45話 どでかすぎる報酬《Great Reword》
進まぬ物語
平穏無事の矛盾
怒濤の進展
バッドエンドRTA
手に入れる
とりこぼさぬ
物語
破壊
デイズ
頬を突こうとも、身体を揺さぶっても、まったく反応しない。
勇者ちゃんは石像の如く固まってしまっていた。
どういう状態かは不明だが、裏勇者ちゃんになっているわけではない。
ひとまず勇者ちゃんは放置するとして、俺だってシセルに用事がある。
「お前、レーシャちゃんのこと他言してないだろうな。この子を大事に巻きこむようなことだけはしないでくれよ」
わりと本気の真面目なお願いだった。
勇者ちゃんは勇者の力に目覚めることで物語に引きずりこまれる。
俺に勇者覚醒を妨害されたいま、この子は一介の少女にすぎない。
「大丈夫大丈夫♪ 私だってこんな可愛い子を矢面に立たせたいとは思ってないし♪」
シセルは勇者ちゃんを抱き寄せる。
ぬいぐるみをハグするみたいに、むぎゅうと両腕を回す。
栗色の髪へと頬ずりして、嬉しそうに目を細めた。
「…………………………!!」
いっぽうの勇者ちゃんは、されるがまま。
抱きすくめられながらも目をぱちくりさせて固まっている。
こういうときこの女は決して嘘をつかないのを俺は知っていた。
策を講じて人を貶める女豹の一面もある。だが、その根っこのぶぶんは仲間思いで誰よりも優しい。
「だぁかぁらぁ~」
そうこんな感じで、表情が変わるのだ。
人を貶めるとき、誰よりも蠱惑で艶然とした女を香らせる。
「代わりにナエナエっちのこと大ギルドに推薦しといたから♪」
は? 寝耳に地獄の洪水だった。
地味に嫌とかいうレベルじゃない嫌がらせに2秒ほど思考がロストする。
その直後、石像だった勇者ちゃんが「はえぇっ!?」と再稼働した。
「大ギルドって超ベテランS級クラスの冒険者さんたちが集う世界最高ランクのギルドですよねっ! シセルさんそんなところにもお顔がお利きになるんですかっ!」
「へっへ~ん♪ 私くらいのべってらぁんならちょちょいのちょいでございますよ~♪」
シセルはほどほどにある胸をぐいっと張り、得意げに鼻を鳴らす。
自慢げなポーズだ。胡散臭い笑顔と相まって、まるで人たらしの典型のよう。
「おいこらお前なんのまねだ? 俺は冒険者なんぞになった覚えは1度たりともないんだぞ?」
さすがに黙っていられるか。
この期に及んでまたトラブルを作られてはたまったものではないぞ。
するとシセルは、俺の鼻先にシロツメクサのような指を差し向けてくる。
「違う違う、お願いしたいのは冒険者としてじゃなくて講師役よ」
は? 本日2度目の疑問符が口から漏れでた。
「未生の柩、だっけ? ああいう捕まったら人生終わるレベルのトラップは少なくないわけ。で、ギルドを中心に冒険者たちへ新たに発見されたトラップの傾向と対策を広めないとなの」
確かに彼女の言うとおりこの世界はエグめのトラップがごまんとある。
元よりバッドエンドを迎えるのがヴェル・エグゾディアの収束地点なのだ。それはもうヒロインだろうがMOBの女キャラだろうが貪るトラップや魔物が大量に出現する。
「そ・こ・で! ナエナエっちの出番ってなわけですよ!」
そして今度は俺の額に指が突きつけられた。
勇者ちゃんが「おおっ!」と囃しをあげる。
「今回の冒険でナエナエっちは私ですら知り得ないトラップを見事に看破して1人の命を救ってみせた! だからその知識を是非冒険者たちの未来のために披露してほしいってなわけ!」
「ってなわけ、じゃないんだよ! そういうのは俺に許諾とってから動くのが社会人の常識だろ!」
「だってナエナエっち村の外にでるのとか絶対断ってくるじゃん?」
「ああ断る」「ほらね」これは出不精というわけではない。
単に厄介ごとに巻きこまれたくないだけ。ヴェル・エグゾディアの本筋にあまり直接関わりたくないと言い換えてもいい。
「いいか俺は絶対にお前の思い通りには動かないからな! お前のやりたいことを勝手に俺へおしつけてくるなよ!」
今度ばかりは梃子でも動かない覚悟だった。
多少気がいいヤツと心を許せば、これだ。このまま調子に乗らせたらシセルの思う壺である。
そっぽ向く俺にシセルはにやぁ、と。夢魔の如き艶容な笑みを浮かべた。
「でももうちゃんと公的な手段を用いた正式な書簡を大ギルドの大元締めに送っちゃったんだよねぇ♪」
「おい…………おいぃ!! お前今朝私文書がどうのこうのいってやがったなァ!? まさかそれかァ!?」
