47話 この子を作ったの、私です《Mothers Panic》
極限起床
からの
真実暴露
母は強し
娘は尊し
痴情の
勇者ちゃんママ
「……ごめんなさい」
リビングに降りてきた勇者ちゃんママは、椅子に腰をおろしてしょんぼりと肩を落としていた。
寝起きのぼんやりした表情から察するに、ようやく先ほどの事件性を自覚したらしい。見るからに心の底から反省している様子だ。
「夕べ深酒したでしょ! 部屋にお酒の空き樽置いてあるの見ちゃったんだからね!」
娘からの叱責に、勇者ちゃんママは小さく唇を尖らせる。
「最近レーシャがハグさせてくれないから……ついうっかり」
「私ももう子供じゃないんだから! 昔みたいに毎日十回ハグとかしないもん!」
リビングの片隅では、石窯の火がぱちぱちと木をはぜさせていた。
勇者ちゃんはその前でプリプリと腰に手を当て、赤らんだ頬を膨らませている。
石窯からは小麦の焼ける甘い香りが漂う。まだ空っぽの朝の胃袋をくすぐって、ぐうぅ、と不満を奏でた。
「ま、まあそこまで悪いことしたわけじゃないし気にしないでください」
俺は苦笑しつつとりなした。
じっさい、だいぶ役得だったし。
むしろ勇者ちゃんのママという最終防衛線がなかったら危なかった。人妻の色気と極上の牢獄に絡めとられ、永住を決断していたまである。
「ナエ様! あんまりお母さんのこと甘やかしちゃダメですよっ! そうでなくても甘えん坊で困ってるんですからっ!」
「……しゅ~ん」
なんというか家庭内事情を盗み見てるようで、申し訳ない。
強気な勇者ちゃんも珍しければ、勇者ちゃんママがこれほど饒舌なのもまた珍しい。
これはこれでチャンスか。いままで停滞していた親睦をここで深められるかもしれない。
「まあまあ。あれはレーシャちゃんと俺を間違ったわけだし、ひとつの愛情表現のような気が――」
「いえ。私はナエさんを確信して引きずりこんだ」
なんて? 時間が軽めに静止した。
俺と勇者ちゃんママの視線が交差する。
「男だと確信して抱いた」
「……言い直してそれかい」
これはどういうことだ。
俺は、いま少なからず恐怖という感情を覚えつつある。
いっぽうで勇者ちゃんママは身じろぎひとつせず、俺のことを真っ直ぐに見つめていた。
「ひとつ屋根の下に男子がいるとか、正直そそる」
人妻の真実が、次々とつまびらかになっていく。
「脱ぎたての洗濯物をクンクンすると、若いくせにしっかり男の匂いがしてたまらない」
そんな真相が白日の下に晒される。
「若い男が浸かって出汁のでた残り湯とか、もう栄養でしかない」
終わってんだろ、この人妻。欲望の悪魔か。
見た目は長身の美女だというのに中身は完全な中2男子だった。
つまりこういうことか。いままで俺と喋らなかったのは、緊張してただけ。あるいは本性を見せぬようひた隠しにしていたかのどちらか。
勇者ちゃんママの思想がところどちらでも俺の身に危険が及ぶことに変わりない。
「だから前にも言ったじゃないですか、お母さんはナエ様のことを嫌っていないんです」
「このレベルの好きだとは思わないでしょ普通。俺よくこんな変態性のある変態と一緒に暮らして生きていられたな」
言葉を交わすことがこれほど重要だったとは。
見た目は楚々とした美人なのに、一皮剥けば残念の塊だった。
まるで中二男子のように拗らせている。男子が女子に寄せる変態性をそのまま逆にした感じ。
しかも恥ずかしげもなく口にするあたり、もう残念さに拍車がかかっている。
「最初レーシャが家に男子をもちこんだとき、心臓がバクバクした」
「もちこむとか言うな。俺は家具でもペットでもないぞ」
俺のツッコミにも、勇者ちゃんママは無表情だった。
しかし乳房に手を添えて鼓動を必死に抑えようとしている。
「その男子が今日、目覚めたら目の前にいて……やるしかないと思った」
「ひと仕事するみたいにやるとか言うな。アンタ自分の娘の前でなに口走ってんだ」
それでも悪い人ではないのだ、たぶん。
拾ってくれたことには感謝しかない。しかも衣食住のみならず職さえ斡旋してくれている。
いわばこの世界にきた俺の面倒をひとえに背負ってくれている。それがこの残念な美人の正体だった。
「とりあえずお母さんも起きたことですから朝ご飯にしちゃいましょう!」
「なんで君はそんなに冷静なんだい? お母さんのことになると視覚と聴覚にブロッカーでもかかるのかな?」
テーブルには朝の定番が並べられていく。
熱々で皮がパリッと割れる焼きたてのパン。具だくさんの野菜シチューは、昨晩のあまりもの。それから卵をふんだんに使ったふわふわオムレツが少し焦げてる。
勇者ちゃんは栗色の髪を跳ねさせながら颯爽と配膳を済ませていった。
「お母さんも朝ご飯を食べたら今日お店にだす商品を作ること」
「……ふぁい」
勇者ちゃんママに為す術はない。
娘の手から強引に口へパンを押しこまれ、寝ぼけ眼で、もぐもぐ。
らしくない、なんて。思ってしまう俺のほうがたぶん部外者なのだ。
2人の間には信頼を超えた絆が繋がっているかのようで。それがなんだか暖かい。
「ナエ様、どうかしたんですか? なんだかちょっとだけ嬉しそうですが?」
バレてしまったか。
どうやら口元が自然と緩んでいたようだ。
俺は野菜の溶けた甘いシチューを啜る。
「いや、この人が女手ひとつでレーシャちゃんを守ってきたのか、って思ってさ。なんだか家族の愛情のようなものに当てられた」
「でも私にとってはずぅっとこんな感じの見たままなんですけどね。世話が焼けるというか放っておけないというか、困っちゃいますよ」
勇者ちゃんはパンを頬張りながら口いっぱいに幸せを詰めている。
小鳥が餌を啄むみたいな仕草で食べ進めていく。食事をする姿まで愛らしいとはどういうことだ。
勇者ちゃんママは片親なのにこれほど純粋な子を育てたという功績がある。
「(そう考えるとおっかないけど嫌いになれないかなぁ)」
こればかりは俺の造った物語の外側を意味していた。
本筋にはない補足。作者の手を離れた別の路線。書きかけて放置されたこの世界の収束地点。
キャラクターたちが独自に生きているということの証明である。
「つまりレーシャの原産地は、この私。私がこの子を作りました」
口の周りを汚した勇者ちゃんママの目端がキラリと光った。
明らかに俺を見て言っている。しかも勇者ちゃんはまったく意に介さない。
「アンタ口開くと下ネタしか言わないんだな。黙っててくれたほうが好印象だったよ」
「やだ、照れる。若い男子に褒められるとか心臓が若返りそう」
両手で頬を包みながら腰を揺らす。
肘で圧された豊満なバストがあふれそうなほど強調される。
自動的に独自な変化をするのだ。だから俺がこのキャラクターを造ったのではない。
勝手に収束した結果が、勇者ちゃんママだ。
「褒めてねぇよ」
もう1度言う。
俺は、この痴女を造ってない。
何度だって言うぞ。
……………………




