでも彼女の想いは痛いほど伝わってきた。

 もしこのまま正体がバレれば、追放は確定的だろう。

 しかも他人の血を啜って記憶の改ざんまで行ったのだ。死罪か、永久牢獄だって考え()る。


「お願いします! お願いします! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 立ち上がって何度も頭を下げ、髪を振り乱すその姿は、まさに必死そのものだった。

 声が裏返り、涙と嗚咽の区別もつかなくなっている。


「(この状態ならエッチなお願いをしても叶えてくれそうだ! エロ同人みたいにッ!)」


 そんなことはしない、が。

 ナイスバディなシスターにこうも懇願されては、理性のほうが試される。

 だが、とりあえずこの場を鎮めるのは俺の役目(ロール)じゃない。もっともティラの行動に激怒していた者が、すでにひとり。


「いいですよ」


「ごめんなさいごめんなさいごめ――……え?」


 ティラは虚を衝かれたように目を丸くした。

 見つめる先で、勇者ちゃんはにんまりと笑みを浮かべている。


「私はナエ様にヒドいことをしたのが許せなかっただけですっ。なので謝ってくだされば、それ以上は求めませんっ」


「ほ、ほんと……?」


 ティラの声は、かすれていた。

 潤んだ瞳が揺れ、まつげの隙間からこぼれる吐息は弱々しい。

 その様子に対し、勇者ちゃんはふんすと膨よかな胸を張り詰める。

 小柄な身体をめいっぱい大きく見せようとしてるのだが、逆に幼さがきわだつ。


「ナエ様もそれでいいですか?」


 答えは決まっている。YESだ。

 戦闘中にいいモノをいくつか見られたし、結末としても順当だろう。

 殴られた衝撃は、すでに相殺されている。


「とはいえ町の人の血を吸いまくるのはどうかと思うが……」


 俺がそう口にすると、ティラは「うっ」と息を詰まらせた。


「アタシ……定期的に血を吸わないと我慢できなくなっちゃうの」


「それって食べ物とか人じゃない種族の血じゃ抑えられないんです?」


「動物や魔物の血でも衝動は抑えられるけど……ひ、人の血ばっかり吸ってたから舌が肥えちゃって」


 ダメになったということか。

 ティラは恥ずかしそうに背を丸め、指を揉んだ。

 これに関しては彼女だけに限った話ではない。現代人だって舌が肥えすぎて昔の粗食を口にできず。挙げ句、餓死を選ぶという話を聞いたことがある。


「うーん……じゃあ、外からくる冒険者さんたちに限定して、必要分の血をいただくというのはどうでしょう?」


 勇者ちゃんが、ぽんっと手を打った。

 その仕草があまりに自然で、ぱっと場の空気が少しだけ明るくなる。


「町の人の血をずっと周期的に吸ってしまっては身体の負担になってしまいます。それに、同じことを繰り返してはいずれバレてしまうかもしれません」


 理路整然とした提案だった。

 なるほど、解決策としては的を射ている。

 実際、ティラが討伐されてしまう別ルートでは、調子に乗って人里に溶け込みすぎたのが原因だ。


「……不安や不満の代謝を、出入りの激しい冒険者に肩代わりさせる。そうやって負の因果ってやつを町の外へ追いだせれば問題になりづらいってわけか」


 俺が継ぐと、勇者ちゃんは元気いっぱいにうなずく。


「さっすがナエ様っ! そういうことですっ!」


 胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、無垢な笑みを浮かべる。

 あどけなさはまるでなんの疑いも知らない天使のよう。けれど提案の内容は悪魔的に現実的だった。


「アンタたち……どうして?」


 ティラは、そんな俺たちをぽかんと見つめている。

 唇が震え、信じられないものを見るように、赤い瞳が揺れた。


「アタシは2人の血を狙った上に、記憶を消そうとしたのよ? なのになんでそんな……」


「だって、アナタは吸血鬼でありながら人のことを好きになってくれたんですよね?」


「う、うん……それはそうだけど」


「なら種族は違えどお互いに歩み寄ることこそが大切じゃないですかっ! もしそれで解決できたのならもうお友だちなんですっ!」


 その活気あふれる言葉に、ティラはびくっ、と肩を震わせた。

 しばらく言葉を失い、伏せた瞳の端から1粒の涙があふれる。

 それを皮切りに、堰を切ったように涙がとめどなく流れた。


「アタシ、バカだったぁ!! 人を傷つけながら好きとか言ってるのなんて、どうしようもないバカじゃぁぁん!!」


 嗚咽混じりの声が夜気を揺らす。

 今度の涙は、先ほど見せた乞うための冷たい涙ではない。胸の奥から溶けだしたような、温かい涙だった。

