49話 草場の枕と膝の抱擁《Pain》
「確か2人が付き合いはじめたきっかけは、お父さんの一目惚れだったらしいです」
「それ……本当に一目惚れだったの?」
「そしていつまで経ってもお父さんのほうから告白してこないんで、お母さんのほうから告白してあげたって言ってました」
「(旦那がいつまで経ってもなびかないから痺れ切らして喰いやがったな……!)」
真っ昼間からのホラーだった。
太陽の位置からして正午に差し掛かるか、それくらい。
俺と勇者ちゃんはきたるべき大ギルドの迎えを待ちながら待機している。
「それにしてもお迎えがなかなかきませんねぇ。こんなことならお昼くらいお家で済ませればよかったかもです」
勇者ちゃんは吐息混じりにむっちりとした太ももを閉じてしゃがみこむ。
隣には衣類や武器が雑多に詰まった旅用の鞄が置かれている。
この世界の時間の感覚は、およそ曖昧。予定が1日程度前後することすらザラだった。
遠方からの遠征となればその誤差はより顕著となる。こうして待たされると日本の交通機関がいかに優秀だったか痛感させられる。
「今日迎えに行くって大ギルド側から手紙を送ってきたんだ。こればっかりは気が急いてもしょうがないさ」
俺は至って大人の対応を心がける。
だが勇者ちゃんは「でもぉ……」と唇を尖らせ、不満げに地面を小石でつつく。
同行を許諾したあの瞬間の、あの大喜びようといったら。
大喜びで飛びついてきて、文字どおり弾むように抱きつかれた。
あのときの感触はいまでも忘れられない。それだけに彼女がいかにこの日を心待ちにしていたかを物語っている。
だが、このまま宙ぶらりんに待たせておくのも可哀想か。
「いっそのことそのへんの草場で昼寝でもしながら待とう」
こういうのも異世界っぽくていい。
地球にいた頃なら、虫や湿気を気にして絶対にやらない。
俺は、いい感じに茂った草の上へ腰を下ろし、背を預けて横たわった。
「(思ったより気持ちがいいな。まるで本当にこの世界の主人公になったみたいだ)」
ま、この物語の主人公は勇者ちゃんなのだが。
そんなことを考えていると、遅れて勇者ちゃんがもじもじと寄ってくる。
なにやら指と指をこすり合わせやきもきしているかのような。そうやって彼女は何度もためらいながら口を開いた。
「あ、あのあの! ま、枕とか……いりませんかあ!」
その瞬間。俺の全身に衝撃が迸る。
視線は否応なく1点へと吸い寄せられた。
彼女が恥ずかしげに差しだそうとしているのは、ミニスカートから生えたきめ細かな白い太もも。
やわらかそうな曲線を描くそれは、眠気よりも強烈に理性を叩き起こす色香を放っている。
「オネガイシマス……――お願いしますッ!」
「はい! ちょっと待っててくださいっ!」
考えるまでもない、即決。
勇者ちゃんはポンポンと膝を払うと、草場にぺたんこ座りした。
「じゃあ頭をもちあげますね! わっ、頭ってこんなに重いんですね! しかもお膝にあたる髪の毛さらさらで気持ちいいです!」
当然だが俺はドキドキしている。
だが勇者ちゃんもずっと1人で喋っていた。
「どうですかぁ? 私のお膝の寝心地はぁ?」
寝心地は控え目にいって最高だ。
柔らかい、なにより温かい。後頭部に彼女の体温が直に伝わってきている。
「えっと……」
しかしこの状態には大きな問題があった。
「(顔が見えねぇ……どころか空まで見えない。まさか雄大な自然のなかで天然の天蓋付き枕があるとは……)」
おっぱいが、でっかい。
下からだと彼女の突出する部位しか見えくなってしまうほど。
いや、別に構わないさ。膝枕なんだから目を閉じれば済むだけの話だ。構わないのだが、押し寄せてくるかのようなソコに圧倒されてしまう。
戸惑ういっぽうで、上から聞こえてくる声はいつもより晴れやか。
「えへへっ! こういうの女の子っぽいなって、憧れていたんですっ!」
「そっかぁ……(でっかぁ……)」
ともかく時間がゆったりと流れていく。
草は青々とそよぎ、遠くの林から風に乗った小鳥のさえずりが響く。
穏やかな陽射しが大地を包む。まるでここだけ切りとったかのよう。平和が約束されているみたいだった。
そんな平穏に浸っていると、嫌でもこみ上げてくる。
「(イヤアアアアアアアアアアア!!)」
慟哭、そして。
「(やっぱりいきたくないいい!! アークフェンの村の周辺だけでいい!! 勇者ちゃんとこのままいちゃいちゃスローライフしてたいいいい!!)」
心が叫んでいるのに、どうしてこんなにも儚いのか。
いつまでたってもトラブルに次ぐトラブルが止まらない。平和を望めばやることばかりが増えていく。
「(やってられるかってんだべらぼうめ畜生オオオ!! イベントが矢継ぎ早すぎて終わらねエエエ!! 誰だこの世界を造ったバカはアアアア!!))
