26話 麗しき乙女の呪い
騎士
女傑
胸に秘める
鼓動と憂い
呪い
と
願い
初手で嫌われてしまったのなら仕方がない。
っていうかそもそも花の君に好かれたいとか思ってないし。唐突に現れたのそっちのほうだし、すごい美人に嫌われたところで痛くも悔しくもないし。
とにかくいまやるべきことはそうそうにご退場いただくこと。そして俺と勇者ちゃんの平穏を無事にとりかえすこと。この2つだけ。
「それでシセルはけっきょくなにさせようってハラづもりなんだ? 俺なんて言ってみれば村であくせく働くだけの村人AかBなんだぞ?」
正直なところまだ良くわかっていない。
シセルの目算も、姫騎士様のご登場も、核となる部分が厚いヴェールの向こう側にある。
かろうじてわかるのは、俺になにかをさせたがっている。なにかはわからないが、どうせろくでもないことだろう。
シセルと姫騎士は眼と眼でアイコンタクトをとった。それからシセルは自分の茶をぐい、と飲み干す。
「ナエナエっちにお願いしたいのは、花の君のお世話係よ。アフロディーテの隊が入村するまでの期間だけ普通の女の子として過ごしてもらうの」
白く繊細な指をふりふりと指揮棒のように降る。
さもそれをすることが当たり前で、当然であるかのよう。得意げな口ぶりだった。
俺は、しばし口元に手を添えて中空に目を泳がせ思案する。
「え? 普通にいやなんだけど……」
本日2度目の空気が凍った瞬間だった。
当たり前ではないか。なんで俺がそんな面倒ごとを背負わねばならんのか。しかもスタート地点がマイナスの女性の付き人なんぞ御免被る。
「そもそも世間知らずの姫騎士様を俺がお世話なんて無理に決まってる。それに一介のパン屋バイト居候の忙しさを舐めんな」
美人に釣れそうのは、悪くない提案だった。
だが、こちらには勇者ちゃんがいる。
目に入れても痛くない明るくけなげな女子と一緒に働く。これ以上の至福があろうものか。
「話はそれだけだな。じゃあ結果はフェイルだ。早々にお帰りやがりくださいませお嬢様がた」
俺は追いだすように畳みかけた。
目を丸く身を縮める上流階級の姫騎士に向けて、ふてぶてしい礼を送った。
これで話は終わり、なのだが。シセルは、そんな俺に向かってにやり、と。口角を吊り上げる。
「ねっ、いったでしょ♪」
それを受けて姫騎士も驚いたように瞬く。
「これは……確かに、僥倖です。前例がないので些か半信半疑ではあるのですが……」
なにやら2人だけで通じ合っている。
しかし俺と勇者ちゃんは置いてきぼりのまま。蚊帳の外だった。
「ところでナエ様、私のスカートのなか見てたんですか?」
「ぐっ……! すみません見てました。もうしないんで許してください」
ここは謝る、一択しかない。
平伏する。覗いた挙げ句、庇ってもらったのだ。これ以上の罪は重ねられない。
勇者ちゃんは、頭を下げる俺を見て、申し訳なさそうに両手をパタパタと振る。
「いえいえ。あれはお願いしてしまった私も悪かったんです。ナエ様は台を押さえてと頼まれて見えちゃったということですし、そもそも私が頼まなければあんな事態にはならなかったはずです」
思いのほか、彼女のほうが大人だった。
てっきり数日は引きずるかと思えば。もう恥ずかしがってパニックになることすらない。
逆に落ちこむ俺を慰めるようにふふ、と。頬をほころばせていた。
「……して……ですか……? ですが……と、ゴブリン……かと?」
「大丈夫……。……にさえ……れば、男だって……っしょ」
さて、あちらの様子はといえば。
お嬢様がたの密談は粛々としている。しきりにこちらをチラチラと覗きながら囁きあっていた。
「(あの子の固有、アフロディーテ・エロイーズ・サクラミアの先天的能力って確か……)」
《花の祝宴》。
《花の君》のもつ有するル・ブーケは、無意識下で発動する常時発動能力のはず。
周囲の生理に干渉し、強制的に好意的意志を植え付けるというモノ。しかも生物種を問わず、一定時間軽度の興奮状態と同調性を誘発する。
女性に対してならば第一印象が良いくらいで済む。先ほど勇者ちゃんがはしゃいでいたのも、そういうことだろう。
だが、異性である男ならば人魔物問わず、彼女の能力は魅了する。能力主が近くにいればいただけ、敬い、恋、愛、催淫という状態を経て、没落する。
「(少なくとも創造者である俺の知る限りでは、の話だが)」
俺は椅子に深く腰掛ける。
