33話 花の隊、合流《Main actor’s》
麗しき
女性のみの部隊
《花の隊》
任務
花の君の守護
一蓮托生
大規模ダンジョンへ
いざ冒険
「花の隊、揃いました」
格式張った報告の声とともに一陣の風が吹き抜ける。
村の外の草原に威風ある騎士がずらりと整列して居並ぶ。
風にたなびくマント。陽に煌めく軽装鎧。無言のまま前を見据えるその姿は、ただそれだけで観る者を圧倒する。
「これより隊長の指揮下の元大規模ダンジョン攻略に着手します」
誰かがそう呟くと、黄金の陽を背に現れた彼女が緩やかに前へ歩みでる。
「ようこそ、我が友たち。再び集いし我が誇りを、心より祝福いたします」
アフロディーテ隊隊長。
《花の君》アフロディーテ・エロイーズ・サクラミア。
物腰は風のように柔らかく、されど軍をまとめる威厳と品格に満ちていた。
彼女の言葉に、女騎士たちは無言で敬礼を返す。
花の隊。その名の通り、ただ美しいだけでなく、咲き誇りながら強くあれと誓った者たち。
そしてその中心に立つアフロディーテこそ、全員の矜持と誓いの象徴だった。
「……隊長」
「あらスミレではないですか。お顔の色が悪いようですが如何致しました?」
整列した隊のなかから1人ほど。
矢避けのついたヘルムに面を半分ほど隠した兵がアフロディーテに近寄っていく。
「書き置き1つ残して勝手に現着を早入りにするってどういうことですかあああ!!!」
あろうことか隊長へ。
叱咤という怒声が降り注ぐ。
「道中は副官にお任せします、じゃないんですよおお!! んもおおお!! 私がどれだけ隊長の安否と遠征に気を揉んだと思っているのですか!!」
女性は、怒り心頭に震え滾る様子だった。
考えるに、アフロディーテが勝手に先行したのだろう。
隊の誰にも相談せず、副官に書き置きを残すていど。中間管理職の気苦労そのままだった。
「あら。でもスミレは見事ここアークフェンまで隊を率いてこられたではないですか」
「そ、そりゃ……まあ、この辺は魔物もさほど強いわけではないので……」
「つまり貴方はワタクシの与えた試練に打ち勝ったということです。獅子は我が子を千尋の谷に落とすといいますしね」
ぐっ。息と怒りを同時に詰まらせる音がした。
アフロディーテはこれっぽっちも悪びれた素振りはない。
叱られていながらも、貼りつけた笑みは花のように麗しい。
「それはともかくとして先行した理由くらいはお聞かせ願います。気苦労を寄越したのですから隠し事は許しません」
「隊のみなさまには申し訳ないのですが、お友だちに会っておりました」
お友だち? 副官の女性が訝しげに首を傾ける。
同時にアフロディーテがつい、とそちらに視線を投じた。
副官の女性も、まるで引き寄せられるようにそちらへ目を向ける。
「よすっ! その節はどうも~♪」
「ま、まさか貴方は、シセル・オリ・カラリナ!?」
女性は、シセルを目視するやぎょっ、と。目を剥いた。
きたる怒りに再び全身をわなわなと震わせる。
「正式な手続きさえ受けず逃げるように隊から姿を消した貴方がなぜこんな場所にいるのです!?」
腰の剣に手がかかる勢いだった。
なのにシセルのほうは唇を三日月にゆがめ、気まずげに後頭部を掻く。
「あれね~、ちょっと色々と言えない事情があってさぁ? え~っと……やむにやまれぬってやつ?」
「っ、隊の規律と誇りをなんだと思っているのですかッ!! アフロディーテ様の名に泥を塗って、いまさら我々の前に顔をだすなどと、侮辱ととられても文句は言えませんよ!!」
さながら犬猿の仲か。
浮つき者と頑固者、見事なまでに水と油だった。
「だから謝ってんじゃ~ん! スミレっちは相変わらず頭アイアン並に硬いんだから~!」
「頭スライムの貴方に言われたくないです! まったく昔から好き放題やって幾度と私の手が煩わせられたことか!」
