14話 安息の折り返し《Turning Point》
彩り鮮やかな
花の道
彩りを思い
明日を振り返る
真実の刻
逆流の運命
翌朝。宿をチェックアウトし柔らかな陽光のなかに飛びだす。
青空から降り注ぐ爽快な朝が石畳を照らし、行き交う人々の活気が通りに満ちていた。
「えっと……各種スパイスとソバの実も買ったし、お母さんから頼まれたぶんのお使いはこれでおっけーです」
そんな賑わいのなか、俺と勇者ちゃん肩を並べて歩いていた。
とくに手を繋いでいるわけでもない。だが、なんとなく、お互いが隣にいることが自然なことのように感じられる。
俺は、さして重くない麻袋の荷を手にぶら下げていた。
「ずいぶんと数が少ないけど本当にこんなもんでよかったのか?」
「あ、はい。これは母が個人的に使用するらしいので問題ありません。今度だす新作パンの実験に使うとか」
「あんなに人気店なのにまだ新作を作るとかさすがの探求力だ。旦那がいなくても2店舗の自営業をこなす敏腕ぶりに恐れいる」
「たぶんナギ様がきたから少し張り切っちゃってるだけですよ。普段ならのほほんとしてる時間のほうが長いんですから」
そう語る勇者ちゃんの口ぶりは、少しだけ誇らしそうだった。
女手ひとつで娘を育てているのだから母強しというところか。娘もまた母に憧れるという正のスパイラル。
「そっか……ま、張り切る理由が俺だっていうなら、なんだか悪い気はしないな」
冗談まじりにそう返すと、勇者ちゃんはくすっと肩をすくめる。
その素振りは、無邪気で、でもどこか大人びていて、春の風のように優しい。
「ふふっ。でもナギ様が最初お母さんを見たときの感想いまでもちょっと笑っちゃいます。真剣なお顔でお姉さんですかって尋ねるんですから」
いやあれはマジで仕方がない。
まさか子供1人産んだ女性があれほどとは。俺は勇者ちゃん母から受けた初撃のダメージを忘れていなかった。
初心とは違う、幼いとも異なる。あの存在は、もっと別のなにかを逸脱した存在である。
「ああ見えてけっこう人の内面を良く見て気にかける性格なんです。だからナギ様のことも、こっそり気に入ってるみたいですよ?」
「……到底信じられないんだけど? あの……レーシャちゃんを縦に伸ばして温度を100度くらい下げた人が俺を気に入ってくれるかな?」
「ええ、たぶん帰ったらすごくじろじろ見てくると思います。お母さんって口数少ない代わりに眼で訴えてくるタイプなので」
「……それは怖いなぁ。まだあの人とまともに喋ってすらいないっていうのに」
雑踏のなか、俺たちは自然と同じ歩幅になっていた。
どちらが合わせたわけでもない。なのに、まるで長年の付き添ったかのように、自然と呼吸が合っている。
「また、一緒にこの町にこられるといいですねっ!」
勇者ちゃんが唐突にふわりとスカートのすそを翻す。
軽やかな足取りに合わせて、白い脚が軽快に石畳を蹴った。
普段のよそよそしい感じでもない。彼女きっての要望で、俺は意表を突かれほころんでしまう。
「あっ、ナギ様っ、見てくださいっ! あのお店、リンゴパイ売ってますよっ!」
レーシャが胸を弾ませて指差すほうから良い匂いが漂ってくる。
屋台からは小麦と果実の芳醇な香り。それから店の親父が大きな声で客引きをしていた。
「リンゴパイくらいなら買うぶん残ってたかな?」
空いたほうの手で和装の裏地をまさぐる。
わたわた、と。勇者ちゃんは慌てて俺の腕を掴んだ。
「いえいえ大丈夫です! これはお母さんへのお土産なんで私が払います!」
しかしその時。ぐぅぅ~、という音が彼女の腹から不満を漏らす。
「~~~~っ!」
「えっと、じゃあレーシャちゃんのぶんは俺からの奢りってことにしよう、そうしよう」