足を組んで楽にしながら覚めた茶をずず、と啜った。
俺の筋書きには、《花の君》が来訪するイベントなんて存在しない。
勇者ちゃんが冒険を進めるにあたって、都に辿り着く。そしてアフロディーテ隊と出会い、イベントが進んでいく流れだった。
しかしシセルが生き残ったことで、レールが切り替わりつつある。
本来なら物語上消滅するはずのキャラが想定不可能な変化を生む。そう考えるのが妥当か。
「(ここから死ぬはずのキャラを助けると余計に物語が捻じ曲がっていくわけか)」
面倒くせぇ。意図せず心の声が吐息に化ける。
救いを優先することにより、主導をとれていたファクターを手放す。
自分の書きかけた物語に踊らされる。なんとも無責任な俺にのしかかる滑稽な話じゃないか。
「ナエ様ナエ様」
ふわり、と風もないのに空気が揺れた気がした。
柔らかな甘い香りが鼻先をくすぐる。
「冒険者さんたちも戦うのなら前衛は男性が務めることが多いですよね? 女性だけの部隊って、その、心細くないんでしょうか?」
不意に、視界のすぐそこだった。
勇者ちゃんの顔がすごく近くにある。
「ああ、それは――」
跳ねる心音を押さえながら、俺は口を噤んだ。
俺だけが知る、創造主の視点。彼女には知る由もないこと。
そして、知られてはならないことでもある。
アフロディーテ隊が女性だけで構成されている理由は、アフロディーテ・エロイーズ・サクラミアの生まれもつスキルのせいだ。
男性をひとたび隊に入れれば、訓練も交流もままならず、やがて隊は崩壊する。理性を侵され、恋慕を超えて服従し、盲信し、そしてやがて壊れる。
「いろいろあるんだろうねえ。女性だけの部隊は花もあるし、なにより設立する上で見栄えも良いから。独特な特徴があると隊の名前も広まりやすいし都の民に支持を得られる」
俺は、曖昧な言葉で誤魔化した。
勇者ちゃんは「へぇぇ」と。不思議そうに小首を傾げるだけだった。
「現にこんな田舎の村にだってアフロディーテ隊の栄光は届いてるわけだし? 都の代表としての看板とするならこれ以上ないマスコットだろう?」
だが、この些細な軽口は、思いもよらぬ箇所に響いてしまう。
「……マスコット? いま貴方はワタクシの部隊を花飾りのように形容成されましたね?」
怒りなんてもんじゃない。
平然とした殺意が俺の頭上に、インドラの矢。
振り返ると、そこには先ほどまでシセルと密談していたはずのアフロディーテが、立っていた。
まるで陽の逆光を纏った天使のように美しい姿のまま。
けれどその美貌は今、まるで氷で彫りあげた彫像のように冷たい。
若草色の瞳が急激に細まる。
「その言葉、民の口で語られるのであれば風評として受け流しましょう。ですが、貴方は違う。なんの接点ももたぬ無関係極まりない殿方が我らを見栄えと申しましたか」
怜悧さと器楽によって背筋が軋むように正されてしまう。
俺は驚きのあまり反論も釈明も思いつかず、唇を引き結ぶしかなかった。
アフロディーテの1歩が、床を叩く音すら静寂に飲みこまれる。
「ワタクシの部隊は、誰ひとりとして見世物ではありません。都にて正規任務を務め、戦場では男に劣らぬ覚悟と誇りをもって剣を握ります。命を賭けた矜持を花などという飾りで値踏みしないでいただきたい」
柔らかな髪は絹のように光を宿し、気品に満ちた輪郭は、女神の彫像を思わせる。
けれど、その奥に息づくものは、決して折れぬ刃の覚悟。
紅の唇に宿るのは優しさでありながら、その瞳の奥には、断じて退かぬ鉄意の光が燃えていた。
「ちょいちょいちょい、待ちぃ! 隊長も良くある噂如きでそう熱くなるもんじゃないってば!」
シセルが慌てて間に入ってくれる。
「こういった下卑た評価は1つ1つを摘み上げていく他なりません。ワタクシ個人への中傷ならばともかく、隊全体の品位を損なえば隊員たちのメンツに関わるのです」
だが、燃えさかる花は留まることを知らない。
その声音が鈍き荒れることはなかった。だが静かであるほどに、胸の奥底に渦巻く怒りは鋭く、澄んでいる。
若草色の瞳は氷のように冷ややかに細まり、まっすぐ俺を射抜く。
「(しまった、わかってたはずなのに地雷を踏み抜いてしまった)」
こうしてなぜ地方に彼女たちが配属されたのか。
バカでもよく考えればわかるだろ。だが、それを本人に聞かせるのはあまりに忍びない。
