13話 覚醒……ではなく、覚悟の勇気
未知の力
再創世
悩み1つ
解けたとき
物語と冒険が
動きだす
ようやく孤独という時間を手に入れた俺は、力なく座りこむ。
「バグりすぎだろ……勇者ちゃんが贖罪の勇者じゃなくて断罪の覇者って……。この世界デバッグすらされないで発売されたゲームくらい崩壊してるじゃないか」
すべての予定が狂っていた。
勇者覚醒のフラグは折れ、旅立つことも不可能。どころかそもそも勇者ちゃんがよくわからない才能に目覚めている始末。
「まず勇者ちゃんを覚醒させないと物語が根本的に動かないってのにどうしろっていうんだよ」
頭蓋に鉛を詰めたかと思うほど、重い。
なにもかもが上手くいかないというのは、正直こたえる。
「こんなんじゃモブ子を助けるどころじゃないっての。普通に中2のころの俺が創造した世界をなぞるだけだと思ってたのに……」
創造者だからイージーモードかと、とんだ勘違いも甚だしい。
たしかモブ子曰く77777回目のループと言っていたか。繰り返しつづけた世界はもう俺の知るものとはまるで別物だった。
もはや予測することさえ不可能なまで歪み散らかしている。元のヴェル・ヴァルハラの記憶さえ脳内で霞む。
「あーもうやめだやめだ! これ以上考えてたらこっちの頭までバグっちまう!」
思考放棄だった。
俺は、手入れされたふかふかベッドに身体を放りだす。
「(そもそも物語をやり直そうとするのが間違ってる? 今回のアークフェンとシセルのように被害を減らす? 強引に運命を捻じ曲げることでモブすら死なないように立ち回ることも可能?)」
壁際の鉄製の燭台には、まだ火の残る蝋燭が1本、かすかに揺れていた。
溶けた蝋が静かに滴り落ちる音と匂いが部屋の静寂に染み込んでいく。
温もりがあるが、やけに静かな夜だった。世界の喧騒がずいぶん遠くに感じられる。
「(そしてまだ明かされてすらいない俺のスキルの名前は……――再創世)」
再創世。舌先を転がすように唱えてみた。
しかし声は宿の一室に微睡む闇へと消えていくのみ。かざした手が光ることもなく、当たり前のようになにも起こらない。
使いかたが違うのか、特殊な場合のみ使用可能なのか、そもそもいまその時ではないのか。まるで未知だった。
しばし鎮静とした沈黙が、部屋を支配する。まるでいまの俺の心を世界が読みとったかの如き静寂だった。
「だからなんだぁ! この俺がそう簡単に折れると思うなよボケがぁ!」
でもそれはそれとして、その辺はいまのところどうでもいい。
才能屋さんに行った後、俺は落ちこんでなどいない。
しっかりと勇者ちゃんと一緒に町を堪能し尽くしてやった。ざまあみろ。
「あんなに可愛いこと嬉し恥ずかし旅行ができるって言うのに凹んでる暇なんてないよなぁ!」
まずはデートの定番の出店巡りからスタート。
焼き立ての羊肉串を買って頬張りながらの街ブラ。
勇者ちゃんの頬にタレがついたのを指で拭ってやったら耳まで真っ赤だった。
次は古物商のような場所で見かけた小粋なシルバーのネックレスを贈り物。恥ずかしそうにしながら大事そうしてくれてるのを見て、俺の心はフルコンボ。
そのあとは坂の上の神殿跡に寄って、夕焼けを眺める。
モリシアの町が一望できるその場所で、ちょっとだけ夢の話を語ったり。手を繋ぎながら雲間を見上げて時が過ぎるのを惜しんだり。
そうして俺たちは、なんだかんだで笑って、遊んで、楽しんだ。お互いに少しだけ距離が近づいた気さえする。
「そしてデート中ずっと厳選していたこの宿こそが今日1日のデートを締めくくる最大のイベント! そこそこいい宿を狙うとこで1室のみをチェックインするという超絶技巧がここに光る!」
