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未完世界のリライト ーシナリオクラッシュ・デイズー  作者: PRN
Chapter.2 裏はオモテナシ、裏の裏だったらロクデナシ
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38話 未生の牢獄《Shell Trap》

閉ざされた

女騎士


子宮から

産み落とされた

邪悪


胎動する

胎児


罪と罰


牢獄からの

緊急救助作戦

 戦慄。硝子を引き裂くような兵の悲鳴によって狼狽と混乱が場を支配した。

 女騎士たちは胎児を前に極寒に晒されるが如く固まっていた。

 同性であるがゆえに青ざめ、悲壮し、表情筋が絶望に痙攣する。

 仲間を失っただけではない、女の身で魔物を孕まされた。嫌悪と戦慄が彼女たちに重くのしかかっていた。


「ち、違う! 彼女はまだ生きているはずだ!」


「早く助け出さないと! このままじゃ!」


「頼む、開いてくれェ!! 仲間を返せェッ!!」


 剣が、槍が、閉じられた長方形へと突き立てられる。

 必死の祈りとともに5人がかりが力をこめる。しかし石の門戸のように、びくともしない。

 まるで意思を持つかのように口を閉ざしたそれは、ただ黙してそこに佇むばかりだった。

 そのとき。


「Ah、Aaa――A!」


 吐きだされた胎児が蠢き、震えた。、

 声なき声をあげた。生命が芽吹こうとする直前だった。


 ズブリ、と銀光が儚き命を貫く。


 剣が迷いなく頭部に突き立てられていた。

 無慈悲、冷徹。しかしそこにあるのは魔物を決して許さぬという決心。

 赤子の形をした魔物は、産声をあげるより早く、死の淵へと叩き落とされる。

 姫騎士は、剣を振り払って切っ先の脳漿を散らす。


「……仲間を救うために、知恵をお貸し下さい」


 その言葉に、シセルの瞳孔が開く。


「……え?」


「先ほどナエ様はこの物体がなんであるかをわかっていました。だから彼女を止めようと手を伸ばした。違いますか?」


 その指摘に、シセルは俺を見つめながら息を詰めた。

 いつもの軽薄な笑みも、場を和ませる調子もない。唇が震え、握りしめた拳の節が白く浮かびあがっている。


「知ってるのなら教えて、なんでも用意するから!? 毒、それとも酸!? 魔法でも爆薬でもいいの!? なにをぶちこめば助けられるのか教えて!!」


 シセルの声が張り裂けた。

 縋るように、叫ぶように。必死さが胸を抉る。


「……っ」


 俺は、歯を食いしばった。

 騎士たちの悲鳴めいた気勢が耳をつんざく。


「こじ開けろォ!! まだそれほど時間は経っていない、きっと生きているッ!!」


「頼む頼む頼む! 返せ返せ返せ!」


 声が、重ねた罪のように圧し掛かる。

