125話 湯の街 スプリング・ハーガット《ONSEN☆STAGE》
女性を背負い、しばしほど。
「(さいきん全身運動で鍛えてたからかさほど疲れないな。これなら夜までには目的地につけるかもしれない)」
木々が折り重なるようにつづく山道は、人を拒むような静けさに満ちていた。
湿り気を帯びた土の匂いや足元で声だがかすかに砕ける。そのすべてが世界を閉じめるようにまとわりついてくる。
鬱蒼と茂る天窓から木漏れ日があふれ、霧がかった背景に光りの梯子を下ろす。
どこか神秘的で侵しがたい、風光明媚さ。逆をいうなら人気がなく、伝統や文化から外された面妖さが肌を粟立たせた。
「ホントにこんな場所に温泉宿なんかがあるのかね? 道は舗装されていないし獣道くらいしかないじゃないか?」
お上りが都会で首を回すのと同じ。
俺だって密林のなかに不可視さを覚えて怪訝な目で見渡す。
「ええありますよ。本来であれば旅行者や一般の人が使う流通路を使用し正面から訪れる街なのですけれど。しかし今回はお忍びの任務ですので裏の道からお邪魔させていただきます」
しなり、しなり。踏むたび腰まである深いスリットから長く白い足を覗かせる。
ドラカシアはこちらに振り向くことなく錫杖ついて歩いて行く。
ざっくりと開いた胸元も、隠す気のない太ももも、僧侶というにはいささか肌の露出が目覚ましい。
「それにこういう道を通ることも修行の一環です。私のオースになったのであれば文句をいわずついてきてください」
「文句はいってないさ。ただ、六冠のわりにやってることが普通の冒険者とあまり変わらないんだな」
「六冠も冒険者ですからね。しかしヤマの大きさは桁違いだとやがてその身をもって知ることとなるでしょう」
師の背を追いつつ、背負った女性を揺すって、背に負い直す。
ドラカシアのオースとなっておよそ10日ほど経ったか。
彼女の手伝い、というか小間使いは、短い期間でなかなかに多忙さを極めていた。
「(いまのところ大きな事件はなかったけど、今回のははじめて派遣されて出向く大仕事だなぁ)」
冒険者とは、いついかなる場面であっても出向き、問題を解決するプロフェッショナル。
そのなかでも六冠は、いわば大陸冒険者統一協約機構の花形だ。
時として兵たちの挑む戦に出向く。列挙する魔物の軍勢を討伐せんと加勢する。
単騎で竜の咆哮を退け、都を炎禍から救う。崩れゆく城門を一身に支え民の退路を切り開く。千の矢雨をくぐり抜け、敵将の首級を討ちとる。魔王軍の先陣を切り裂き戦線を押し返す。
数々の武功と勲章と功績が信頼となり六冠という座席を賜るのだ。
「(だけど、そんなことはまったくなかったのであった。ドラカシアの場合だと僧侶だから結界の張り直しとかがメインだし……)」
まあたぶんすごく大事なことをやっているんだろうなぁ、という認識だった。
ドラカシアの従者として手伝ったのは、ほぼ祠や神殿などの魔除けばかり。
心躍る冒険の類いは、蚊帳の外。主に俺の仕事は呪具や法具などの運び役ていど。
「はぁ……こんなんで強くなれるのかねぇ」
「努力とは日進月歩です。歩みを止めた刹那に衰退の一途を辿ることでしょう」
こんな感じでおあり難いご高説を賜る毎日だった。
「ところでなぜナエ様の持ち物にはなぜ衣服一式の替えなんてものが入っていたのです? 冒険者ならば装具や探索道具などをもち歩くものでしょう?」
「それはたぶんレーシャちゃんが入れてくれてたんだろう。俺、けっこう燃えて服だけ焼け落ちるから」
「……なるほど、老婆心に救われましたね。しょうじきあのままの状態だったら扱いに困ってしまうところでした」
吐息を吐くドラカシアの頬が若干朱色を滲ませていた。
遠く離れたところにいるバディの優しさが身に沁みる。もしあのまま全裸で行脚となったら俺は間違いなく変質者として山の怪に仲間入りしていたことだろう。
「しかし本当に丈夫なお身体をおもちのようですね。呪い火を受けて火傷ひとつ負わないとは……」
「防御したんで大丈夫でした! あと丈夫に生んでくれた親に感謝の念がとまらないっす!」
コレばかりは説明のしようがない。
身体がバグっているということを直接伝えるのは禁忌である。
だけど常日頃ともに冒険する彼女には、どうやっても隠しようがなかった。
勢いだけで退けようとする俺を、ドラカシアは横目にふふ、と微笑する。
「非常に珍しことこの上ありませんが隠し立てする必要もありません。先天的な耐性もちのかたは多くおられますし、六冠のなかにも特性をもつ御方がいらっしゃいます」
「そういえばドラカシアは半龍半人だし炎に耐性があったりするのか?」
「ふふ、もちろんそれだけではありませんがございますよ。溶岩のなかを泳げというのは無謀ですけど、魔に墜ちた龍の火炎ていどなら微風のようなものです」
