『※新イラスト』54話 夜の闇、暗黒の使者《Bloody Meets》
「失礼。こちらが救出した冒険者とその後の処置をまとめたものです。ギルドが早急に動けるよう上位ランカーの印も押してありますので、以降の始末はこの町にお任せします」
紳士な御者が一礼を入れ、封蝋の施された書簡を受付に差しだす。
ぽかん、と。気の抜けていた受付嬢は、鳩が豆鉄砲を食らったように首を傾げた。
「はえ? 上位ランカー、ですか?」
「その通りでございます。ワタクシは僭越ながら本部より各地ギルドを動かせるだけの権限をいただいておりますので」
受付嬢は恐る恐る受けとった書簡を開き、視線を走らせた。
目を通すうち、びくり、と肩が跳ねる。顔が蒼白に染まる。
「ギ、ギルドちょーさぁぁん!! 大陸冒険者統一協約機構のかたから緊急ミッションですーー!!」
その悲鳴が引き金となり、斡旋所の空気が一変した。
ざわり、と広間に動揺が走る。椅子を軋ませて立ちあがる者、武具を抱えなおす者など。反応はさまざまだが総じて殺気立つ。
普段は酒場のように喧しい談笑であふれる場だった。しかし瞬時に戦場を前にした野営地さながらの緊張感に覆われる。
バタバタと埃が舞う斡旋所の壁の隅。俺は呆然としながら冒険者たちの騒々しさを眺めていた。
「なんでこいつらこんな火のついた鼠のように慌ててるんだ?」
「大ギルド発の緊急任務要請が公表されようとしているからですな。任務は相応に危険を伴うものとなりますが、報酬の額はおよそ5倍付け。そのため自信ある連中の取り合いになるのが常なのです」
へぇぇ。いわゆる名物、あるいは大捕物というやつか。
よく見れば確かに厳つい連中がカウンター付近に集合している。逆に若く頼りなさそうな冒険者たちはとくに関わる様子がない。
「危険な任務だと毎回貰いがいいわけじゃないのかぁ」
「成功報酬は難易度によってまちまちですな。しかし緊急ともなれば話は変わります。町ギルドの金庫ではなく本部から出資されるため報酬も潤沢となるのですよ」
へぇぇ。冒険者の日常を目の当たりにして感嘆の吐息が漏れてしまう。
俺の造った世界がバランスを保つため俺の知らない形に変化している。
知っていることも多いが知らないことも多い。そういう想定外を見るたび、息づいているという感動を覚えてしまう。
「それにしてもワタクシは少々困惑しております」
御者の男が軽く顎を引き、目でこちらを射抜いてきた。
冗談や軽口を差しはさむ気配はない。だが、威圧も敵意どころか感情さえ伏せられているかのよう。
「なぜナエ様はあのとき敵が魔素の異変体だと気づかれたのです?」
「ああ、それはですね――」
実はあの敵、勇者ちゃんが本編で倒す予定の魔物だった
記憶にあったから気づけた。ナイスセーブ、俺。
なんてことを直接伝えられるわけがないだろ。いい加減にしろ。
「変な動きをしていたから遠視を使って姿を確認したんですよ」
「ほう? ずいぶんとありふれた刻印をお使いになられるのですな?」
これは馬鹿にされているのではない。
本当にどうでもいい刻印なのだからしょうがない。
俺は、肩をすくめておどけつつ、つづける。
「それで捕獲されている冒険者の姿を見たら破れた衣服の内側にとあるモノが……なかったんですよ」
「なかった? なかったとはいったい?」
御者は整った神経質そうな眉を微かにひそめる。
そう、俺はあのとき冒険者が人ではないことにぎりぎりで気づいていた。
ある1点。男女問わずなければならぬものが欠けていた。
「なかったんです。普通なら必ず胸の膨らみの中心にあるべき――乳首がッ!」
「ち、乳首……ですか。確かにないのは違和感がありますな」
「ええ。ツルッとしてたので作り物だと一目瞭然だったんです」
アレは人間を素体としたおとり人形ということ。
元いた人の骨格。つまりノームが食べない部分を骨組みにし、木で仕上げたモノ。
あの魔物は経験していくうちに学んだのだろう。人が人を守る生物であることを。そしてその被害と被害を数珠つなぎにする方法を。
「アイツは魔素による知能上昇した個体だったからこそ下劣な策を思いついた。だからそこにつけいる隙があった」
「ふむ……もしその看破が遅れたと思うと寒気がしますな。冒険者たちが助かったのも、周囲の被害が最小限だったのも、本当に奇跡に近い」
談話している間に、どうやらあちらでも決着がついたようだ。
じゃんけんで羊皮紙を勝ちとった長耳種族が薄い胸を主張している。
これからパーティーメンバーと戦いへ赴くのだろう。構成は竜種、ドワーフ、プリースト、戦士。なかなかよいバランスだった。
「それでは用も済みましたので我々も宿に向かいましょう。お連れのかたもそちらでお待ちしているはずです」
「助けた冒険者たちも早く元気になってくれるといいんだけど。それにしてもあの器具外すとき絶対に痛いだろうなぁ」
口と尻。あの器具は拷問器具に等しい。