 焦りが伝染し、思考がまとまらない。


「(考えろ……考えろ考えろ……思いだせ! あれを造ったときの俺は、どう設定した!)」


 こめかみを打ち破らんばかりに脳を唸らせた。

 そしてふいに、脳裏をよぎる。

 火に炙られ、層を剥がすように開いていく、それの映像が。


「……!」


 まるで天恵が舞い降りたかのように、思いだす。

 次に俺は、思考を放棄し、迷わず声を張り上げていた。


「炎、いや熱だ!! 重なった部分に火を押し当てろ!! 焦らずゆっくり、焼き切るんじゃなくて剥がすイメージだ!!」


 兵たちは2秒ほどその場で硬直した。

 しかし咀嚼してからの行動は極めて早い。


「炎系統の弱魔法を使える者はいますぐ詠唱を!」


「なるべく多くの松明を灯すのよ! 上辺と左右に分かれて満遍なく熱を与えていくの!」


 兵たちが熱源を片手に長方形の牢獄へと群がった。

 次々と詠唱の声が重なり、掌に生じた炎が押し当てられる。松明の赤が追加され、じりじりと空気が焦げていく。


「もっと強く! でも焦がすな、的確に裂け目を狙え!」


 ぱちぱちと音を立てながら幾層ものヒダが縮み、わずかに捲れていく。

 石とも肉ともつかない不気味な表面が、不快な軋みをあげる。


「っ! 剥がれてきました!」


 誰かの叫びに、兵たちの緊迫感がいっそう高まった。

 わずかな隙間に槍の石突きを押しこんでいく。数人がかりで閉じた長方形をこじ開けていく。


「掴んだ! 手を掴んだわ!!」


 1人の兵が勇敢にも狭間に腕を突っこんだ。

 両脚で長方形を蹴りつけながらまるで根の張った野菜を引き抜くかのよう。掴んだ女性の白い腕がずるずると抜かれて露出していく。

 全員本気だった。魔物と戦っていたときよりも本気で救おうとしている。

 そして長方形のなかから半端に衣服を解かされた兵が、ようやく姿を現した。

 あれほど美しくも猛々しかった装備に見る影もない。表面は解かされてボロボロに崩れ落ち、その継ぎ目からは粘液に濡れた肌が透けている。


「まだ生きてる! 息があるわ!」


「急げ! 早く引きずりだして応急処置を!」


 歯を食いしばる音、呻き声、涙交じりの叫びが入り乱れた。

 呑まれて光を阻まれたはずの女騎士が、ずるずると引きずりだされていく。

 そして女騎士が地面に転がると同時に、長方形は断末魔を上げるように震えた。


 ずどん。


 豪快な破砕音を響かせながら、その身は2つに割れて地面に倒れ伏す。

 断面にはびっしりと、獣の腹の内側を思わせる無数の絨毛状のヒダが敷き詰められている。

 だがそれらはすでに稼働していない。高温で焼かれたことにより壊死し、真っ白な灰色へと変貌していた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 救いだされた女騎士は、生を実感するように呼吸を繰り返すのみ。