副官の顔は烈火のごとく怒気を孕む。
いっぽうのシセルはというと、相変わらずへらへらしている。
喧嘩をしているように見えて、むしろ再会の懐かしさすら感じているような緩みだった。
「(こういう昔馴染みの再会的な状況に疎外感覚えるのって俺だけじゃないよね? 友だちが他校の友だちと楽しそうに喋ってるときの手持ち無沙汰な感じ思いだしちゃう)」
俺は、やや離れたところから傍観している。
遠目からでも良い匂いがしそうな女騎士たちが勢揃い。見事なまでの女所帯に入りこむ余地なし。
時間を持て余しながら孤独に欠伸を零す。すると村のなかから可愛い存在がこちらに向かって駆けてくる。
「ナエ様ー! お待たせしましたー!」
勇者ちゃんだった。
まるで主人を見つけた子犬のよう、転がるみたいに走ってくる。
「これお母さんからの差し入れです! 1発ブチかもしてこいっていう言伝も預かってます!」
勇者ちゃんは押しつけるように包みを俺に渡してきた。
受けとってみると、どうやら中身は焼きたてのパンのらしい。
差し入れはありがたく受けとるとして、それはともかく気になることがある。
「ところで勇者ちゃんの格好、それなに?」
「あ、これですか? これはお母さんが昔着てた冒険具のお下がりだそうです」
手には皮の手甲が巻かれていて、鎧の大袖を肩に背負っている。
腰の装具には苦無やら短刀やら煙玉やら。様々な物騒が顔を覗かせていた。
「ついてくる気?」
「へ? 当たり前じゃないですか?」
どや顔気味に、張られた胸がたっぷりと波打つ。
満面の笑顔で答えて、さも当然といった態度だった。
「今回は大規模ダンジョンなんだよ? 危ないんだよ?」
「でもナエ様が行くなら、わたしも行きますっ!」
やる気は認める。
しかしそれとこれとは話が違う。
「怖いよぉ? ゴブリンとか、もっと怖い魔物がいーっぱいでてくるかもしれないよぉ?」
「だ、大丈夫ですもん! もう守られてばかりの私ではありません!」
可愛い顔してけっこう頑固だった。
俺に脅されて腰が引けるも、いっこうに譲ろうとしてない。
「それに私だって戦う術くらいなら村の道場で学んでいますっ!」
しゅ、しゅしゅ、と。勇者ちゃんによるシャドーボクシングはじまってしまう。
ゴブリン1匹に遅れをとっていた子がなにを言っているのだろう。口にはださなかったが、一抹の不安を拭えない。
「(ん~……)」
いやでもこれよく考えたらチャンスかもしれない。
最初のゴブリンで踏めなかった覚醒フラグをここで踏めば、あるいは。
「(はじまりの村で停滞しているのは確かだし、この間の裏勇者ちゃんが言ってきたことも気に掛かるな)」
旅立ちには勇者ちゃんの覚醒が最優先だった。
村の外にでればRPGシステム的に敵の強さも上がっていく。燃えさかる戦火には、勇者能力なくして太刀打ちできないだろう。
総じて勇者ちゃん次第ということ。もし戦いを経験すれば次に進む可能性も見えてくる。
「そういえばナエ様にもお母さんからの応援の品があったんでした」
「餞別的やつかな? だとするとハンカチとかショールとかお菓子?」
「村1番の刀鍛冶がお母さんのためだけに打ったという刀です」
さっ、と。だされたのはどう見ても刀だった。
「これ絶対他人においそれと渡していいモノじゃないでしょ? バックボーン的にいわくしか感じない妖刀なんだが……」
「処分に困っていたらしいんで折っちゃってもいいらしいですよ。若いころいきなり渡されて扱いに困ってたらしいので」
えぇ……。幸先行方知れず。
俺は、悲恋に躊躇しながらも、勇者ちゃんから鞘刀を受けとる。
「(ん、でも意外と軽くて使いやすそうだな。この間の剣なんか強化バフなしじゃ振り回せなかったし、ちょうどいいや)」
新たな武器を手に、これでこちらも戦準備が整う。