伏線の回収が早すぎる。
いや、俺がもっと理知的ならあそこで気づけたかもしれない。
この女豹がやることに無駄な行動という文字は存在しないのだ。
「いますぐとり戻してこい! そして焚書して世に2度と出回らない灰に変えてくれるわ!」
俺が胸ぐらに掴みかかるも、せせら笑い。
まるで微風に吹かれたかのように肩をすくめる。
「グリフォン速達使ったからいまごろはもうお空の向こう♪ ちなみに送ったの夜中だからいまごろは大本締めの目に入ってると思うよん♪」
「テメエエエエエ!! 外堀固めて逃げ道塞ぐの早すぎだろ!! 一夜城をマジで一夜で作るレベルの高度な嫌がらせをいますぐ止めろ!!」
俺の罵声もなんのその。
シセルは、唇を尖らせ、ひゅうひゅう空口笛。
「もうやっちゃったことだからしょうがないにゃぁ~? たぶん7日もしないうちに迎えの馬車がナエナエっちの人生にエントリーするんじゃないかにゃぁ~?」
絶望のどん底に穴が開いて奈落まで墜ちていく。
この女のやることすべてに気を払うべきだった。
「(ちょっと待てよ……大ギルドがあるのって確か4つ目くらいの街だろ!? 2番目と3番目の街ぶっ飛ばしてるじゃないか!?)」
旅立たなかったしわ寄せどころじゃない。
たぶん主物語通りに旅だったとしてもおつりがくるレベル。このままでは怒濤の進展になってしまう。
しかも2番目と3番目の街にだってあるていど通らねばならないイベントがあるのだ。
いるのだ。
3番目の街に。
勇者ちゃんの仲間になる、もう1人のパーティーメンバーが。
「(まさかの仲間キャラクター加入イベントスキップゥゥゥ!?)」
この恐ろしさが伝わるか。
本来なら仲間になるはずのキャラクターを飛ばすという、この恐怖が。
こんなものシナリオクラッシュどころの騒ぎではない。バグ、グリッジ有りのバッドエンドRTAじゃないか。
「(1回冷静になれ、1回冷静になれ、1回冷静になれ……――1回冷静になれッ!!)」
もはや俺の思考はパンク寸前だった。
「(大ギルドまでの道のりを安全に移動出来ることがメリットか!? いや、まずそこまで一気に進むことそのものが大問題なんだ!?)」
いわばこれは、小説2巻分を飛ばす行為に等しい。
主人公は様々な苦難や勇気、努力、悲しみを乗りこえ前に進むのが妥当だろう。
なのに勇者ちゃんは未覚醒のまま。そのうえ第3章というべき大ギルド編に突入しようとしている。
「(まずいまずいまずいまずいっ! 大ギルド編に入ったら勇者ちゃんのライバル候補がでてくるし、なによりギルドのトップランカーたちが総出で迎えてきやがる!)」
なにが俺をここまで追い詰めているのかをまず明確にしておこう。
勇者ちゃんが勇者ではない状態でネームドキャラクターに出会ってしまうことが問題なのだ。
通常ならば勇者として出会うはずのネームドキャラクターたち。そのはずなのに勇者ちゃんが未覚醒なため、まったくの無関係な間柄を構築してしまう。
「(つまり本来のあるべき物語から大きく逸れてしまう! そうなったらもう、俺が生みの親というアドヴァンテージが消え失せる!)」
この世界はまるで岩に阻まれた清流の如く収束しようとする。
このまま新しい流れが構築されようものなら、それに沿って未来もまた容易に形を補正していく。
そうなれば勇者ちゃんと出会わないネームドキャラクターの行動予測がつかなくなってしまう。
「つまりナエ様のご功績が多くのかたがたに認められたということですよねっ!」
俺は、冷や汗まみれ大葛藤している。
その真横でぱちんと弾けるような音が鳴った。
それは勇者ちゃんの心が音を立てて跳ねたような、純粋な喜びの響き。
けなげなほどに無垢な笑顔を浮かべ、彼女は「わあっ!」と両手を天へ差し伸べる。
小躍りするように白い足が交差され、スカートが広がる。流れるような振り袖が春風のようにひらひらと舞う。
その姿は祝福そのもので、世界のどんな奇跡よりも眩しく思えた。
「違う、違うんだよ、レーシャちゃん。こんなのは認められたんじゃなくて……ハメられたっていうんだよ」
「それでも私はすっごく嬉しいですっ! ナエ様のお力が多くの冒険者さんたちの命を救うっ! こんなに素晴らしいことってないですよっ!」
嗚呼、なんて純粋なんだ君は。
ぱっちり見開いた眼に星が散りばめられたかのよう。
期待と慈愛と喜び。その残酷さに彼女が生涯気づくことはない。
「で、腹は決まったわけ?」
大人びた微笑を浮かべ、シセルがこちらを見ていた。