 さらに荒く呼吸を繰り返したのち、腹を抱えこむ。


「ぐぇっ、げはっ――おええええぇぇッ!!!」


 (せき)を切ったように炭の如く黒い吐瀉物を撒き散らした。

 焦げた血と膿を混ぜ合わせたような臭気が周囲に満ちる。仲間である周囲の兵たちが一斉に顔を背けるほどの悪臭だった。


「げええええぇぇ!! げぼっ、げぇえぇっ!! ぐぇっ……ごほっ、げはっ!! ぐ、げぶっ……ぐはっ……!」


 胃を裏返すとはまさにこのことか。

 しかも全身は腐臭と粘液に塗れ、鎧はほとんど融解して形を保っていない。

 鎧下であろう衣服でさえ継ぎ接ぎに裂け落ちていた。どれほど苛烈な状態に彼女が囚われていたのか想像に難くない。


「まるで……まるで身動きが取れない状態でッ……! 使われた!!」


 女騎士は涙と涎で濡れた顔を振り乱す。

 凍えるように身体を抱きしめる。そんな状態でも喉を潰さんばかりに叫ぶ。


「無許可で……ナカに入られて、っ! 口に、なにかを注がれてる間にッ!! 産まされてたッッ!!」


 言葉にするだけで身を裂かれるような羞恥と憎悪が滲む。


「抵抗する術もなければ産み付けられた感覚さえなく使用されたッ!! 騎士として!! 女として!! これほど強烈な屈辱はない!!」


 目の前の仲間たちを睨みつけるのではない。

 まるで己の内奥へ向かって叩きつけるような叫び。

 そしては仲間たちによって助けられた。しかし彼女の悲劇はそこで終わりではない。


「そこはアナタの、入っていて良い場所じゃないッッッ!!!」


 嗚咽混じりの絶叫が響いた。

 直後、彼女の抱いていた腹部から腕が解かれる。


 そこにはすでに2匹目がいた。


 否。まだ生まれていないが、確かにそこにあると呼ぶべきか。

 悲劇を前にした兵たちの脳内を知るすべはない。が、全員等しく氷刃で撫でられたかのような絶望を体現していた。

 なおも絹を裂くが如き悲鳴が、幾度となく迸る。


「でっていって!! でていってよ!! そこは愛すべき相手と育むためにある場所なのよ!!!」


 吐き散らした黒濁の液体の臭いが立ちこめていた。

 つづいて喉を焼くような嗚咽と嗟嘆が鳴り止まない。

 半狂乱に陥った彼女は、自らの意志と反して膨らんだ腹を両腕で抱きしめる。


「わたしのなかからでていってぇぇ!!! いやああああああああああ!!!」


 次の瞬間、噛み締めた歯を血で滲ませた。

 発狂したように己の腹へ何度も、幾度も、拳を叩きつける。

 狂おしいまでの否定。殴るたびに鈍い音が響く。そのつど、球体のように膨れた腹部の皮膚が赤黒く変色していく。

 その姿はもはや騎士でも兵でもない。女としての尊厳を掻き毟りながら、叫びと痛みに溺れるただの人間だった。


「お止めなさい」


 その腕を掴んで制したのは、姫騎士だった。

 事情を見ているにもかかわらず対応は冷ややかで、容赦がなかった。

 

「泣くことも、叫ぶことも許しましょう。ですが、自らを傷つける行為だけは決して認めません」


 だが、厳しさの奥には誰よりも深い慈愛が潜んでいる。

 自傷を止めた女性の濡れた頬に優しく手を触れる。


「2名、彼女の護衛について近隣の村まで後退し、教会に急ぎなさい。迅速に堕胎処置を施し、その後身体浄化(リライズ)を」


 周囲の騎士たちが息を呑むなか、彼女の命令のみ、絶対だった。

 ふ、と。微笑む横顔は、剣よりも鋭く、しかし母の腕のように温かい。


「すみ、ません。……錯乱してしまうとは、花の隊として失格です……」


 掠れ声でそう零す女騎士の頬に、涙がまだ伝っていた。


「なにをおっしゃいますやら。貴方は穢れてなどいませんよ」


 姫騎士は、毅然と、しかし静かに告げる。


「その証拠に、先の冒険者とは違って精神崩壊(サイキックフォール)には陥っていません。高潔な騎士の魂は曇ることなく、いまも貴方の心を守りつづけているのです」


 彼女を見上げる女騎士の瞳に、光が宿った。

 そして嗚咽を噛み殺し、力なく頷く。

 やがて2人の騎士が護衛として編成され、彼女を抱えるようにして退避していく。


「(結果として延命したが、ただ助かっただけじゃない。アフロディーテは助けた上で立ち直らせたんだ)」


 遠のく影を見送りつつ、俺の心は揺らいでいた。

 無惨にとり込まれ、瞳の光を失った冒険者とは違う。あの女騎士は再び己の意志で立ち上がった。

 高潔な心と、仲間の支えがある限り。厳格でありながら慈愛に満ちた《花の君》の膝元へと、きっと戻ってくるだろう。


「隊長。残りのトーテムは如何致しましょう。正直いまの士気で核に到達するのは難しいかと」


 副官が指示を扇ぐ。

 同時にアフロディーテがこちらに歩み寄ってくる。


「知っていることをお教えください。私は内心、あの物質へ非常に高い嫌悪感を示しています」


 シセルも、他の騎士たちも、一心に俺のほうへ関心を向けた。

 もうここまできて黙っているという選択肢はない。教えなければならない、悲劇の産物の元凶を。


「シェルトラップ、未生(みせい)(ひつぎ)