最後は究極イベントにて幕締めとする。
これぞ計画され尽くした1泊限りの相部屋。
「あえて町から少し離れた丘の上を最後のデートスポットにした理由は、夕方になれば貧乏人や冒険者は確実に安宿を埋め尽くしてくれると知っていたから! そうなるともう町には2人で1室くらいしかとれない中級の宿しか余らない! 金銭的な余裕がないのと勇者ちゃんが断らない性格なのを完璧に読みとった上で誰も不幸にならない世界を構築する!」
孤独な部屋に俺の笑いだけが反響した。
知略、策謀、策士。本能に生きる動物や魔物との違い。それは人とはよく考えて本能のままに生きるということ。
そして俺はとうとう手に入れた。勇者ちゃんとひとつ屋根の下を超越した同じ部屋での1泊という権利を。
ちなみにさすがにダブルベッドでは俺がもたないのでベッドは別々、ツインになっている。
「クックック!! おかげで財布のなかがからっぽになったから明日アークフェンに帰らないといけなくなったがなぁ!!」
身銭を切る。だがそれは必要経費とする。
「損得勘定なんて捨てちまえ!! コレは義務であり責任でもあり、やらねばならぬコトを遂行したまでに過ぎんのだ!!」
そうやって部屋で1人、昂ぶっていた。
コン。
コン。
俺は即座に昂ぶる感情を抑え込み、姿勢を正してベッドに腰掛けた。
カチャリ、と。静かな音とともに扉がゆっくりと開かれる。
そこから湯上がりの勇者ちゃんがそっと姿を現す。
「お風呂いただいちゃいましたっ! ここのお宿、お風呂と蒸気浴があったんですよっ! 男湯のほうに入ったナエ様のほうも堪能しましたかっ!」
湯気だった勇者ちゃんが部屋に戻ってきた。
それだけで1室のなかに華やかでフローラルな香りが満ちていく。
俺は、跳ねる心臓を押しとどめながら紳士に応対する。
「男湯のほうではドワーフの旦那が男気熱波っていうイベントをしてくれて大盛り上がりだったよ。それ以外だと白檀とかヨモギ風呂とかけっこうチルめで最高にリラックスできた」
「こっちでは施術師エルフのお姉さんがマッサージしてくれましたよっ! 痛気持ちいい感じで揉みほぐしていただいたので身体がまるで羽のように軽いですっ!」
勇者ちゃんの髪はまだ少し湿り気を帯びており色っぽい。
バスローブのような軽やかな部屋着に身を包み、露わになったうなじと谷間が湯気を立てていた。
頬には湯の温もりがまだ残っているのか、ほんのり桜色。視線をこちらに向けるも、どこか照れくさそうに目を逸らし、静かな足取りで部屋の中へと進んでくる。
「えへへっ! 1人部屋って聞いてはじめはドキドキしちゃいましたっ! だけどベッドが2つあって良かったです!」
「奇跡的に1部屋だけ空いてて本当に良かったよ。せっかくの楽しい旅行なのに野宿とか洒落にならないしな」
嗚呼、幸福。あと眼福。いまだけは独り占めを噛み締める。
俺と勇者ちゃんは互いのベッドに腰かけ、薄着で笑顔を向け合う。
思い返せば生きてたころは枯れた大地のような女性関係だった。それだけに勇者ちゃんという天使の存在は、いまの俺にとってオアシス。潤いの源になっている。
「今日はとっっっても楽しかったですっ! 明日帰っちゃうのがもったいないって思えるくらい充実でしたっ!」
勇者ちゃんは晴れやかな笑みで声と胸を弾ませた。
薄手の部屋着の裾から覗く白くすべすべした脚を、無邪気にぷらぷら揺らしている。
よほど楽しかったのか、満面の笑顔にこちらの頬までほぐれてしまいそう。
「そういえばレーシャちゃんって村からでたことあるの?」
ふと気になって尋ねてみた。
そのへんの詳細な設定まではちょっとよく覚えていない。
すると勇者ちゃんは、なにやらもじもじとし、腰回りが落ち着かない。
