17話【VS.】旅の途中、冒険のはじまり 魔神将ダークマター 3
魔神将
原初の魔胎
超異常現象
レベチの極地
バグった世界
愛せるなら
シセルが奥歯を噛み締めるように重く呟く。
「そう。――あれが、私らが撤退してた理由」
彼女の視線の先には、空中に浮かぶ漆黒の渦があった。
常に蠢き怨嗟のような音を漏らしながら底の見えない深淵を従えている。
「あの闇の中心からいくらでも援軍が湧いてくるってワケ。倒しても倒しても終わらないどころか増えるいっぽう……」
シセルの声は悔しさと口惜しさに震えていた。
唇を噛み、歯を軋ませるように、吐きだす。
「これじゃジリ貧どころか……戦線の維持すら不可能ってことなのよ……!」
言い終えた辺りで闇の渦に変化が見られた。
粘液性の高い湿った音とともに、闇の奥から新たな影が這いでてくる。
召喚というより生誕に近い。生みだされたゴブリンは生々しい糸を引きながら大地に身を起こす。
冒険者たちはそれを見るや、正気を崩しかけている。ざわつき、あからさまに動揺しはじめる。
「な、なんなんだよあれは……! あんな化け物見たことがねぇぞ……!」
「増えてるというより生まれてる! アイツを止めないと、誰か止めろ、止めてくれ……!」
誰もが口々に悲鳴に似た音を叫ぶ。
声が裏返り、弓を構えていた手が震える。
戦列が一気に崩れはじめ、後退する者、振り返って逃げようとする者まで現れる。
「もち場を離れるなァァァッ!! 怯んだヤツから死ぬぞォォォッ!!」
ベテランらしき戦士の怒声が鼓膜を打った。
しかし恐怖の伝染は止まらない。足がすくみ、身が遠のき、みるみる瓦解していく。
その只中でもシセルだけは、闇を睨み上げながら拳を握りしめている。
「くそっ……あんなの一介の冒険者にどうしろっていうのよっ!」
美貌の横顔には、悔しさ、無念、怒り、感情のすべてが滲んでいた。
どうしろっ、て。こっちが聞きたいわ。でもあれを詳細に知っているのはおそらく、この場で俺だけ。
「――――――――――――――――――――」
魔物の出現頻度を異常にまで引き上げている元凶がそこにいた。
名を――魔神将・原初の魔胎という。
「――――――――――――――――――――」
「Grya……?」
「Gu,Gigigi……」
「Byaaaaa!」
かつて世界の理を歪めた災厄の具現、という設定である。
簡単に言えば、あの闇は無限に魔物を内包し、そして輩出する。中2のころの少年が考えた、終わりなき魔物の母体だった。
あれはいわば0を1にする異界の門のようなものと考えて良い。存在する限り次から次へと魔物を生みだすという、悪夢の根源そのもの。
「? ナエナエっち? スゴイ汗だけど大丈夫?」
隣で、シセルがちょいと小首を傾げる。
しかし俺は彼女を気にかけてやれるほど、肝が据わっていない。
「(待て待て待て待て待て! あいつはラスボス直前にでてくる絶対逃げイベント用の敵だっての!)」
心臓が早鐘を打ち、背中に冷たい汗が流れ落ちた。
知っているからこそなにがどうヤバいのかも熟知している。
この時点ででる敵じゃない。でてきていいわけがない。
「(あいつが倒せないから勇者ちゃん一行は強引にラスダン突入してシナリオが地獄化するんだろ!?)」
唇が勝手に震える。
これはシャレにならない事態だった。
夢ならどうか覚めてくれと心の底から祈りたくなるほどに、状況は混濁している。
「(開幕で魔神将クラスがレベル1の草原にスポーンするとかガチで無理ゲーだってのォォォ!?)」
絶望を締めくくって、また絶望のような事態だった。
最も悪いと書いて最悪。情報を知っていたところで手も足もだしようがない難敵だった。
このままでは半刻としないうちにこの草原は魔物によって埋め尽くされるだろう。
「(この世界に訪れる望まれぬ終焉は……)」
ヴェル・エグゾディアの物語は、バッドエンドで終わる。
少なくともプロット段階では。
「(ラスボスを倒して世界の真実に気づいた勇者ちゃんが……)」
77777回繰り返して辿り着く先も海に繋がる河のようなもの。
定められた運命は、強制力をもって同じ収束地点を迎えようとしている。
「(魔物に埋め尽くされた世界に絶望して完結するんだよ……!)」
俺が創ったのだ。
この愛なき絶望と失意の世界を。
「(これは俺が創った世界だ。無慈悲で、愛の欠片もない、絶望の箱庭)」
草木の緑はただの背景、
命を育むためでなく演出のための装飾でしかない。
空の青は、救いではなく落差を与えるための天井。すべてが終焉を刻むだけの舞台装置なのだ。
「(だけど……だけどっ!)」
それでもなお、この世界は生きている。