「名誉を守るということは、ただ剣を振るうことではありません。不当な蔑視に沈黙することこそ、騎士にとって最大の恥なのです。それでも我らを花と呼ぶならば、どうか覚えてください。ワタクシたちは、踏まれるために咲いているのではありません」
凛として、堂々たる宣言だった。
その美貌は曇らず。烈風のような威圧感がリビングに満ちる。
「ずいぶんと気にしてるんですね」
「……え?」
ここまで黙っていてやったのだ。
そろそろこちらにだって発言権が与えられて然るべき。
俺は、頭の後ろ手を組む。ひと息整えた姫騎士を容易に見上げる。
「俺の目には貴方が真実を必死に否定したがってるようにしか見えないんですが」
「な、なにを無礼な……!」
「だってそうじゃないですか。カッコいち個人の感想ですみたいな意見にずいぶんとべらべらと。火がついたように否定するのは余裕がない証拠ですよ」
しぃん、と。空気が冷えて固まった。
姫騎士は、黙ったまま俺のことを見つめている。
顔こそ平静を装っている。だが瞳に僅かな動揺がひしめいていた。
俺は彫像と化した彼女から視線を逸らし、もう1人に問う。
「そろそろ本題に入ってくれ。俺はいったいこの《花の君》になにをしてあげたらいい?」
実際に会ってみて良くわかった。
姫騎士とは名ばかり。これではまるで捨てられたばかりの子犬。
美しさという仮面にひた隠された本性は、未だ明らかではない。しかし彼女はいま明確に彷徨っている。
当然、俺如きがわかるのだ。自称切れ者のベテラン冒険者が知らぬはずがない。
シセルはしばし黙してから引き結んだ唇をこじ開ける。
「この子はね、選ばれてしまったのよ」
「(……選ばれた?)」
普段の飄々とした面持ちではない。
姫騎士に負けぬ凜々しさを孕みながら滔滔と語りはじめる。
「アフロディーテ隊長は、なんらかの力によって周囲の異性を引き寄せてしまうの。しかも1カ所に留まりつづければつづけただけ男たちを魅了してしまう」
いちおう空気に乗ってやるか。
「それは単に綺麗だからじゃないのか? いちおう初見の俺の目から見てもかなり美人の部類だと思うぞ?」
「普通ならそれで片付く話なんだけど、でもこの子の場合は過剰すぎる。なんたって魔物や動物、そこいらの鳥でさえ彼女にへりくだるんだからね」
1枚1枚、頁をめくるような説明だった。
それを俺もまた黙ったまま。己の創造した設定を確かめるように耳奥へと留めていく。
「しかも決まって、男。この子に群れるってことは、狙うってことと同じ」
シセルの声は静かだった。
けれど、重い。
「だから男は、隊に入れられない。訓練にも支障がでる。1カ所に留まれないからまともな人間関係すら築けない」
そう言って、シセルはそっと彼女の肩に触れた。
慰めるように、支えるように。
アフロディーテはわずかに身を強張らせたが、振り払うことはなかった。
「選ばれたなんて言えば聞こえはいいけどね。本人にとっては最悪の呪いみたいなもなのよ」
その言葉に、アフロディーテが深く俯く。
「……やめてください、シセル。ワタクシのことなど、もはや……」
先ほどまでの崇高で居丈高な様相は、花弁の如く散っていた。
か細く、消え入りそう。伏した眼差しに騎士の影もない。
しかし彼女は、いまにも崩れてしまいそうだった。
声を震わせることもなく、とり乱すこともない。けれど、その静けさが、かえって痛ましい。
「……どれほど結果を残そうとも、注がれるのは色の濃い視線ばかり……」
無力感と諦めに染まった眼差し。
隠すように伏せたまつげが、かすかに揺れている。
「正当に評価されることもない。だったら、もう……いっそ……」
その先の言葉は、口にはされなかった。
けれど、想像できてしまうからこそ――どうしようもなく胸が痛む。
さっきまであれほど気高く剣を構えていた彼女の、まったく別の顔だった。
いや、これが本当の姿なのかもしれない。強さで武装した少女の中に、そっと隠された脆さ。
「お願い、ナエナエっち。私の話を聞いて欲しい」
友の瞳は、真剣そのものだった。
俺は、肺に溜めていた気だるさを少しだけ漏らす。
「しゃーねぇなぁ。話くらいなら聞いてやる」
やっぱり、思ってた通りだった。
否。思っていたよりずっと面倒くさいヤツだった。
〇 〇 〇 〇 〇
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