「ええと、実は村からでるのも薬草や木の実を拾いに行くくらいなんですよね。小さいころからずっとお母さんとふたりきりでお家の手伝いばかりしていたので。だからぁ……実は今日が初めてのお泊まりだったりしますっ」
身を縮めながら、嬉しそうで、恥ずかしそうな感じだった。
アークフェンの『Flour & Flower』は、村ながらにかなりの人気店である。
そんな繁盛店の看板娘ともなれば易々と外泊することなんて夢のまた夢だろう。
「ん……? ということは学校とかも行ってないの?」
「はい。なのであまり村でお友だちと呼べるようなかたはいないんです。本来なら学校兼道場でもある学び舎で勉学や忍術を教わるんですけど、私は数えられるていどしか通えていませんのでからっきしです」
なおも勇者ちゃんの笑顔は曇らない。
しかし少しだけ、本当にちょっぴり、寂しそうに見えた。
俺は予想だにしない地雷を踏んでしまったことで後悔を燃やす。
なぜならこのあとこの子は、本来ならば旅にでる。同年代の少年少女が青春や勉学に励むなか、彼女だけは世界の危機へと立ち向かう運命だった。
「あっ、でもでもっ! 私全然寂しくなんてないですからねっ!」
しまった、と。気づいたときには、もう遅い。
俺の返答が遅いと見るや、勇者ちゃんは慌ててとり繕う。
「お母さんを助けるのもお店の手伝いもみんなを笑顔にするためだから大好きです! それに最近はナギ様がお手伝いしてくださりますしねっ! だから……その、いつも以上に楽しくて……ですね」
あれだけキラキラとしていた瞳が伏せられ、俯く。
声色も控え目に、揺れていた脚も止まる。
「ナギ様が現れてからというもの楽しいこととか怖いこととか色々あったのにイヤなことはぜんぶどうでも良くて幸せばっかりになっちゃうんです。まるでいままで私が見てきた世界が偽物で、本当の世界が鮮やかに色づいていくような気さえしてしまうんです」
少しだけの緊張感と温もりがあった。
ひと言ひと言に呼吸をこめ、想いはまっすぐで、あたたかい。
「これまで村の外に出ることなんてほとんどなかったから……最初は少し怖かったんです。でも、ナギ様と一緒に歩いた街も、冒険した森も、おいしかった屋台のごはんも、温泉も、みんな……全部ぜんぶが新しくて、きらきらしててっ」
勇者ちゃんは、手を胸の前でぎゅっと握りしめる。
そして顔を上げて吸い寄せられそうな瞳のなかに俺のことを閉じこめた。
「私……毎日がすっごく楽しいんです。知らなかったこと、できなかったこと、ナギ様がぜんぶ見せてくれたから。知らなかった世界に、連れていってくれたから……」
いつものようにふわっと笑う。
その笑顔には、微かに光る潤みが浮かんでいた。
でも、それは幸福があふれて形になったという、そんな笑みだった。
「だから……ありがとう、ナギ様。私、アナタと出会えてほんとうによかったって、心から思ってますっ!」
その瞬間、俺の胸になにか凄まじい、覚悟のようなものが広がった。
ようやく見つけた。バグとか能力とかそんな小さなことは、実はどうでも良かったのだ、と。
「(ただ、この子の未来が、幸福に満ちていてくれればと、願え)」
次の命は、ここに、このヴェル・エグゾディアに費やす。
そう決めたとき、ようやく俺という――朝倉苗の冒険がはじまる。
そんな気がした。
「むにゃ……ぐぅ……」
「(ンンンンンンンンンンンンンンンンンン、マッッッ!!)」
それとは別にすやすや眠る勇者ちゃんの寝顔と胸元もガッツリ堪能した。
これはガチ。
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