俺の掌を離れ、意思すらもちはじめたかのようだった。
「うおおおおおおっ!!」
冒険者たちが、ゴブリンの波と衝突した。
「もちこたえろ!! 下がるな、下がったら村が襲われるぞ!!」
彼らは吠えた。誰も逃げようとはしなかった。
魔法が炸裂し、刃が閃き、血が大地に飛び散る。
折れる武器、破れる鎧。命の灯火を削りながら、彼らは後続を守るために、ただ戦った。
だが、その戦いに終わりはなかった。ダークマターの中心から湧き続ける魔物の群れが、絶え間なく冒険者たちを押し戻していく。
防衛線はじりじりと後退し、いずれ崩壊するのは明らかだった。
「俺はこの世界を綺麗だと思ったんだ!」
終わらせてたまるか。
終わらせてたまるか。
終わらせてたまるか。
「(なにか、なんでもいい、捻りだせ! これは、ただの消耗戦じゃない! この冒険者たちの結ぶ1秒で、世界を拒め!)」
脳をフル回転させた瞬間過去の記憶がフラッシュバックする。
すると俺は奇妙な寒気を覚えた。
ゴブリンたちは確かに襲ってくる。狂気と殺意に満ちた瞳、喉を震わせて喚き散らす。
「ナエナエっち! もうここは保たない! さっさと――」
シセルが下がろうと俺の肩を叩いた。
その瞬間だった。
「(――単調すぎる)」
違和感の正体は、齟齬だった。
ゴブリンたちは一直線に突撃してくるだけ。まるで考えていない。
それは良しとしよう、しょせんは序盤にでてくるただの雑魚、モブなのだから。
「(なんで、ゴブリンしか生みださないんだ。あいつは世界そのものの理を内包しているような設定のはずだぞ)」
戦場全体を俯瞰するように視線を滑らせたとき、違和感は如実な現実となる。
違う。これは、バグだ。絶対に現れないところに現れた、ただのバグ。
「(もしかしてあのバグマターって……ゴブリンしか生みだせないんじゃないのか?)」
だとしたら――ワンチャンある。
ほぼ同時にいま思いだした。中2のころの俺が創ったもう1つの設定があった。
そしてその設定は、はじまりの村からすでに登場している。
「シセル、もう一発、支援魔法をくれ!」
「な、なに言ってるの!? 戦うつもり!? 無茶よ!!」
シセルの魔力がぶわりと背に押し寄せられた。
「――絶対に戻る。勇者ちゃんを、頼むッ!!」
「ゆうしゃ……? ナエナエっ――ちぃっ!!?」
そう言い捨てて、俺は地を蹴った。
視界が、風圧で歪むと、シセルの声さえ置き去りにする。
支援魔法の効果を借りて、身体が爆ぜたような加速を得る。脚はもはや走ってなどいない。跳ねる、滑る、転がるように風を斬って進む。
まるで景色のほうが後退していくような、異常な速度。ゴブリンの群れの脇をすり抜け、混沌の戦場を切り裂いた。
空気の膜を突き破るたび、風が直接囁きかけてくるかのよう。喉が焼けつく。酸素が、間に合わない。
それでも俺は踏みこむことを止めない。靴底が大地を蹴り、風景も情景もすべてが流れだす。
「(あった、確かにあそこにあった! 覚えていなかったから見逃していただけであの場所にいけばあれがある!)」
そしてついに、アークフェンの村の輪郭が見えてくる。
俺は、すべての建物を有象無象と無視し、1カ所を目掛けた。
あの斡旋所こそが、目印だ。
「どけええええええええぇッ!!!!!」
咆哮とともに、最後の加速を入った。
空気を押しのけ、地を滑る黒い影が、一直線に駆け抜ける。
斡旋所の扉は開いたのではない、俺という質量がこじ開けた。
カウンターの奥で女性が立ち上がりかけて、ぎょっと。眼を皿のように見開く。
俺は両手でカウンターに体を支え、荒い息で叫ぶ。
「すみませんちょっとお時間よろしいでしょうかあ!!」
唐突な珍客に斡旋所内は呆気にとられる。
詰められた受付の女性は完全にたじろぐほど。
「は、はいぃぃっ!? いったいなにごとなんですかぁぁっ!?」
反射的に椅子を引いて身を引く。
しかし俺の生きる速度と風圧にすべてが追いついていない。
カウンターの書類が宙に舞い、ペン立てが倒れ、やけに短いスカートがわっ、と空を仰いだ。
「この間もそうでしたけどぉ!? いつもいつも唐突になんなんですかアナタはぁ!?」
決まっている。これこそが逆転の一手。
なにしろここははじまりの村アークフェン。駆けだしの冒険者ならば、もっともはじめに踏まねばならぬ儀式がある。
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※つづく
(次話との区切りなし)
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