 やけに喉が絡んで仕方がなかった。

 だが、俺はつづける。つづけなくちゃいけないから。


「アレは普段地面に模倣して隠れ潜み獲物を待つ。それから適合する生体が上を通ったときのみ作動する」


「柩……ですか? しかも適合する生体……?」


「女だ。人間にかかわらず子を宿せる身体なら捕獲対象として認識される」


 俺の放ったひとことに、場が少なからずざわめいた。

 女騎士たちは顔を見合わせ、硬直する。小さな悲鳴が、あちこちでこぼれ落ちていく。

 反応は決して大袈裟ではない。《花の隊》であるからこそ。彼女たちが女であるというただそれだけで、対象となり得てしまうのだから。


「まず閉じる衝撃で意識を混濁させ、開いた蛙のような姿に固定し四肢の自由を奪う。それから子宮に気管を強引に(ねじ)じこんで受精卵を埋めこむ。あとは母胎の胃へ別の気管を通し、魔素と呼ばれる体液を直接注ぎ入れる」


「魔素、って……さっきあの子が吐いた、この黒い液体のこと?」


 シセルが、足元の地面を指差す。

 そこには救助された女騎士が吐きだした黒い染みが広がっていた。

 胃液や涎といった生理的な産物よりも、はるかに醜悪。鼻を曲げるほど強烈な腐臭が立ち昇り、嗅ぐだけで吐き気を催すほど。

 俺は、シセルに頷いてから神妙につづける。


「魔素は魔物の栄養だと……俺は考えている。急激な成長促進や強化、凶暴化。それらは一部の魔物が作りだす魔素の過剰摂取によるモノ……だと思う」


「それで、ものの数秒しか経ってないのにお子さんが産まれちゃったってわけですか……」


 シセルの表情は、そのまま汚物を見下すかのようだった。

 ここで情報を断定しなかったのは、俺の裁量というやつ。

 これは王都の騎士でも知らされていない、ガチの極秘情報。あまり情報を連ねれば俺という存在そのものが怪しまれかねない。


「ちょっと待って。もしナエナエっちの言ってることが本当だとすると……」


 冒険者の勘というヤツか。

 シセルは、いっそう険を籠めた眼差しを周囲に巡らせる。 


「ここにあるすべて柩のなかに、入ってるの?!」


「だろうな。じゃないと柩の蓋は閉じないはず」


「だろうなじゃなくって! じゃあ早く助けてあげなきゃダメじゃん!」


 おそらく先ほど救助された冒険者の仲間も被害者に含まれるだろう。

 この連なって20ほどはあろうかという柩のどこかにいる。そして1つに1人が入っている。

 シセルが血相を変えて助けると息巻くのは自由だ。それは常識的に考えて正しい選択でしかない。


「(だけど……たぶん、もう!)」


 俺のなかで後悔の念が渦巻いていた。

 こんなものを造ってしまったという、遅すぎる罪悪感が己が身を焦がす。


「小さな鳥さん小さな鳥さん鳴いて慌てて何処行くの? 弱くて怖くて慌てて飛びでて何処行くの?」


 すると、耳にするはずのない調べが、唐突に響きはじめた。

 舌足らずで、幼子のわらべ歌めいた声色。だがその裏に、どこか底冷えする愉悦が潜んでいる。


「小さな鳥さん小さな鳥さん翼は折れても歌えるの? 涙に濡れても羽ばたくの? 巣に帰れずに何処行くの?」


 ふと気づけば、彼女がいた。

 口ずさんでいたのは、ずっと俯いて黙していたはずの勇者ちゃん。

 否、それは勇者ちゃんであって、勇者ちゃんではない。


「(なんで!? こんなときに限って!?)」


 彼女は、ゆっくりと。

 もたげるように顔を上げる。


「もう苦しまないね」


 浮かんでいたのは、これまで1度として見せたことのない恍惚で艶容な笑み。

 彼女の到来は、花弁が開くように自由であるかのようだった。

 しかしそこには、血と似た色を滲ませている。


「《獄門の番人(ヘルカイザー)》」



※つづく

(区切りなし)

最後までご覧いただきありがとうございました!!!


未生=単体では産みだせない

完成=最後のパーツで機能する

柩=最後を迎える(ハコ)


キャラデザイン完成間近なので、その後に1枚イラストにする予定です!!!!

どのキャラなのかはお楽しみに!!!

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