まるで真上に打った矢が頭頂部に刺さるかの如く。
でもちょっとくらい思い通りになったっていいじゃん。
「おバカよバカよに人見ごろ。富士山麓におバカが鳴く」
「(……平方根の近似値? でもなんかちょっと違くないか?)」
刹那。頭を支えていた柔らか太ももが喪失した。
そしてあろうことか落下しかける頭を挟むように両側が迫る。
あっという間のできごとだった。俺の頭は太ももによってがっちりとホールドされてしまう。
「あはっ! 潰れて面白いお顔してますよっ!」
巨大な突起物の向こうで、三日月のように笑う。
それは勇者ちゃんであってもっと別の人格を意味していた。
「う、裏勇者ちゃんか!? なんでこのタイミングででてくんだよ!?」
「うとうと眠気がきたからですぅ。表層が薄まるとね、ふふっ、遊びにでてこれちゃうんですよぉ」
いたずらを企む小悪魔顔だった。
俺の頭を締めつける力がじわじわ強まっていく。
「や、やめろって! ちょっと! 本気で圧かけんな!?」
「このままぎゅーってしたらナエ様の頭のなかがぱぁーんってはじけちゃうかもぉ?」
「怖いことも言うなあ!!」
頬をくいっとつまんで、愉快げに煽ってくる。
俺の抗議など意にも介さず、裏勇者ちゃんは膝なかで弄びつづけるのだった。
「それに私には裏とか表とかないんですよぉ。どっちも裏だしどっちも表。つまり私とこの子はどちらも本質的には同じなんです」
凶悪なにやけ顔に、妙に艶めいた声色。
とてもではないが本来の純な勇者ちゃんと似ても似つかない。
両膝を緩めては締め、緩めては締める。まるで頭蓋の硬さを確かめているみたいで寒気がする。
「な、にが目的なんだ……! たまにでてきたかと思えば人のことを翻弄することばっかり並べやがって……!」
「なに、って? 今日はナエ様のことを褒めるためにでてきてあげたんですよぉ?」
勇者ちゃんは意外そうに目をぱちくりと瞬かせた。
当然だが俺に身に覚えはない。
「ほら前に言ったじゃないですか。そろそろ旅にでないと危ないですよって」
なんか前にでてきたときそんなことも言ってたな。
理由が良くわからないため記憶から遠ざけていた。
「それなのに色々ぶっ飛ばして大ギルド、大陸冒険者統一協約機構へ一直線だなんてさすがじゃないですかぁ!」
油断しているとまた頭がぎりぎりと締められてしまう。
「やっぱり私の考え如きでは及ばないんですねぇ! さすがはナエ様ですぅ!」
「そんなんじゃない! これはシセルが勝手にやったことに引きずられてるだけで偶然の産物だ!」
「でもそのシセルさんを助けたのは、アナタですよぉ? 本来なら新米冒険者を助けてゴブリンの孕み袋になる運命だった彼女を? アナタが自身の行いで捻じ曲げましたよねぇ?」
コイツ、知っているのか。
俺は、妖艶な笑みに見下ろされながら青ざめる。
それはあったはずの未来の話。だとするとこの裏勇者ちゃんは……知っている側ということになる。
「どうしたんですか? ずいぶんとお顔のお色がお悪いようですけど?」
どうもこうもあるか。
そうなると話は早い。恐ろしくて、悍ましくて、残酷なまでに、早い。
口のなかがからからだった。喉も渇く。
でもここで勇気を振り絞って尋ねくてははならない。
だってそれは俺が造った犯してはならない過ちであり、罪だから。絶対に。
「お前いったい……何週目なんだ?」
※つづく
(次話との区切りなし)
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