意図を汲んでくれたのか。
それとも本当に気にしていないのかは、わからない。
しかしどうやらドラカシアは、これ以上に掘り下げようとはしなかった。
「(うーん……もう少し立ち回り考えないと俺が創造主だってバレかねないな。次からはもっと注意して立ち回ることを心がけよう)」
今回は考えるより先に勝手に身体が動いてしまった。
乙女の悲鳴を耳にしてじっとしていられるか。
普段ならば別の純粋無垢のバディを言葉巧みにあざむけていた。しかしドラカシアは、なんというか、底が知れないところがある。
「詠唱などの時間稼ぎ期待していますよ。ナエ様をオースに推薦したのはそういった面でのご活躍もありますから」
「全身全霊粉骨砕身の力でがんばらせていただきます。可能なら襤褸切れに鳴らないていどでどうぞよろしく」
しかしこの師に頼まれてしまうと、どうにも反発できない自分がいた。
流麗な長髪に、体型は長身でスレンダー。なのに要所だけが豊かに際立っている。
ときおり見せる小悪魔のような微笑は容易に男の心を貫く。色気と茶目っ気が黄金比のまさに大人な女性だった。
「(ま、俺はとっくにこのキャラクターの性格は把握してるんだけどさ)」
「立ち止まってしまっているようですがどうかしましたか? このていどの距離で根を上げているようではプライムナイトの資格さえ剥奪されてしまいますよ?」
「はーい、いまいきまーす」
それはそれとしていったん置いておく。
下手に裏の部分を刺激して逆鱗に触れるのはごめんだ。いまのところはイチ師と弟子という役回りをこなしておこう。
胴前に剣をぶら下げながら女性を担いで森林を踏破していく。
決して楽な旅程ではない。しかし魔物と戦闘するよりは遙かにマシだろう。
そうして半刻ほど経ったか。
しばらく歩いていると、不意に森林に漂う香りに異変が起こる。
「(なんだこの、ゆで卵みたいな匂いは?)」
嗅いだことのあるような、ないような。
森の湿気た腐葉土の香りに、不思議な香が入り交じる。
「もうそろそろのようですね」
「もうそろそろなのかぁ」
心なしかドラカシアの歩調が微かに早まった気がした。
俺も女性を背負い直してつかず離れず後を追う。すると薄暗い森との境界が見えてきて唐突に視界が開ける。
「さあ、ようやく目的地へ到着です」
声に誘われるよう森の境界を踏み越えた。
足元は、思っていたよりもずっと高い。森の出口は切り立った崖の上で風が下から吹き上げてくる。
そして眼下の先にわあ、と広がっているのは、ひとつの街だった。
「ここが依頼にあった温泉街……と、いうことはこの匂いは硫黄か。たしか名前はスプリンガーなんとかだっけ?」
「スプリング・ハーガットです。ここの湯から得られる効能はさまざま。観光や滋養や静養などで旅人や貴族までもがここへ癒やしを求めてやってきます。秘湯の巡る街とも呼ばれて多くの人々に愛されている場所ですね」
そういえばそんな名前だった。
スプリング・ハーガット。メタ的に言うならいわゆる温泉回のステージである。
少女たちキャラクターが裸と裸のお付き合いをして薄い湯浴みに身をまとう。良くあるボーナス回的なヤツ。
しかし今回の趣向は、若干どころかかなり異なっている。
「この街のなかに人を食らい隠れ潜む化け物が入りこんでいるのか」
「そして街にいる人々に気づかれぬよう穏便に事件を解決してほしいというのが領主のお考えです」
依頼内容は、街に入りこんだ魔物の討伐だった。
ここスプリング・ハーガットは、いわば歓楽街である。
門戸は誰にでも平等に開かれているためか階級の敷居が薄いという。そんなところに人喰らいの化け物が入りこんでいるらしい。
ぱっと見てわかるほど街の賑わいは申し分ない。領主としては慰安する人々に恐怖を与えたくない方針だ。
俺は懐から依頼書を引き抜いて内容をあらためて検分する。
「これ……領主の人ってパニックが起こって売り上げを下げたくないだけなんじゃないか?」
「どうでしょうね。目論見はともかくとしても街の人々に恐怖を与えたくないというのは領主として正しい行いでしょう」
深読みしても、やるべきことは変わらないか。
いくら銭ゲバな領主だったとして、危機を払いたいのは当然の考えだろう。
とにかくここでいったん仲間たちと合流しつつ、冒険者という身分を隠し調査を進める。そして対象である人喰らいの化け物を討伐するという流れだ。
「……んっ、んんぅ」
背に広がる温もりがわずかに身じろぎした。
どうやら女性の意識が覚醒しかかっているらしい。
ようやくお姫さまのお目覚めのようだ。とうとう目的地まで寝こけやがって、ちくしょう。
「ここは、いったい?」