俺は小躍りしてはしゃぐ勇者ちゃんの横で、顔の中央に皺を寄せる。
腹が決まるものか。元凶に抗議の睨みを効かすことしかできない。
「……ったく、じゃあしょうがないなぁ」
シセルはやれやれと首を振った。
腰の雑嚢から小さな包みをとりだす。
「……なんだよそれ? 賄賂か?」
「ま、そんなもんよ」
包みを受けとると、微かに甘い香りが漂う。
「これ、クッキーか?」
「…………ま、味見はしたし食べられると思うけど」
包みを広げると、なかには不出来で不格好な焼き菓子が詰まっていた。
「ヘッタクソだなぁ」
「初めて作ったんだから、あんまりけなさないでよ……」
シセルは目を逸らしたまま、こっちを見ようとしない。
なぜだか僅かに頬を赤らめている。
くれるというのであればもらおう。さすがのシセルでも毒を盛ったりはしないはず。
「ん、ちゃんとクッキーだな」
「クッキー……作ったからね」
さくりとした歯ごたえが心地よい。
砂糖と塩の加減もほど良く、初めてにしては悪くない。
少し焦げすぎているものも数枚紛れているが、それはそれでアクセントになっている。
そうして食べ進めていくうち。俺はふと疑問を覚えて、即座に理解した。
「お前の言ってた初めてをあげるって……これのことか?」
「………………」
シセルからの返事はなかった。
それどころかこちらを決して見ようとしない。頬どころか耳の先まで真っ赤になっていた。
これはアフロディーテ救済の報酬ということだろう。初めての料理をワザとイヤらしい表現をすることで俺をノせたのだ。
明らかな裏切り、とでもいうべきか。しかし実のところ少しだけ安心してる俺もいる。
「ま、そんなことだろうと思いましたよ。現に俺が勘違いしただけだし、言質もとってないし」
謝罪があるなら受け入れる準備はできていた。
ああでも言わないと協力が得られない。そう考えてシセルなりに立ち回ったのだ。
友を思い、身をやつす。それで大切なものを犠牲にするなんて。こちらとしても目覚めが悪い。
「…………味は?」
消え入りそうな、声。
僅かに潤んだ瞳が横目がちにこちらを見た。
正直、褒められるほど美味くはない。腹の足しくらいにはなるていど。
「まあ、美味いかな」
「……そか。ありがと……」
どちらの礼なのだろう。
アフロディーテを助けたことか、それとも気を使った感想に対してか。
俺はシセルのよそよそしさに違和感を覚えながらも、そのまま3枚4枚と食べ進めていく。
「なんだこれ?」
「…………」
奥のほうに、それは入っていた。
まるで見られたくないものを隠すようにして、押しこめられている。
紙のように見えた。日本で使われているツやっとしたものとは別の、ざらついた皮の紙。
「!?!?!?!?!!?!!?」
広げた瞬間、俺は全身に数億ボルトレベルの衝撃を覚えた。
《シセルちゃんを自由にでききちゃう券》
そこに書かれていたのは、途轍もないモノ。
何回でも、何回でも、何回でも――脳内に福音が木霊する。
「お前これ――っ」
開きかけた唇に、そっと指が触れた。
シセルは、その指を自分の口元に立てて「しぃぃー」と吐息を漏らす。
顔中の血が一気に巡るような気分だった。しかし彼女のほうはもっと真っ赤になっている。
「そ、それ……いつ使ってもいいけど、使うときはあらかじめ言ってよね?」
シセルは腰をもじもじとくねらせ、太ももの内側をこすり合わせる。
普段の飄々とした態度が嘘のよう。どう見ても生娘の仕草だった。
「その、キレイにしとかないと、だから」
いままでシセルが見せたことのない第3の顔。
絶対に目を合わせないのに、不機嫌そうに唇を尖らせる。女の顔だった。
その衝撃たるや。鈍器で殴られたかのような痛打が俺を襲う。
「言っとくけど、誰にでもこういうことするわけじゃくって、相手くらい選んでるんだからね」
羞恥に震える唇がやけに色っぽい。
そして2度目の衝撃が鼓膜と脳髄を揺らす。
男、朝倉苗。いまひとたびの勇士を図るとき。
まさにいま、俺は奮起せねばならぬ。
「おふたりともどうなさったんです?」
楽しげに踊っていた勇者ちゃんが戻ってくる。
こちらを交互に見つめながらぽかんと首を傾げる。
「いく、ぞ……」
「へ? よく聞こえませんでしたよ?」
そう、俺は特異点。
ならば道理になんて縛られている場合じゃない。
「大ギルド編!!!! 突入ダアアアアアアアアアア!!!!」
明日をぶっ壊す。
日々物語を破壊する。