すぐさま押さえたところで、ぐうの音だった。
勇者ちゃんは真っ赤になって石像のように固まってしまう。
「……ぶんこ……」
「え?」
「――半分こで手を打ちませんかぁぁ!?」
勇者ちゃんは顔を真っ赤にしながら、思いきり手を挙げて叫んだ。
通りがかりの人たちが一瞬だけ振り返るほど。しかしその声色は涙目気味に震えていて、どこまでも必死。
「いや別にそこまで抵抗するような話じゃ……朝ご飯も食べてないわけだししょうがないよ」
「ち、違うんです! これはっ、これはそのっ、私が奢られるのがいやだとかじゃなくて! えっと、乙女的な事態なんですっ!」
混乱のデバフでもかかってるのか、と。錯覚するほどの大パニックだった。
わたわたと手をぶんぶん振りながら、全身をつかって弁明しようとする。だがいまのところ1度も上手くいっていない。
その様があまりにも可愛らしくて、俺は吹きだしそうなのを我慢していた。
「なあ? 読んだか今朝の掲示板に貼られてた速報記事?」
なにげない行き交い。数人の冒険者とすれ違う。
その会話が、やけに鮮明になって耳へと滑りこんできた。
「また積み荷を襲う魔物がでたらしいぜ。商隊は無事だったらしいけど、隊を護衛してた冒険者が攫われたとか」
「え、マジかよ。あの辺って、前に掃討されたんじゃなかったっけ?」
「今度は山間部だったってさ。両側が崖になってる狭道で挟み撃ちされたらしい。守りが遅れてたら全滅もあり得た事件ね」
「攫われたって冒険者、若い女の子らしいぜ。まったく物騒なこった」
町というメインBGMに少しだけ混ざる雑音のようなもの。
振り子が振れるくらいに些細で、下らなくて、町の人々でさえ気にも留めない。
「(……山間部だって?)」
なのに俺は、足を止めた。
冒険者たちの話がやけに気にかかった。
しかも首の後ろ辺りにチリチリとした感覚を覚える。
「(そこってゴブリンのダンジョンがあるところ付近じゃ……)」
脳内で地図を思い描く。
アークフェンより北上してモリシア。山間部はモリシアのほぼ東に位置する。つまり――
「北東の山間部……シセルたちが攻略に向かったダンジョンの方角!?」
背中に汗が浮いて滲む。
焦りと恐怖が原の中央で混ざるような不快感。
気のせいかもしれない。杞憂であろう。考えすぎだ。憶測で行動するな。己を落ち着かせるための言い訳が連なる。
「え、ナエ様どうかしたんです!? まだアップルパイ買ってませんよ!?」
「アップルパイは次の機会にしよう! いまはとにかく一刻も早くアークフェンに帰るんだ!」
だが俺は、勇者ちゃんの手を掴んで走りだしていた。
この憎悪渦巻く感覚が創造者予知だったのかは定かではない。
それでもかなり、エグいほどの悪寒が、脊椎を登って脳髄を焦がす。
「君は知ってたんだな! 実はぜんぶ気づいていたんだ!」
「っ…………!」
そう、勇者ちゃんは知っていたのだ。
理由はわからない。
だが、この子は道中気づいていながらずっと黙っていた。
「もう町の外は手遅れなくらい大量の魔物が生息していることを察知していた!! だからモリシアに到着するまであんな過剰に周囲を気にかけていたんだろ!!」
ほぼ駆けこむような状態で商隊に合流する。
俺たちは旅の余韻を楽しむ間もなかった。
疾走するような勢いでアークフェンへの道を駆け下りていく。
おそらくシセルたちのダンジョン攻略は失敗した。
そして勇者不在のアークフェンは、プロット通りの流れで蹂躙される。
俺だけが知っている、この世界ヴェル=エグゾディアの神。
螺旋仕掛けの魔神の暴走によって。
… … … … … …
次回
【VS.】
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