44話 勇者ちゃんは可愛い!!
一難去って
ようやくとり戻した
日常
飽くなき平穏
夢の跡
膨らむ頬に
報酬を
「ぷぅぅぅぅ!」
明朝にアフロディーテを見送って軽く休めば、もう仕事。
店は毎日開けなくてはならないのが個人経営の辛いところ。
それに居候させていただいている身なのだから文句もいっていられまい。
「いらっしゃいませぇ、いらっしゃいませぇ。本日は新商品が並んでおりますのでどうぞご笑味下さいませぇ」
こう毎日レジで道行く人々を見ていると、自然に村の顔を覚えてしまう。
常連の奥様集団がいて井戸端会議中に摘まめるパンを買っていく。
あちらのおっさん冒険者は日銭稼ぎで万年低階級のらりくらりやっている。
向こうで黄色い声をだしているのは、学び舎に向かう少女たち。和装のスカートを快活で健康的な脚が蹴りつけた。
「ぷううううう!!」
「らっしゃっせぇ、らっしゃっせぇ」
隣では勇者ちゃんがパン屋のレジで頬をぱんぱんにしている。
先ほどからだいぶ不機嫌らしい。こちらをガン見しながら睨んでくる。
白い頬を膨らませている顔はお世辞抜きで非常に愛らしい。なのだがどういう状態なのかわからないぶん触れにくい。あとちょっと面倒くさい。
「ハレンチです!!!」
無視していると突然に斜め下から指がびっしと突き立てられた。
「なにが? 俺いま規制くらうようなこといったっけ?」
「ハレンチったらハレンチですう!! ハレンチ屋さんのナエ様が立ってるせいでうちの店がハレンチ屋さんになってしまいましたあ!!」
「え、なにその店……超行ってみたいんだけど」
突如として暴挙が俺を襲う。
それはさながら魔女裁判。謂れのない罪が勇者ちゃんにより与えられた。
どうやらかなりご機嫌斜めらしい。相手にされなかったこともあってか怒りのボルテージが頂点にまで達しつつある。
「今朝のあれ以降お鼻の下が伸びっぱなしじゃないですか!」
「あっとぉ? 俺の鼻の下そんなに広大ですか? だったら出会った直後からずっとこの面積ってことになりますがね?」
「そ、そんなにアフロディーテ様にちゅ、ちゅうしてもらったのが嬉しかったんですかあ!」
恥ずかしいやら怒っているやら。
あるいはそのどちらもか。どうやら今朝の終幕は勇者ちゃんにかなり刺激が強すぎたらしい。
そ り ゃ う れ し か っ た さ 。
生きていたころ女子と手を繋いだのは、藁の中の七面鳥をBGMにオクラホマミキサーを踊ったていど。
その後もとくに恋愛フラグが立つわけでもない。文字通り死ぬまで女子と手を繋ぐチャンスは訪れなかった。
しかし今回の生きていたころの無行動な俺とは違う。
色々がんばって手を回した結果、得られた報酬が頬へのヴェーゼ。これぞ努力が報われるというもの。
「(ん? しかしよく考えたら努力した報酬としてあれじゃめちゃくちゃ安くないか?)」
大規模ダンジョン攻略成功、魅了の対策、さらには命まで救ってやった。
最終的にそのお礼が頬に軽くキッスていど。それ以外に報酬の金品受領なども発生していない。
「割りに合わないぞ……あの姫騎士以外と渋ちんだったな」
「まさかあれよりもっと凄いことをご所望している!? ナエ様の欲望は私の許容範囲をとっくに超越していたということ!?」
兎にも角にも、だ。
勇者ちゃんはヒスっているが、騒動は去って平穏な日常が帰ってきた。
焼けた小麦と花のファンシーな香りが全身に染み入る。このゆったりとした空気感こそ俺が求め焦がれていたもの。
横に勇者ちゃんがいて、晩に勇者ちゃんママの作るご飯をいただき、温かい煎餅布団で就寝する。食う働く寝る、これぞ人の神髄というヤツだ。