俺の前には、もうじき大規模ダンジョンへと向かう《花の隊》の女騎士たちが整然と並んでいた。
数十名にもおよぶその列に、臆した様子は一人としてない。磨き上げられた軽装鎧が陽光を跳ね返し、草原のなかで威風を放っている。
「(ヘルムで顔が隠れている子も多いけど本当に全員女性なんだな)」
腕を組み、順繰りと見渡す。
男でも女でもない、騎士の佇まい。客観的に見ても壮観だった。
ふとそこで目が合う。シセルを睨む怒れる猫の形相と。
「あーーっ!! おとこーーーっ!!」
金切り声が草原に響き渡ると同時、鋼の鳴る音が連鎖のように走る。
次の瞬間、アフロディーテの周囲を取り囲むように、女騎士たちが一斉に陣形を整えていた。
「侵入者確認ッ! 対象は男性! 確認、男性ですッ!!」
「花の隊! 対男性戦闘陣形を展開! アフロディーテ様をお守りせよ!」
「了解ッ!!」
まるでドミノ倒しの如き展開の速さだった。
迅速に盾が掲げられ、最速で槍が半身に構えられる。
動きには一切の無駄がなかった。磨き抜かれた訓練と忠誠が滲んでいる。
「……なんで俺標的にされてんの?」
「ナエ様、狙われてます狙われてますよっ!? なにかすごく殺意向いてませんっ!?」
女騎士たちは、全力で俺と勇者ちゃんを包囲しにかかってきた。
草原の空気が一瞬にして戦場のそれへと変貌する。
「きゃー! おとこのにおいするぅーっ! きぇー!」
「アフロディーテ様を狙う輩死すべしッ!! アフロディーテ様を視界に入れる男ども排除すべしッ!!」
なんというか複雑な執着めいた情念が渦を巻く。
俺と勇者ちゃんは、たじたじになりながらも身を寄せ合う。どんどん狭まる槍の包囲網をなんとかやりすごそうと後ずさる。
なお、アフロディーテは口元に手を当てて「あらまあ」と優雅に微笑んでいた。
「スミレ、彼はワタクシの大切なお友だちですよ。粗相をなさっては失礼ではありませんか」
アフロディーテが凛とした声で告げる。
すると鎧のきしむ音と共に騎士たちの動きがぴたりと止まった。
「……え?」
副官は、我が耳を疑うように眉根を寄せる。
そしてまるで正気を疑うかのような眼差しでアフロディーテを振り返った。
「ですが……その……お、おとこ、ですよ? 男とは、花の君の香に酔う低俗な野蛮人じゃないですか?」
「もう1度言います。彼は守護対象で、それが花の隊としての任務です」
アフロディーテは揺るぎなく断言する。
「まっ。ナエナエっちのことは守る必要ないと思うけどねーっ」
と、シセルがどこからともなく口を挟む。
なおも疑問と殺意めいた感情の起伏が一斉に俺へと向けられる。説明をしないと絶対に信用してやらない感じだった。
おそらく花の隊は花の君をこうして守護しつづけてきたのだろう。ゆえにアフロディーテの隊は、全員が女性であり、磨き抜かれた精神を併せもつ。
「えっと、朝倉苗です。今回の遠征にお供させていただくのでお手柔らかにお願いします。あとナエナエっちって呼ぶヤツとは口をききたくありません」
いちおう乱入者。
ここはひとつ深く礼をしながら受け入れてもらうよりない。
遅れて勇者ちゃんも、ぺこり。一拍置いてお尻側のスカートが波を打つ。
それでも副官は俺のことを親の敵のように睨んでいる。
「……ハァ。道すがらで良いのでどういうことかご説明してもらいますからね」
さらに花の隊の眼差しもまた剣のように鋭い。
まさに針のむしろ。居心地が悪いったらない。
「(でも全員美人さんだから意識されてると思うと、捗る!)」
「ナエ様……なんか変なこと考えてませんか」
勇者ちゃん、そして花の隊と合流し、初めての冒険がはじまろうとしていた。
最後までご覧いただきありがとうございました!!!
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