「お目覚めのようでなによりです。アナタ様は魔物に襲われて命の危機に瀕していたのですよ」
「――っ!? 魔物!? あの魔物はいったい!?」
ビクンッ。跳ねたかと思えば足をバタつかせた。
俺は落ちないように抱える手に力を籠めて踏ん張る。
「私たちで討伐しましたのでご安心ください。迅速に解決しましたので傷もなければ平穏無事そのものです」
ドラカシアは慌てふためく彼女の肩にそっと手を添えた。
すると女性もようやく現状を理解しはじめる。
「そ、そうだったんですね! コレは失礼をば! ということはあの肌色のぶらぶらとした凶悪な魔物も討伐なさってくださったのですね!」
「……。はい、駆逐討伐しましたのでご安心ください」
「(してねぇよ、俺の股間は元気にご存命だよ。ドラカシアも面倒くさそうな間を開けて嘘をつくんじゃないよ)」
俺がそっと身を屈めると、女性は両足で地面に降りた。
腰砕けていた状態からも回復しているらしい。名実ともにようやく肩の荷が下りる。
「ははぁ、まさか気絶したアタクシを街まで背負っていただけるとはぁ。やっぱり冒険者様ともなると体力がおありなんですねぇ」
呑気か。
なのに着物はサバイバルを終えたように薄汚れている。
「ところであんなところでなにしてたんだ?」
「ああそれはですねぇ、薬湯用のハーブなんてものを探し歩いておりましてですねぇ」
女性は首に巻いていた風呂敷をよいしょと下ろした。
包みのなかには、果物や野草の類いが大量に詰められている。
「甘草、よもぎ、ゆずやみかんに……ドクダミか。たしかに薬効がありそうな野草ばっかりだ」
「そうなんですよ! この辺をうちの温泉に浮かべるとお客さんがそれはそれはお喜びになるのですね! 寒い日には少量の唐辛子などを煮詰めてから湯に煎れることもあります!」
「つまり薬草やハーブを集めに夢中になって森の奥に入りすぎてしまったといったところでしょうか」
これにはドラカシアでさえやれやれと浅いと息を吐いてしまう。
なんたる人騒がせか。怪我はなかったからよかったものの。もしかしたら命を失っていたかもしれない。
「それに温泉といってもひとくちに効能だけではありません! お風呂上がりに毒をだし切った身体へ柑橘系の汁を混ぜた水を飲めば病も逃げだしまさぁ!」
まあ、無事だったし良かったとするか。
目を輝かせながら嬉々として語る素振りに怒る気も失せてしまった。
「あれ? ってことはキミはここの街で温泉宿を商ってるのかい?」
「いえいえいえそんなそんなまさかまさか! アタクシなんてまだお手伝いに毛が生えたていどで女将さんの足下にも届きませんでして!」
女性は突然早口になって慌てるように両手を振った。
謙遜、だろうか。それにしては少し過剰な気もする。
「ふぅ、とりあえず街へ送り届けました。これ以降は備えもなしに森の深くへ入ってはなりませんよ」
「いやぁまったくもってその通りでございます! 小春、身に沁みまして一生忘れることはありません!」
ドラカシアに諫められ、女性は腰から90度ほどへし折れた。
本当に理解しているのかわかったものじゃない。運悪く魔物に出会って運良く俺たちが間に合った。これでは幸か不幸か計りかねる。
「それと今回の件は道中の面倒ごとですのでギルドへの報告は必要ありません。謝礼などもけっこうですので寄り道せずにお家にお帰りくださいね」
「お優しい冒険者様たちこの節はまことにありがとうございましたぁ!」
女性は元気にこちらへ手を振りながら去って行く。
いい加減に前を見て歩け。すっ転んでも、もう助けてやらんからな。
「ああいうのは悪運が強いっていうんだよな」
「とはいえ悪運も考えようによっては幸運とも言えます。彼女は今日世界でもっとも博愛の女神の恩寵をその身に受けたのかもしれませんね」
同意もなく俺たちも女性の去って行った方角とは逆に歩きはじめた。
一難はあったが、これでようやく本来の目的を遂行できる。
「しかし……薬湯ですか」
ふと横を見ると麗しい横顔が視界に入った。
ドラカシアは顎に指を添え、物憂げそうに長いまつげの影を伸ばしている。
「熱波を期待していたのですが……薬湯や岩盤浴を試してみるというのもよさそうですね」
ふとよぎる。
もしかして、コイツ。依頼にかこつけて温泉を楽しもうとしていないか。
そういえば道中も道なき道を歩くという謎に過酷な旅路だった。だから旅で疲れた身体に温泉はよほど染み渡るだろう。
まさかそれが狙いだったということはないだろうな。
「なにか? 私の顔によからぬものでもついております?」
「……温泉好きなの?」
「半身とはいえ龍なので」
答えになっていないんだが。
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