なのに平穏が帰ってきても勇者ちゃんは膨れてばかりいる。さすがにこの状態は居心地が悪い。
「ところで……なんでそんなに怒ってるの?」
正直彼女が怒る理由がわからない。
だからいっそ直接問いかけてみる。
「今回私もがんばったんですよ!」
「あ、はい」
「いっぱい怖い思いをしながらとってもがんばったんですっ!」
がんばったといえばがんばったほう。
勇者ちゃんはちゃんと戦力になっていたし、こうして生きている。ゴブリン1匹に追い詰められていたころの彼女ではない。
「(つまり褒めてほしいってことか?)」
状況により思考完了。
俺は手をそっと勇者ちゃんの栗色の頭に添える。
「よーしよしよし! 今回のレーシャちゃんはがんばったぞー! すごいぞー!」
「えへ♪ えへへへえへへ♪ くすぐったいですーっ♪」
もう乱れるほどに撫でまくった。
それはもう子犬を構うかのように。
すると勇者ちゃんもチーズのように頬を蕩かせ目尻を緩ませる。
「って、違いますっ! そうじゃなくてですねっ!」
手が払われようが構うものか。
いや構ってるんだけど。
「よーしよしよし! よしよしよしよしよし!」
「えへへえへ♪ きゃーーー♪ えへへえへえへ♪」
なにこの可愛い生き物。
言いたいことがあったようだが撫でられると嬉しくなってしまうらしい。
しかし再び俺の手がぴしゃりと払われてしまう。
「違いまーーーす! 私はこんなことでは懐柔されたりしません!」
「(お、雑念を振り払った)」
勇者ちゃんは小兎の如く跳ねて、射程外へと逃げてしまった。
あれだけ喜んでいたのに振りほどくとは、今日の彼女はひと味違う。そこには二の轍は踏むまいという気合いが秘められている。
「違う、って……報酬が欲しいってこと? まあそこまで大金じゃなければ支払うことはやぶさかじゃないけど……」
可愛い可愛い勇者ちゃんがおねだりしてくるのならば財布ごと捧げても構わない所存。
これぞP活ならぬ勇活の基本姿勢なのだ。男、朝倉苗。貢げというのであれば、貢ぎます。
「違います!! ナエ様がアフロディーテ様にされていたように!! ほっぺにご褒美が欲しいです!!」
勇者ちゃんは真っ赤になりながらも、胸を張って堂々とした宣言をした。
その瞬間、勢い余ってスカートの裾がふわりと揺れ、豊かな胸元が小さく弾む。
恥ずかしさに震えつつも、真正面から俺を見据える瞳は真剣そのものだった。
「……? してくれるのぉ!?」
「あ、いやその……できれば……私のほうに、してほしいかなぁ~なんて、ですね……」
最後のほうはほぼ声になっていなかった。
勇者ちゃんは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
それからお伺いを立てるよう細い指をもじもじと編みながら、ちらちらと俺を見上げてくる。
「(俺がする側? 女の子の考えることは良くわからんな?)」
きっと今朝の俺とアフロディーテのやりとりを見たせいだろう。
ちょっとだけ大人の階段上る的なシンデレラストーリーに焦がれているのかもしれない。
こんな小さな村で商売づくめなのだ。色恋を持て余しているぶん少しでも刺激が欲しいのだ。
「よしじゃあわかりました! 僭越ながらレーシャちゃんの要望通りにご褒美を進呈します!」
「ほんとうですか!? ほんとにほんとにほんとですね!?」
俺の宣言を聞いた勇者ちゃんは顔中に喜びを敷き詰める。
男に二言はない。俺は勇者ちゃんに歩み寄って華奢な肩に手を置く。
すると彼女も一瞬震えてから白くなるくらい両手をぎゅう、と締めた。
「……なんで目まで閉じちゃうんだい?」
「心構えですっ! さあ、どうぞっ!」