あんなモノをつけられたら尊厳は地に落ち、しばらく難儀することになるはず。
「この町の治癒師ならば上手くやるでしょう。なにせここら辺りはノームが多く、それに比例して被害者も多いゆえ」
「後ろの経験者が多いってことですか……」
「あのていどならまだマシでしょう。指を含めて手足が残っているのですから」
御者はぐるりと周囲を睥睨し、外の扉へと踵を返した。
辛辣な世界だが人々も強く生きている。今回のように互いに助け合って必死に生き延びるパターンも珍しくないはず。
外にでると、町の活気そのものが大気の壁となって迫ってくる。
町の至る通りでは屋台組の露天商が肩を並べていた。
干し肉を吊るした行商人、木桶に山盛りの果実を積む農夫、色鮮やかな染め布を誇示する旅の職人。
呼び声と値切りの声が交錯し、売り物が町に彩りを与えている。
「こうしてみると町の規模とはいえけっこう賑わってるんですね」
「ここら辺りはほどよいのですよ。河川が流れており土地も豊か、しかも魔物は弱すぎず強すぎない。平穏とはいかずとも住まう価値は、こと足りています」
決して大きな町ではない。
しかしアークフェンの村とは違って人の波が流動していた。
俺は、御者の後ろにつづきながらつい周囲をきょろきょろしてしまう。
「しかしアナタは聞きしに勝る慧眼の持ち主のようだ。そのうえ勇気もあり運もいい」
「いえいえ、あのときは勝手に身体が動いただけです。慧眼っていうのもただの思いつきというか……」
「ご謙遜なさらずともよいのですよ。勝手に身体が動いた人々の多くは失敗し、その後消息を絶ってしまいます。しかし貴方様は命を救い、己自身も生き残った。成し遂げられる側の人間ということをご証明なさったのです」
なんというか、こそばゆい。
しかも御者の男は年上であるというのに、妙に距離を尊重してくれている。
ちゃんとした大人からまともに評価されるというのは、わりと心地がいいものだ。
「ところでカイハ……くんはどうしてるんですか? なんか馬車のなかではやけに分厚い心の壁をはっきしてましたけど」
「アレは宿屋のチェックインとレーシャ様の護衛を指示しておきました。シセルのほうは……どこをほっつき歩いているのやら皆目見当もつきません」
御者は長い脚を繰りだしながら苦そうに目を細めた。
もはや諦めきっているという様子。おそらく年長者でもあの女の動向を掴むのは厄介なのだろう。
「(ま、アイツなら勇者ちゃんに変なことはしないだろ。というかあいつは筋金入りのシスコンだし妹以外に興味ないから他の女子に手をだすとか絶対にない)」
彼は戦闘中に豪語していた。
帰るべき場所ということの目星は容易に察しがつく。
それがいま勇者ちゃんと一緒にいるのならしっかり仕事をこなしているはず。
「(シセルはわりとガチでどうでもいいな。買い物してるのか情報を漁ってるのか、それともひと仕事済んで昼寝でもしてるんだろ)」
旅は道連れ世は情け。
予定外のことはあったが終わり良ければすべて良し。
どうやら俺がバグっていることに気づいている人間もいないようだ。このままいけばなにも問題はない。
「(冒険者も助かって、脅威も討伐できたとなったら大団円だな! しかもあの魔物は本来倒さなきゃいけないやつだったし一石二鳥じゃん!)」
いいことした後は気分もいい。
戦闘介入することで俺の正体がバレる危険はあった。だがカイハの不用意なキャラエンドを回避できたのならとんとんといったところか。
俺は英雄の凱旋の如く肩で風を切りながら意気揚々と予定していた宿場に向かう。
「(今夜は勇者ちゃんと久しぶりのふたりっきりでお泊まり会かぁ~! 家だと別々に部屋があるから寝顔を見られないのが辛いところよなぁ~!)」
やくとく、やくとく。久しぶりに勇者ちゃんの可愛い寝顔が見られる。
そう考えただけで弾む心に合わせて歩調も軽くなった。
だが運命は逆行する。既定ルートなき自由な展開はときとして牙を剥く。
俺は浮かれていた。大事の前の小事を解決したことで抜け落ちていた。
「あのぉ? 少しだけお時間よろしいでしょうかぁ?」
「……え?」
出会った瞬間だった。
俺の記憶の引きだしは、すべてがいっきに開いた。
魔物を討伐し冒険者を助けたため、なんの因果か3番目の町ブリオッサに立ち寄ってしまっている。
もしコレが因果律の収束だとしたらこの世界の神は気遣いができすぎていた。
「アナタは信奉なさっておりますかぁ?」
この長身で修道服に身を包む美女の名は、ティラ・マムマム。
本来このヴェル・エグゾディア世界で勇者ちゃんパーティの仲間に加わる――予定のキャラクター。
「夜の、神を」
太陽克服済みの吸血鬼とは、彼女のこと。
そして勇者ちゃんとともに世界の終焉を迎えるキャラクターの1人。
「(勇者ちゃん覚醒してないのに出会っちゃったやつううううう!!?!?)」
※つづく
(次話への区切りなし)