 勇者ちゃんはそんなティラを責めもせず、ただ静かに見つめている。


「ふふっ。泣き虫な吸血鬼さんもいるんですねっ」


 怒りも軽蔑もなく、ただ許すという強さが宿っていた。

 悪行を正し罪を責めずに受け止める優しさ。それはまるで凍りついた心を、春風のように溶かし尽くしていく。


「(これで一件落着だな。本筋からはズレたけど勇者ちゃんの力で問題は解決したわけだ)」


 予定外の大団円。

 それもひとえに勇者ちゃんの頑張りあってのこと。

 ティラ、僧侶ちゃんが不幸にならない。この展開はまさに筋書き通りだった。通常の進行と同期している。


「(あとはパーティに参加するかしないかは僧侶ちゃんの自由。そもそも今回の冒険は大ギルドを目指してるだけで勇者とは話が別だしな)」


 勇者ちゃんは勇者として僧侶ちゃんを仲間に迎える。

 でもいまの勇者ちゃんは勇者にあらず。そもそも冒険の内容だって本筋とは関係ない。

 そんなことを考えている矢先。俺の耳は泣き声とは別の信じ難い音を拾う。


「あっ」


 ぐぅぅぅぅ。

 夜の静寂を切り裂くように、ティラの腹が豪快に不満を奏でた。

 おいコイツ、マジか。この感動の流れで腹が減るとか、どんな神経してんだ。

 どうやら本人も恥ずかしいらしい。頬を真っ赤に染め、くびれた腹部を両手で押さえ込む。


「さっき晩ご飯……食べ損なったから……」


「晩ご飯って……俺らのこと言ってるだろ、それ」


「ぅぅ……」


 突かれた図星と罪の2重苦だった。

 いざごちそうとばかりに腹でも空かせていたのだろう。紅葉してうつむくさなかにも腹の虫が第2楽章を開いている。


「血をあげるのは難しいですが、ここにとてもいいモノがありますよ」


 見かねた勇者ちゃんが腰の雑嚢を引き寄せた。

 そこから布の包みを拾い上げて膝の上に広げる。


「それって……」


「はい。あんパンですっ」


 膝には手のひら大のあんパンが3つほど。

 現実の物と遜色ない。表面はつややかで、こんがりと香ばしい。『Flour & Flower』特性のパンが並んでいる。

 それを勇者ちゃんは1つ掴んでティラに手渡す。


「なにこれ? パン? いい匂い?」


 ティラは、おそるおそる、それを受けとる。

 丸い形を指先でつまみ、鼻先を近づけ、まるで珍しい宝石でも眺めるようにじっと観察していた。


「うちの実家で作ってる特性のパンです! 保存が効くので旅の糧食としていくつかもってきたんです!」


 ささ、どうぞ。促されてティラは、あんパンを口に運んだ。

 吸血鬼にあんパンは如何なモノか。血の代わりにあんというのも些か間抜けだな。

 そんな俺の杞憂は、次の展開で霧散する。


「美味しい!! なにこれスゴい完成度じゃない!!」


 不安とはうらはらの大絶賛だった。

 えぇ……。俺は声にならぬ声を漏らす。

 しかしティラはあんパン1つをあっという間に完食してしまう。


「アナタこんなものを作れちゃうの!? 自分の手で!?」


「ざ、材料さえあれば……えぇっと、お顔が近いですぅ」


 ずいっ、と迫る圧が強い。

 さすがの勇者ちゃんも押され気味だった。

 甘味の暴力というのはすさまじい。ことこの文化の発展が遅れている世界ならなおさら。


「(花の君の次は吸血鬼まで虜にするのか! あんパン先輩ときたら予想外の活躍を見せている!)」


 そんなつもりで作ったわけじゃないんだけど。

 俺だって攻略や人脈に使えるのならもっとオシャレなものを作っただろう。

 しかしあんパンは吸血鬼を一瞬で虜にしてしまう。


「アナタ、レーシャって言うのよね!? 人のなかで1番好きかも! ねえ是非アタシとお友だちになってよ!」 


「えええ!? ちょ、ちょっと待ってくださいそんなこといきなり言われても!?」


「好き、本当に大好きよ! 好き好き好き! ちょうだーーいすき!」


 告白までされて、勇者ちゃん株はストップ高だった。

 救出、提案ときてのあんパン。彼女を好きになるには十分な功績だろう。


「な、ナエさまぁ! たすけてくださぁい!」


「(丸くおさまったんだしこれはこれでいいだろ)」


 ティラが勇者ちゃんに救われず死を迎える未来は回避できた。

 いまはただ未来が喪失することがもっとも避けるべき展開なのだから。


「なんで目を逸らすんですかぁ!!」




〇  〇  〇  〇  〇

最後までご覧いただきありがとうございました!!!

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