なんでか獲物を狩る前のライオンの気分だった。
でも彼女が欲しているのだからこれは罪にならないはず。
「~~~~~っ!」
顎をあげ、息を止め、爪先立ちで待機している。
いつまでも見ていられるのだが。あまり待たせたら酸欠で倒れてしまいかねなかった。
「じゃあほっぺにちゅう、いきます!」
「は、はいっ! おにゃがいしますっ!」
試合前の号令かなにかだろうか。
いつの間にか店内が不穏な緊張で張り詰めている。
しかしこういうのは早めに終わらせるに限る。俺は覚悟を決めて勇者ちゃんのゆっくりとした頬に唇を近づけていく。
「やっほやっほぉ♪ おねーちゃんがきましたぞー♪」
不意な乱入者の入店だった。
俺と勇者ちゃんは同時にそちらのほうを向く。
すると一瞬だけ、俺の唇になにかがかすった気がした。
入り口からシセルが散歩でもするような足どりで入店してくる。
敵意はまるでない、ただどこか胡散臭い笑みを浮かべながら。肉の厚い太ももを惜しげもなく揺らし、軽やかなステップでこちらへ近づいてくる。
「2人とも相変わらず仲がよろしいようで♪ そんな近くで肩ならべちゃってまるで兄妹みたいじゃないの♪」
レーシャちゃんが妹。最高じゃないか。
トラブルメーカーのくせに、たまにはいいことを言う。
調子に乗るから絶対に口にだして褒めたりはしないが。
「なんだ? また冒険前の買い出しか?」
「おっとっと、私への対応がこなれてきてるね。もっと歓迎ムードでもいいんだゾ」
語尾、ゾ。じゃねぇ。お前いつの時代の人間だ。
肝心なときに狙ったように邪魔に入る。
とはいえ俺もちょっと小っ恥ずかしかったし良しとしよう。
「あれ? なんか店内がいつもと違う匂いしてない?」
目ざとい。さすが冒険者、目ざとい。
シセルは犬のようにしきりにフンフンと鼻を鳴らしはじめた。
「今日から新商品がでてるからそのせいかもな」
「マジ!? なんていう商品なのぉ!?」
聞かれたのであれば答えよう。
パン屋だからこそ容易に成しえた我が母国の料理を。
「よくぞ聞いてくれた! これぞパン粉をまとわせ油でからっと揚げた! その名もオークカツパンだ!」
ロースカツを文字って満を持して登場したのが、このオークカツパンである。
この世界は豚より魔物のほうが多いから費用対効果も良いときている。
「へぇ~? パンに唐揚げみたいなの挟んだ感じ? 新商品のわりにあんパンと比べるとけっこうオーソドックスじゃない?」
予想していたよりかなり驚きが薄かった。
シセルの反応から察するに揚げ物自体さして珍しいものではないらしい。
「……なんだよ、この世界に唐揚げあんのかよ」
言われてみれば揚げ物なんて油に放りこめばいいだけ。
とくに文化的でも画期的でもなんでもないか。
「ところでさ? いまレーシャちゃんどういう状態なのさ?」
シセルは指をつい、と頬に当てながら首を傾げた。
勇者ちゃんなら俺の横にいる。しかし彼女の言うとおりなにかがオカシイ。
「どうったってそりゃいつも通りに可愛……い?」
普段ならばシセルを見るなり大はしゃぎ。
の、はずなのだが勇者ちゃんはひと言も発さずにいる。
「………………………………!」
キス待ちの姿勢のまま。
瞬きひとつしないで、固まっていた。
しかも全身の肌が風呂上がりかと勘違いするほどに茹だっている。
「なにしたん? 脱衣所で脱ぎたてパンツをパチってるとこ見られたとか?」
「なんで自動的に変態扱い?! さすがの俺だって無機物には興味が湧かないぞ、たぶん!」
※つづく
(区切りなし)
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




